第六話:総攻撃
その日の夕刻、寄せ手は主な将を集めて軍議を開いた。上座には吉川芸後守、次いで右に吉川経家、杉原平太夫、馬見原資経が並んだ。左には岡部平馬、井伊掃部、大須賀幸高が並んでいる。彼らの表情は一様に険しかった。
「……敵は強い」
芸後守が口を開く。
「我らの思った以上に守りは固いようだ…」
「城兵の士気も依然として高く、城に我が方の旗を立ててもなお、疲弊の気配はございませぬ」
平太夫が言った。
「やはり、山本幸信とやら申す小才子の入れ知恵でござろう。律義者の天野元景にかような戦が出来るとは思えませぬ」
幸高の言葉に、諸将は一様に頷いた。
「平馬殿、あの城にあのような者がおるなど、聞いておりませぬぞ」
「何者だ、そ奴は?遠目でははっきりとは見えなんだが、かなり異様な風体の男のようであったぞ。」
経家と芸後守の問いに答えたのは掃部であった。
「恐れながら申し上げます。山本才助幸信は軍配者にござる。私の知る限り、三江郡であの男より優れた才人は雪海禅師以外おられますまい」
「それほどの奴なのか」
芸後守は前に平馬が言った言葉と同じような反応を示した。
「山本幸信の片目は塞がれておりますが、代わりに戦略眼を持っております。体躯は小柄ですが、その戦功は歴戦の武者に勝るとも劣りませぬ。顎はしゃくれておりますが……まあそれはどうでもよろしい。とにかく、ここしばらくの井川衆の働きはあの男の力によるものが大きいかと存じます」
「この岡部幸雄も全く把握しておらなんだ。面目次第もござらぬ」
頭を下げた平馬に、芸後守は「良い、良い」と手を出して抑えた。
「此度の負けは、あのような男の挑発に乗ったこの吉川家広の責でもある。だがここまで我らの誇りを汚した山本幸信と天野元景、許すわけにはいかぬ。何としても城を落としてくれるわ」
「しかし殿、そう簡単にはいきませぬぞ」
平太夫はそう言って、城を攻める上での問題点を列挙した。
「まず城の切岸には死角がございませぬ。おまけに攻め口では複数の方向から敵の攻撃を受けることになります。特に廊下橋の下の門を突破するのは至難の技かと存じまする」
「切岸から侵入するしかないという事か……」
「兵の犠牲も増えまする。正直申しまして兵糧攻めにするが得策かと」
「それはいい。兵糧攻めにしましょう。こんな城無理に攻める必要はありませぬ」
平太夫の言葉に、掃部が同調した。芸後守の表情が険しくなる。
「井伊直頼、貴様は人質を取られておるゆえに弱腰なのであろう。この軟弱者が。人質など捨て置くがよい」
「しかし芸後守様。この直頼は井伊の惣領でございます。私が一族の者を見捨てたとあらば、一族郎党の信用を失いまする。直竜の首が飛ぶという事は、私の首が飛ぶという事です」
掃部の言い訳に、短気な芸後守は立腹した。
「やかましい。井伊直頼、貴様の舌は良く動くが、鑓を動かす力はないのだな。今川の武者は臆病者揃いか。聞いて呆れる。笑止千万じゃ。……万が一朝廷軍が芸後に攻め込めば、貴様らはどう責任を取るつもりか?」
経家は苦々しげな表情を浮かべていたが、資経は笑いを抑えられず吹き出してしまった。幸高は「おのれ」と立ち上がりかけたが、平馬が彼を制した。
「そこまで言われては我らの立つ瀬がございませぬ。次の総攻撃は我らも加わりまする。芸後守様、よろしいですな?」
「良かろう。それでこそ三江武者よ」
芸後守は満足げに言った。
「経家、資経、種智。異存はないな?」
吉川に従う豪族たちに選択の余地はなかった。
「はっ」
「仰せの通りに」
「……承知仕りましてござる」
「よし。総掛かりじゃ。明日こそ奴らに目にもの見せてくれようぞ」
そう言って右手の拳を握りしめた芸後守であったが、平馬の「お待ちくだされ。明日はなりませぬ」との言葉にまた気分を悪くした。
「何じゃ。また臆病風に吹かれたか」
「さにあらず。こちらとしてはいささか準備をしとうございまする」
「準備とな」
怪訝な表情を見せる芸後守に、平馬は続けた。
「今日のような攻め方ではこちらに被害が出るばかりにございます。確実に城へ迫る方法を考えませぬと、また今回のような被害が出ることになりますぞ」
六路兵衛が兵舎の外に出ると、千歳が城の足軽と話しているのが目に入った。
「千歳殿、そちらの者は?」
「ああ、六路兵衛様。この方は騒兵衛殿といって御覧の通り足軽なのですが、元々商人であったそうでなかなかに見識があるのです。おかげで話が盛り上がりました」
騒兵衛と紹介された若い足軽は
「あなた様が小野六路兵衛様ですな?わたくしめは騒兵衛と申す者でございます。天野の殿様には一年半ほどお世話になっております」
と笑みを浮かべながら言った。陣笠の下には気さくそうな若者の顔があった。
「小野六路兵衛だ。で、何の話をしていたのだ?」
「吉川様の事でございます。どうも本日の戦では吉川様を痛めつけ過ぎましたな」
「というと?」
「吉川様は誇り高き御方と聞き及んでおります。挑発された挙句あのような有様では、あの御方の自尊心が許しますまい」
吉川芸後守は想像以上に面倒くさい男であるようであった。
「六路兵衛様もお気をつけなされ。次に攻めるときは味方にとっても地獄となりましょう」
「……覚悟の上だ。何としても生き残ると俺は決めている。まあ、できれば地獄になる前に決着がついてくれればよいのだがな」
「…小鹿様は負けまするぞ」
騒兵衛ははっきりと言った。
「何故そう言い切れる」
「小鹿様が頼みとしておられるのは朝廷です。朝廷の援軍が無くば、遅かれ早かれ小鹿様の敗北となるでしょうな」
「軍議の席で犬居様が言ったという関白様のお墨付きもまた、怪しいものですからね」
騒兵衛の考えに千歳も同意した。
「千歳殿、もう少し味方を信用なさってはいかがですか」
「ええ、信用していますよ。少なくともこの城に関しては」
ですが、と彼女は続けた。
「個人ではどうにもならぬことがあるのです。この城を守り切ったとしても、三江介様の運命までは私たちの思うようにはできません。まずは自分の生き抜く道を切り開く。他者はそのあとです」
「そういうものですか」
「そういうものです。それより……」
千歳は急に顔つきが変わった。
「…鬼熊虎之助と戦ったというのは本当ですか?私はしばらく本曲輪にかかりきりだったので、あいつを見ていないのです」
「如何にも左様ですが」
「斬馬刀は持っていましたか?態度も体も大きく不遜でやたらと調子に乗って目立ちたがりでしたか?」
「まあ…概ねそのような奴でした」
「やはり…本物の虎之助ですね」
千歳はそう言うと顎に手を当てて考え込むようなしぐさをした。
「お知り合いで?」
「……因縁深い間柄です。向こうも私を見ればすぐに気づくでしょう」
とりあえず、二人の間には何かあったらしいが、六路兵衛にはそれが何かを推し量ることはできなかった。
「あの男は自らと対等に戦える相手を探し求めています。次に会いまみえた時はお気を付け下さい。鬼熊虎之助は無益な殺生を嫌い、相手が侍であっても命を足らぬ男ですが、代償として敗れた侍の髷を切り取り、その者の面目を失わせます。今日六路兵衛様が無事でいるという事は、あの男に将来性を見込まれたという事でしょう。でなければ屈辱を与えられているはずです」
「……嬉しいような嬉しくないような…」
言いながら六路兵衛は背筋が凍るような気持ちであった。あの時、鬼熊虎之助は全力を出していなかった。ほんの小手調べのような感覚で六路兵衛と鑓を合わせていたのだろう。
「それにしても、あの『神州不滅』というのは何なのですか」
六路兵衛はどうしてもあの奇妙な技の正体を知りたかったが、千歳も、勿論騒兵衛も、あの技については『分からない』の一点張りであった。
「わたくしめは何度か忍びの者や鬼道使いに遭遇したことがありますが、そのような技や術の類は聞いたことがありませぬな」
「私も、この目で見たことは何度かありますが、未だにその詳しい仕組みを知りません」
「そうですか……」
よく分からない相手と戦うことは、戦場における恐怖である。兵書にも『敵を知り、己を知らば、百戦危うからず』とあるが、それは個々の将兵にも当てはまることであった。
六路兵衛は、どうも近いうちにまた、あの男と戦うことになるのではないかという漠然とした不安を抱いていた。
翌日も、その翌日も、敵は攻め寄せてこなかった。時々思い出したように矢や石火矢を放って威嚇する程度で、どうやら兵糧攻めに切り替えたのではないかと、六路兵衛や半右衛門は考えていた。あの犬居喜平次に至っては
「奴ら、我らの強さに驚き、臆病風に吹かれたのだ。吉川家広(芸後守)など大した奴ではないわ。全ては三江介様の威徳によるもの」
と、どう考えても見当違いなことを言って山本家の郎党たちを閉口させていた。
だが才助は
「あれだけ芸後守に恥をかかせてしまったのだ。ここで手を緩めるわけがない」
と言って再度の攻撃を予想し、城兵は緊張の日々を過ごした。
果たして最初の攻撃から三日後の十月十六日朝、寄せ手は東西二つの攻め口から再び攻撃を始めた。
岡部平馬は自ら陣頭に立ち、配下の兵に攻撃を命じた。
「進め!」
彼の号令と同時に寄せ貝が吹かれ、一千二百の袋井衆が前進を開始した。これより前、井伊掃部が急な腹痛で指揮をとれず、配下の二俣衆が機能不全に陥ったとの報告が入っていた。
「どうせ仮病であろう。捨て置け。ここは袋井衆一手のみで攻める」
平馬は掃部の行動を咎めることはなかった。
この日の攻撃は主に二ノ曲輪へ集中した。袋井衆は一千二百の兵のうち五百を放棄された三ノ曲輪へ進め、二町(約二百メートル)の距離から盛んに火矢を浴びせた。そのうえ、石火矢や鉄砲といった銃兵を前面に配置し、音で城方の士気を挫かんとした。
しかし先日と同様に、泥を塗った建造物の壁には火が燃え広がらない。石火矢の弾も、二重構造の分厚い壁に阻まれ効果がない。
「あの程度の攻撃ならば、二重構造の土壁で十分防げる。気にするな気にするな」
才助は平然としている。二ノ曲輪に応援に来た天野家直属の侍たちが不安に思い「大丈夫でござるか」などと聞いてくるが、
「俺が作らせた壁であるぞ。全くもって問題ない」
と自信ありげだ。
火矢による焼き討ちが失敗したのを見て取るや、袋井衆はさらに切岸へと接近した。寄せ手の先頭が矢頃(射程圏内)に入ると同時に城兵たちが矢を放ったが、垣盾に守られた弓兵たちは城からの射撃の間を縫ってばらばらと矢を射かけてくる。矢は城内にも多数飛来し、不幸な陣夫が数名死傷した。さらに手銃の鉛玉が壁の表面を砕き、轟音と相まって城兵の士気を削いだ。怯んだ足軽たちは身を出して反撃しようとしない。そこへ、廊下橋からふらつきながら渡辺由太郎が現れた。
「阿呆か、おのれら!この渡辺実紀サマが怪我人であるにも拘らずわざわざ出張っておるというに、このザマかっ……あいたたたたたたたたたた」
部下に両脇を支えられよろよろと現れた由太郎に、山本家やその他の武者は唖然とした。
「ええい、ものども、しねやあああ、どあほうども~」
「ド阿呆はお前や!」
山田七之助の怒鳴り声に押され、由太郎の部下たちは意味不明な言葉を叫ぶ主を引きずりながらすごすごと廊下橋の奥に消えた。
「渡辺殿は何がしたかったのだ?」
「あれでは鼓舞になりませぬ……」
矢倉風太郎と半右衛門は揃って溜息をついた。
恐怖と脱力で、二ノ曲輪は完全に沈黙した。
一方の袋井勢はありったけの矢玉を撃ち込み、城からの攻撃がほとんどなくなったのを確認した。
「そろそろ良かろう」
平馬が言うと、控えていた大須賀幸高が「はっ」と応じ、馬を前に進めて采を振った。
「かかれ!」
袋井衆の先手は幸高の号令一下、わっと鬨の声を上げて切岸に取り付いた。後方からは弓衆が城兵を牽制する。
「これは大した連携だな。隙が無い。敵ながら見事」
仮設の櫓台から顔を指した六路兵衛が思わず感心する中、才助はすぐに手を打っていた。彼は尻込みする足軽たちに言った。
「者ども、気を確かにもて。これより敵を一掃する」
才助は大柄な武士数人に樽を運ばせ、敵の攻撃の隙をついて下へ落とした。あるものは崖の下で壊れ、あるものは弓衆のところまで転がって置楯にぶつかって止まった。壊れた樽の中身を見た弓衆組頭が叫ぶ。
「油だ!」
既に一ノ曲輪の大櫓には井川衆の武者十人程が火矢を放つべく並んでいた。いずれも強弓で知られた者たちである。
「やれ!」
才助の合図で、火矢が次々と樽を刺し貫く。樽の表面にも油が塗られており、すぐに内部の油に引火しあちこちで炎が吹き上がった。運悪く炎に包まれた数人の足軽が叫び声をあげて転げまわる。混乱した敵勢の勢いはたちまち鈍り、弓衆の援護も無くなった。
「ここはもういいだろう。石塚の隊は三の櫓へ、山田の隊は四の櫓付近に行け。吉川がそろそろ取り付いてくる」
才助の命を受けた将兵達が慌ただしく走り回る。六路兵衛も七之助に続き、すぐに持ち場に向かって走り出した。東側・袋井衆の攻撃により、西側・吉川軍に当たる兵力は前回の攻防の時より確実に少ない。袋井衆の侵攻を遅らせ、西側での対応に余裕を持たせる必要があった。
案の定、柵の向こうからは雑木林から吉川勢がわらわらと湧き出してくるのが見えた。庄原吉川、馬見原、杉原の各手勢に加え、吉川芸後守の本隊も動き出したようだ。先日の攻撃時よりも人数が格段に多い。
事実、先日の報復に燃える芸後守は、麾下三千の全軍に総掛かり(総攻撃)を命じ、自らも城に近い斜面に陣取っていた。




