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衝天の鑓  作者: 筑前屋
第二章・孤城合力の段
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第五話:奥義『神州不滅』


 吉川軍の第二陣は、杉原(すぎはら)(へい)太夫(だゆう)()()原資(はらすけ)(つね)の軍勢各五百人から成った。

 「やはり、杉原勢は違うな」

 七之助の言うとおり、『剣巴』の旗を押し立てて進む杉原勢は、隣の馬見原勢と比べて明らかに整然とした進軍であった。垣盾の背後に弓衆を隠し、こちらの矢が飛ばない瞬間を見計らって一斉に矢を放ってくる。柵の内側に並べた垣盾にどすどすと矢が突き刺さり、六路兵衛は盾の内側で身動きもとれない。一度相手に攻撃を許してしまうと間断なく矢が飛んでくることになり、反撃しようとして顔を出した城兵も慌てて楯の向こうに引っ込んだ。

 身をさらす格好となっていた半右衛門や風太郎は大袖をかざして矢を防いだが、肩当てしかない由太郎が左脇に矢を受けてしまった。彼の色々縅胴丸は目立つため、特に狙われたのである。

 「しまった、やられてしもた……」

 由太郎は供の足軽に支えられながら大手門の廊下橋へ姿を消した。代わって紺糸縅胴丸の武士が前線に出た。彼が『四人組』の残る一人、城家利である。

 「怯むな!石火矢を放て!」

 石火矢は木製の垣盾を貫くことが出来る。その威力と轟音に、寄せ手はまたもや怯んだ。

 「よし弓衆、放て!」

 家利が叫ぼうとした瞬間、反対方向から轟音が立て続けに轟いた。

 「しまった!袋井衆の鉄砲か」

 三郎右衛門が叫ぶ。

 「いや大将、あれは威嚇に過ぎませぬ。落ち着かれよ」

 七之助が叫び返した瞬間、再び銃声が轟いた。足軽たちは驚いて右往左往し始める。当然そこに隙が生じた。反対側の杉原勢はここぞとばかりに『差し矢掛かり(矢を集中的に連続して射掛け、敵の動きを封じる戦法)』で一気に攻勢をかけてきた。

 「銃にしては装填が早くないか?」

 「あれは(いん)(こく)より入った新式の手銃です。大輪田では鉄砲と呼んでおります。中原の石火矢より丈夫で、装填も早く済みます。まあそれでも弓とは比較にならない遅さではありますが」

 六路兵衛の疑問に、半右衛門が答えた。ちなみに印国とは熊襲の遥か西南に位置する国で、いわゆるチャンドラー朝のことである。

 「それより小野殿、伏せてください。もうすぐ石が飛んできます」

 「はあ?」

 六路兵衛は首を傾げながら敵勢を見やると、急いでその場に伏せた。

 杉原平太夫はなかなかの知恵者であるようであった。

 寄せ手の背後、崖から二町(約二百メートル)離れた西曲輪に、いつの間にか石弓(巨大な()を用いて石などを飛ばす投石機の一種)が配置されていた。

石弓は全部で五基。そこから石弾がうなりを上げて飛んできた。『差し矢掛かり』で城からの攻撃を沈黙させたため、心置きなく攻城兵器による容赦ない砲撃を加えることが出来た。

 「これはたまらん、ここも危険だ」

 六路兵衛が思わず櫓台を飛び下りると、すぐ目の前に石弾が落ち、柵を破ってしまった。その後も短い間に次々と石弾が撃ち込まれてくる。

 六路兵衛も含む周囲の将兵が思わず(かが)んだ隙に寄せ手の兵が破損個所に梯子(はしご)を掛けたものの、なぜか上る気配はない。

 「?」

 六路兵衛や半右衛門が首を傾げたとき、

 「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ」

 という凄まじい雄叫びが辺りに響き渡った。敵味方問わず、辺りの将兵が耳を塞ぐ。声の主は寄せ手にいた。兵を掻き分け現れた男は、二十代半ばぐらいで袖なしの簡素な浅黄糸縅胴丸を着け、前立てのない筋兜を被った身の丈六尺の大男であった。

 「ひゃっはああああぁーっ」

 男は長大な(もり)を担ぎ、一直線に梯子に向かって走り、瞬く間に上った(手も使わずに、である)。衝撃に梯子が悲鳴を上げる。この光景に城方の兵は矢を放つことが出来なかった。六路兵衛ら武士たちも呆然自失の体であった。

 男は壊れた柵を踏み越えて城内に入ると

 「ふむ」

 と辺りを睥睨(へいげい)して、高らかに名乗った。

 「鬼熊虎之(おにくまとらの)(すけ)一番乗り!この城は我ら吉川勢が頂く!」

 そう言うなり、手にした銛を地面に深々と突き刺した。

 銛には流れ旗が巻かれていた。虎之助と名乗った男が手を放すと、吉川家の家紋『三つ引き両』が風にたなびいた。

 それを見た寄せ手の衆から歓声が上がる。

 「おのれ!許せぬ」

 数人の武士がようやく事態を理解し、猛然と鑓で突きかかった。

 「ふん、ひょろひょろ侍が」

 突き出された鑓の一本を軽く避けると、虎之助はその鑓の柄を掴んで奪い取り、

 「食らうがよい。―『神州(しんしゅう)不滅(ふめつ)』!」

 そう叫ぶや鑓の穂先を地面に叩きつけた。凄まじい音が響き、地面が裂けた。衝撃で付近の兵数名が吹っ飛び、仰向けに転んだ。

 「うむう。やはり鑓は弱いな。『神州不滅』はやはり斬馬刀で撃つのが一番だ」

 鑓を一振りして虎之助が言う。周囲の将兵は呆気に取られ動くことも喋ることもできない。虎之助の目が六路兵衛を捉えた。

 「そろそろ動け。身が危ういぞ」

 そう言って虎之助が突き出した鑓を、六路兵衛は反射的に左へ避けた。

 「甘い」

 虎之助は鑓を右へ振って慌てた六路兵衛の姿勢を崩すと、鑓を高々と振り上げた。

 「『神州不滅』!」

 衝撃とともに、六路兵衛は一瞬自分が宙に浮いたような気がしたが、すぐに地面にぶっ倒れていることに気付いた。

 (まずい、死ぬぞ)

 「ここまでだ!」

 虎之助が鑓を振り下ろそうとした瞬間である。

 「小野殿っ」

 と言う声と共に半右衛門が体当たりしてきた。虎之助は「うわっと」と間抜けな声を上げてよろめくも、

 「邪魔だ、小僧!」

 と半右衛門を蹴飛ばす。しかし、その時には既に六路兵衛が立ち上がり、太刀を抜いて斬りかかっていた。

 「うぬっ。運の良い奴だ」

 虎之助は舌打ちしつつも鑓の柄で太刀を受け止める。しばらく押し合いが続いた末に、虎之助が六路兵衛を押し返したが、六路兵衛は太刀を捨てるとその場に落ちていた自分の鑓を拾って構え直した。

 「むう。隙がないな。これでは虚を突き『神州不滅』を撃てないぞ」

 虎之助は意を決したか、

 「うおおおおおお!」

 と雄叫びをあげて突進してきた。

 「てやっ」

 突き出された鑓を六路兵衛は受け流し、逆に虎之助の喉を狙って突きかかる。

 「何のっ」

 虎之助は六路兵衛の鑓の穂先を跳ね上げ、がら空きの兜めがけて自分の鑓の穂先を叩きつけようとした。その穂先を六路兵衛は素早く打ち払う。

 このような戦いが十数合にわたり続いたが、勝敗は付きそうにない。半右衛門ら周囲の天野兵も、侵入してきた吉川兵も、この戦いにしばし見とれていた。出丸には両者の声と鑓のぶつかる音のみが響いていた。

 この状態を破ったのは、廊下橋を渡り二ノ曲輪になだれ込んだ天野勢の馬廻り衆(親衛隊)であった。数十人はいる。

 「む、いかん。これはまずい。者共、引き揚げよ!」

 杉原勢の足軽大将が叫ぶと、我に返った三十人程の吉川兵が我先にと崖を滑り下って行く。

 虎之助も鑓を下げ、崖の際まで退くと、

「我もここまでの様だな。ふっふ。おぬし、名を聞いておこう。答えよ」

 と六路兵衛に言った。

 「若波(わかなみ)(ぐん)浪人、小野六路兵衛保英」

 六路兵衛が名乗ると、虎之助も

 「我こそは難波(なにわ)国・総前郡(そうぜんぐん)浪人、鬼熊虎之(おにくまとらの)助連(すけつら)(たつ)。小野六郎兵衛とかいったな。その名前、覚えておこう」

 と名乗ると、

 「この鑓はお返ししよう」

 と鑓を六路兵衛らに向かって投げつけた。鑓は付近の垣盾に勢いよく突き刺さり、武士たちが慌てて避けた隙に、虎之助は

 「また会おう!はーはっはっはっ」

と笑いながら飛び降り、他の寄せ手の兵と共に退いていった。

 退いた寄せ手の中から敵の侍大将と思しき騎馬武者が崖近くまで馬を進めると、

 「杉原(すぎはら)(へい)太夫(だゆう)(たね)(とも)じゃ。此度の井川衆が戦働き、見事。だが一番乗りは我ら杉原勢ぞ。証拠はそこに置いておいた」

 と言い残して駆け去って行った。

 「あ奴、あれを残して行きおった」

 七之助が舌打ちする。彼の視線の先には、吉川家の『三つ引き両』の流れ旗が取り付けられた銛が屹立していた。

 「抜いて敵に投げ返してやりましょうぞ」

 風太郎が鼻息荒く言ったが、そう簡単に事は運ばなかった。

 この後六路兵衛も含めた将兵が必死で銛を抜こうとしたものの、何故か抜けず、『三つ引き両』の旗はたなびき続けた。





 「散々だな、こりゃ」

 近くの山中から井川城の攻防を眺めていた無量が呟いた。

 「吉川め、やはり城攻めは下手ですな」

 傍らに控える部下の十郎太が言う。

 「城に潜入させた千介と万介から連絡は?」

 「ございました。奴は鬼熊虎之助と戦うも、引き分けに終わったようです。特に負傷することもなく、元気そのものであると」

 「早く死んでくれればなあ。こんな仕事さっさと終わらせたいのだが」

 無量の脳裏にあの番頭・友蔵の顔が浮かんだ。あの心根の醜悪な男とはできるだけ早くおさらばし、次の仕事を探したかったが、六路兵衛のおかげで山城に張り付く羽目になったのである。

 「元はといえば黄昏(たそがれ)(なにがし)とかいう鬼道師がとんだ詐欺師であったのが間違いの始まりだ。友蔵め、自分の人選の誤りを棚に上げ、こちらに責任を(なす)り付けるとは」

 「……ところで、京子と兆民を吉田へやったそうですが、良いのですか?こちらの監視が手薄になりますが」

 「構わぬ。向こうの帰趨が明らかになり次第、すぐに報告するように命じている。場合によっては任務を放棄し、速やかに撤収せねばならぬからな」

 無量はそう言って、吉川軍の方を見やった。

 「まさか吉川が出張って来るとは。さては朝廷と和睦したな?」

 「あれのおかげで監視そのものが難しくなりました。せっかく人数を揃えてきたというのに」

 そこへ、西から伝書鳩が飛来した。鳩は無量の手にとまった。

 「兆民からだな」

 無量は鳩の足に括り付けられていた手紙を読むと、「ちっ」と舌打ちした。

 「状況は如何(いかが)で」

 「どうもこうもない。膠着状態が続いておる。今川方も小鹿方も続々と集結する援兵の参集を待っておる状況だ。……裏を返せば双方の軍勢が出そろい次第、決戦という事になる」

 「それまでの辛坊ですな」

 「ああ」

 無量はそう答えると、また城の方を眺めた。少なくとも、今の状況では戦の帰趨を判断するのは難しい。彼は任務に集中することにした。





 昼過ぎになって吉川勢は西曲輪まで兵を退いた。初日の戦は吉川勢が果敢な攻撃を繰り返したものの、結局一ノ曲輪・二ノ曲輪共に占拠できず、百六十人余りの死者とその数倍の負傷者を出すに至った。

 岡部勢は突撃を控え、吉川勢二度目の突撃の際に呼応して牽制の射撃を行った以外は、矢玉の応酬に終始した。

 六路兵衛は火器を使った戦をほとんど見たことがないので、火薬の轟音が絶えず響く戦場は今までの戦よりも恐怖を感じた。

 「案ずるな。我らとて石火矢はなかなか慣れんわ。むしろあれだけの火器を揃えた戦は初めてだというのに働きを見せたのだ、誇ってもよかろうて」

 山田七之助が笑って励ます。

 「ま、とりあえず緒戦は勝ちじゃ。今宵は祝杯でも挙げようぞ」

 天野三郎右衛門が言うと、周囲の兵たちも「おーっ」と陽気に叫び、警備の兵を残し意気揚々と廊下橋を渡って行った。

 本曲輪では才助が郎党たちを迎えた。

 「七之助から聞いたが、貴殿はあの鬼熊虎之助とやり合ったというではないか。大したものであるな」

 才助が六路兵衛を称賛した。

 「いやいや、私一人では今頃首になっていたでしょう。半右衛門や馬廻りの皆様方の助勢があってこそでございます。……ところで、あの鬼熊虎之助とは何者でございますか?あのような不可思議な技を使う者、見たことがございませぬ」

 「そうか、あの男は北国には現れてはおらぬのか」

 才助は意外そうな表情をすると、

 「奴はあちらこちらを放浪しておる陣狩り武者(押しかけ傭兵)でな。怪力の持ち主だそうだ。このあたりで奴の名を知らぬ者はおるまい」

 と説明してくれた。

 「あの『神州不滅』とかいう技は……」

 「奴の奥義だそうだ。鬼道の類ともいわれておるが、詳しいことは分からぬ。確かなのは、得物から発せられる波動のようなものに当たると……」

 「吹っ飛ばされる、と」

 「うむ。あれのおかげで奴に近づくことすらも至難の業だ。幸い奴は殺生を嫌い、強者との戦いを望んでいるという事であるが、な」

 「そのような相手と俺は鑓を交えていたのですか」

 六路兵衛はいまさらのように驚く。

 「そうだ。あの鬼熊と互角に打ち合っただけでも大したものだ」

 「二ノ曲輪では小野殿の働きによって侵入を許した敵を留めることが出来ました。戦が終われば豪傑の仲間入りですね」

 七之助と半右衛門が二人をおだてる。

 「しかし私は急いでおります。かような戦など明日にでも終わってほしいものですが……」

 六路兵衛としては素直に喜べない。戦が長引けば、家族を取り戻せる可能性が小さくなってしまう。

 (井川衆も、寄せ手も、戦を早く終わらせたいと願っているはずだが…)

 そんな六路兵衛の表情を察したか、才助は

 「まあ、それがしも戦の前からいろいろと手を打ってはおる。客人の働きに免じ、特別にその一端を見せるとしよう」

 そういうと、訝しげな表情を浮かべる六路兵衛を連れて本曲輪へ向かった。着いた先は宿舎である。ここには井伊直竜が閉じ込められているはずであった。

 「直竜殿、山本才助でござる」

 牧之助が名乗ると

 「どうぞ」

 と若い女の声がした。

 「失礼」

 そう言って才助が戸を開けた先には、直竜と才助の妻がいた。空の膳が置かれている所を見ると、すでに食事は終えたようだ。

 「これはいったい……」

 六路兵衛は一瞬思考停止に陥ったが、すぐに状況を理解した。

 「成程、才介殿は井伊とぐるでございましたか」

 才助はふっと笑って言った。

 「左様。全ては井川城が落ちるのを遅らせるため、井伊家惣領の直頼殿とそれがしが仕組んだこと。それがしが殿を、直頼殿が直竜殿を上手く言いくるめ、あのような仕儀となったわけだ」

 三郎介と直竜の協力を取り付けて芝居をさせた上で、井伊の二俣衆が動けない状況を作り出して今に至るというわけであった。

 「貴殿も存じていようが、軍監の犬居喜平次は()(こうの)(すけ)(小鹿信元)様の息がかかっておる。直竜様を捕らえることで断固とした意志を見せ、密かに吉田城と連絡を取っておる奴に井川城の忠節を報告させたのだ。さらに井伊一族はこの事件を口実に高みの見物を決め込んだ。こうしておけば三江介様が勝った(あかつき)には井川城の忠義を賞され、井伊にはお咎めなしの処分が下る、というわけだ。これで家中における殿の地位を確保できる」

 「たとえ三江介様が敗れたとしても……」

 「それは井川城が落ちる前だ。井伊の加勢なしでは、この城を攻め落とすのは難しかろう。三江介様が敗れた時点で、我らは降伏開城。悪くて追放であろうから少なくとも首はつながる」

 才助はあらかじめ、勝っても負けても井川衆の侍たちが生き残れるように、元景と親交のある井伊直頼と結託して策を練っていたのである。

 「岡部様も好きで攻撃しているわけではありませんから、好戦的な吉川にだけ注意していれば、落城の危険はほとんどないと言っても過言ではありません。それにしても、狂言とはいえか弱い女子を陥れて敵の城に閉じ込めるとは、才介殿もお人が悪い」

 直竜が言うと、才助の妻も

 「私もか弱い女子ですよ。お前さまも軍配者ならば、こうなる前に手を打っておけば良かったのではありませぬか?」

 と夫を責めた。別に本気ではない。

 「そうは言うても小鹿信元は権力欲の塊であるぞ。どうしようもない。元景様がもう少し押しの強い御方であったならばこうはならなんだのであるが……」

 才助は頭を掻きながら釈明した。

 「こうして皆様方を見ておると、とても戦の最中とは思えませんね」

 六路兵衛が言った。

 「待たれよ。それは貴殿の台詞(せりふ)ではない。貴殿に限っては潔白を証明せぬ限り、切腹か、悪ければ打ち首獄門の運命が待っておる」

 それに、と才助は続けた。

 「戦の最終とは思えぬというが、俺は今この時も戦をしておるのであるぞ」

 才助が言って「ここでな」と頭を指さして笑った。一同もつられて笑った。一瞬ながら、皆の緊張が和らいでいた。

 身の潔白は六路兵衛の格好を見ればすぐに分かるはずである。これならば何とかなるかもしれない。六路兵衛の思考は状況を楽観視する方向に傾き始めていた。


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