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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第一章 始祖
5/37

 全ての検査が終わって外に出ると、すっかり日が暮れていた。

 元々この研究所は周囲の大木の影に覆われていて薄暗かったが、夜ともなるとその不気味さは息を呑むレベルだ。風に揺られる枝葉の音がお化け屋敷のような雰囲気を演出している。


(まだちょっと肌寒いな)


 脇に抱えていた制服の上着を着直し、神慈は地べたに座り込んだ。

 体力測定の後に大量の汗を掻いてそのままだったので、放置しておくと風邪を引いてしまうかもしれない。あの地下空間にはシャワールームが必要だ。

 ふぅ、と溜息を吐いて目を通すのは、計測後に渡された二枚のプリント。

 といっても、中身は身体測定後に保健室にまとめられるものに、体力測定の結果を加えただけの物。

 本来ならわざわざ受け取る必要も無いが、これを逐一楽しみにしている人物がいるのでやむを得ず持ち帰ることにしている。


(こうも定期的に測定してると、学校の身体測定が楽しめないんだよな……)


 女子は体重や胸囲などで一喜一憂するが、男子とて成長具合は気になる。

 特に身長は死活問題で、一年通して全く伸びていなかったりするとしばらくテンションは上がらない。

 神慈の身長は一ヶ月ごとに数㎜単位で伸びているためその辺の心配は無いのだが、毎月誤差の範囲の数字を見せられていると感動も薄れてしまう。

 メディウムに関わらず、発育は人それぞれだ。

 神慈もその点では同世代の子供と何ら変わりないので、ここまでこまめに検査する意味は無いように思える。


(一体いつまでこんなことを続けないといけないんだ?)


 神慈が大学を出て就職するまでと考えると、最低でも後七年。

 大学に行かずに就職する手もあるが、せっかく昇華学院に入学したのだ。

 より好条件の就職先を見つけるためにも大学は出ておきたい。

 ここだけの話、国からの援助は相当な額だ。

 それを無くして神慈が沙癒里を養うとなると相応の稼ぎが必要になる。

 当然沙癒里はそんなことに文句を言ったりはしないし、今のままで良いとすら言うのだろうが。


「はあ……母さん」

 無意識に零れた神慈の独り言を、聞いていた人物がいた。


「し、シン君……?」


 沙癒里は声を掛けようとしていたのか、神慈に手を伸ばしたまま固まってしまった。

 その指先はプルプルと震えていて、如何にも『息子の見てはいけない場面を見てしまった』と言った感じの反応だ。


「あ、あのね? 気持ちは嬉しいけど、私はシン君のお母さんで、シン君は私の大切な子供で……だからその……えっと」

「いや、母さんに恋しててこの気持ちをどうしようとか悩んでた訳じゃないから。顔を真っ赤にして戸惑われても困るよ」

「え? で、でもさっきのは」

「母さんに呆れてただけ」

「……もう! シン君!?」


 腰に手を当ててわざとらしく抗議してくる沙癒里を見て、悩んでいた神慈の顔にも自然と笑みが戻っていた。

 重い腰を上げて沙癒里と共に車が停めてある駐車場まで歩くと、まるでパントマイマーの人間マネキンのように直立している老齢の男性が出迎えてくれた。

 これからずっとお世話になるのなら。

 そう思った神慈は名前を訪ねてみたが、


「しがない老兵でございますので」


 残念ながら教えて貰えなかった。

 老兵と言うからには、自衛隊にでもいた人なのだろうか。

 神慈の抱くイメージは仕事のできるベテラン執事で定着していたので、全然想像できない。

 執事さん(仮)に促されて車に乗り込み、研究所を後にする。

 道すがら、いつもは帰宅後に行われる会話が車内で行われていた。


「シン君ってばぁ。見せてよぉ~」

「頼むよ。帰ってからにして」

「シン君が悪いんだよ? これ見よがしに手に持って」

「鞄を車の中に置いてたから、さっきは手で持つしかなかったんだよ」


 即座にしまおうとするが、沙癒里の視線は神慈の左手が持つプリントから離れない。

 試しに左手を右へ左へと動かしてみる。

 すると沙癒里の視線も同じく右へ左へと動いた。

 沙癒里は待てと命令されて我慢している犬のように待ち構えている。

 結局神慈は根負けして、渋々プリントを手渡した。


「やったぁ! どれどれ~」

「全く……一月ごとに息子の成長見て何が楽しいんだか」


 それでいて沙癒里は、何故か通知表には何の興味も示さなかったりするのだ。

 学校の成績もある意味息子の成長なのに。

 それに関して以前聞いたことがあるが、返ってきた言葉は「成績が良くても悪くてもシン君に変わりは無いでしょ?」だった。

 その理屈なら息子の発育に異常な興味を見せるのはおかしな話だが、そちらは別らしい。


「身長が四㎜も伸びてる~~!! キャー! どうしよう!」

「静かにしてよ……」


 バックミラーに映る運転席では、執事さん(仮)が少しだけ穏やかな笑みを見せていた。余計にそれが神慈の羞恥心を刺激する。

 その後も沙癒里は、成長記録一つ一つに黄色い悲鳴を上げては神慈を困らせた。

 明るい雰囲気のまま我が家に到着してすぐ、神慈は「執事さん(仮)と少し話があるから」と言って沙癒里だけを家に入らせた。

 神慈が執事さん(仮)と二人きりで話したかったのは、こんな自分を沙癒里に見せたくなかったからだ。


「どういう経緯でこの仕事に就いたんですか」

「私を推薦したのは錬子殿です」

「錬子さんが……推薦? 失礼ですが、どういうご関係ですか」

「特にこれと言った関係はありません。私は雇われただけですので」


 その答えは、少しだけ神慈の警戒心を解いた。

 あれこれ複雑な情報を聞かされるよりはよっぽど安心できる。

 嘘を言っているかどうかなど神慈には判断が付かない。

 重要なのは神慈自身が信用できるかどうかだ。


「錬子さんも含めてですが、俺は誰も信用していません」

「良い心がけかと」

 執事さん(仮)は神慈に睨まれても尚、表情を変えることなく答える。


「ただの運転手と、その客。それでも続けて貰えますか?」

「勿論でございます」

「引き留めてしまってすみませんでした。またよろしくお願いします」

「では、また」


 執事さん(仮)は軽く会釈して、夜道をライトで照らしながら車を発進させた。

 完全に信用はできない。

 しかし、不思議と惹きつけられる雰囲気を持った老人だった。

 張り詰めていた気を緩め、神慈は階段を上って玄関に近付いた。

 あまり遅くなると沙癒里を心配させてしまう。

 そう思って取っ手に手を掛けたところで、庭の方から人影が現れた。



「ねーねーおにーさん。アタシとイイコトしなーい?」



「……!? 何だ、お前。誰だ」


 派手に赤黒く染めたツインテールに、やたらと存在感のある大きなリボン。

 服は上下共に制服のようだが、胸元近くのボタンは外れているし、首には革製のチョーカーを着けている。

 更には、腰の辺りから悪魔の尻尾のようなアクセサリーまで出ていて、何だかよく分からない格好だった。

 昇華学院の制服は男子も女子も数種類あって、その中から選べるようになっている。

 神慈はいつの間にか沙癒里に決められていたためどんなものがあるか詳しく知らないが、この地域には学校が一つしかない。なので彼女が着ている制服も恐らくは昇華学院のものだろう。


「アタシ、熊音子愛くまねこあ。中二」

「何しに来た」

「だからー。イイコトしない? ちょっと二人きりになれるトコ、行こーよ」


 前のめりになって大げさに平たい胸元を見せつけてくる子愛。

 彼女は庭から現れた。

 つまり、最初から家の敷地内に忍び込んでいたことになる。

 こんな女の子が泥棒や強盗とは考えにくいが、警戒するにこしたことはない。

 家の中には神慈の一番大切な人がいる。


「分かった。何処に行くんだ?」

「そーこなくちゃね。こっちこっち、付いてきてー」


 子愛はスルリと神慈の腕に手を回してきた。

 そのまま引っ張られて階段を下り、やってきたのは家の車庫。

 未来を見据えてわざわざ用意して貰ったこの車庫には、倉庫へと繫がる扉がある。子愛はまるで知っていたかのようにその扉を開けて倉庫に足を踏み入れる。

 ここは主に保存食やトイレットペーパーの予備、ミネラルウォーター、そのうち使うであろう日用品などがまとめて詰め込まれているが、それでも尚人が住むには充分なスペースが空いている。

 入った瞬間、神慈は即座に鍵を閉めて誰も入ってこられないようにした。


「あはっ。ヤル気満々だねー」

「ふざけてないで用件を言え」

「さっきも言ったよねー? イイコトって」

「いい加減にしろ!!」


 だらしなく伸びきった子愛の襟元に掴みかかる。

 憤慨する神慈と、口角を上げてにやける子愛。

 その状態で数秒睨み合っていると、急に子愛が口を開いた。


「おにーさん、続きは『あっち』でやろーよ。せっかく二人きりになったんだしねー」

「? 何を言って」



「『ドミネイト』」



「!?」


 子愛が何かを口ずさんだ直後。

 二人は息を引き取るようにその場に倒れ込んだ。


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