episode 7
学校についてからは何一つ変わらない時間だった。
ホームルームを受けて、授業が始まり、休憩時間は猫屋敷や他の友達とふざけあう。昼が近くになって早弁をする奴も、教室で静かに読書をする奴も、大声で笑い合う奴らもいる。そう、何一つ変わらない、平穏そのものといえる日常だ。
「今朝のこともあったらし、今日も何かしら起こるのかと思っていたけど……別になんともなかったな」
「そうだな。仕掛けてくる気がないのか、それとも……」
「猫屋敷?」
「……なんでもねぇ。それより、イヌガミはどうしたんだよ?」
「あぁ。いくら言っても聞かねーから、学校を散歩させてる」
「へぇ。今度はどんな心境の変化だ?」
「別になんでもねーよ。授業中に騒がれるのも面倒だし、別に学校にやばい奴がいるわけでもない……っ!」
「実殊?」
猫屋敷と喋っている途中で、俺は背中に悪寒が走って椅子から立ち上がった。そんな俺を、猫屋敷は怪訝な表情で見つめてくる。けれど、それに答えている余裕は、俺にはなかった。
悪寒が走ったあと、まるで全力疾走したかのように胸がドクドクと脈打っていた。
嫌な予感というものだ。
「どうした?」
「たぶん、イヌガミになんかあった」
「なに?」
そこまで言うと、俺は一目散に教室から飛び出した。どうして、俺にイヌガミの居場所がわかるのかは分からない。けれど、そんな疑問を横に、俺の体は導かれるように勝手に進んでいく。そうして、俺はイヌガミがいるであろう屋上の扉を勢いよく開け放った。
「イヌガミ!」
『ご、ご主人さま……』
そこには横たわり今にも消えそうなイヌガミの姿と、同年代のような男子高校生がいた。彼は冷ややかな目を、俺へと向ける。
「なんだ、これは君のものかい?」
「あんたは?」
「……質問に質問で返すか。ま、いいや。僕は伊集院榊。そういった道に精通している者だよ」
「俺は犬神実殊。そいつ、俺の式神みてーなやつらしいんだ」
「そう。こういう力を野放しにしておくのは感心しないな。そもそも式神なら、なぜ主人の側にいないんだ?」
「学校を見て回りたいっていうから自由にさせてたんだよ。なぁ、あんたイヌガミになにしたんだよ?」
「何も、とはいえないか。これが妙に僕の回りをうろちょろするから鬱陶しくてね。ちょっと祓ってやろうとしただけさ」
「祓う?」
伊集院の言葉に、俺は状況がよく飲み込めないでいた。ひとまずイヌガミの側に寄り、その存在を抱き抱える。俺との距離が近づいたおかげか、薄れかかったイヌガミの体にスッと色がはっきりと戻ってくる。
「へぇ、君、見かけによらずに力が強いんだね」
「なんでこんなことしたんだよ? 別にお前に危害を加えたわけじゃねーんだろ?」
「一緒だよ。そこら辺にいる妖怪みたいに、うろちょろとされちゃ敵わないからね。面倒な種は積んでおくべきだろ」
「面倒な種って……なんなんだよ、お前いったい」
「言っただろ。僕はこういった世界に精通しているって。言ってみれば現代版陰陽師みたいな存在だよ」
「陰陽師? 平安時代によく出てくるあいつらか?」
「まぁ、認識は間違ってないかな。今は力のある存在は限られてくるけど。それより、君はなんで力を持っているの? こういった類いの力は、普通代々受け継がれていくものだけど」
「知らねーよ。いきなり現れたんだよ。この力も、イヌガミも」
「……ふーん。でも、生半可に力を持っていたら君、死んじゃうよ」
「は?」
「これもそうだけど、君の力ってだだ漏れな状態なんだよね。そんな状態で居続けると変なものにとりつかれたりするし、なによりこんな弱い存在が守りきれるわけがない」
「……なんもしらねーくせに言ってくれるじゃねーか」
俺は淡々と喋ってくる伊集院に、怒りが爆発寸前だった。自分をバカにされたことよりも、イヌガミを弱いと言われたことのほうに苛立ちが募った。
俺はイヌガミを守るように、抱き抱える腕に力を込める。
「俺はお前の言う陰陽師とかじゃねーからよく分からねーよ。けどな、こいつなりに俺のことを思って動いてくれてんだよ。勝手に弱い、なんて決めつけてんじゃねーよ!」
そういい放った俺に、伊集院は少し驚いたように目を見開いている。それは、俺を見ているというより俺の腕に抱かれているそれに視線を注いでいるようだった。
「ん?」
伊集院の様子に驚き、俺も腕に抱えていたはずのイヌガミを見てみる。しかし、その腕にイヌガミはいなくなっていた。慌てて周囲を見渡すが、急に俺の頭上だけ暗がりができていることに気づいた。顔をあげると、いつになく大きくなっているイヌガミがそこにいる。
『取り消せ』
「イヌガミ?」
『ご主人様を侮辱する奴は許さない!』
そう言うと、イヌガミは大きな手を伊集院へと振り下ろす。それは巨大な肉球に押し潰されるようなものだが、あまりに巨大すぎるそれは柔らかそうなものには見えなかった。
「ちょ、おまえ……っ!」
制止する暇もなく、伊集院の上にイヌガミの手が覆い被さった。風圧で一瞬目をつぶったが、次に伊集院を見ると彼はイヌガミに押し潰されてはいなかった。見えない壁のようなもので防いでいるようだ。
「ぐっ……なんだ、この力……」
『謝れっ!ご主人様に、謝れ!』
イヌガミは牙をむき出しにし、怒った表情のまま伊集院への攻撃を止めようとしなかった。その光景に、俺の怒りはすでになくなっていた。むしろ、イヌガミの巨大化にただただ驚くばかりだった。
「こんなやつに負けるか。僕は伊集院家の跡取りなんだ。こんなところで、こんなやつには負けない! 紅姫!」
『何用か、我が主』
伊集院に呼ばれ、影から紅姫と呼ばれたそれは出てきた。赤より濃い赤、紅の髪をした女性のようなそれは、口元をマスクのような布で隠している。見た目はインドのような民族衣装を羽織っており、二本の剣が腰にあった。
「僕の目の前に憚るこれを倒せ!」
『御意』
短く命令したかと思うと、紅姫は腰の剣を引き抜いた。しかし、雰囲気からしてあまり良い状況でないことは理解できた。俺はイヌガミの名前を盛大に呼ぶ。
「イヌガミ、待てっ!」
『っ!』
俺の言葉に反応してか、それまで大きかったイヌガミの姿が一気に普段の小さなサイズに戻ってしまった。
「だ、大丈夫か?」
まさか自分の言葉だけでそうなるとは思っておらず、俺はイヌガミに近づいた。しかし、イヌガミに外傷は見当たらず、特に問題はなさそうだ。
少し拗ねたような膨れっ面を見せている以外は。
「紅姫、もういい」
『御意』
伊集院は紅姫に引き下がるようい命じると、彼女は何事もなかったように影のなかへと戻っていった。そうして、伊集院は警戒したように今度は睨み付けてきた。
「君はなんなんだ? なぜあんなに強化できた?」
「は?」
「君がそいつに力をやったんだろう? そうでなきゃ、あそこまで強力にはならないはずだ」
「いや、俺にも何がどうなったのかさっぱりだよ。てか、あそこまで巨大化できたのか、お前」
『ご主人様の力を感じたんだ。そして、そこの変な奴がご主人様を侮辱したように聞こえたから、ついカッとなっちゃったんだ』
膨れっ面のままではあったものの、俺の問いかけには素直に答えた。先ほどの巨大化にも驚いたが、イヌガミから流暢な言葉が出てきたことに、今は驚いた。ついさっきまでは舌足らずのような、幼い子供のような喋り方だったのに、今ではそういった感じがなくなった。まるで成長したような感じだ。
『それより、お前。ご主人様にちゃんと謝れ! 僕のご主人様を侮辱するな!』
小さな子犬の姿だが、いまだに伊集院には牙をむき出しにして敵意を向けている。俺はイヌガミをひょいとも持ち上げる。
「まぁ、もういいって。それより悪かったな」
「なにが?」
「イヌガミが勝手に攻撃しちゃったことだよ。俺もあんな風に攻撃的になるところを見たことがなくってさ。お前もだぞ、イヌガミ。俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、あそこまでしなくてもいいだろ」
『ごめんなさい』
「よしっ。そんじゃ戻ろうぜ。猫屋敷がきっと心配してるぞ」
『うん』
イヌガミが反省したことを確認し、俺たちは猫屋敷のいる教室へと戻ろうとした。猫屋敷をおいてきてしまったため、怒っている姿が思い浮かぶ。
「犬神!」
「ん?」
伊集院に名前を呼ばれ、俺は歩いていた足を止めた。振り替えると、最初に会ったときと同じように冷たい視線を向けてくる。
「今度、そいつがこの学校を動き回っていたら今度は容赦しない」
「別にイヌガミが誰かに悪さをしたわけじゃねーだろ。なんでそこまで食いついてくんの?」
「危険だからだ。ちゃんとした血筋のない突発的な力なら暴走するのが関の山。そうなったとき、お前はその責任がとれるのか?」
「責任?」
「そうだ。生徒や建物、そういった被害が本当に出たときだ」
「こいつがあそこまで大きくなったのはちょっと驚いたけど、そこまで神経質にならなくて大丈夫だと思うぜ? なんか、学校を徘徊して結界を張りたいだけって聞いたし」
「聞いた? 誰に」
「俺のダ……」
「?」
伊集院の質問にばか正直に答えていたけれど、猫屋敷のことを言おうとしたときだけ、その名前を教えることに躊躇った。
猫屋敷の正体を、俺はまだ知らない。
妖怪のような姿になったのは見たけれど、猫屋敷本人からどんな存在なのかを聞いていないんだ。ここで、伊集院に猫屋敷のことを教えても、嫌な予感しかしなかった。
「別に誰だっていいだろう。お前にそこまで教えてやるつもりはねーよ」
「そうだな。けれど、君の周りに少なくとも知識を持つ者がいるのは察しがついた。それなら、そいつからきちんと力について知っておくんだな」
「お前は教えてくれねーの?」
「なぜ僕が?」
「お前が言ったんじゃん。血筋のない力は危険だって。そういうなら、ちゃんと教えてくれてもいいんじゃないか?」
「下らん。自分の力のことだろう。それなら、自分が向き合わなきゃ意味がない」
「は?」
言いたいことだけ言ったようで、伊集院は俺に背を向けて去ってしまった。その姿を追いかける気にもならず、俺とイヌガミはしばらくの間、その場所に留まっていた。しかし、ずっと呆けているわけにもいかず、俺は猫屋敷が待つであろう教室へと戻っていった。
教室に戻ると、猫屋敷はやはり少し怒ったような表情のままだった。
「どうだったんだよ?」
「あぁ。伊集院榊ってやつが、なんか力について知ってるっぽい。けど、あいつ。イヌガミのこと消そうとしたんだぜ?」
「へぇ……そいつになにかしたのか?」
『僕、何もしてないよ! いきなり現れたかと思ったら、急に攻撃されちゃったんだ。ご主人様を心配かけたくなかったのに……ごめんなさい』
「いいって。とりあえず間に合って良かったけど。そいつが言うには血筋じゃない俺の力は危険なんだとよ。それで、イヌガミが暴走するかもしれないってことで消そうとしたらしい」
「ふーん。大変だったな」
「まぁな。けど、イヌガミになにもなくて良かったよ」
「そうだな」
『ご主人様格好良かったよ!』
「ありがとな」
「そういえば、イヌガミ、なんだか成長したか?」
「あぁ」
伊集院とのやり取りのあと、イヌガミの急成長についても猫屋敷へと打ち明ける。ふと、こんな話をしていることに不思議に思った。
ほんの数日前まではまったく知りもしらなかった、まったく関係のなかった世界。妖怪も、霊力も、なにも知らなかった。そんな非現実な世界が、今は日常の一部のように溶け込んできている。
「どうした、実殊?」
「いや、なんか不思議だなって思ってさ」
「は?」
「そうだろ。数日前まで、俺は妖怪も知らなかったし、霊力なんてあるとは思わなかった。いきなり俺の力の具現化だっていわれたイヌガミだって、俺にとっては非日常だったんだ。けど、今は生活の一部みたいになってる。お前と、こんな話をしてることも、結構不思議だなって思ったんだよ」
「そうだな……今も、お前は……」
「?」
「なんでもねーよ。つか、そろそろ授業だろ」
「あ、あぁ」
言い淀んだ猫屋敷に小首を傾げつつ、俺たちは普段の学校生活へと戻っていった。
授業は思いの外早く終わり、帰宅の時間となった。あいにく今日は塾の日だ。猫屋敷と早々に別れ、俺は塾に行く準備をする。
塾へは比較的近い場所にあるけれど、それでも歩いて20分ほど歩く。
そういえば、イヌガミの卵が降ってきた、もといぶつかってきたのはその帰り道だった。
急に降ってぶつかった卵に、怪しむなというほうが無理な話だろう。けれど、結局その卵を捨てきれず、イヌガミは生まれた。そして、ずっと友達だと思っていた猫屋敷は妖怪と呼ばれる存在らしい。猫屋敷がなんの妖怪なのかは聞いてない。
人間でも妖怪でも、猫屋敷という存在が俺の友達であることに変わりはないのだから。
「あ、もう着いたか」
『ここがご主人様の塾?』
「あぁ。ここに週三回行ってんだ。別に行かなくてもいいと思うけど、母さんたちが心配するからな」
塾の入り口前で、俺はイヌガミにそう説明した。
もともと塾に行かなくても成績はそこそことる自信がある。俺の両親も、勉強ばかりに目をやっている人たちではない。けれど、こうして塾を通わせているのは、俺がほとんど家で一人になる時間が多いからだった。
一人で家にいるよりはなにかと理由をつけて外に出していたほうが、両親としても安心なのだろう。家でずっと一人だと、確かに心が病みそうだ。
俺は両親に心配かけないようにするために、両親が薦めるこの塾に通うことにした。それが始めだった。
今では塾内でも友達はできたし、教師となる相手との関係も良好だ。
「実殊ー、入んねーの?」
「あぁ、今行くよ!」
友達の一人、西浦泰成が声をかけてくれた。塾で始めて友達になったのも、この泰成だった。
「入り口で何ぼうっとしてたんだ?」
「いや。毎回同じだから、つまらねーなぁって」
「優秀なお前はいいよな~。授業だって楽勝とかいってたし」
「そこまでは言ってないだろ。予習をしとけば分かることが多いって言っただけだって」
泰成は勉強が苦手だった。見かねた泰成の両親がこの塾に無理矢理入れられたと聞いた。けれど、泰成もこの塾に休まず来ていることから満更嫌というわけでもないのだろう。
「俺はこんなことやってるより、家でゲームしてー!」
「そう言いながら、泰成ちゃんと塾来てんじゃん」
「仕方ねーだろ。俺の親、送迎ってことでついてくんだから。しかも、ここに入るまでずっと居るんだぜ?」
「だから、毎日来てるのか?」
「そうだよ。サボれるなら、とっくにサボってるって。実殊が答えを教えてくれるんなら、もっと来たくなるかもしんねーけどな~」
「それやったら塾の意味ないだろ。その代わり、学校の宿題は一緒に見てやってるし」
「ちぇ、友達付き合いのないやつめ!」
「いや、結構力になってるぞ?」
泰成の言葉に、俺は軽く突っ込みをいれる。泰成との会話はほとんどこういった感じなものが多い。泰成がボケて、俺が突っ込みをいれる。ちょっとした漫才をしているような気分だ。
そんなやりとりを、同じ塾生は笑ってくれる。
賑やかな塾のためか、俺はこの塾が結構好きだ。
「今日はここまで。次回の予習もきちんとしてくるように!」
あっという間に講義が終わり、勉強の時間は終わった。俺たちは鞄に道具をしまい、颯爽と部屋から出ていく。
泰成は送迎があるため、俺たちは塾の出入り口で別れた。そうして、いつもの帰り道をとぼとぼと歩いていく。いつもは一人で少し寂しい帰り道だが、イヌガミがいる今はそうでもなくなった。ちょっとした犬の散歩気分だ。
『ご主人様、いつもあんなに勉強しているの?』
「あぁ。一応親の意向でね。まぁ、家にいても基本的に一人だし、いい暇潰しになってるよ」
『ご主人様、頭いいもんね!』
「普通だよ。まぁ首席とはいかなくても、上位の成績をとってれば後々楽だからな」
尊敬の眼差しを向けてくるイヌガミに、悪い気はしない。それでも、塾に通っていることについて誉められたのは初めてだった。俺に塾を通わせるようにした両親でも、俺の成績を誉めてくれたことはない。
両親のことを思いだし、俺は胸の奥がチクリと痛んだ。
『ご主人様?』
その様子に、イヌガミは心配そうな顔を向けてくる。その顔に微笑み、イヌガミの頭を撫でた。
「……何でもないよ」
まだ心配そうなイヌガミの顔だが、それ以上の追求はしてこなかった。心配させたいわけではないけれど、両親と過ごす時間が少ないことを寂しいと思うこともあった。
両親のいない生活を、多くの友達は羨ましいと言った。けれど、猫屋敷だけは違った。思えば、猫屋敷は常に俺のことを心配していた。
無愛想で、不器用だけれど、その言葉の裏に隠された優しさを感じることができた。中学時代も、気にかけてくれていたこともあって猫屋敷への信頼は強かった。いつの間にか、そんな猫屋敷の態度が日常となっていた。
心配してくれることを当たり前に感じてしまっていた。
「お前も猫屋敷も、心配性だな」
『猫さんも?』
「あぁ。てか、お前は猫さんって呼んでるのか?」
『うん。それに、猫さんは猫の妖怪でしょ?』
「へ?」
何事もなく言ったイヌガミの言葉に、俺は一瞬固まった。そして、イヌガミの言葉をゆっくり思い出してみる。
「あいつ、妖怪なのか?」
『え、猫さんからそう聞いたけど……ご主人様には伝えてなかったの?』
「あー、いや。あいつが人間じゃないってのは分かってたっていうか、知ってるけど……」
まさか妖怪だったとは思っていなかった。そもそも猫の妖怪というのは人間の姿に猫耳や尻尾が生えた姿だっただろうか。
冷静に考え始め、浮かんできた猫の妖怪は二又と呼ばれる妖怪だった。
長い年月を生き長らえた猫の尻尾が二つに割けた姿をしている妖怪だ。あんまり詳しいことは知らないけれど、俺の脳裏に一匹の黒猫の姿が浮かんできた。
小さな黒い丸い背中に、二本の尾を持つその猫を、俺は知っていた。
「まさか……あいつ、なのか?」
俺は思い出した記憶の断片が信じられず、口許を手で押さえた。
そこでチリンと鈴の音が鳴った。背を向けていた黒猫の顔が見えたように思えた。それと同時に、俺は木々の並木道へと目を移す。その木の一本に、さきほど思い浮かんだ黒猫の姿があった。