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episode 9

 クロと一緒に住むようになってから早一ヶ月ほどが経つ。両親がいない環境のままではあったけれど、今はイヌガミやクロが一緒に居てくれるおかげか、昔ほどの虚無感はない。そうして、月日を重ねていくうちに、俺は霊力や妖怪のことについて気になり始めた。

 図書館に通って、そういった類いの本を漁ってみたものの、妖怪にいたっては作り話のように綴られた書物が多く、実体験のような物は一切なかった。そして、それは霊力についても同じだった。

 陰陽師などに通じるだろうと思っていたけれど、こちらも期待するほどの収穫はなかった。

 一人だけ、そういった話しに通じる人物を知っているものの、正直あまり関わりをもちたくない。何度か俺とイヌガミを監視するような視線を感じたことはあったけれど、これといって関わってくるようなことはなかった。伊集院にとって、俺やイヌガミが暴走しないように見張っているんだろう。

 見張られているから関わりたくないのではない。伊集院は、イヌガミを退治しようとしたんだ。どういった存在かを調べたわけでもなく、それらの存在が人間にとって悪だと決めつけているかのように。

 理不尽に襲ってきた相手を安易に信用しようとは思わない。

「けど、実際問題。あいつに聞いたほうが早い気もするんだよな~」

「なにが?」

「お前が全然教えてくれねーから。俺なりに調べてみてるんだよ。俺の力のこととか、妖怪のこととか」

「そんなことしなくても、時期がくれば教えてやるって言ってんだろ」

「それが全然こねーから自分でも調べてるんだろうが。第一、時期ってなんだよ? イヌガミが誕生したときがその時期じゃねーのかよ?」

「俺もいつか、ってのはわからねーよ」

「なんだよ、それ」

「お前のじいさんに言われたんだよ。時期がきたらわかるってな」

「それを大人しく待っとけって?」

「俺はお前のじいさんと約束した。力のある者との約束事は破れねーんだよ。俺がいくら教えてやりてーって思ってても、出来ねーんだ。悪いな」

「別に猫屋敷が悪いわけじゃねーけど……」

 猫屋敷に謝られ、俺はちょっと罪悪感がわいた。

 猫屋敷を責める気ではなかった。しかし、結果的に猫屋敷を責める形となってしまった。

 猫屋敷がじいちゃんと約束したのは、俺のためなのだろうということは予想がつく。けれど、じいちゃんはどうして、そこまでして俺に力のことやクロのことを秘密にしたのかが分からない。

 じいちゃんから言われたら、俺は非現実的なことも受け入れたと思う。それがじいちゃんの心配事になったんだろうか。

「約束、か。じいちゃん、何考えてたんだろうな……」

「お前のことを常に心配してたよ」

「そりゃ、可愛がってもらったことは覚えてるけどさ。なんて言うか、別に小さい頃に教えてくれてても良さそうじゃんか。じいちゃんが教えてくれてたら、イヌガミのことも、お前のことも。もっと普通に受け入れてただろうし」

「そういう訳にもいかなかったんだよ、あの時は」

「あの時? て、聞いてもまた時期がきたら、か。はいはい、どうせ俺は蚊帳の外だよ」

 猫屋敷を困らせたいわけではないけれど、抜け者にされていることはどうも納得できなかった。自分の力のことであり、自分に関わっていることに秘密にされるのはあまり気持ちのいいものではなかった。

 それでも、無理に聞き出せそうにもない。八方塞がりな気がしてくるが、俺は伊集院のことを思い出す。

 敵でも、味方でもないけれど、もしかしたら一番情報をくれるかもしれない人物。しかし、伊集院に聞いて素直に教えてくれるかどうかが分からない。そもそもイヌガミの一件もあって、猫屋敷の正体を知られたくないという気持ちがあった。

 下手に聞いて、自分から喋ってしまうことが気がかりだった。

 もし、猫屋敷の正体を知ったら、伊集院がどういう行動をするかなんて容易に想像ができた。そして、恐らく戦うなんてことになったら、猫屋敷も伊集院も無事ではすまないだろう。

 猫屋敷も、伊集院もどれほどの実力なのかは分からない。けれど、お互いが無傷で済むようなことではないことは予想できる。

 だからこそ、伊集院と猫屋敷を会わせたくないとも思うんだ。

「猫屋敷。あいつには近づくなよ」

「伊集院だろ? イヌガミのこともあるから話しをつけてやってもいいが……」

「いいって。あれから特になにもしてこないし、言ってこねーし。けど、なんかお前があいつと関わるのが嫌なんだよ」

「なんだ、それ?」

「嫌な予感しかしねーんだよ」

「そうか」

 猫屋敷にはなにか伝わったのか、俺の警告に小さく頷いた。猫屋敷も今は人間の姿なのだから、俺が行動を制限させるのも疑問ではあるが、それでも関わってほしくないという気持ちが勝った。

「みこーー……!?」

 俺の名前を呼ぼうとした猫屋敷だけれど、それは途中で止まった。俺はその事に疑問を感じながら、猫屋敷へと顔を向ける。すると、そこには驚いた表情の猫屋敷がいる。あまり見たことのない表情に、俺は物珍しそうに見ていたが、猫屋敷が驚いていた理由がわかった。

「なんだ、これ?」

 最初は小さな違和感だった。しかし、その違和感は大きなズレを感じるまでに大きくなった。

 俺は目の前紫色の煙が周囲を包んでいく光景に目を疑った。それは、まさに一瞬の出来事だった。

 さきほどまでいつもと変わらない日常の風景だったけれど、その光景が一気に紫の煙が一面に充満した空間に変わったのだ。

「猫屋敷?」

「これが、その時期だってのかよ、じいさん」

「え?」

「実殊。この障気が見えるか?」

「障気ってこの紫の煙か?」

「あぁ。ここはもう普段の教室じゃねー。俺たち妖怪の世界……異界だ」

「は?」

「どいつの仕業かわからねーが、異界に俺たちを引っ張り込んだ奴がいる」

「いやいや、ちょっと待てよ! さっきまで教室に行ったのに、なんで異界? てか、そんな簡単に異界なんて行けるのかよ? いや、その前に異界ってなんだよ?」

「異界は俺たち妖怪の世界のことだ。この世界は本来現実世界の合わせ鏡のようなもの。けれど、人間界から異界に行くには相当の力の持ち主か、満月とかの特別な力がある時以外は、普通はいけねーんだよ」

「てか、この世界に異界なんてもんがあるのに驚きだよ。んで、つれてこられたのって、俺たちだけか?」

「イヌガミを呼んでみろ。たぶん、あいつもこっちには来てるはずだ」

「あぁ。おーい、イヌガミー!」

 周囲に誰もいないことをいいことに、俺は大声でイヌガミを呼んだ。そうすると、少し経ってから猛スピードで俺のもとへとイヌガミが駆けてきた。

『ご主人様、大丈夫!? なんか変なところに迷ってきちゃったよ』

「あぁ、平気。お前も大丈夫か?」

『うん。僕はなんともないよ。ご主人様も無事でよかった』

「あぁ、心配してくれてありがとな」

「早速で悪いが、イヌガミ。お前の結界で俺たちをもとの場所につれて戻れないか?」

『うーん……それが、僕のマーキングが全く分からないんだ。前につけたマーキングもなくて……』

「やっぱりそうか。俺のマーキングも全然辿れねー。と、なると戻るのはここにつれてきた元凶ってやつをなんとかするしかねーな」

「なんとかって?」

「普通に考えれば退治だ。退治すれば、俺たちをつれてきた力は消え、もとの場所に戻れるはずだ」

 そう言うと、猫屋敷は猫と人間の中間のような戦闘スタイルへと変化した。

『実殊、お前は俺とイヌガミの後をついてこい。ここには妖怪がうようよと居やがるからな』

「うようよって、全然見えねーけど」

『今はな。けど、かなり近い場所で妖怪の臭いがする。お前、まだ十分に力が使えないだろ?』

「そう言うならちゃんと教えてくれよ! 俺はどうすりゃいいんだ?」

『……まだ、か』

「は?」

『いや、イヌガミみてーに、その時がきたら分かる。それまでは、俺からは何も言えねー』

「そうかよ。こんなところで言い合っても仕方ねーし、とりあえず俺たちをここに連れてきた奴を探そうぜ?」

『……あぁ』

 やることが決まったため、俺たちは教室から出ることにした。猫屋敷の忠告通り、俺は二人の後ろをついていく。

 所々、小者っぽい妖怪に出会ったけれど、襲ってきた奴らはイヌガミがだいたい退治していた。その様子は犬がボール遊びでもするようだった。

 敵に向かって突進していったかと思えば妖怪を一噛みする。すると、噛まれた妖怪は塵のように消え去る。まるで取れないボールを永遠と追いかけているみたいだ。

 一瞬にして消えていく敵に、若干同情したくなる。

『ここら辺は雑魚妖怪ばかりだからな。イヌガミの成長にはちょうどいいかもな』

「その割りに一瞬で消えていってるけどな」

『もともと力が強いからな。まぁ、当然だろ。けど、アイツにはちょうどいい肩慣らしだろうよ』

 俺たちはゆっくりと歩きながら、学校とも言えぬ場所を散策していた。基本的にはイヌガミや猫屋敷が『感じる』という感覚頼りだ。

 俺自身も何かを感じるけれど、それが今回の原因の奴の物なのかが分からず、二人が向かう方へついて行く。

『それで、あれから何か変化はあったか?』

「変化?」

『こっちに来る瞬間、お前も何か感じたんだろ?』

「あぁ。けど、あれ以降は特に何も。ただ……」

『ただ?』

 言葉を中断した俺に、猫屋敷は先を促してきた。

 いまいち確証がないことだから、あまり言っていいものか分からない。けれど、俺はもう一度周囲を見回したあと、ちょっとした確信を得た。

「この景色も、雰囲気も。初めてって感じじゃない気がする」

『……』

「知らないはずなのに、なんつうか、見覚えがあるっていうか。なんか知ってる気がするんだよ」

『そうか……』

「何か知ってるのか?」

『……』

 知っている気がする。

 そう猫屋敷に話した途端、猫屋敷は急に口を閉ざした。俺をひたと見つめてくるその目はどこか悲しげに揺れているように見える。

 恐らく、猫屋敷には何か知っているんだろう。けれど、それを教えてくれないのはきっとじいちゃんとの約束のせいなんだろう。

 きっとまた答えてくれない。

 そう思うから、猫屋敷へ質問したい気持ちを飲み込んだ。

 教えてくれないことには若干苛立ちもするものの、じいちゃんとの約束だからという猫屋敷のことを責める気にはならない。ただ、少し寂しいと感じる気持ちはあった。

「いいよ、話してくれなくても」

『実殊……』

「じいちゃんとの約束なんだろ? それって俺のためにしてくれた約束なんだろ? なら……話してくれるときまで、待ってるよ」

『……』

 猫屋敷への信頼は揺るがない。寂しい気持ちはあるけれど、それでも猫屋敷が俺のことを思っての行動であることは分かる。

 だから、猫屋敷のいう時期がくるまで待とうと思った。

 きっとその時に分かるんだろう。

 俺のこの力の正体も、イヌガミのことも。そして、じいちゃんがどうして猫屋敷とそういう約束をしたのかも。

 それまでは、俺は猫屋敷から聞き出そうとしないことを決めた。

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