episode 1
特にグロテスクな表現はない、入れるつもりもないということで禁制主張はしておりません。もしNGと感じられる方がいらっしゃった場合は表現や禁制も考えていますが、そこまで酷い描写はないと思いたいです。
久しぶりの執筆ですが、まだ完結しておりませんのでこちらもまた亀更新ということでお願いいたします。
それでもお付き合いくださる方は、暇つぶしにでも読んでいただけると幸いです。
それでは能書きはここまでにして、本編をどうぞお楽しみくださいm(_ _)m
幼い頃、俺は祖父ちゃんと遊ぶのが大好きだった。何をしていたのか、何を話していたのか。さすがに幼すぎたのか、よく覚えていない。だけど、笑うと深く刻まれた皺が一層深さを増し、微笑む顔が大好きだった。
「この子に犬神様の加護があらんことを」
そう言って、よく祖父ちゃんは俺の頭を撫でてくれた。優しくて、大好きだったんだ。
けれど、そんな存在ほど、人間はあっさりと死んでしまう。
最後まで、何を話していたのか、何をして遊んでいたのか思い出せない。けれど、鮮明に覚えているのは、祖父ちゃんの葬儀のとき。棺にしがみつき泣いていた自分と、幸せそうに眠っている祖父の顔だけが、よく覚えていた。
*****
最近、何度も同じ夢を見る。
同じ夢、といってもはっきりと覚えていない。ただ、またこの夢だ、と認識できる程度には覚えている。どんな夢だったのかは曖昧で、思い出そうとすればするほど、どこか遠い彼方へといくように消えていく。普段なら気にも留めない夢の話だが、さすがに一ヶ月も連続して見ると気になっても仕方がないだろう。そんな自分の思いとは裏腹に、その夢が何の夢だったのか。全く覚えていないのだが。
「確か……猫、だったのか? あれ」
微かに覚えているのは黒い毛並みをした猫のような形。懐かしいと感じるのは己の心。しかし、記憶の断片を掘り下げても、そんな猫と出会った覚えはない。
よく、夢はその人の記憶を整理しているから見るものだ、とか。夢はその人の潜在意識の現れだ、とか言うけれど、自分の夢が一体何を表しているのかなんて分かるはずがない。そもそも、うっすらと認識できたのは黒い猫のような存在と、存在するはずのない大きな白い犬。懐かしいと感じてはいるが、見覚えがあるはずなどなかった。
「だけど……ま、こう一ヶ月も同じような夢を見るのは何かの兆しなんだろうけどさ……」
本能が何かを知らせているのか、それとも偶然なのか。
ここまで見てきているのに、偶然ってことはないだろうが。
「とりあえず、学校かな……」
時計に目をやると、すでに七時は回っている。そろそろ準備をしないと、寝坊もしていないのに遅刻になっちまう。
ハンガーにかけてあった制服を手に取り、俺は学校の準備へと取り掛かった。
俺の日常は結構忙しい。
一日の大半を学校で過ごし、その帰りに塾へと通う。普段の帰宅時間は夜九時を回っているなんて当たり前だ。今日も、その変わらない一日のはずだった。
「帰ったら宿題して、明日の準備して……それから……」
帰ってから何をしなければならないのか。教育熱心な親を持つと、子供は大変だ。
道中でぶつくさと用事を数えていく俺の頭上に、石のように硬い何かが降ってきた。もちろん、そんなことを予想していなかった俺は、それと直撃。痛みは一瞬だったが、そのあまりの痛さに声が喉で引っかかってしまうほどだった。一泊置いて大声で叫び、俺の頭へと落下したであろう物体をにらみつけた。
「……はぁ?」
しかし、それはあまりにも現実離れしていて。俺は言葉を失うしかなかった。
「これって……た、卵?」
その大きさは俺と大差ないほどだ。けれど、人間と同じぐらい大きい卵なんて聞いたことがない。まして、なんで俺の頭に直撃するんだよ。
「……卵なんて見てない。俺は何も見てない。よし、帰ろう」
こういった現象には無視が一番だ。
そう思い、俺はくるっと踵を返すと、帰宅へと歩を進めた。
だが、このときから俺の人生は大きく変わり始めていたのだった。
頭上に降ってきた卵を見捨て、俺はようやく自宅へとたどり着いた。母さんの用意してくれた夕食を流し込むように胃の中へと放り込む。夜だというのに、母さんたちの姿は見えない。眠っているわけじゃない。まだ仕事から帰ってないんだ。夕食は仕事に出かける前に作ってくれている。それを電子レンジで温めて食べているだけだった。
「ごちそうさま」
両親が家にいない、ということは当たり前だった。
だから、一人で食べる食事が寂しいとは感じたことはない。
食べ終わった食器を片付け、俺はそそくさと自室へと足を運んだ。
自室にはいり、ベッドに背負っていた鞄を放り投げる。ドサッと音を立てて着地した鞄から目を離し、俺は部屋を見回した。
「は?」
しかし、俺の部屋には見覚えのない物が一つ。しかも、机の上へと置かれてあった。それは、帰り道の途中で俺の頭上に激突した卵のような物体。
「なんで、これがここに……」
しかも、ご丁寧にその大きさは先ほど見たのと変わらない大きさ。どう反応していいのか、全くわからない。ただ分かるのは、この卵が非常に怪しい、ということだけ。
「とりあえず、母さんたちが帰ってくる前に捨てないと……」
家へと帰宅した両親は、必ず俺の部屋を覗きにくる。それは中々一緒に過ごせない我が子の顔を見るため。幾度か狸寝入りをしていたため、そのことに気がついた。今日だってそれは変わらないだろう。こんな変な卵が部屋にあるだなんて見られたくない。
慌てて窓を開け、大きな卵を両腕で抱える。思ったほど重くはない。これなら軽く窓から放り投げることぐらいできそうだ。
『極上の力だ……なんともうまそうな匂い』
「え?」
投げ捨てようとした瞬間だった。
聞いたこともない独特な質の声。重苦しそうな、腹の奥底をくすぐられるような嫌な音がすぐ近くで聞こえた。
「だ、だれ、だ?」
突如聞こえた声に、俺はうろたえた。慌てて部屋の隅々を見渡すが、声の主はいない。
『ほう? 人の子のくせに、ワシの声が聞こえるのか』
「っ……!」
空耳であって欲しいと願ったが、どうやら空耳ではないようだ。ならば、不法侵入とでも言うべきこの声の主は一体どこにいるのか。
「だ、誰だよお前! 出で来い!」
素直に出てくるとは思ってはいないが、それでも俺は噛み付くように言葉を吐いた。
『ふっ……人の子のくせに生意気な。しかし、姿は見える、というわけではなさそうだな』
「だからどうした!? お前なんて怖くないんだからな!」
『ならば、少し遊んでやろう』
「なっ!」
部屋の中だというのに強い風が俺の体をすり抜けた。その強さに、俺は抱えた卵で風を避けるように掲げる。
『そんな大切なものを無防備に掲げていいのか?』
「え?」
まるで目の前にでもいるのか。その声は耳元で囁かれ、気付けば卵が宙を舞っていた。その卵に、見たこともない大きな口が目の前に一杯に広がる。
その卵がどうなろうと関係なかった。勝手に人の頭にぶつかってきて、勝手に人の部屋にあって。
見捨てるのは簡単だった。
なのに、胸をかけるこの衝動はなんなのだろうか。
「止めろ――っ!!」
慌てて手を伸ばすが、その卵は大きな口の中へと落ちていく。
“食べられる”
そう思った。
『お前なんぞに喰わせるかよ』
「え?」
今度は別の声が聞こえ、俺は目を丸くした。目の前で食われそうになった卵は一瞬にして消え、俺は卵を捜して部屋を見回した。すると机の上に堂々と立っている青年の姿があった。俺一人では腕一杯だった卵を、その青年は片手で軽々と持っている。そのことにも驚いたが、それ以上に青年の頭から出ている猫のような耳と、ゆらりと揺れている尻尾に目を見開いた。
『ったく、大切なもんなんだからしっかり持ってろよ、実殊』
「へ?」
いきなり悪態をつかれたかと思うと、今度は名を呼ばれてしまった。名乗ったはずのない、俺の名前を。この青年は何の気もなしに呼んだ。
「あんた、誰だよ。てか、何で俺の名前……」
『なんだ。やっぱり覚えてないのか』
「は?」
『覚えてないならそれでもいい。だけど、これはお前の大切なもんだ。簡単に妖怪に喰わせようとするな』
そう言うと、そいつは俺に卵を渡してきた。どうやらこいつはこの卵を食べる気はないようだ。しかし、見た目的をいえば卵を食べようとした奴と変わらないほど怪しい。
「ん? 見た目的?」
己の言葉に引っかかり、俺は首を傾げた。先程まで襲ってきたやつの姿は全く見えていなかった。しかし今は、見たくもない光景が目の前に広がっていた。
窓から頭から入っている巨大な百足のような虫と、それを見て楽しそうに微笑んでいる猫耳男。できれば見えないままでいたかったような、不思議な、しかし現実の光景。さらに驚いたことは、今まで見えなかった敵の存在も見えるようになっていたことだ。
猫耳男と対峙してい百足のような大きな虫。先ほどまであれと喋っていたのかと思うと、悪寒が背筋を凍らせていく。
『おい、実殊! 今度は喰われないようにしっかり持ってろよ』
「ちょ、ちょっと待てよっ!」
何もかもが理解しがたい現状に、俺は青年へと声をかける。軽々と百足のような大きな虫を蹴散らしていた青年は目線だけ俺に向けてきた。それが促すような瞳をしているような気がして、俺は何とか声を絞り出す。
「何がなんだか分かんねぇ! どういうことか説明しろよ!」
『それをお前が望むのか?』
「え?」
『だから、今がどういう状況かってのを説明してもらいたいのか?』
青年の問いかけに、俺は出かけた言葉を飲み込んだ。
知りたいとは思う。何がどうしてこんな状況になっているのか。どうしていきなり訳の分からないモノが見え、そいつらが目の前で戦いを繰り広げているのか。
理由は聞きたい。けれど、関わりたくないとも思う。このまま知らぬ存ぜぬを貫けば、おそらくこのまま一生関わらないままで過ごしていけるだろう。
「けど……」
今、目の前に起きていることは現実で、そしてそれを見てしまった事実は変わりはしない。見てしまった以上、知らないふりなんて出来るわけがない。
「……教えてくれ。お前たちはいったいなんなんだ? それに、どうしていきなりこんなもんが見えるようになったんだよ?」
『俺たちの正体については喋ってやる。けれど、”見える”ことについては時期が来てからだ』
「時期? 時期ってなんの……」
『それはそのときになれば分かる』
意味深な言葉を吐いたあと、青年は目の前の敵へと向き直った。その横顔が、どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。否、見間違いではない。本当に楽しそうに、口の端をつり上げ笑っている。
『雑魚だが、久々の獲物だからな。楽しませてくれよ?』
ニヤッと笑っているその顔に、ゾクリと背筋が凍った。
恐怖を感じたのも束の間、目の前に見えていた青年が一瞬にして消えたと思った瞬間、巨大な百足は血のような液体を噴出しながら悲鳴をあげていた。薄気味悪いその色は粘着質があるのか、ドロッとした流れをしている。
『ハッ、遅せぇんだよ』
青年の声を聞こえたかと思えば、巨大な百足の足が次々と切り落とされていく。目の前に降ってきた巨大な足をまじまじと見つめると切断面が荒かった。切ったんじゃなく、引きちぎっているようだ。それなのに、巨大な百足の足を引きちぎるような青年の姿は見えない。むしろ、切っているのではないかと思うほど早く、百足の足は次から次へと落ちていく。まるで紙を引きちぎっているかのように、軽く、簡単に引きちぎる。
その光景を、俺は息を呑んで見守るしかなかった。気持ち悪さに吐き気がこみ上げてくる。その感覚も、高笑いする青年の声も、悲鳴を上げる百足も、目の前で繰り広げられている現実。しかし、それをどこか別の世界に立っているかのように、現実としての実感が湧かなかった。
巨大な百足の姿が見るも無残な形となり、その一方的な戦いは終了した。
手の甲以外に百足の血を浴びていない青年と再び目を合わせたときの俺は力もなく床に座り込んでいた。射抜くような酷く鋭い眼光が頭の奥底に焼きつき、俺は一瞬にして自分の意識を手放してしまった。