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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第一章 始祖
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 その日の放課後。

 神慈は校門の前にいた。

 彼は元々特定の部に所属している訳でもなく、趣味を持っている訳でもないのでいわゆる帰宅部という奴なのだが、今日ばかりは用事がある。

 それが月に一度、沙癒里と共に受けている定期検査だ。

 神慈が生まれてから毎月欠かさず受けているので、回数で言えば二百回近くも検査を受けていることになる。

 といっても人間ドックとは違い、学校で受ける身体測定と体力測定を組み合わせたようなものに近い。

 毎月こんなことを繰り返していると流石に億劫になるが、生活のためには仕方がなかった。

 沙癒里の処女懐胎によって生まれた神慈には、当然父親がいない。沙癒里は家事に専念しており、神慈が単独でアルバイトをしたりすることも研究所から禁止されているため、収入源が全くないのだ。

 研究に協力する見返りに資金援助を受けているので、この検査は仕事のようなものと言える。


「何だ? このはた迷惑な車は」


 校門の前に、見るからに怪しい黒塗りのリムジンが停まっている。

 校門沿いは道幅が狭いため、校門を塞ぐように停車しているこの車は下校する生徒にとっても通りすがりの通行人にとっても邪魔極まりない。

 神慈が車と校門の僅かな隙間を通ろうとすると、それを止めるかのように助手席から人が降りてきた。

 丸めがねに執事服を着こなした老齢の男性だ。


「お迎えに上がりました」

「……頼んでないけど」


 老齢の男性は、神慈が警戒心を解いていないと見るや後部座席を開けて車内を見るように促してきた。

 そこに居たのは、


「母さん?」

「えへへ。お迎えに上がりました~」


 気が抜けるような明るい声で手を振る沙癒里。

 それを見た神慈は嘆息しつつも後部座席に乗り込んだ。


「これからは一緒に行けるね~」

「……」


 黙りを決め込む。

 何も聞かされていなかったことの抗議だ。

 しかし、車が発進して数分が経った頃。

 沙癒里の視線に耐えかねた神慈は、ついに我慢できなくなって説教を始めた。


「いつも言ってるよね。何かあったら連絡してって」

「あう。で、でもね? シン君を驚かせたくてね?」

「何の疑いもなくこんな怪しげな車に乗ったの?」

「あ、それはね。迎えに行くって事前に連絡があって」

「ならそれを先に教えてよ。その電話を盗聴でもされてたら、別の車が迎えに来ることだってあり得るんだから。お願いだから、母さんはもう少し警戒心を持って」

「はぁい……」


 目に見えて落ち込んでしまう沙癒里。

 神慈も罪悪感を覚えるが、こんなことは日常茶飯事。

 それ故に神慈が下手に出るようなことはない。

 これは他ならぬ沙癒里のためなのだから。

 気まずい空気が流れる中、車は昇華学院の敷地内を抜け、更に住宅街を通って山道へと入った。

 神慈も事前に地図で確認はしていたが、やはり新たな研究所があるのは山の中らしい。

 迷路のように曲がりくねった道を延々と進むと、ようやくその場所に辿り着いた。

 学校からここまで、約一時間半の道程である。

 直線距離を行けば相当な時間短縮になりそうだが、山道となるとそう単純にはいかない。

 複雑な山道はセキュリティ上都合も良いし、特に不満はなかった。

 送迎までしてもらえるのであれば尚更だ。


「何だか、前の所よりも物々しい雰囲気だねぇ」


 遠くから見ると山中にひっそりと佇む診療所という感じだったが、近くまで来るとその外観は大病院に引けを取らない。

 実際の中身は人命を救出することとは無縁なメディウム研究所だというのに。

 以前の研究所でもそうだったが、神慈達は一部しか立ち入りを許されていない。実際にどんなことをしているのかすら知らないのだ。

 研究所の脇にある小さな駐車場に車を停め、神慈達は執事さんを置いて早足で入り口まで向かった。

 フロントガラスの向こうに、顔見知りの姿を確認していたからだ。


「やあ、来たね。おーい」


 駆け寄ってきた白衣の女性は、名を夕陽錬子ゆうひれんこと言う。

 神慈達とは旧知の間柄で、特に沙癒里は姉のように慕っている。


「良かった、サユちゃんの迷子スキルが発動したんじゃないかと心配してたんだ」

「またそんなこと言って。私、もう子供じゃないよ?」

「車で迎えに来てもらったんだし、迷子になりようがないです」

「いやいや。サユちゃんなら車を巻き込んで迷子になっても不思議はないからね」

「やめて下さいよ錬子さん。有り得るんで」

「シン君まで! そんなこと有り得ないよっ」


 頬を膨らませる沙癒里を置いて、研究所へと入る二人。

 新しい研究所の内部は清潔感溢れる空間となっていた。

 忙しなく移動する人達は皆が白衣を身に纏っていて、こうして立っていると順番待ちをしている患者の気分になる。

 遅れて入ってきた沙癒里と一緒に案内されるがまま付いていくと、病院の診察室に近い小部屋に通された。

 診断を受ける前の独特の重圧までがそっくりだ。

 どうやら問診はここで行うらしい。

 事務用椅子に腰を掛けた錬子は資料に目を通しながら、


「さて、と。環境が変わって、何か体に変化はあったかい?」

「何もないよ~」

「……」


 一瞬、第三図書室の司書殿に忠告されたことが神慈の脳裏をよぎった。

 錬子は処女懐胎とメディウムの研究を十七年も続けているので、神慈が知らなかったいくつかのキーワードについても知っているかもしれない。


(いや……いくら錬子さんでも、これは聞かない方が良いか)


 一度聞いてしまえば、『その情報は何処から得たのか』という話になってしまう。

 昇華学院芸術棟、第三図書室を根城としている彼女がメディウムであることは研究所も把握しているはずだが、現時点では神慈以外に興味を示している様子は見られない。

 ただでさえ公共の施設を独占する程の人嫌いだ。

 わざわざ注目させることもないだろう。


「神慈君は?」

「自分も何もないですね」

「何でも良いんだよ? 彼女ができたとか」

「えぇー!? お母さんそんなの聞いてない!」

 手をパタパタと動かして動揺する沙癒里。


「いや、無いし。そもそも、そんな話まで報告しないといけないんですか? 流石にそれは公私混同というか、錬子さんが興味あるだけなんじゃ」

「勿論それもあるね。でも恋愛をすると人の体には様々な変化が現れる。メディウムだとどんな違いがあるのか、調べる意味は充分あるよ」

「はあ。そうですか」


 意味があるのだとしても、果たしてそこに価値はあるのだろうか。

 メディウムの研究も一体どこまで進んでいるのやら。

 その進捗具合を聞かされることはないので、研究に協力している身としては少し納得がいかない。


「それじゃ、検査に移ろうか」

「あ、ちょっと待って下さい。母さんの検査を担当するスタッフのことなんですけど」

「全員女性だよ。安心して良い」

「そうですか。なら良かった」


 ホッと胸をなで下ろす。

 沙癒里の言葉だけではやはり信用できないので、確認が取れたのは僥倖だった。検査は別々で、神慈が口を出せるのもここまでなのだ。


「じゃあシン君、また後でね」

「うん。早く終わっても大人しく待ってるんだよ」

「子供じゃないってば!」


 沙癒里は口を尖らせながら、女性スタッフの一人に連れられて部屋を出て行った。


「やれやれ。過保護だねぇ」

「お互い様ですから」


 それは、ずっと自分のことを守ってくれていた沙癒里に対しての感謝の言葉だった。

 過保護と言われようとマザコンと言われようと、神慈の想いは揺るがない。


「それじゃ、私達も行こうか」


 立ち上がった錬子の後を追って、沙癒里が出て行った出口とは逆の扉から廊下に出る。

 道案内だけかと思いきや一緒に付いてくるようなので、堪らず質問した。


「あれ? 俺の検査に付き添うんですか」


 錬子は前回まで沙癒里に付きっきりだった(神慈が頼んで)のだ。

 いくら女性スタッフだけと言われても、錬子が居ないとなると途端に信用度は下がる。


「心配しなくても、神慈君の検査の仕方を一通り教えたらあっちに行くさ」

「教えるって、今までの人は?」

「あいつ等みんな男だったろう? これからはみんな女だし、最初だけね」

「……は? 俺の検査も女性だけになったってことですか?」

「そそ。やっぱり男が混ざると色々面倒臭くてね。良い機会だからまとめて異動させた」


 あっけらかんと言う錬子。

 スタッフに思い入れなどなかった神慈は感傷に浸ることもないが、結果的に自分の一言で仕事を変えられたのだと思うと何とも言えない気分になる。


「クビにしたわけじゃないんだ。神慈君が気に病む必要はないよ」

「少しは気にしてあげて下さいよ。錬子さんが」


 狭い通路をLED照明で照らしているだけの質素な廊下。

 そんな廊下を真っ直ぐに進んで曲がり角を曲がると、正面に階段とエレベーターが現れた。

 こうもあからさまに階段とエレベーターが並んでいると、不思議と選択に悩む。

 普段なら当然楽ができるエレベーターだが、物臭だと思われるのも癪だ。

 階段を使うことで足腰が鍛えられるというメリットもある。


「あ、エレベーター使えないから」


 そう言ってスタスタと階段を下りていく錬子。

 仕方なく神慈も後に続く。


「……何のためにあるんですか、あのエレベーター」

「スタッフの一人が閉じ込められててね」

「そ、その状況は洒落にならないような」


 階段は地下へと続いているし、建物の構造上エレベーターが向かう先も地下のはず。

 つまりそのスタッフは地下空間に取り残されている訳だ。


「大丈夫大丈夫。むしろ気に入っちゃったらしいし。エレベーターの中」

「はい?」

 訳が分からず聞き返す。


「仕事したくないって引きこもっちゃったんだ。こっちも助けるのが遅れた手前、強く言えなくてね」

「……トイレとかは?」

「地下二階のを使ってるね」

「閉じ込められてませんよね、それ」


 神慈の心配は完全に無駄だった。

 エレベーターの中を住処にしているだけの怠け者相手に同情の余地はない。


「ま、放っておけばその内飽きるでしょ」

「ところで……この階段ってどこまで続いてるんですか」

「さあ。エレベーター以外で下りたことないし」

「相変わらず適当ですね」


 大きく溜息を吐いて、手すりの間から真下を覗き込む。

 かなり地下まで見通せるが、まだまだ階段は続きそうだった。


「競走でもするかい? ゴールまで」

「その靴で、ですか――」

「よーいドン!」


 神慈の話を最後まで聞くことなく、錬子は階段を駆け下りていった。

 ハイヒールをカツン、カツン、とリズミカルに鳴らしながら。

 神慈も革靴だったので人のことは言えないが、検査なんてもの、早く終えるにこしたことはない。

 呼吸を整え、階段全てを一足飛びで降りながら錬子の後を追う。

 あっという間に錬子を追い越した神慈は、階段の終着点で待機することになった。先に行って検査を始めてしまおうとも思ったが、目前にある唯一の扉には鍵が掛かっていて開けることができない。

 涼しい顔で待っていると、程なくしてフラフラになった錬子が姿を現した。

 足をひねったのか歩き方が不自然で、ハイヒールのかかとも折れてしまっている。


「はぁ、はぁ、はぁ……流石、メディ、ウム……。身体能、力じゃ、勝てな、いか」

「無理しないで下さいよ。軽く呼吸困難じゃないですか」


 前屈みになってぜぇぜぇ言っている錬子の背中を優しく擦る。

 錬子には沙癒里の様子を見に行って貰わなければならないのだ。

 こんな所で倒れられる訳にはいかない。


「はぁ、はぁ……。ふぅー……。神慈君は、サユちゃんにもこんなに優しいのかい?」

「こんなことはしません。母さんは若いですからね」

「うっ。こ、これでも初めてサユちゃんと会ったときは十代だったんだ!」


 明日の天気を占うようにハイヒールを脱ぎ捨て、錬子は乱暴に鍵をこじ開けてズカズカと歩いて行ってしまった。神慈も置いて行かれないよう後を追う。

 扉の先には広大な空間が広がっていた。

 普通の学校の校庭を、そのまま体育館にしたような地下空間。

 遠くには何やら話し込んでいる白衣の女性スタッフが数人見える。

 階段がある部屋から出て来た神慈は、体育用具室から顔を出したような感覚を覚えた。


「また随分とお金かけてますね。こんな巨大な施設を、俺と母さんのためだけになんて」

「……まあ、ね」


 錬子は足を止めると、手を叩いて助手を呼び寄せた。

 今までは男性スタッフばかりだったので、こう改めて集まられると少し照れ臭い。


「早速始めようか。まずは色々と計測するから、脱いで」

「その前に。ここから母さんの所までって直で行けるんですか」

「いいや? さっきも言ったけど、階段かエレベーターを使わないとここには来られないよ」

「じゃあさっさと行って下さい。計測の仕方とかは俺が覚えてますし、何か不備があっても連絡してくれれば俺だけまた来ますから」

「そんなに心配しなくても平気さ。もう少し信用してほしいね」


 錬子は余裕綽々と言った表情で前回の定期検査の資料に目を通している。

 どうも分かっていないようだ。

 仕方がないので残酷な現実を伝えることにした。



「帰りはあの階段を上るって分かってます?」



「……」


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