第十話:襲撃者たち
六路兵衛と千歳、そして半右衛門は駆け足で夕暮れの津和野往還を下って行く。
「半右衛門、すぐに得物は出せるな?」
「それはまあ。鑓を担いでいるわけですし。……山賊はこのあたりには出ませんよ」
「馬鹿。気づいてなかったのか」
「?」
「どうやら俺たちは賞金首にでもなったらしいな!」
六路兵衛が叫ぶと同時に、道の両脇から四人ほどの浪人者らしき男たちが襲い掛かってきた。さらに前方から三人、後方から旅芸人風の男女。計九人の刺客である。
「小野六路兵衛!故あってお命頂戴する」
刺客の頭領らしき旅芸人の中年男が宣告した。
「駿相屋に雇われたな?」
六路兵衛にとって思い当たる節は一つしかない。
どうやら図星であったらしい。頭領らしき男は
「なら話が早い。皆の衆、男どもは討ち取れ。女は生け捕りとするのだ」
と命じた。七人の無頼浪人が三人に殺到する。
六路兵衛は瞬時に敵の戦力を判断した。
(前から鑓が一、刀が三、後ろから鑓が二、薙刀が一。親玉とその護衛で全部!)
六路兵衛は前から襲い掛かる四人に背を向けた。
「千歳殿!半右衛門!前を頼む」
「承知しました」
「御意っ」
半右衛門は背中の背負子を捨てるように下ろすと鑓で瞬く間に先頭の男の腹を石突で突いた。呆気に取られた残る二人の脳天を千歳の棒が襲い、決着がついた。
だが最初の男はなかなかに丈夫な体を持っていたようであった。体勢を立て直した男は鑓を大きく振り回して二人を牽制した。彼を沈黙させるには今少し時間が必要であった。
一方後方の三人は得物を構えて六路兵衛に襲い掛かっていた。
六路兵衛は突き入れられた二本の鑓を自分の鑓で受け止めると、そのまま押し返した。鬼熊虎之助には負けるが、六路兵衛の膂力は身長の割に常人以上である。
「馬鹿が!相手は武辺者ぞ!正直に鑓の押し合いをする奴があるか!」
頭領が叫ぶが、もう遅い。
六路兵衛は薙刀を躱すと、背負子を回して隙だらけとなった敵の顔にぶつけた。
「これが本当のよっしょいこ……」
頭領を守る旅芸人風の女が思わず口走る。
「駄洒落言うか?そこで駄洒落言うのかお前は?」
突っ込みを入れる親玉の前に、鑓の石突が迫る。
「ひいいいいいいいい!」
叫ぶ頭領であったが、鑓は横から突き出された杖に弾かれた。
「父上には指一本触れさせない!」
女芸人が叫ぶ。どうやら二人は親子らしい。
「なら帰れ。二度と姿を見せるな」
「そういうわけにはいかない。死んでもらう!」
女芸人(年齢的には娘といった方がいいかもしれない)は可愛らしい顔に敵意をみなぎらせ、杖をふりかぶって殴りつける。素早い連続攻撃に六路兵衛は防戦一方となった。
「しまった。背負子で動きにくい……」
背負子には具足の入った櫃や日用品などを積んでいる。重量はかなりのものであった。重心が後ろにあると、いつものように動けない。雑魚浪人相手なら何とかなるものの、この娘はできる。相手がそこまで見越して襲ったのならば、恐ろしい敵である。
「死ね!」
杖は的確に急所を狙ってくる。突かれて動けなくなれば最期だ。
(他の敵も隙を窺っているはずだ。…これは万事休す)
打ち合いながら六路兵衛は焦っていた。すると、後ろで続いていた武器のぶつかり合う音がやんだ。女芸人を見ると、彼女は「まずい」という表情をしていた。
「千歳殿!頭領を!」
「了解っ!」
返事がしたと同時に千歳が飛び出し、女芸人の横を通り過ぎたかとおもうと、
「ひい」
頭領の喉元に短刀が突きつけられていた。それを見た女芸人も動きを止めた。
「そうか!背負子を捨てればよかった!これは半右衛門に一本取られたな………さてと」
六路兵衛は動けない頭領にいくつかの尋問を行い、雇い主が駿相屋茂兵衛の部下、友蔵なる人物であること、船が田原湊で止められているが、二日後には争乱の終息に伴い解放され、難波王国・相府へと向かうことなどを聞き出した。
「井川城で吉川の陣から矢で狙ったのもお前らの仲間か」
「そうだ。依頼主に無断で戦に紛れて討ち取ろうとしたが失敗したのだ。戦も収まってしまったので依頼主からも正式に抹殺命令が出た。井川城に忍び込んだ仲間から貴様の人相風体は知らされていた。鑓仕(優れた鑓の使い手)と見たので用心して数を揃えたが、これほどとはな」
「お前らは何者だ?」
「貴様らに名乗る名前など持たぬ。陰に生き、陰に死ぬる者である。顔が割れた以上当分は襲わぬから安心せい。危ない橋を渡ったこちらの失態だ」
頭領は潔くそう言うと、「行くぞ。どうも最近は俺が足手まといになっておるな」と言いながら娘を促し、井川城の方へ歩いていく。
「追いますか?」
「放っておけ。首領を退けた以上危機は去った。こっちには時間がない」
呻いていた浪人たちは負傷したところを手で押さえ、鑓を杖代わりにするなどしてのろのろと歩き去って行った。
(ま、これで我らを狙う者はいなくなったとみていいだろうな)
後は追うだけである。六路兵衛は刺客が追ってきていないのを確認すると、道を急いだ。
十月二十三日夕刻、三人は田原湊に着いた。
「駿相屋の船はどれだ?」
「それよりも、どうも様子がおかしいですよ」
半右衛門の指摘した通り、湊は物々しい空気に包まれていた。
町の入り口には武装した今川の足軽(普段はいないという)が十人程鑓を立てて往来を監視していた。
「待て、貴様どこの者だ」
早速、六路兵衛らは警備頭らしき武士に呼びとめられた。この武士も完全武装である。
「ただの浪人だ。通してくれないか」
「……怪しい奴」
そこへ半右衛門が
「まあまあ。我ら急いでおります。これで勘弁を」
と言って武士の手に十枚ほどの銭を握らせた。
「これは……まあよいだろう。行け」
町に入ることが出来た三人であったが、町の中も警備兵があちこちに立ち、特に駿相屋の出店には竹矢来が組まれ、立ち入りが出来なくなっていた。警備も厳重で、近づくことが出来ない。内部にも人の気配はなさそうであった。
「これは警固という訳ではなさそうだな。まるで罪人扱いだ」
「さては悪事がばれましたか……」
そう呟いた千歳であったが、かといって駿相屋一派がどこに行ったのか見当もつかない。
湊をくまなく探し回っても、駿相屋の船を見つけることは出来なかった。代わりに今川の軍船が何隻も停泊していた。商船は二隻のみが船着き場に係留されていた。
その船着き場には何人かの武士や町人が集まっていた。
「何で出帆したらあかんねん!このままやったら期限までに都へ辿り着かんやろが!どないしてくれんねん」
「やかましい。とにかく、湊から出ることは禁止だ。これは安城の御城からの御命令である」
「知るかそんなもん!このアホ!ボケ!カス!」
上方の商人らしき男が湊の警固役に食って掛かっているようであったが、状況は彼にとって好転しそうになかった。
「湊も封鎖されているようだ」
「下手に動くと怪しまれますよ」
千歳の言葉を受け、六路兵衛はとりあえず近くの宿屋に泊り、明日出直すことにした。宿屋の主人も、こうなった理由がよく分からない様子であった。
翌朝、早々に宿を出た二人は、思いがけない人物を見つけた。
「騒兵衛ではないか!こんなところで何をしておる?」
半右衛門は驚いたように言った。
「国へ帰るのですよ。ここにもう用は有りませんし」
六路兵衛は、頭の切れそうなこの男なら何か知っているのではないかと考えた。
「まったく。これでは尻尾をつかめぬ。騒兵衛、何があったか存じておるか?」
「実はわたくしめもよく分かっていないのです。ただ豪商駿相屋の屋敷が差し抑えられ、番頭以下奉公人たちが町から姿を消したのは確実のようですな」
そう申し訳なさそうに言う騒兵衛の後ろから、今川兵の隊列がこちらに向かってきた。先頭の騎馬武者は井伊直竜である。
「直竜殿!これは如何なることで?」
驚く六路兵衛に、彼女は答えた。
「駿相屋茂兵衛は小鹿信元(三江介)と通じていました。さらに小鹿氏の裏人脈を用いここ田原湊を拠点に大掛かりな人身売買をしていたことが明らかとなったのです。今川氏では人身売買を禁止しているのですが、茂兵衛は信元と共謀し、事が露見しないようにしていました。それが信元の死によって全てが明るみに出たため、殿は茂兵衛を謀反人と断定し、田原湊に兵を送ったのです。しかし……」
「しかし?」
「時すでに遅く、一昨日の朝方、茂兵衛は番頭の友蔵ら部下を率い、攫った奴隷八十人余りを連行して船に乗せ、田原湊を出帆したそうです。屋敷はもぬけの殻。船団の行き先は、捕らえた海賊の話では難波の相府へ向かったとのことです」
「相府……駿相郡か」
今川氏には三江今川と駿相今川の二氏がある。直竜の話では駿相今川氏の当主・氏元は小鹿信元と組んでおり、そのため氏元の意を受けた茂兵衛が暗躍していたというのである。
「ということは、沙紀を取り戻すには……」
「相府へ行かねばならない、ということですな。ならばわたくしめと共に参るがよいでしょう。我らも駿相郡へ向かいますので」
騒兵衛が言った。
「乗せてくれるのか?」
「はい、知り合いが船乗りでしてな。その伝手で便乗させてもらえるのですよ。船はあちらに泊めてあります」
騒兵衛が指差した先には、帆を畳んだ大型和船が停泊していた。
「あれで相府まで行きます。快適な船旅になりますよ」
「ですが、湊は封鎖されているのですよ。どうやって……」
「まあ、いろいろと」
騒兵衛はそう言うと船着き場の方を見た。六路兵衛たちも目を向けると、一枚の紙切れを持った商船主らしき男に警固役の武士が頭を下げんばかりに恐縮していた。
「……ということで我々は明日にでもここを出ることになります。小谷様には話を通しておきますので、しばらく待っていてください」
オタリ。どう読むのかは知らないが、それが商船主の名であるらしかった。




