第二話:小谷の野望
小野六路兵衛と伊豆田権太左衛門。二人の鑓は交差したまま動かない。よく見れば微妙に震えているが、膠着が続いていた。
均衡を破ったのは俄かに聞こえてきた騒ぎ声であった。
「なっ」
「あの女……!」
大森勢の将兵がざわつく。彼らが遠巻きにする相手は勿論千歳であった。しかも、彼女は人質を取り、誰かから奪ったのか馬に跨っていた。
「あれは…まさか……」
青ざめた武士は千歳によって喉元に短刀を突きつけられた少女の顔を見て、
「二胡様……!」
と言うと、そのまま固まってしまった。
そこへ、
「ええい、どけ、どけ!」
と怒鳴りながら騎馬武者の一群がどっと押し寄せてきた。五十騎はいる。
先頭の色々縅胴丸に身を固めた四十歳くらいの武将は、騒ぎの中に馬を乗り入れると、雷の落ちたかのような大声で怒鳴った。
「無礼者!この大森左京大夫藤元の面前で狼藉を働くとは、貴様ら難波人ではあるまい。古河か熊襲の犬じゃ。構わん。首を刎ねよ!」
号令と共に騎馬武者たちが周囲を取り囲む。
「まずいっ」
千歳は少女を抱えたまま風のように走り、権太左衛門と向かい合ったままの六路兵衛の背後に回ると「失礼」と言うなり何かを地面に投げつけた。途端に周囲を煙が覆い将兵らの視界を曇らせた。
「けほっ……何だこれは!卑怯なり……」
権太左衛門が腹立ちまぎれに罵ったが、煙の晴れた後には六路兵衛と千歳、そして人質にされた少女、つまり大森左京大夫の次女・二胡の姿が消えていた。
「何だこれは!煙玉か?禁じ手だ!」
権太左衛門とほぼ同じ内容を叫んだ六路兵衛であったが、煙玉の何たるかを知る彼はすぐに千歳が逃げようとしていると察した。禁じ手だと言ったのは、武士としての勝負を無断で投げだすことになるからであった。この時代、不利を悟ったらすぐ逃げるのが常識であったが、やはり武士の誇りというものも頭の端には残っているのである。
だが六路兵衛はすぐに、卑怯だ何だと口にする余裕を失った。
自分たちがいるのが地中であると気が付いたのである。
と思った時には、彼らは地上にいた。大森衆の行列の遥か後方、街道沿いの松の木の下であった。
「……俺は夢でも見ていたのですかね?」
「夢ではありません。地行術という妖術の一つです」
千歳は言った。
「今のように、逃げる時に使います。面倒事になる前に」
「はあ……」
まあ、千歳がそう言うのだからそうなのだろうと彼なりに納得すると、次の問題が六路兵衛の前に突き付けられた。大身豪族の娘を攫ったのである。これはかなりまずい。その娘である二胡は、状況の変化についてこられなかったか、千歳の腕の中で気を失っていた。
「にしても厄介なことになってしまいました。小谷様に頼んで何とかしてもいますか」
「今のところは、そうする他ありません。あの方ならば悪いようにはしないでしょう。それより六路兵衛様。これで相府城には入れなくなってしまいました」
「そう!そっちの方が俺にとっては大問題なのです。何とかなりませんか?さっきのあれみたいに」
魔道・鬼道の類はあまり信用できないが、溺れる者は藁をもつかむという。少なくとも藁よりはよほど頼りになるはずだと、六路兵衛は考えていた。
しかし、千歳の答えはつれないものであった。
「残念ですが、どうもあの町には結界が張られているようです。魔道も鬼道も異能力も城内では通用しません」
「誰ですか?こういう時に限ってそんな面倒なもの張ったのは?」
「誰でしょうね」
「仕損じてしまったではないか、無量。どうしてくれる」
小野六路兵衛の相府侵入を防げたというのに、友蔵は無量に食って掛かっていた。
「あれで問題ありますまい。まさかあの女が異能の徒とは予想外でしたが、相府の城は魔道、鬼道の類を寄せ付けぬ結界が張られております。迷信に狂った先代の当主が高僧に命じて結界を張らせ、破る方法を無くすためにその僧をも抹殺したという話はご存じでしょう」
「この地の鬼どもは百年以上も前に滅ぼしたはずであったが…まだ生き残りがおったのか?」
友蔵は首を傾げた。
「まあ、それはそれとして。これで六路兵衛が城内に入る方法は一つ。力ずくで押し通るだけでございます」
「それこそ不可能であろう。城の周囲は五万余の軍勢がひしめき、城内にも六千の精兵がおる」
「一番考えられるのは、寄せ手の兵に紛れて城に突入することです。どこかの大名に陣借りを望めば、奴の腕です。すぐに許されて寄せ手に加わるでしょう」
「ど、どうすれば良い?」
「はて、鎮守府が勝つことなどないと言い切っておられたのは、どなたでしたかな?」
生意気な口を利く無量に、友蔵は腹が立った。どうもこの若造はこのところ自分への軽蔑の心を隠そうとしない。
「黙れ。成氏めのことを鎮守府などと呼ぶでないわ。とにかく、此度の戦は近年まれにみる大戦。これで難西における我らの優位は固まり、愚かな成氏は破滅の道を辿る。小野六路兵衛も首となるであろうよ。くっくっくっくっく」
友蔵の嫌らしい笑い声が無量を不快な気持ちにさせたが、さすがにそれを表情に出す彼ではなかった。
「……で、結局城には入れず手土産付きで帰ってきた、と」
十月三十一日。山田七之助は、吉原村の陣所に戻ってきた六路兵衛と千歳から事の次第を聞いて呆れたように言った。
「お主らは何をしに相府へ行ったのだ。にしても随分帰りが早いな」
「まあいろいろとあったのです。これで今川を敵に回してしまいました」
陣所には騒兵衛も顔を出していた。
六路兵衛が困り果てているのをを見た騒兵衛は「そこで提案ですが」と切り出した。
「最初の合意では、沙紀殿をお助けした後に、平三郎様の手勢に加わるというものでしたね」
「そうですが、それが?」
「逆にしませんか」
つまり、六路兵衛がこれから始まる戦で小谷勢に浪人衆(傭兵)として加わり、その後小谷平三郎の協力で沙紀を救出する、という提案である。
「逆にしただけですから結果は変わりません。どうでしょう?」
「どうもこうも、それしか手立てはありませぬ。承知致した。小谷様の軍に加えて頂きます」
騒兵衛はうんうんと頷き、「山田殿」と七之助を呼んだ。
「六路兵衛殿を小谷様の所へ」
「承知」
七之助は応じると「ついてこい」と言って陣所を出た。
小谷氏惣領・小谷平二郎保方は息子・平三郎利保とともに村長屋敷にいた。
「おお、まだおったか。騒兵衛からお主の武者ぶりを聞き、是非我が陣に加えたいと思っておったのだ」
「父上、この者がおれば我らは百人力。今川の端武者どもなど蹴散らしてくれましょう」
「はっはっはっは。小谷が雄飛の時は近いぞよ」
調子のいい親子である。
「六路兵衛よ。父上の申す通り我ら小谷は信後の小領主で終わる気はさらさらない。我らの名声はいずれ難波全土に、いや天下に知られることとなるのだ」
(ここまでくるともはや妄想だな)
小笠原では朝倉と異なり豪族の発言力がやや高いとも聞く。平三郎の大言壮語に呆れつつも、六路兵衛は信後郡の情勢の一端を垣間見た気がした。
そこへ
「利保!利保!」
と大声で呼びながらどかどかと踏み込んできた者がいる。まだ若い。
「これはこれは栗原様、本日はお日柄もよく」
保方が愛想笑いを浮かべて言った。
「なーにがお日柄もよく、だ。さて利保よ。お主が連れてきた捕虜のおかげでえらい目に遭ったぞ。あの小娘、この私の手首を噛みおった。麒麟児たるこの私の手首に餓鬼の歯形がついておる。見よ。貴様のせいぞ」
若者はそう言って平三郎の前に手首を突き出した。見れば赤くはなっているが歯形はついていない。そもそも彼の不注意であることは明白であり、言いがかりである。
「ふむ。知らぬ顔がおるな」
若者が六路兵衛と七之助に気付いた。
「この者らは浪人でございます。いずれも腕に覚えある者なれば、此度の戦にて存分に働いてくれるでしょう」
不快そうな貌をした平三郎が言う。
「ほほう。それは頼もしい限りだな。…浪人どもよ。我が名は栗原大膳隆信。小笠原信後守様にお仕えしておる。…人は私を麒麟児と呼ぶ。私もそうだと思う」
どうやらこの栗原大膳なる若者、自分の才能に相当の自信があるらしい。六路兵衛が未だかつて見たことのないような人物であった。
「愚鈍なる今川氏元は小癪にも我らに戦を挑んだが、いずれ我が力の前に平伏すであろう。はっはっはっはっは」
大膳は言うだけ言ってどすどすと足音を立てながら去って行った。
終始不快そうな表情を崩さなかった平三郎に対し、保方は終始作り笑顔でいたが、大膳の姿が見えなくなった途端に態度を一変させた。
「勘定方上がりの下郎が。何が『辰野村の神童』だ。隆信めといい高遠家といい、近頃の田沢館にはロクな奴が出入りせぬわ」
「奴の鼻を明かすためにも、此度の戦では比類なき手柄を立てねば」
「うむ!小谷の名を難波全土に!いや、天下に!」
親子そろって頷き合っており、どうも気持ち悪かった。
「栗原様が参られたようで。驚いたのではありませんか?」
陣所に戻ると、騒兵衛が近づいて来て言った。
「何なのだ?あれは」
「まあいろいろと。信後郡は小笠原氏の統治下であると皆様お考えかと存じますが、実態は少々異なるのです」
信後郡の郡司(守)は郡中央部の府中・田沢館に政庁を置く小笠原氏である。しかし、その直接的な支配権は郡全体に及んでいるわけではない。石高二十二万石弱の信後郡全体の基本動員兵力は六千五百。だがそのうち小笠原氏自体の軍勢は半数以下の三千に留まる。他は小谷氏と仁科氏がそれぞれ一千ずつ、島崎氏・相木氏ら先方衆の諸豪族が千五百の兵力を持つ。彼ら従属豪族に対する小笠原氏の統制力は三江今川氏どころか、かつての朝倉氏よりも弱かった。
豪族たちは家臣という立場ではあるが、事実上半独立状態にあった。この小谷氏もまた独自に外交を行い、遠く大輪田との交渉も持っていた。
従属豪族たちは小笠原氏の緩い統制の中で好き勝手に動き、それが小笠原氏の直臣たちの反感を買っていた。
栗原大膳は元々田沢館に近い辰野村の生まれで、父は田沢館で勘定方を務めていた。大膳は幼少のころから賢い子供として知られ、『辰野村の神童』と称されていた。
評判は田沢館にも届いており、十五歳で出仕すると、粗野で物事をあまり深く考えない家臣たちの中ですぐに頭角を現し、二十四歳の今では一代限りでの家老職にまで出世していた。
そんな大膳であるが、彼は信後郡全体への小笠原本家の統制力を高めようとしていた。小笠原氏は本家といくつかの分家に分かれるが、本家当主・信後守政秀を頂点とする体制が確立しており、小笠原本領に関しては問題なかった。一方で、半独立状態を維持している従属諸豪族は小笠原氏の権力強化に当然反発していた。
小谷父子が大膳を目の敵にしているのはそのためである。
「随分もめておるのだな。三江とほとんど変わらんではないか」
内紛で主家を追われたばかりの七之助が言った。
「それだけではありません」
騒兵衛の話は終わらなかった。
小谷氏の敵は栗原大膳だけではなかった。
「筆頭家老の高遠正継様と小谷様は犬猿の仲にございます」
高遠氏は小笠原一門の(信後ではそこそこの)名家である。当主・正継は栗原大膳とは異なり、自らの権力拡大に動いているという。さらに小谷氏以外の諸豪族も発言力向上を目論んで互いに武功を競い合う関係にあり、連携することはまずなかった。
「小谷様の周りはある意味、敵だらけといえます」
「むちゃくちゃだな」
七之助が首を振りながら言った。
(確かに小笠原は大名とはいっても、信後郡を統一的に支配しているわけではないらしい。豪族連合の盟主といったところか)
六路兵衛としては、小笠原氏や小谷氏がどうなろうと知ったことではない。
どうも六路兵衛が属することになるのは小笠原軍というよりも、小谷軍と言った方がより正確といえそうであった。
「ああ、そうでした。六路兵衛殿は七之助殿と共に徒歩武者の中には行って頂きます。人数はお二方を入れて九十五名。うち二十三名が浪人です」
「我らとは違って仕官狙いの者も多かろうな」
七之助が言う。主家を失った浪人たちにとって、戦役は数少ない再就職の機会であった。
「そういえば、敵味方の兵力にはどれほどの違いがあるのだ?」
六路兵衛はふと疑問を口にした。
「我が味方は総数五万二千。朝廷方は五万以上といいますから、まあ互角ですね」
五万という兵力を今一度想像してみると、身震いするような思いがした。
六路兵衛が未だかつて見たことのない五万という大軍勢。それと激突することになるのだ。




