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衝天の鑓  作者: 筑前屋
第三章:難西大乱の段
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第九話:戦いのあと

このところの多忙で更新が滞ってしまい申し訳ありません。

次回が最終回となる予定です。最後までお読みいただければ幸いです。

 敵総大将・今川駿相守を討ち取り、鎮守府軍は遂に本丸へ突入した。

 「女子供は保護せよ!狼藉は許さぬぞ!」

 「乱取りじゃ!今川の物は我らの物!遠慮は無用ぞ」

 小笠原信後守と武田甲山守は正反対の命を発していた。そしてそれぞれの将兵は、それぞれの主君の命に忠実であった。

 「くそっ武田め。好き勝手にやりおって。我らにも……」

 小谷平三郎が顔をしかめて言った。

 「戦利品は我々が一括で管理する。手柄に応じて分配すると言っておろう」

 栗原大膳はそう言うが、これでは全て武田に取られてしまう。

 「平九郎!本丸に入ったうちの兵の様子は?」

 「たぶん武田に追い出されているんじゃないですか?」

 大町平九郎も諦め顔である。

 本丸に残った兵は殆どおらず、突入した鎮守府軍(主に武田)は略奪をほしいままにした。

 運よく本丸に入ることが出来た小野六路兵衛と千歳は夕暮れの中燃え上がる炎に照らされながら御殿の廊下を進んでいた。あちこちで将兵らが調度品やら部材やらを持ち出している。中には逃げ遅れた侍女や家臣の妻女と思しき女性を抱えている者もいる。

 「酷いものだな」

 「まったくです。味方でなければ蹴散らしているのに」

 千歳はこのような行為を人一倍嫌うらしい。顔には憎悪の表情が見えた。

 前方から武田の雑兵が歩いてきた。左手で女の髪を掴み、引きずっている。

 「何という事を」

 千歳が思わず棒を構えて踏み出そうとした時、横合いから飛び出してきた武士が一刀のもとに雑兵の首を刎ね斬った。荒々しい形で解放された女は悲鳴を上げて逃げ去った。

 「その鎧…伊豆田権太左衛門」

 呟いた六路兵衛に、権太左衛門は太刀を向けた。

 「先日の借りを返してくれる。次は逃さぬ」

 「それはこちらの台詞だ」

 両者は同時に走り出した。六路兵衛が突きだした鑓の穂先を、権太左衛門は太刀で払いのける。六路兵衛は素早く鑓を放り棄て、打刀を抜いた。そのまま権太左衛門の斬撃を躱す。

 「助太刀しましょう」

 千歳が進み出ようとすると、庭から別の武士が襲い掛かってきた。ぼろぼろの甲冑は血にまみれ、まるで幽鬼のようである。

 「大森左京大夫が一子、左京亮藤実!」

 武士は名乗ると、おぼつかない足取りで斬りかかってきた。千歳の棒が左京亮の脚を捉えようとした時、続けざまに矢が突き刺さる音がした。左京亮は声もなく斃れた。

 「小谷の兵か。危ない所であったのう。感謝致せ」

 そう言って現れた武士は、旗指物から武田と知れた。鑓や弓を持った雑兵を十人以上従えている。

 「くそっ。……貴様、名は?」

 これ以上の戦いは不可能と見たらしく、権太左衛門が口を開いた。

 「…小野六路兵衛保英」

 「小野保英。貴様の首、必ず貰い受ける」

 そう言うと、権太左衛門は風のように駆け去った。

 「大将首ぞ、追え、追え!」

 武田の武士が叫びながら部下と共に追いかけていく。

 「正直、あの男は強い。運が悪ければ丸子で討たれていたかもしれません」

 六路兵衛は言いながら権太左衛門が出てきた部屋に入って、そこで動けなくなってしまった。

 そこには若い女の死体があった。衣服は乱れ、乳房や局部が露出し、右の乳房の上に深い刺し傷があった。眼は閉じているが、表情そのものは苦しげである。部屋にはもう二体、足軽と思しき死体が転がっていた。陣笠には武田の家紋『武田菱』が描かれていた。

 「これは…」

 六路兵衛は立ちすくみ、千歳は合掌することしかできなかった。

 二人は知らなかったが、彼女は名を奈美といい、大森左京大夫の長女であり、二胡の姉であるとともに権太左衛門の許嫁でもあった。





 紅蓮の炎に包まれた相府城が、夜空を照らしている。略奪の嵐が吹き荒れる本丸を後にし、六路兵衛と千歳は山田七之助らと合流して、城外で行われた首実検に臨んだ。結局、本丸では一つの首も得ることが出来なかった。

 六路兵衛自身は首級を持参していなかったが、福士鈍兵衛が代わりに首を取っていたために、八つもの首級を古河成氏に検分させることとなった。八人の首の中に、武辺者で知られた蒲原弥次郎と興津八兵衛の顔を見つけた浦上直家は、珍しく驚きを隠せないでいた。

 「小野六路兵衛、見事な働きである。これほどの者が我が家臣に加わろうとせぬとは残念至極じゃ」

 成氏は口惜しげに言った。

 「さて、何より本日の武功一等は高城礼二郎であろう」

 鎮守府将軍を前にしても、得意げな表情を隠そうとしない礼二郎を前に、成氏は太刀と駿馬、そして彼の求めに応じ多額の金子を授けた。もちろん家臣にと誘ったが、礼二郎は、

 「この高城礼二郎、未だ遂げざることがございます……それを成した後ならば」

と、六路兵衛と同様に仕官を固辞した。

 直家が次の者を呼ぼうとしたその時、使番が慌ただしく駆け寄り、直家に何か耳打ちをした。

 「!」

 直家は一瞬だけ目を見開き、驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの素知らぬ顔に戻ると、成氏に何かを告げた。

 「何だと…!」

 成氏は見るからに驚愕していた。顔は見る見るうちに紅潮し、扇子を持った手がわなわなと震えている。

 「何かあったのでしょうか」

 「だろうな。六路兵衛、お主知っておるか?鎮守府将軍様は短気であられる」

 凶報がもたらされたに違いないと、礼二郎は言った。

 果たして、首実検が終わり、諸将の論功行賞も済み、小谷保方が平三郎を伴い陣所に戻った。そしてすぐさま、戦後処理を担当する浦上勢と北条勢を除く全軍に撤退命令が下された。

 「西濃郡・垂井が陥落した」

 平三郎の言葉は、六路兵衛や七之助にはよく分からなかった。礼二郎が二人に説明する。

 「垂井城というのは、古河氏の領地の東、西濃郡の重要拠点よ。古河成氏にとっては清安(せいあん)京攻略の足掛かりでもある。二年前に鎮守府はここを攻略し、都を窺っていたのだがな」

 垂井城が失陥したということは、西濃郡を朝廷方に奪い返されたも同然であった。

 「朝廷は駿相を、失った代わりに、西濃を取り戻しました。これで五分。鎮守府としては痛いですね」

 「千歳殿の申す通り。これまで都を脅かしていた鎮守府は、逆に本拠である武山を脅かされることとなった。一方で丸子での戦に敗れ少なくない将を失った朝廷の損失も大きい。両者とも、しばらく目立った動きは控えるであろうな」

 「そういうことになるだろう。我らは明後日には陣を払い、信後へ帰還する。お主ら浪人はここで解散だ。しかしお主らの力量は小谷家としても評価しておる。手放すのは惜しい。どうだ?小谷に仕えぬか?」

 残念ながら、平三郎の誘いに応じる者はいなかった。

 沙紀を取り戻さなければならない六路兵衛と千歳、褒賞を手土産に仲間の元へ戻り傭兵稼業を続ける礼二郎とは別に、鈍兵衛と七之助も、それぞれ旅を続けることにした。

 「それがしは大輪田へ行こうと考えています」

 鈍兵衛は難波を去ることを決めていた。鎮守府とも佐野家とも無縁な遠国へ向かい、その地で福士家の再興を図るとのことであった。

 「この山田七之助、生涯使えるべき主は山本幸信様お一人と決めておりまする。殿が使えるに足る大名家を探すべく、全国を巡る所存でござる」

 七之助は元々山本家に仕えており、今でも主従関係は切れていない。

 「……小谷では不服と申すか?」

 平三郎の問いに、七之助はすかさず「不服でござる」と返答した。

 「別に小谷の戦ぶりが悪いと言うつもりはございませぬ。されど、我が殿が仕えるべき家は天下をも動かす大身であり、殿が動かすべき兵は万余であるべきと存じまする。恐れながら、我が殿は信後一郡に収まるような御方ではありませぬ」

 「……言いおるわ。ならば七之助、お主を止めはせぬ。しかしだな。騒兵衛からお主の身柄を預かっておるのはこの小谷平三郎である。今しばらく、小笠原の、小谷の為に働くがよい」

 七之助は静かに首肯した。

 「六路兵衛、お主はどうするのだ?妹御は武田に捕らえられたそうではないか」

 七之助の問いに、六路兵衛はやや気落ちした口調で答えた。

 「無論、取り戻します。何としてでも、どこまでも」





 翌日、撤収作業をしていると、自称麒麟児の栗原大膳がやって来た。

 「垂井城の件で、上様は怒り心頭だ。御屋形様は特に理由もなく叱責されておる。お主らは褒められたようだが、……おかげで小笠原の面目は丸潰れだ!」

 そんな大膳であったが、別に平三郎へ文句を言いに来たわけではなかった。

 「大森二胡は、当家預かりとなった。我らとともに、(かい)()館へご同行頂く」

 開智館は小笠原信後守の居館であり、信後郡全体を統括する政庁でもある。

 「今川家家老職・大森家は当主および嫡男、長女が死亡し、また鎮守府への反逆に加担した罪は重く、同じく家老職の葛山家と共に取り潰しと相成った。本家唯一の生き残りである二胡は信後に移し、出家してもらうことになるだろう」

 戦でのこととはいえ、六路兵衛は大森左京大夫を討ち、その一族の滅亡を招いた。仕方がないこととは思っていても、同じような境遇にある彼の良心が呵責を覚えた。

 (これは因果応報なのかもしれない。家族を助けるために大勢の人間を死なせた俺への……)

 大膳は彼からすれば小者でしかない六路兵衛の表情など目に入っていない。

 「鎮守府からの恩賞は少なかったが、御屋形様は個別に恩賞を出すと仰せだ。有難く思え」

 用件を伝えると、大膳は馬に跨り、陣所を後にした。去り際に

 「平三郎。我は別にお主が嫌いという訳ではないぞ。だがお主らのような存在は信後の統一を阻害しておる。信後は正しき道に戻らねばならぬのだ。お主も良く考えよ」

 と言ったが、六路兵衛にはどういうことなのかよく分からなかった。

 「まあ、奴もいろいろあるのだ。だからと言って好きにはなれぬが」

 平三郎はやや不快げに言うと、「さて、作業を急げ」と、家臣たちを急かした。





 相府の町は破壊・延焼によって損壊した家屋の撤去・修築作業が進み、早くも落ち着きを取り戻し始めていた。高い行政手腕を買われた浦上直家が当面の復興作業を指揮した後、新たに駿相郡を任される北条氏へ行政権を移管する予定であった。

 戦火を避け町の周辺に逃れていた町人たちも、続々と戻って来た。湊に揚げられた食料や材木が早速取引され、思ったより町の破壊が少ないことを知った信後郡の材木問屋は頭を抱えることとなった。一方で、鎮守府軍へ大量の兵糧米を高く売り付けることに成功した米商人は大喜びであった。もっとも、彼らは本当に食料を必要としていた庶民の顰蹙を買ったのだが。

 さて、相府へ押し寄せる商人たちもいれば、去る商人もいる。駿相屋の番頭、友蔵もその一人であった。駿相屋は略奪によって家財・商品のほとんどを失い再建の目途は立っていない。だが、まだかなりの額の銭が総前郡のとある寺に預けられていた。それを元手に再起を図るべく、友蔵が銭の受け取りに向かうのである。

 「で、頂いた銭の山ごと逃げるつもりでございますな?」

 城門を出た先で無量が待っていた。

 「仕方のないことだ。相府屋に仕えておった我が甥が武田の手に落ちた。身代金は千貫にも及ぶ。弟の頼みじゃ。奴も苦労してきた故、見捨てるわけにもゆかぬ」

 「駿相屋番頭の座を捨てると」

 「構わぬ。どうせ駿相屋はもう終わりよ。旦那様は呆けたように店の前で突っ立ておるだけ。あれではどうにもならぬ」

 今川氏と結託し、駿相郡の暗部で悪事の限りを尽くしてきた駿相屋であったが、三江郡・吉田湊に続き、本拠地である相府も壊滅した。

 「旦那様が当主になられた時、既に駿相屋の屋台骨は盤石であった。ここまで壊滅的な打撃を受けることは想定しておられなんだ。旦那様には耐えられぬのだ」

 「自業自得ですな」

 無量の冷たい声にも、友蔵の反応は薄かった。

 「そうかもしれぬ。しかしここで死ぬわけにはいかぬ。駿相屋はもう駄目だ。武田と話を付け、一から出直してやる。……そういえば、小野六路兵衛はどうなった?」

 「生きております。鎮守府から直々のお褒めの言葉をもらい、難西一帯に武名を轟かすこととなるでしょうな」

 「……思えば奴の妹を捕らえた所から始まっておったな。この転落は」

 「我らも首を通告されました。一から修行し直しでございます……御無事でとは言いませぬ。正直申し上げて、貴公ら駿相屋の行いは我らから見ても、眉をひそめるものでございました」

 「需要がある故供給しているまでよ。…もう良いな?急いでおる」

 友蔵はそう言うと、街道を総前郡へ進み始めた。

 「しかし、あの友蔵が身内とはいえ人を救おうとするとはな。人は一面だけで評価できぬ。…さて、我らは山へ籠もるとしようか」

 無量の言葉が終わらぬうちに、彼の姿は消えた。





 小笠原軍は十一月十九日に相府を発ち、二十一日には先方衆・島崎氏の拠点である晴留(はるとめ)で軍を解散した。先方衆は在所に戻り、小笠原本隊は信後府中へ、小谷勢は木崎城へ、それぞれ帰路に就いた。高城礼二郎と福士鈍兵衛はここで一同に別れを告げた。

 「では皆の衆、生きておればまた会おうぞ。敵として相対した時には、死力を尽くしてお相手致そう」

 「それがしも、いつか六路兵衛殿や千歳殿に比肩する力を付けまする」

 礼二郎は故郷・武山郡の代々木村へ戻った後、仲間の回復を待って傭兵稼業を再開することにしていた。一方の鈍兵衛は、一旦郷里の佐野に出向き一族の墓参を済ませた後、再び相府へ向かい船に乗るつもりであった。彼はまだ知らないが、佐野家旧臣福士鈍兵衛はこの後、二度と故郷の土を踏むことはない。

 「ご武運を」

 「おう、六路兵衛、お主もな」

 「道中の御無事を願っておりまする」

 六路兵衛らは手を振って二人を見送った。

木崎城に着いたのは翌二十二日の夕刻であった。ここでは山田七之助が残る。彼は今しばらく小谷に属して軍役を果たした後、再び遍歴の旅に出て、山本才助に相応しい大器を探すこととなる。

 礼二郎も七之助も、そして鈍兵衛や死んだ安中奈史郎も、一度限りの仲間であったが、六路兵衛にとっては頼もしい男たちであった。鈍兵衛はどちらかといえば頼りなかったが。

 翌日、木崎城を発つ六路兵衛を、小谷保方は引き留めようとした。

 「しかしのう、小野六路兵衛。お主のような男を小谷は欲しておるのだぞ。小谷百年の栄華の礎を共に築いてみたくはないかのう?のう?」

 「父上、見苦しい振る舞いはおやめください。願いを果たせば、いずれ六路兵衛もこの地に戻って来るやもしれませぬ。その時は喜んで禄を与えることと致しましょう」

 残念がる保方であったが、平三郎の言葉に渋々頷いた。

 「だが六路兵衛よ。朝廷方や熊襲に与したならば、その時は容赦せぬぞ」

 平三郎は言う。それが武士(もののふ)の運命であった。

 「承知しております」

 「なら良い。行け」

 冬が迫る木崎の町を出て、六路兵衛と千歳は北へ向かった。

 「今しばらく、千歳殿には面倒を掛けます」

 六路兵衛は前日までと比べ幾分か明るい顔つきになっていた。

 「ようやく元気になったようですね」

 「こんな世の中です。いちいち落ち込むより、前向きに物事を考えた方が、良き方向に進めるのではないかと思ったのです」

 「その意気です。武田は戦で得た捕虜を新府(武田の本拠)の市で売りさばきます。先を急ぎましょう」

 「はい!」

 既に雪を被った山々の間を抜ける街道を、二人は急ぎ足で進んでいった。二人の脚ならば、四日もあれば新府城下に到達する。


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