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定期検査を終えて、神慈達が帰った後。
夕陽錬子はとある用事を済ませるために、研究所地下区画にある小さな資料室にいた。
そこはメディウムの研究記録を保存している部屋なのだが、何処に何があるのか把握しているのは錬子のみ。
そのため、錬子の私室のような惨状となっている。
「んー、これと……後、こっちもか」
無数にある資料の中から錬子が手に取ったのは、身体情報が記載されたものだった。
続けて手に取ったのは、天恵当時に起こった出来事の精細な記録。
両方とも、神慈と沙癒里に関わる重要な資料である。
間違いがないか見直していると、資料室の扉が開いて一人の少女が入ってきた。
「相変わらずのようね、ここは。あなた、整理整頓という言葉を知ってる? 捨てられるものだってあるでしょうに」
「この方が落ち着くし、把握しやすいのさ。当然、捨てられるものもないんだ」
「ゴミ屋敷の住人と同じ言い分よ、それ」
虫を見るような目で錬子を見る少女。
彼女は研究所を移転する際にとても世話になったとある出資者の娘で、瀬名神慈と同じく昇華学院に通っている生徒でもある。
彼女がここに来た目的は一つ。
等価交換という名の取引のためだった。
「頼まれていた物は用意してあるよ。受け取ると良い」
「……、確かに」
少女は渡されたA4用紙十数枚をペラペラと捲って何かを確認した。
「君が神慈君達に興味を持つのは至極当然だ。けど手荒な真似をするのは頂けないな。こちらも貴重な情報を提供して貰った以上、余計な詮索はしたくないんだけどね」
「ふぅん。始祖様は特別って訳?」
「むしろ君にとって特別なんじゃないのかい? だから情報を売ってまで私達に近付いた」
「特別……そう、私にとってこの二人は特別……」
彼女には神慈達に対する個人的な怨みなどないはずだが、何故か渡した資料を持った手は怒りを抑えているかのように震えている。
「しかし分からないな。こんな記録を見ずとも、君の母親に直接聞けば済む話だろう?」
「……ママは教えてくれないのよ」
「まあ、喜々として語ることでないのは確かだがね。だからと言って娘に隠すほどのことでもないだろうに。それとも、君の母親にとってはそうでもないのかな?」
「――!! それ以上言ったら……物言わぬ人形として生きていくことになるわよ」
「おや? 君は選り好みするんじゃなかったのかい」
「あなたの持つ知識と頭脳は評価してるもの。手始めに掃除ができるようにしてあげる」
「やれやれ。それはごめんだね」
錬子はわざとらしく肩をすくめる。
それを見て満足したのか、少女は何も言わずに資料室を出て行った。
(厄介なことにならないと良いけど。さて、どうなるかな)
白衣の胸ポケットに忍ばせておいた煙草を吹かし、錬子もまた部屋を後にする。
早く帰って、できるだけ多く睡眠を取らなければ。
でないと、もう一つの仕事に支障が出てしまう。