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小妖魔復活せし  作者: 司馬仲
小妖魔復活せし
2/82

1 となりのあの子

「転校生を紹介するわ。入って」

 九月。涼しい朝のホームルーム。担任の先生の合図を聞き、私は制服のスカートについてた糸くずを右手で払ってから、今日都(きょうと)四門(しもん)市立朱雀(すざく)高校一年C組教室へと足を踏み入れた。ゆっくりと。

 緊張する。転校なんて初めて……うわあみんなこっち見てる。知らない人ばっかり、って当たり前だけど。

 大丈夫かなあうまくやっていけるかな心配だよ……。

 教室はあまり広くないなあ、机は縦に五個、横に六個。全部で三十人分。教室の前側から見て右側に窓がある。

「じゃあ黒板に名前を書いて自己紹介、よろしく」

「は、はい」

 そうだ自己紹介、名前、か。仕方ない。私は黒板に自分の名前を書いた。


――木野山 織紙――


「木野山、お、お……おりがみ、です。よろしく、おねがいします」

 名前を言った途端、教室がざわつき始めた気がする。

 今までもそうだった。初対面の人に自分の名前を言うと決まって軽く一騒動起きる。変わってるね、おもしろいね、そんな名前初めて会った、どういう漢字なの、とか色々……。

 もう仕方ないって諦めてるけど、やっぱり慣れないなあ。

 織紙。綺麗な名前かもしれないけど、やっぱり変わってるよ。死んだお母さんがつけてくれた名前だから大事にしなきゃいけないとは思ってるけど、こういう時はどうしても気になっちゃう……。あれちょっと待って、袖にも糸くずついてる。つきすぎじゃない?背中とかについてないよね。

「五文字……」

「また五文字だ……」 

「転校生まで……」

 ん? 五文字?

「みんなうるさいわよ。ざわざわしないの」

「だってナナ先生、また漢字五文字だよ? いいかげんありえなくない!?」

「ありえなくないでしょう。今実際にありえているんだから」

 漢字五文字、って――私の名前? フルネーム?

「あのぉ、先生?」

「あーごめんなさいね木野山さん。このクラス、どういうわけか全員名前が漢字五文字なの。だからみんなびっくりしてるのよ」

「あ、へぇ?」

 だから? だからざわついてたの? 文字数が五だから? 織紙関係無かった!? なんか今までとは違う恥ずかしさ!

「五文字だし変な名前だし、そりゃざわざわもするよ先生」

「そうね」

 変な名前だとも思ってたのね!? あと先生もフォローしてくださいよ。「そうね」ってあなた。

「ナナ先生の名前も大概だけどなー」

「なによー何がおかしいのよ」

「おかしいでしょ。ナナカハライマだよ? 聞いたことないよ」

 鳴奈河原今。ななかはら、いま。初めて聞いた時はどうしたらいいかわからなかった。とてつもなく失礼な、失礼な話だけど、正直言って最初は人の名前だとすら思わなかった。名字も名前もまるで未知の世界。私の織紙がかすんで見える。べ、別に張り合ってるわけじゃないけど。

「とーにかく、今日から木野山織紙さんがこのクラスに加わります。みんな仲良くね。いじめちゃだめよ。じゃあこのまま一時間目に入って、今から木野山さんを含めて席替えをします。くじは用意してありますからね」

 席替えかあ。漫画とかだと、空いてる席に座ってーみたいな感じだけど実際は違うんだ。そうだよね、普段席って空いてないもんね。

 ……漫画って、なんで都合よく空いてるんだろう。前は誰かが座ってたのかな? だとしたら、その人は、どこに行っちゃったのかな。別の学校に転校したのかな。そこに、都合よく、別の転校生が、やってきた。ということなのかな。――そんなこと、あるかな?

 なーんて、くだらない、答えなんか出ないことを考えているうちに、いつの間にか席替えは終わっていた。

 私ってば、なんでもないことで考えすぎていつの間にかー、気づいたらー、ってこと多いよなあ。お父さんの遺伝かな? ともあれ、私は最後列で窓側から二番目の席になった。目立たなくてなかなか良い席かも。

「じゃ、次の時間からは普通に授業だからね? みんな浮かれないでね。歴史の先生に迷惑かけちゃだめよ」

「はーい」

 思ったより席替えに時間がかかり、それだけで一時間目は終わりになっていた。休み時間、クラスのみんな(主に女子)が私の机に群がってくる。……失礼な言い方かな?

「よろしくねー!」

「織紙さんてどこから来たの?」

「部活とか入る?」

「おもしろい名前だよね」

「髪、パーマとかしてるの? きれいなウェーブ」

「手芸部とか似合いそうー」

「お菓子食べる? これおいしいよ」

「うち美術部なんだけど幽霊部員多くてー」

「……で、…………でさ」

「……マジで…………だから」

「その…………は……なの?」

「ウケるー」

「……………………?」

「………………!」

「………………………………」

 何やらいろんなことを、それはそれはいろんなことを言われたり訊かれたりした。

 なんだか途中からみんな何て言ってるのかよくわからなくなってきて、私の返事もなんだか曖昧というか、要領を得ないというか、自分でも『何言ってんだ』みたいな感じ? になってた気がする。

 疲れた。私包囲網を展開する女子たちから一旦逃げるように、ちょっと包囲の隙間があいてた左側へ顔を向けた。

 その時初めて気がついた。左隣の席に、背の低い、日本人形のようにサラッサラな黒髪を背中まで伸ばした女子が座っていた。

 私の視線に気づいたのか、その子がこっちを向いた。

 前髪は目にギリギリかからない長さで、いわゆるぱっつんというやつだ。ほんとに人形のようにきれいに切り揃っている。私のくせっ毛とは大違いだ。目は大きくて黒目勝ちで、ちょっとつり目、かな。口はちっちゃくて、控えめな感じ。口角は下がり気味? 鼻はちょっと低いけど、かわいい――。

 何回も言うけど、ほんとうにお人形さんみたいに綺麗――。

「木野山さん?どうしたの?」

「え!」

 私を囲う女子たちのうちの誰かの声で我に返った。なぜだか左隣の子にとてつもなく見とれてしまっていたみたい。どうしたんだろう、私……。

「大丈夫?」

 包囲網たちが心配そうに見てくる。何がどう大丈夫なんだろう。大丈夫だと思うけど。

 返事に困っていると、二時間目開始のチャイムが鳴った。包囲網が解け、視界が広くなった。

 もう一度、左の彼女を見た。彼女はうつむいて本を読んでいた。カバーがかかっててどんな本なのかはわからない。

 その口は、笑っているように見えた。何、読んでるのかな……?

 授業が始まってからは、特に変わったこともなく、普通に、ほんと普通に進んでいた。

 歴史の勉強って、つまんない。ただ過去に起こった事を覚えるだけ。計算や実験や考察なんて無い、ただ覚えるだけ。つまんない。この先生の話し方も面白くないし。

 私は机の上のノートにぐちゃぐちゃとシャープペンで下手ならくがきを始めていた。梨、梨の妖精。ジャンプさせてみようかな。

「で、朱雀大路には――」

 ……朱雀大路には、何? 先生ったら急に止まっちゃって。どうしたんだろ――。

「なにこれ」


 思わず声が出た。

 先生は喋っていた。でも声が聞こえない、口パク状態だ。先生の声だけじゃない、他のみんながノートを書いたりひそひそ話をしたりする音も、何も一切聞こえない。

 そして何より私を驚かせたのは、周りが、周りが鈍い青色で包まれていることだった。

「織紙」

「わっ!」

 いきなり自分を呼ぶ声がして思わず立ち上がった。その拍子に机が前に傾き、音を立てて倒れた。

 しかし誰も何の反応も無い。私が立ったことも、机が倒れたことも、吹っ飛んだノートが前の席の人にぶつかったことも、気づいてないみたいに。

「大丈夫。気づきやしない」

「……あなた」

 左側から聞こえた声は、確かにこの、日本人形のような、この、小柄な少女から発せられたものだった。

「木野山織紙といったな」

 見た目にふさわしい、普通の、かわいい声。でも、なんとなく高圧的というか、おばあちゃんみたいというか、ちょっと違和感のある喋り方だ。

「どうした、違ったか? 確かそう名乗っていたはずだが」

「あう……」

 なんか情けない声が出た。この子は席に座ったまま、顔をこっちに向けて喋っている。立ち上がった勢いで机をぶっ倒した私に。

 ……さっき見たときと同じ、かわいい顔だな。ってまた見とれてる。こんな時に。あ、今気づいたけど、この子だけ青色になってない!

「そうか、先に名乗れということだな。私は藤原千代安」

「ふじわらのちよあ……?」

「そう。……ああ、『の』はいらない。ふじわら、ちよあ、だ」

「ふじわら……ちよあ……」

 頭が混乱している。今私はどういう状態なんだろう。居眠りして夢見てるのかな。確か私は――ノートにらくがきをしてて……うん、落ちてるノートを拾って見ると、梨の妖精が飛び跳ねている様がしっかりと描かれている。作者は私だ。中学生の時に考えたオリジナルキャラクター。梨が好きだから。

「何を見ている? 私はこっちだぞ 」

 そう言いながらこの子、千代安ちゃんは立ち上がり、私に近寄ってきた。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて千代安ちゃんの方を向いた。わお、顔近い。ああーおっきな目ー。まつ毛なっがー。

「そうだ。こっちを向け。ふふ」

 笑った。千代安ちゃんは私の顔をまっすぐ見つめて、笑った。

 その笑顔は、初めてこの子を見た時のイメージ、お人形のような、変な言い方をすれば、心とか感情とかそういうものを持っていないんじゃないか、というイメージとは全くかけ離れている。

 特に口。さっきは控えめとか思ったけど、今は違う。口角が上がってニヤリと歪み、薄い唇と薄い唇の間からは白い歯がチラリと見えている。この表情は、そう、いたずらっ子というか、ドSというか、小悪魔というか、とにかくそういう顔だ。しかも私の方が背が高いから自然に上目遣いになってて余計にそれっぽさが滲んでいる。

 ……でもなんだろう、嫌な感じがしない。むしろずっと見ていたくなる。不思議……。

「ふふ、それでは改めてもう一度訊くが、お前の名前は木野山織紙で間違いないのだな?」

「え、あっあー、うん。そう。木野山、織紙、です」

 急に真面目な顔して訊かれたもんだから思わず敬語になっちゃった。持ってたノートも落とした。

「そうかあそうかあ」

 千代安ちゃんはひとりで納得している。何を納得しているのか尋ねようと口を開きかけた瞬間、千代安ちゃんは私の両手を思いきり掴み、叫んだ。

「織紙、私はお前に惚れたぞ!」

「え……ええ!? 惚れた?」

 この子は何を言っているんだ! 惚れたって、惚れ、惚れたって、それ、それはつまり、私のことが好きだということ! ってこと!?

「こ、こ、ここ、こと」

 そんな、まさか転校初日に、しかも女の子に、告白……愛の、愛の告白だなんて。今まで男子にもされたこと無いのに! ――いや、あったかも。

「そんなことはどうでもいいの!」

 しまった声に出してしまった。

「いきなりどうした。おかしなやつだな」

「あ、いや、ごめん違うの。でも、でも私、女の子と、その、つ、付き合うっていうのは、考えられないというか、違うというか、やっぱり男と女ってのが一番というか、その……」

「ん、おお? お前は男と付き合うのが好みなのか? ふむ、織紙は男好きということか」

「男好きい!? 違うよ違うよ私まだ一回もしたことないもん! ……いや今のは違うの!」

 ああー私ってば何を言っているんだあー! 顔が熱いよー。

「違う違うとさっきから何が違うのか、まるでわからんが……」

 冷静な言葉によって、私の頭は一気に冷やされた。

 見ると千代安ちゃんは明らかに戸惑っている。さっきはこっちを向けと言っていた千代安ちゃんの方が目を下に逸らして、何か考えているようだ。笑顔も消えている。困らせちゃったかな。でもいきなり告白なんてしてくるから……。

 何秒か待っていると、千代安ちゃんはまた私の目を見て言った。

「どうやら私は、お前に勘違いさせてしまったのかもしれない。その……私はあまり言葉が上手くなくてな。互いに言葉の意味を取り違ったようだ」

 初めてこの子の弱気な声を聞いた。すごく言葉が上手そうな喋り方だけど――という気持ちはとりあえず置いておこう。

「そう、なの。じゃあ、私に惚れたってのは」

「気に入ったということだ。共にいたいという気持ちを伝えたかった」

「と、共に」

 それって――。

「嫌か?」

「それは、友達として、ってこと?」

「……そうか、これが、友達か。ああ、そうだ。私は織紙と友達になりたい」

 ちょっと困ったような表情の上目遣いで、そんなセリフ……。ズキューンと射抜かれてしまった。

「うん。うん、友達。私と千代安ちゃんは、友達だよ!」

 千代安ちゃんの顔にほんのりと笑顔が戻った。

「ふふ、友達か。友達。ふふ。織紙と友達か。ふふふ」

 ほんのりだった笑顔がみるみるうちにさっきのニヤリ顔に戻った。でもやっぱりかわいいんだな、これが。

 千代安ちゃんの手が、さらに私の両手を強く握った。そうだ私ずっとこうやって手握られてたんだった。

 手、あったかい。そして千代安ちゃん、握力弱い。

「ふふ、さて、そろそろその机を直せ。元の場に戻るぞ」

 千代安ちゃんは手を離して自分の席に座った。

「あ、そうだね。ん、元の場?」

 机を直そうとしたが、気になる言葉に手が止まった。

 元の場、とは――?

「ああ。今私と織紙は二の場にいる。このおかげで我らの会話は誰にも聞こえない。それどころか今この時、我らは誰からも認識されない。存在していないことになっている」

「ど、どういうこと……認識されない、存在してないって。この青いのが関係あるの?」

「青く見えているものが元の場に存在するもの。そうでないものが二の場にあるもの。二の場にあるものは元の場に存在するものからは認識されず、干渉されず、影響を受けない。二の場にあるということは、その間だけ存在を無くすということだ」

「なに、全然わかんない……存在を無くすって、じゃあ私は今どこにいるの? 教室じゃないの?」

「……元の場、つまりこの教室にいる者たちの感覚で言うならば、今、織紙はどこにもいない。さらに言えば、『織紙がいない』という思考に至る者がいない。今、木野山織紙という人間がこの世にいるということを知っている者が、元の場にはいないのだよ」

「私は、どこにもいない……」

 何を言ってるのかわからない。千代安ちゃんが何を言っているのか、私には全然わからない。

 私を知っている人がいない。いや、私がここにいることを知らない? ええと、違うな。なんだっけ、私は今どこにもいなくて、でも誰もそれを、認識できない? だから、だから、ううん……わからない。

「あー、うむ」

 千代安ちゃんの声にハッとする。

「難しかったか?」

「ん、うん。すごく、難しい、です」

 恥ずかしい。私ってバカなのかな。勉強サボりすぎたのかなあ。

「まあ、ごく単純に言うとだな、あー、そうだな、私が作るこの空間にいる間は、何をしても何を喋っても、他の者たちには見えないし聞こえない。ということだ。……わかったか?」

「なんかごめんね、やっとわかったよ。多分。って、ちょっと待って!」

「な、なんだ」

 今この子、聞き捨てならないことを言った。

「千代安ちゃん、今あなた、私が作るこの空間って言ったよね! じゃあ、この、に、二の場って言ったっけ。これ、これ千代安ちゃんがやったの!?」

 自分でも引くぐらい興奮しているのがわかる。この不気味というか不思議というか不可解な出来事、それを起こしているのがこの子、今日出会ったばかりの、今日出会ったばかりで、手を握って、勘違いとはいえ愛のこく、こ、告白をしてきたこの美少女が、だなんて!

「……織紙、お前、気づいてなかったのか?」

 目を丸くして、口を小さく半開きに、ってこれ千代安ちゃんポカンとしてる! うそ、やだ、そうなの? そうなのって何よ。

「私以外にこんな事できる者がいるわけないだろうに」

「ど、どどどういうこと?」

「どうせ二の場に招待したのだ。下手にごまかすこともできん。察しの悪い織紙に教えてやろう」

 そう言うと千代安ちゃんはまた立ち上がり、薄い唇を開いて白い歯を見せて最高のニヤリ笑顔を作った。

「私は人間ではない。その昔に顕現し今なお生き続ける妖魔(ようま)だ。この二の場も、我が妖魔の力。私だけの力なのだ!」

 ――私はおそらく、さっきの千代安ちゃんと同じ顔を今している。ニヤリ顔じゃなくて、ポカンの方だ。

 妖魔、とこの子は言った。

 自分は妖魔だ、昔に顕現(意味がよくわからない)した。二の場は自分が作ったのだ、と。

 実際それを体験しておいてなんだけど、とても信じられない。

 そもそも『妖魔』とは、なんだ。妖怪とは違うのかな。河童とか、砂かけばばあとか、テケテケとか。ん、テケテケは妖怪ではなかったっけ? いや、関係ないか。えーと、じゃあ女子高生の妖怪? ってなんだ? トイレの花子さん、は子供か。うん? なんの話だっけ。あ、千代安ちゃんの顔がちょっと赤くなってる気がする。

「おい、せっかく明かしたんだぞ、反応を示せ。何か言え」

 もしかして、怒ってる?

「ごめんね、えっと、千代安ちゃんは何の妖怪なの?」

「妖怪ではない妖魔だ! ちゃんと聞いていたのか」

 やばい怒らせちゃった。目と目の間にしわができてる。

「私は妖魔だ。しかも平安の世では平民も貴族も等しく我らふたりを恐れた。まさに大妖魔だった」

「ふたり……?」

「それが今ではこの有様。私を妖魔と知る者はほとんどおらず。我が存在感は希薄になっている」

「千代安ちゃん」

「しかし、やっと機が来た。あやつの言う通りだった。なあ織紙よ」

「えっ、なに?」

「お前は私の友達になってくれるのだな?私が再び世を掌握するに至るまでの手伝いをしてくれるというのだな!?」

「……は」

 再び世を掌握するに至るまでの手伝い?

「いやそこまで言ってないよ!」

「なんだと」

「よくわかんないけど、私は千代安ちゃんの友達にはなるけど手下にはなるつもりないからね!」

「手下」

 そう言ったきり千代安ちゃんは下を向いて黙ってしまった。強く言いすぎたかもしれない。でも私は間違ってないもん。

 ……落ち込ませちゃったのかな。それとも怒ってる? まさか逆らったからって殺されちゃう、わけ、ないよね。ないよね?

「ふふ、ははは、手下、人間を手下になどするものか。手下にするには人間は弱い」

 笑ってる。どういうことよ。

「織紙、また勘違いをしているな。私は手下など欲しくない。私はお前に、友達になってほしいのだ。さっきそう言ったじゃないか」

「そう、だったね。でも世を掌握する手伝いって!」

「それが友達だ。世を掌握するにも何をするにも、友達がいなければならない。そう言われたのだ」

「言われた?」

 ――千代安ちゃんの考えてること、まだよくわからない。けど多分、千代安ちゃんの言う『友達』と私が思う『友達』の意味に差異は無い、と思う。思いたい。だって私も、千代安ちゃんと『友達』になりたいもん。

「わかった。私と千代安ちゃんは友達。これから私たち、仲良くしよう!」

「織紙――!」

 千代安ちゃんは今までのとは違う、あのニヤリ顔を悪魔と表現するなら、これは天使。天使の笑顔だ。薄い唇がさらに薄くなるほどに口が大きく開いた弾ける笑顔だ。何だかほわわわんとした気持ちになってくる。

「はは、織紙のおかげでこれから楽しくなりそうだ」

「あはは、そうかな」

「そうだとも。よし、机を直せ。今度こそ元の場へ戻るぞ」

「あ、うん。そうだね」

 私は倒れている机を元に戻してノートと教科書を拾って椅子に座った。私と千代安ちゃんが二の場でこうして喋ってる間も、ずっと教室では先生が授業を続けていた。ああ、すごい大胆にサボっちゃったなあ。

「いいか?」

「うん、いいよ」


 私が返事をした直後、私と千代安ちゃん以外を包んでいた青が消えた。そして先生の声やみんなの出す音が聞こえるようになった。

 元の場に戻ってきたんだ。そう思うと急にほっとした気持ちになる。

 私は、ちゃんと存在してる――。

 左を見ると、千代安ちゃんは何くわぬ顔で教科書とは違う何かの本を読んでいた。最初に見た時読んでたやつだ。好きなのかな。

 そういえば千代安ちゃん、全然ノートとってないな。大丈夫なのかな。あ、もしかして昔から生きてる妖魔だから歴史は詳しいのかな。

 ……まてよ。なんで妖魔が高校通ってるの? そもそもさっきのは現実なのかな。居眠りして夢でも見てたのかも。だとしたら妖魔なんてのもただの夢ってことだよね。うーむ、でもあの感じ、夢って感じじゃなかったよなあ。……授業終わったら本人に訊いてみよう。変なやつだと思われるかもしれないけど。

「お、チャイムだな。今日はここまで。テストに出るからちゃんと勉強しておけよー。じゃあ号令」

 歴史の授業が終わり、私は千代安ちゃんの横に立って、勇気を出して訊いた。

「千代安ちゃん、その……私たち、友達だよね?」

 千代安ちゃんは読んでる本から目線をこっちに移してこう言った。

「……あ、当たり前であろ、いや違う、当たり前、じゃん。さっきそう言った、じゃんか」

 この子ほんとにさっきの千代安ちゃん? なんか違くない? 語尾に違和感が。歯切れも悪いし。

「だ、だから言っただろ、言葉が上手くないと……! あまり大勢いる場所で私を喋らせるな!」

 小声で恥ずかしそうにそう言うと、千代安ちゃんは顔を赤くした。ということは、さっきのはやっぱり夢じゃない!?

「そ、そう。ねえ千代安ちゃん、本当に、妖魔なの?」

「本当だと言ってるだろう! 私の事がそんなに疑わしいというのか!」

 教室中の視線が、大声で叫ぶ千代安ちゃんに集まった。

 千代安ちゃんは慌てた様子で例の本に目をやってページをめくり、ほんの一瞬止まったかと思うと今度は私の方を向き、顔を真っ赤にしながら口を開いた。

「ほ、本当、だよー。決まっ、てんじゃん、……織紙、まま、ま、まじ、う、うけるー」

 ……沈黙がつらい。

「う、あ、うん! そうだね、ごめん、ほんとだよねー千代安ちゃん」

 は、恥ずかしい!

「座ろうよ、ねえ千代安ちゃん!」

「そうだ、ね。うん、そうしよう」

 若干強引に千代安ちゃんを座らせて私も自分の席に座った。クラスのみんなもそのうち何事もなかったように元に戻っていった。

「千代安ちゃん、ごめんね?」

 千代安ちゃんは開いた本で顔を隠していた。両脚が浮いて膝が机にくっついてるよ。かわいいなあ。

「……構わん」

 ちっちゃな声だった。

「木野山さんと藤原さん、いつの間に仲良くなったんだろーね」

 そんな話し声が聞こえたような気がした。

「ほんと、いつの間にだよ」

 なんとなくひとりごちて、右腕で頬杖をついた。

 ずっと本で顔を隠して恥ずかしがっている千代安ちゃんの姿を見てると、さっき二の場で自分は大妖魔だなんて言っていた子だとは思えない。すごいギャップ。これじゃあせいぜい、小妖魔(しょうようま)だよ。ふふ、なーんてね。

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