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episode 2

 夢を見ていた。

 懐かしい夢だった。

 そこには大好きだった祖父がいて、真っ黒い毛並みをした猫が一匹いた。

 楽しい夢だった。楽しくて、今でもそこにいるんじゃないかって思えるぐらいに。しかし、それを切り裂くように、突然頭が痛くなってきた。鈍器で殴られたような鈍い痛み。何かを思い出そうとして痛み出すように、その先に進むことを拒んでいるような感覚。けれど、ここに居たいと思ってしまう。今ここに居られれば楽しかったあの頃のままなんだ、と。心のどこかでそんな囁きが聞こえてくる。けれど、留まろうとすればするほど、笑顔だった祖父の顔が哀しみに歪んでいく。

 なんで、そんな悲しそうな顔をするの?

 問いかけた言葉は声にならずに消えていく。祖父の口が何かを伝えようとするかのように動き出す。しかし、自分の声が聞こえなかったのと同じように、祖父の言葉も声にならぬまま消えていく。何を言おうとしているのか、何を伝えようとしているのか。全く分からない。けれど、悲しそうな祖父の顔だけは脳裏に焼きついてしまった。



 自分の意識が浮上していくのと同時に、どうして眠っているのかという疑問が浮かび上がってきた。

 ふんわりとした感触から、自分がベッドの上にいることは確からしい。覚醒とともにはっきりとしていく感覚。そして、ぼんやりとした視界がはっきりしてくると、目の前にある顔がようやく見えてくる。

「お前……」

『大丈夫か?』

 それは、つい先ほどまで自分の目の前で戦っていた猫を擬人化したような姿の青年。黒い耳と尻尾は、どこか夢で見たあの猫に似ているように思えた。ゆっくりと体を起こし、俺は鈍痛のする額を押さえた。

「俺……」

『いきなりぶっ倒れたんだよ。覚えてないのか?』

「……えーと……」

 青年の言葉に、俺はさほど遠くない過去を思い出そうと記憶を引っ張り出した。

 確か変な卵がぶつかってきて、見ないふり決め込んで家に帰ったらその卵が俺の机の上にあって。そうして、変な化け物に襲われて……

 思考回路が途切れそうになるのを必死に繋ぎ合せながら、俺はハッと我に返った。そして、目の前にいる青年の腕を軽く掴む。

「約束だ。お前たちはいったいなんなのか。ちゃんと教えてくれ」

 そう頼む俺に、青年はどこか悲しげな眼差しを向けてきた。なぜ、そんな眼差しを向けてくるのか気になったが、それよりも目の前で繰り広げられた光景の真相の方が気になった。

 青年はフッとため息を吐き出したあと、どこを見つめるでもなく遠くへと目を向ける。ソッと細められた目は、何かを思い出そうとしているかのようだ。

『俺たちはお前たち人間が言うところの妖怪といった存在だ』

「よ、うかい?」

『そうだ。暗闇に住み、本来ならば人との世界と干渉はしない。しかし、お前のように霊力が強い人間たちには俺たちの姿は見え、また俺たちはそういった力の強い人間を捕食する』

「つまり、食べる……てこと?」

『そうだ。お前たち人間は俺たちのことをどんな人間でも食べる存在として解釈しているが、それは違う。霊力の強い者を喰うことはあっても、力のない者まで喰おうとはしない。力のない人間を喰っても何の得にもならないからな』

「でも、力の強い奴は食べるんだろ? 何か矛盾してないか?」

『いいや。俺たちは人間たちのいう食べる、とは違うんだよ。俺たちは力を喰うんだ。力を喰われた存在はその姿すら喰われてしまう。つまり無になるんだ』

 青年の言葉に、俺はますます分からなくなってきた。

 そもそも、彼の言う“喰う”ということはどういうことなのか。

 そして、“喰われた”とき、その者はどうなるのか。

「余計にわかんねーよ」

『分からなくていいんだよ、まだな』

「まだ?」

 青年の言葉が引っかかり、俺は小首を傾げた。しかし、そのことについて説明してくれる気はないらしく、青年は卵を見つめている。

『とにかく、だ。その卵はいわばお前の力の象徴みたいなもんだ。だから、無闇に捨てようとすんなよ』

「力の象徴って……まさか、これ食われたら俺もどうにかなんのかよ?」

『ま、そういうことだ』

「ふざけんなよ! なんだよ、それ!」

『恨みたくなる気持ちも分かるが、それはお前の力だ』

「ち、から?」

 いきなり現れた卵ごときに、俺の人生を滅茶苦茶にされてたまるか。

 そう思ったのに、目の前の青年はさらりと言いのけた。俺の腕に抱かれている卵が俺の力だと。

「なんだよ、力って?」

『それも時期になったら話してやるよ。けど、今はその卵を守れ。生きていたいのなら、な』

 意味深な台詞を吐いたあと、青年は窓から飛び出していった。止めようとする暇もなく、さらに説明させる暇もなく。俺の目の前から、その青年は一瞬にして消えた。

「これを守れって……どうやって守るってんだよ」

 腕にある大きな卵を見つめながら、俺は途方にくれていた。

 守れと言われた卵は俺の腕いっぱい分の大きさはある。小さな物であるならば肌身離さずに持ち歩くことができたけれど、この卵を持ち運ぶにはあまりに大きすぎる。しかし、だからといって部屋の中に隠して親に見つかるのは避けたい。

「どうやって守れって言うんだよ……」

 どう考えても非日常すぎるこんな大荷物を肌身離さず持っていられるはずはない。

 隠す場所もない自分の部屋。それに、自分が居ない間にさっきみたいに化け物が襲ってきたときのことを考えるとゾッとする。

 そう考えると、こう両腕で抱えきれないほどの大きさってのは厄介だ。もっと持ち運びやすく小さくならないだろうか。

「……って、なに守る気になってんだよ、俺」

 思わずあの男の言いなりになりそうな自分に気づき、勝手に自己突っ込みしてみた。しかし、一人でやっている虚しさが胸に広がるだけで、俺はわざとらしい咳をする。

「そういえば……前にじいちゃんから何か教えてもらったっけ。なんだったかな……」

 ひとまず大きな卵をベッドへと置き、俺は遠い記憶に意識を集中した。

 祖父との思い出は数少ない。毎日のように会っていたのは確かだが、幼すぎたのか断片的な記憶しか浮かんでこないのだ。そんな古い記憶を、一つ一つ手繰り寄せていく。

「守りし……壁……わが、敵から……えーと……」

 出てきた言葉は幼い俺を楽しませるための、幼稚な遊びの呪文の一つだった。しかし、なぜか口を突っついてくる言葉を止められない。

 そんな言葉を繰り返したからといって、この卵がどうにかなるわけでもないというのに。

 けれど、思い出に引きずられるように、言葉が溢れてくる。

「我が敵から守りし壁、見えぬ陣となりて、かの者を守れ」

 祖父の言葉をはっきりと思い出すのと同時に、俺はその呪文を暗唱していた。すると目の前がピカッと光に包まれ、その眩しさに思わず目をつぶる。しかし、光は一瞬に消え去り、再び目を開けたときは特に変わり映えのしない自室のままだった。

「……やっぱ単なる遊び、だよな。ははっ……何、やりたかったんだろ、俺?」

 何一つ変わらない風景にため息をつきたくなった。しかし、先ほどと違いどこか力が抜けてくる。

変なことが目の前で起こったことへの脱力感なのか、俺はベッドへと寝転がるとそのまま意識を手放した。






 実殊の部屋から出て行った猫のような男は、彼が眠るまでその部屋の傍でひっそりと見守っていた。

自分の話をどれだけ真剣に受け止めたのか。

 自分の置かれている立場を理解しているのか。

 諸々と不安ばかりが募っていく。その不安を振り払いたいこともあり、彼はずっと実殊を見守っていた。

『今話したところで全てを受け止めきれんだろうし、何よりアイツとの約束がある』

 彼は遠くを見るように目を細めた。しかし、すぐさま実殊のほうへと集中し直す。

『“時がくれば、嫌でも受け入れなければならない”、か……』

 意味深な言葉を吐き出したあと、実殊の変化に気づき耳をピクリと動かした。立てた耳から実殊の声が聞こえてくる。

「我が敵から守りし壁、見えぬ陣となりて、かの者を守れ」

『!』

 聞こえた言葉に、彼は目を見開いた。

 覚えているのだろうか、昔のことを。

 そう思ったが、実殊の行動を見るかぎりその可能性は低い。しかし、節々に残っている記憶があるのだろう。力を使ったことで疲れた実殊は倒れるようにベッドで眠り込んでしまった。

『アイツの言う通り……実殊の力は増大している。いつしか、再びこちら側と干渉してしまう日も……そう遠くはない』

 それが嬉しくもあり、同時に悲しくもある。

 相反する感情を胸のうちにしまいこみ、彼はスッと姿を消した。

 彼が居た場所には、黒い猫が一匹。赤いリボンに、チリンとなる小さな鈴が一つついている首輪をしている。暗闇に浮かぶ光る二つの目を細め、その黒猫はどこかへと去って行った。


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