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衝天の鑓  作者: 筑前屋
第三章:難西大乱の段
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第六話:相府城の守り

二〇一六年最初の投稿となります。今年もよろしくお願いします。

(前回までのあらすじ)

 難波王国の二大勢力、朝廷と鎮守府の両軍勢が激突した『丸子合戦』。戦いは鎮守府軍の勝利に終わり、敵将大森左京大夫を討ち取った小野六路兵衛は、将軍古河成氏にその武勇を賞される。諸将が籠城した今川駿相守を攻めることを主張する中、小笠原信後守は和議を主張するも、退けられてしまう。





 「御屋形様も余計なことを!おかげで我らまで白い目で見られるではないか!」

 陣所に戻った小谷平三郎はそう吐き捨てた。

 「……荒れていますね」

 「小谷は一応小笠原の家臣だからな。一緒くたにされることに我慢ならんのだ。恩賞が思ったより少なかったのもある」

 小野六路兵衛と高城礼二郎が話していると、千歳と山田七之助、福士鈍兵衛がやってきた。

 「丁度良かった。お主らにちと相談があるのだがな……」

 礼二郎は四人に顔を近づけるように言うと、とんでもないことを言った。

 「次の城攻め、我らで抜け駆けせぬか?」

 一瞬、場は静寂に包まれた。

 「はあ?それは一番乗りを狙うということだろう。やめておけ」

 七之助が真っ先に異を唱えた。

 「無謀です。相府城はやわな城ではありませんよ」

 「死にますよ」

 千歳と鈍兵衛も反対した。

 「六路兵衛、お主はどうだ?妹があの中に捕らわれておるのだろう?略奪で酷い目に遭う前に助け出すのが得策だと思うが…」

 この時代、武士であるからといって好き勝手出来るというものではなかった。

 進軍経路にある村や町には大名が「禁制」なる書状を配布して、協力の代わりに安全を保証した。もっとも、この禁制は大名の家臣たちによって破られることもしばしばあったが、あまり度が過ぎると民衆や彼らを束ねる()(ざむらい)の反乱を誘発する恐れもあり、この頃になると支配権を強めてきた大名たちは、禁制を徹底するよう心掛けた。

 しかし、今回の戦では、古河成氏によって乱取り(略奪)が認められていた。

 「今川に従う者の身柄、財物を(ことごと)く接収することを許可する」

 今川への憎悪をむき出しにする成氏は、民に対しても容赦がなかった。

 「小笠原の軍中法度では略奪は厳禁だが、武田や佐野、宇都宮あたりの貧乏大名どもは先を争って財に群がるだろうな。武田といえば過酷な人身売買で有名。連中の手に落ちる前に、駿相屋(すんそうや)に辿り着く必要がある」

 戦によって発生する捕虜の売買はよくあることだが、礼二郎の言うように武田のそれは際立っていた。彼らは足軽や武家だけではなく、城の周辺の民も片端から捕らえ、奴隷市で売りさばいた。

 「北の帯方(テバン)に物流を抑えられ、これといった産業がない甲山(こうざん)では、戦は良き稼ぎ場なのだ。お主の妹も格好の商品だろうな」

 六路兵衛は蒼白になった。正直沙紀に追いつけば後は商人ごとき何とかなると、若波(わかなみ)を出た頃は考えていた。しかし、相手は予想以上に巨大であった。それでもあと一歩のところまで辿り着いたというのに、大名権力が出てきてはもうどうしようもない。

 「そうなることは何としても避けたい。礼二郎殿の提案に乗ります」

 「そうこなくては。さて、他の者はどうする」

 「六路兵衛様の身辺警護が私の仕事です。仕方ありませんね」

 「……是非もなし」

 千歳と七之助は渋々と言った様子で応じた。

 「それがしは…」

 鈍兵衛はまだ迷っていた。

 「お主とて武士(もののふ)であろう。まあ蛮勇は推奨せぬゆえ無理にとは言わぬが」

 「いえ、行きます。それがしが不甲斐無いばかりに、父は死に所領は奪われました。それがしは強くなければならぬのでござる。強くなければいずれ福士の家名を再興したとしても、守るべきものを守れませぬ」

 鈍兵衛は意を決した。

 「よく言った!まあお主の力量不足は明らかだ。犬死にされると困るからな、お主には旗持ちをやってもらう」

 礼二郎は嬉々とした様子で言った。

 「旗持ち、でござるか」

 「そうだ。おい六路兵衛、お主『一所懸命』の意は知っておるな?」

 「当然です。『この一所に命を懸ける』。己の守るべきものは命を懸けてでも守り通す。それが武士というものです。まあ、それを私は全うできなかったのですが」

 「そういうこともあろう。鈍兵衛、お主の持つ旗がお主の一所と心得よ。その旗を守り通し相府の城に掲げた時、お主は勇者となる。ま、案ずるな。お前の身は我らが守りぬいてみせよう」

 礼二郎の甘い言葉に、鈍兵衛は乗せられた。

 「承知致しましてござる。必ずや役目を果たして御覧にいれまする」

 目を輝かせて言う鈍兵衛を見ながら、七之助は千歳に

 「好きなように生きておるお主もそうだが、若いというのはよいものだな」

 と言ったが、彼女は

 「確かによいものかもしれませんが、それは私に言うべきことではありませんよ?」

 と意味深な言葉で応えた。





 翌日、相府を包囲した鎮守府軍は、和戦の是非を問う使者すら発することなく、問答無用で攻撃を開始した。攻め口は大きく分けて東の大手口と南の湊口の二つ。小笠原軍は東側の後備に配された。大手口、湊口ともに、古河成氏直属の豪族たちが担当し、これに佐々木氏、里見氏、千葉氏の軍勢が加わる。

 小野六路兵衛、山田七之助、福士鈍兵衛、千歳は高城礼二郎に先導され、南側、湊口門に向かった。

 「大手口と違ってこっちなら敵も手薄だろう。寄せ手の攻撃で敵がひるんだ隙に我らが突入するのだ」

 礼二郎は事も無げにそう言ったが、状況は予想以上に厳しいものであった。

 相府城・湊口門の周辺はは長さ三間(約五・四メートル)、深さ一間(約一・八メートル)の空堀が巡らされ、その内側に高さ一間半(約二・七メートル)の土塁が築かれている。城内へ侵入するにはここを突破しなければならない。

 城攻めの先鋒は千葉軍、里見軍であった。後方では小笠原軍に加え古河氏傘下の北条勢、軍監を務める梁田(やなだ)勢が待機していた。合わせて二万近い大軍勢が展開する様は、湊口の今川兵たちを恐怖に陥れていることだろう。

 しかし、七之助は状況を楽観視していなかった。

 「あれは『横矢掛け』だ。単純な土塁と違って死角が少ない。これは手こずるぞ」

 相府城は構造上では方形の城郭に見えるが、よく見るとあちこちで土塁が折れ曲がっていた。これは側面から土塁に迫る敵を矢で狙うことを意図したもので、『横矢掛け』と呼ばれるのはそのためである。

 「むう。意外にまずいやもしれぬ」

 礼二郎もここに来て少し躊躇しているようであった。

 「まずは先手のお手並みを拝見といこう。それからでも遅くはあるまい」

 六路兵衛としても同感であった。どうも嫌な予感がするのである。

 やがて法螺貝が鳴り響いた。太鼓の音と共に、先手を務める里見軍が動き出した。盾兵を先頭に、弓衆、鑓衆が続く。

 「構え!放て!」

 弓兵たちは垣盾の間から間断なく矢を放つ。敵の反撃を抑えるためである。寄せ手は数で城の弓兵を沈黙させると、

 「火矢!」

 一斉に火矢を放った。

 しかし土壁で防火対策を施した城壁を燃やすには至らなかった。寄せ手は早々に強行突破を図った。

 「かかれ!」

 「こら、抜け駆けする気か!」

 誰が最初に動いたかは、六路兵衛にも分からなかった。豪族たちは我先に土塁へ向かって突進した。財力のある里見軍本隊は行天(ぎょうてん)(ばし)(攻城用の梯子(はしご)車)や井楼車(せいろうしゃ)(移動式の櫓)を仕立ててゆっくりと進む。

 勇敢な武者たちは梯子で空堀を渡ると、土塁に梯子を掛け城壁突破を図った。門には丸太が叩きつけられ、門と壁の両方で激しい攻防が展開された。

 しかし、状況は寄せ手が終始不利であった。『横矢掛け』による側面からの射撃に加え、熱湯や投石によって武者たちは梯子から落とされ、土塁や空堀に転がった。

 城門でも上部の櫓から矢や(つぶて)を受け、足軽たちは丸太を捨てて逃げ出した。

 「お、里見が行天橋を架けたぞ」

 「行きますか」

 六路兵衛は礼二郎に続いて行天橋へ走ったが、すぐに礼二郎が止まった。

 「いかん。あれは駄目だな。引き返すか」

 怪訝な貌をする六路兵衛や鈍兵衛に、礼二郎は「あれを見よ」と行天橋を指さした。

 「城兵が橋に油をかけた。そら、火がついたぞ。これではいかんな」

 慌てて引き返す里見兵の後ろで、橋桁が燃え上がった。

 「(ひる)むな、者共―っ!」

 「押し通れ!」

 大将たちが叫ぶが、最初の攻撃が跳ね返されると、将兵は負傷者を引きずって後方へ下がり、積極的な攻撃を控えた。

 「正解だな。あれは一筋縄に行かぬ」

 「どうします?」

 六路兵衛の問いに礼二郎は

 「今日は無理だろうな。敵に疲れが見えたら話は別だが……」

 と言ったところで門の方へ目を向けた。

 門が開き、鬨の声と共に五十騎ほどの騎馬武者が飛び出してきた。徒歩武者や足軽も続く。

 「連中、まだ元気そうだな」

 「ですね」

 突出した数百の今川軍は逃げ腰の里見・千葉両軍を二町(約二百メートル)余りも後退させ、後方の北条勢をも浮き足立たせた。六路兵衛らも鑓を取って応戦する。

 今川軍の士気は高かった。寄せ手が浮き足立っていたこともあり、六路兵衛にとっては昨日の合戦以上の強さを感じた。

 「くそ、数ではこっちが圧倒しているんだぞ!」

 敵を突き伏せ、殴り倒しながら、六路兵衛はじりじりと後退していった。礼二郎ら浪人衆も同様であった。

 そこに、後方で控えていた小笠原先方衆が到着した。

 「…槍衾(やりぶすま)を」

 旗頭・島崎(しまざき)(はる)(むら)の下知により、足軽たちが素早く横隊を編成し長柄を構える。

 突進してきた騎馬武者は寸前で次々と馬首を返し、歩兵を従え城門へと引き上げた。追いすがる寄せ手に城からは矢の雨が降り、さらに数十名の死傷者を出すこととなった。

 「退け、退け」

 寄せ手の兵は結局後退し、そのまま再び前進しようとしなかった。

 結局、初日の被害は鎮守府軍全体で死者四百余、負傷者は千五百近くに上った。


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