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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第一章 始祖
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「始祖様をパペットにしたら、おかーさんはパペットにしなくても良くて楽チンと思ってたんだけどー。先におかーさんの方をパペットにしておけば、始祖様も言うこと聞いてくれたよねー。それならわざわざ戦うこともなかったし。アタシ、やっぱり馬鹿だなー」


 子愛は目を瞑って空中を宙返りしながら、自分のしてきた行動の効率の悪さを反省した。

 始祖のメディウムとその母親については、手段は問わないとリーダーから言われていたが、逆にそれが裏目に出てしまった。

 便利な力があるとそればかりに頼ってしまうのが子愛の悪い癖だ。


「始祖様のおかーさん、今からでも話せば付いてきてくれるかなー? それとも、やっぱり始祖様を操った方が確実かなー……って、あら?」


 目を開けたとき、頭が地面の方に向いていたので気付くのに遅れてしまったが、始祖のメディウムの様子がおかしかった。

 力無く両腕を前に垂らし、全く動く気配がない。

 そのまま前進すればゾンビのモノマネになってしまいそうなくらいに脱力している。


(これってもしかして?)


 子愛は自分が目覚めたときのことを思い出していた。

 勝敗以外で『IA』から離脱する方法はたった一つ。

 それが時間切れだ。

 子愛はその時間切れを利用して、リーダーのパペットにされることなく訓練を続けた。

 そして七度目の訓練でようやく目覚めたのだ。

 丁度、目の前にいる彼と同じような状態になって。


「な、なんか出て来たっ」


 始祖のメディウムの足下から、湧き水の如く何かが溢れ出している。

 真っ黒い、何かが。


(排気ガス? 墨汁? イカ墨? 始祖様の『IA』は何なんだろ)


 大抵の場合、一目見ればどんな『IA』なのか分かるものだ。

 子愛の持つ『IA』樹海も、リーダーの持つ『IA』もシンプルで、とても分かり易かった。

 だが。

 始祖のメディウムの『IA』は得体が知れない。

 触れた瞬間にあらゆる死がこの身に降りかかりそうで、とても興味本位で近付くことなどできなかった。

 恐れを抱いた子愛は、距離を取りつつ様子を見ることにしたが、


(うわぁ。どんどん広がってくねー)


 彼の足下から溢れ出した黒い何かは、彼自身をも飲み込み、徐々に子愛の『IA』樹海をも塗りつぶしていく。

 やがて一つだった『IA』は樹海と黒い靄に二分された。

 黒い靄。

 上も下も、右も左も。北も南も、東も西も。

 天地全てが漆黒の『IA』。

 始祖のメディウムは、その黒い靄の中に完全に埋もれてしまって何処にも見当たらない。


(真っ黒な『IA』ねー……。馬鹿なアタシにはよく分かんないけど、これじゃ攻撃しようがないなー)


 自分の領域から外に出るのは愚の骨頂と教わったが、相手が何もしてこない以上はこちらから仕掛けるしかない。

 あまり時間を掛けているとタイムオーバーになってしまう。


「始祖様ー! 引きこもってないで戦おうよー!」


 掌に鬼火を出現させて黒い靄の中に投げ込む。

 しかし黒い靄の内部が照らされることはなく、何の手応えも感じない。

 続けて亡霊を総動員させるも、やはり効果はなかった。


(んー、やっぱり駄目だねー。あの中に入るくらいなら、このまま時間切れを待った方が利口なんじゃないかなー)


 何せ、敗北は裏切りを意味する。

 それなら何の成果も上げられずに帰る方がリーダーのためになるはずだ。


(……ん? さっきよりも黒いのが近いような――!?)


 そんな疑問を抱いたときだった。



 黒い靄の中から、漆黒に染まった異形の手が無数に飛び出してきた。



 蛇の如く細長い闇の手が、蛇行しつつ子愛に襲いかかる。

 あまりにも突然で、為す術無く絡め取られてしまう子愛。

 これが動きを封じるだけのものなら良かったのだが、


「うぇーっ、やっぱりー!」


 瞬く間に黒い靄の中に引きずり込まれてしまった。

 咄嗟に子愛が呼吸を止めたのは、毒ガスが充満している可能性を考えたからだ。

 しかし、入ってみてようやく悟る。

 ここは『闇』の中。

 それも、光で照らされるような暗闇ではなく、どんなものでも呑み込んでしまう真の闇。

 実際、遠くには樹海の薄暗い明かりが見えるはずだが、入った瞬間に子愛の視界は奪われてしまった。

 これが始祖のメディウムが持つ『IA』なのだ。


「うー……離れないっ」


 纏わり付いてくる闇の手は直接触れるものの、メディウムの中でも非力な子愛の力ではビクともしない。

 どうしたものかと考えていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「不思議な感覚だな。目覚めた瞬間に、自分の『IA』の性質が手に取るように分かるなんて」

「あー、分かる分かる。世界が広がったような気がして爽快なんだよね。それで『IA』の全てを理解できるわけじゃないけど。……ところで始祖様。アタシは色々と教えてあげたんだし、始祖様も教えてくれるよね?」


 負けたら相手の操り人形だ。

 子愛も本気で言ったわけではなかったが、


「確かに攻撃の性質については聞いた。けど、『エリア特性』については聞いてないよな」

「樹海の『エリア特性』は使い勝手悪いから言わなかっただけだよ! あ……じゃあ、交換条件ってことでどーかな?」


 何か突破口は見出せないか。

 会話を続けながらあらゆる手段を模索するも、残念ながら何も思いつかない。

 それどころか、子愛は更に絶望することになった。


「この『IA』、闇の『エリア特性』は――浸食。相手に直接ダメージを与えずとも、時間経過で『IA』が広がっていく。究極、隠れんぼしてるだけで勝てるってことだ」


 淡々と。

 始祖のメディウムは説明してくれた。

 同時にそれは、この戦いの決着がどんな形で付くのかを宣言されたようなものだった。


(分が悪いっぽいかな?)


 時間切れの基準は戦いに参加しているメディウムによって変わる。

 リーダーとの特訓中は大抵二時間弱だった。

 仮に同じだと仮定しても、まだ一時間以上ある。

 対して始祖のメディウムが持つ『IA』、闇の浸食は、子愛が目測でも気付くほどに進行が早い。

 万事休す。


(馬鹿なアタシでも、流石に分かっちゃうねー……)


 大きく溜息を吐いた子愛は、目を瞑って闇に身を委ねた。


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