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衝天の鑓  作者: 筑前屋
第三章:難西大乱の段
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第四話:丸子合戦

 そして十一月十二日、小野六路兵衛は小谷勢の陣中で鑓を立てていた。武田勢の到着により機は熟したと判断した古河成氏は全軍に進撃を命じ、ここに相府城の北に陣取る朝廷軍との戦端が開かれることとなったのである。

 現時点で、沙紀の安否の他に六路兵衛にとって気がかりなことは二つあった。

 一つは、うっかり捕まえてしまった大森藤元の娘・二胡のことである。

 栗原大膳は彼女を人質に藤元へ寝返りを迫ったが、彼はこれを拒否した。その後の状況は伝わってこないが、捕まえた当事者としては少々気になることである。

 もう一つは小笠原家中のまとまりの無さである。豪族の集まりである軍勢にはつきものだが、小笠原に仕える豪族たちの独立志向は際立っていた。こんな軍勢で寝返りでもあれば破滅である。

 「小谷(おたり)に敵無し!」

 小谷(おたり)保方(やすかた)は自信満々に言い放ち、将兵も「応!」と得物を突き上げる。士気は高かった。保方の弟、小谷平五郎と従兄弟の大町平九郎は次々に席を立ち、左右の持ち場へ向かった。一千の小谷勢は開戦を今か今かと待っていた。

 六路兵衛、千歳、山田七之助、安中奈史郎、高城礼二郎、福士鈍兵衛は徒歩武者の一隊に組み入れられていた。

 前線では矢合わせが行われているようであった。盛んに矢を放つ音が聞こえてくる。鎮守府軍は斉射によって敵勢の動きを封じる作戦であった。

 小笠原軍六千五百は右翼の中で最も中軍寄りに位置していた。右、乃ち西には武田軍五千が、左にはやや離れて中軍の佐々木軍三千五百が待機していた。前方の敵は駿相(すんそう)今川軍八千が待ち構えている。その左には土岐(とき)軍、右には朝廷軍の名越(なこえ)勢それぞれ一万ほどの兵が配置されていた。

 先程物見に随行し敵軍の威容を目の当たりにした六路兵衛であったが、こうして味方のど真ん中にいると戦況が全く分からない。鬨の声が上がらないので、まだ打物(白兵)戦には移行していないと思われた。

 そのまま小半時(三十分)が過ぎたが、やがて状況が動いた。中軍の方から鬨の声が起こると、やや遅れて陣太鼓や銅鑼の音が鳴り響き、馬蹄が轟いた。大勢の将兵が動く気配がし、使番(つかいばん)の動きが慌ただしくなった。

 「佐々木が攻め込んだぞ!始まった!」

 「抜け駆けか?」

 「高遠(たかとお)殿抜け駆け!先方(さきがた)衆進軍!」

 次々と報告が上がり、小谷保方はそれを静かに聞いていた。

 戦況はどうも不利に動いているようであった。喚声は少しずつこちら側へ近づいていた。前方の旗印もゆらゆらと落ち着きがない。兵が動揺している証拠であった。

 「まずいな」

 奈史郎が言った。

 「先方衆の連携が乱れたのだろう。高遠殿が余計な真似をしたからだ」

 礼二郎はそう言うと、「そろそろ出る頃か」と担いでいた鑓を立て直した。

 「高遠勢劣勢!」

 「島崎殿より援軍要請っ」

 「来たか!もはや我らが出るほかあるまい」

 保方は「馬引け!」と叫んだ。

 「者共、信後(しんご)武者の心意気をば示せ!死ねや!」

 応―っ!と将兵の叫びが地を震わす。

 「進めえ!」

 保方の号令と共に、鑓衆が穂先を揃えて前進した。六路兵衛ら浪人たちも続いて駆け進む。入れ替わりに先方衆と高遠勢が退いていく。

 「敵は今川軍先鋒、大森左京大夫ぞ!心して掛かれ」

 組頭が叫ぶのを聞いた六路兵衛は、敵にあの男がいることを確信した。

 (伊豆田権(いずたごん)()()衛門(えもん)……!)

 前線では既に乱戦状態となっていた。視界いっぱいに敵味方が入り混じり、旗印や鑓薙刀が交錯する。得物のぶつかり合う音と喚声と悲鳴が将兵の耳を麻痺させた。

 新手の出現を認めた敵勢はすぐさま殺到した。数は百を超えている。すぐに小谷勢と激突し、武器や甲冑が激しく音を立てた。

 「雑魚が」

 安中奈史郎は鑓を振り回し前後左右から襲い来る敵兵を薙ぎ倒した。

 「ふむ。なかなかやる」

 高城礼二郎は突っ込んで来た騎馬武者を鑓で叩き落とすと、そのまま飛びついて格闘を始めた。

 「ひいい」

 福士鈍兵衛は逃げ惑っている。後ろから「侍首じゃ!」と敵の足軽らが追いすがるが、意外に鈍兵衛の足は速く、軽装の足軽でも追いつけなかった。

 「こうしてはおれぬ」

 六路兵衛は意を決し敵中に飛び込んだ。井川城で入手した一間(約一・八メートル)柄の鑓を手に邪魔な足軽たちを払いのけ、なお襲い掛かる敵兵の咽喉を貫く。素早く引き抜くと石突で足軽の顔面を突き、続けて徒歩武者の突き出す鑓を払いのける。一間鑓は通常の持鑓の長さである一間半より短いが、乱戦ではその小回りの良さが幸いした。

 「こらっ抜け駆けする気か?」

 奈史郎が鑓を振り回しながら六路兵衛についてくる。千歳、七之助も一緒であった。

 「鈍兵衛は」

 「さあな。運が良ければ生きているだろうよ。こっちは他人のことまで気が回らないんでね!」

 奈史郎は叫ぶなり鑓を投げつけ、まさに突進してきた騎馬武者の胸部を貫いた。騎馬武者は後ろ向きに吹っ飛ぶ。恐るべき剛腕である。

 「見事!」

 騎馬で駆けよってきた平三郎が称賛した。

 「平三郎様、兜首でござる」

 ちょうど礼二郎が先程格闘していた武者の首を取って来たらしく、

 「おのれ、一番手柄はこの礼二郎ぞ」

 「抜かせ。この奈四郎様が……」

 二人で言い合いを始めた。

 「敵増援!」

 伝令の声と共に馬蹄の音が轟き、地を震わした。

 「百騎か。多いな」

 平三郎はつぶやくと

 「鑓衆、穂先を揃えよ!列を乱すでないぞ」

 と命じた。

 二間(約三・六メートル)柄の長柄鑓は馬を止めるのには十分な長さであった。騎馬武者の一団は槍衾の手前で馬首を返し、左右に開いた。そのまま後方の鑓衆がわっと押し出してくる。たちまち鑓の応酬となった。

 この間に武士たちは鑓衆の後方にいったん下がり、敵勢に隙が生じるのを待つ。敵も同様であった。

 「今どっちが優勢ですかね?」

 「知らんわ!」

 六路兵衛と七之助には、状況が分からなくなっていた。平三郎も、前線に押し出してきた保方も同様であった。豪族・大名が好き勝手に手勢を動かすこの時代の合戦では、指揮系統などあってなきが如しである。しかも今回の合戦は規模が桁違いに大きかった。これではどうしようもない。旗印を確認したり騎馬武者が高さを利用して戦場を眺めまわしたりするほかないのである。

 「武田が動いたか!」

 馬上から敵勢へ殺到する武田の軍勢を認めた平三郎は、鑓衆に

 「我が方が優位ぞ!今だ、押せ押せ!」

 と言って太刀を振り回した。

 小谷勢の鑓足軽たちは良く働いた。優位と聞けば俄然戦意も上がる。彼らは大森勢の鑓衆をじりじりと押し、ついに潰走させたのである。

 「それっ、掛かれ!」

 保方の号令で小谷勢一千はどっと大森勢めがけて襲い掛かった。保方自ら八十騎の騎馬武者を率い、敵陣に斬りこむ。続いて徒歩武者、鑓衆が攻め込み、左右では先方衆と小笠原本隊が一斉に反攻を始めた。

 敵前衛を蹴散らした小谷勢を小笠原の本隊が追い越していく。

 「小谷殿!大将首は我ら(こうじ)家が頂く!」

 重臣の麹玄蕃(こうじげんば)が笑いながら駆け去った。騎馬武者の一群が彼に続く。

 「しまった!先を越されたか」

 奈史郎は他数名の徒歩武者と共に先行した。六路兵衛と七之助も向かう。

 「千歳殿は?」

 「うん?あれ、どっか行ったな」

 千歳を見失った二人であったが、武功を求める武士(もののふ)の本能ゆえか、そのまま突き進んだ。

 旗印の動きを見る限りでは、味方が優勢と思われた。あちこちで武器甲冑のぶつかる音が響き、狂ったような喚声が戦場を覆う。時折(ときおり)聞こえる断末魔が、将兵の恐れを増幅させ、彼らの目をさらに血走ったものにさせた。

 「大将首はどこだ!」

 先行する奈史郎らは鑓や薙刀を振り回し、敵兵を蹴散らしながら敵将を探していた。少し遅れて六路兵衛、七之助、礼二郎らが続く。

 「浪人ども、ここで武功を立てれば仕官も夢ではないぞ」

 馬上から平三郎が(あお)る。

 「大将首は値千金ぞ!」

 「よっしゃ、行くべい」

 浪人たちは我先にと前へ進み、小谷勢の徒歩武者たちも手柄を取られてはかなわぬと後を追う。

 「少し突出しすぎではありませんか?」

 走りながら六路兵衛はつい不安を口にした。

 「いや、それは俺も思っていた」

 「……それがしもだ。一度態勢を立て直してから進んでも良いような気がするのだがな」

 「……それを先に言ってくださいよ」

 七之助と礼二郎はすまんすまんと軽く詫びつつも、

 「まあここまで楽に敵を崩しておるのだから、首狩りに出たくもなる」

 「気持ち悪いくらいに敵が退いておるからな」

 と言い訳をした。

 「しかし……殿ならばここまでは踏み込まなかったかもな。少々迂闊(うかつ)であったか」

 七之助は足を止めると、辺りを見回して言った。

 六路兵衛たちも足を止め、ようやく自分たちが深い雑草の原にいることに気が付いた。雑草はいずれも胸のあたりまである。いつの間にか敵の姿は見えなくなっていた。辺りには小笠原軍の将兵があちこちをうろついている。彼らも警戒しているようであった。

 「草木(そうもく)皆兵と化す……」

 七之助が兵法書にあった言葉を口にした瞬間、それは現実のものとなった。

 わあああああああああああああ

 鬨の声とともに、あちこちから鑓が突き出し、『赤鳥』の旗が立った。『赤鳥』は今川氏の家紋である。

 「はっはっは。それ、賊徒どもを叩き潰せ」

 かすかに聞こえた敵の声に六路兵衛は聞き覚えがあった。

 大森勢の侍大将、伊豆田権(いずたごん)()()衛門(えもん)はこの時、六路兵衛らのいる場所から十五間(約二十七メートル)程の距離に馬を立てていた。





 虚を衝かれた小笠原勢は途端に劣勢となった。

 「怯むな!態勢を立て直せ!」

 誰かの声がするが、聞く者はいない。皆自分の周りの事だけで手一杯であった。

 六路兵衛たちもあちこちから湧き出てくる敵兵と鑓を合わせた。

 「くそっ。いったん下がりますか?」

 「やめておけ。退路を断たれておる」

 「ならどうする?」

 「進むのみぞ」

 六路兵衛、礼二郎、七之助の三人は礼二郎の提案に乗り、構わず進むことにしたが、進むほどに敵の数が増えてきた。

 「意外に敵大将が間近におるやもしれぬ。行くか」

 「よし、行こう!六路兵衛はどうする」

 「行きます!留まっていてはかえって危険、味方も近いようですから孤立することもないかと」

 三人は喚声を挙げながら鑓の穂先を揃えて突撃した。

 六路兵衛の予想通り、味方の中核、小谷保方、平三郎親子はすぐ近くにいた。そして敵将、大森藤元とその馬廻(うままわり)(しゅう)もまた、そう遠くない所に陣取っていた。

 小谷勢が伏兵に構わず前進してきたことに狼狽(うろた)えた大森勢は、敵の突出を許してしまっていた。

 保方を先頭に小谷勢の騎馬武者が突っ込み、足軽を蹴散らす。散開していた大森勢を蹂躙するのは彼らにとって容易(たやす)いことであった。

 「それっ」

 保方が太刀を振り、徒歩武者が突入する。六路兵衛らも流れに乗って敵陣へ肉薄した。

 敵兵を突き斃し、殴り飛ばしながら進んでいくと、目の前に騎馬武者が現れた。十人以上の武士によって守られた武者は、あの伊豆田権太左衛門であった。

 「貴様はいつぞやの!姫様への狼藉、許すわけにはいかぬ、死ねっ!」

 権太左衛門は六路兵衛の姿を認めるなり鑓を突き込んできた。

 六路兵衛は危うくかわすと突き出された鑓を叩き落とした。

 「むっ」

 権太左衛門は太刀を引き抜くと馬で蹴り倒そうとしたが、邪魔が入った。

 「おいおい優男(やさおとこ)。相手を間違えているぜ。その首、この安中奈史郎が頂く!」

 奈史郎は奇声を上げて鑓で馬を叩いた。馬は(いなな)いて棹立ちになり、権太左衛門を落としてしまった。

 「何のこれしき」

 「けっ。面白くない奴。さっさと死ね!」

 起き上がった権太左衛門に、奈史郎の鑓が襲い掛かる。六路兵衛らも背後を狙うが、加勢してきた大森勢の武士たちに阻まれ近づけない。

 一度に三人の鑓を受け止めることになった六路兵衛は厳しい状況に追い込まれたが、横から突然突き出された棒が武士の兜を討ち、窮地を救った。

 「千歳殿!」

 「功を焦るとロクなことになりませんよ」

 千歳は軽く笑うと、残る二人の武者に襲い掛かった。二方向から繰り出される鑓を見事に(さば)き、攻撃を受け流していく。

 千歳によって障害がなくなり、六路兵衛らが前へ進み出た瞬間、目の前にゴロゴロと転がってきたものがあった。

 奈史郎の首であった。

 「……!」

 絶句する六路兵衛の前で、首を失った奈史郎の胴体がどっと倒れた。誰かから奪ったのだろう、薙刀を構えた権太左衛門が首を刎ね斬ったままの姿勢で静止していた。周囲の将兵は彼を恐れて近寄らなかった。次に権太左衛門が動いた時には、彼に最も接近していた別の武者が頸部から鮮血を吹いて斃れていた。

 「…次は誰だ?」

 権太左衛門の視線が六路兵衛を捉えた。

 「貴様だな」

 六路兵衛と権太左衛門は同時に得物を構えた。やや遅れて七之助と千歳も六路兵衛の左右を固める。

 「いざ、勝負!」

 「賊徒が!」

 相対する二人は一気に間合いを詰めると、互いに得物をぶつけ合った。鑓の穂先と薙刀の刃が交錯し、金属音が響く。

 「小癪なり下郎!」

 十合以上打ち合いを続けた末に、業を煮やした権太左衛門が渾身の勢いで薙刀を振り下ろした。

 「くっ」

 六路兵衛は右に避けると、鑓を横薙ぎに振るって権太左衛門の胴を打った。

 「がはっ」

 速い反撃に権太左衛門はついていけず、まともに鑓を受けてしまった。そのまま倒れ込む。

 六路兵衛はとどめの一撃を繰り出そうとしたが、権太左衛門を守ろうとする雑兵らに長柄を向けられ、動きを封じられてしまった。権太左衛門は従者によってどこかへ引きずられていった。

 「待てっ」

 六路兵衛は長柄を払いのけながら叫んだが、敵味方が入り乱れる中で権太左衛門を見つけることは出来なかった。権太左衛門の家臣たちも散り散りになって戦線を離脱し、大森勢は大将藤元と馬廻のみとなった。

 「よくやった六路兵衛。このまま突っ込むぞ!」

 平三郎は六路兵衛を褒めるとそのまま馬を進めた。騎馬武者の群れが彼に続く。

 礼二郎や七之助も「行くぞ」と六路兵衛を促す。

 「はい」

 六路兵衛は駆けだしたが、ふと草むらの中に倒れた首のない奈史郎の屍が目に入った。生と死は紙一重。そのことを改めて痛感させられた六路兵衛であった。

 しかし、彼の武勲は権太左衛門撃退に留まらなかった。


今回もお読みいただきありがとうございます。今後の予定ですが、12月28日に今年最後の投稿を行ないます。

来年最初の投稿は1月11日となる見込みです。

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