表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
エピローグ
37/37

母が良ければ全て良し

 久し振りの第三図書室。

 エレベーターで上昇中の瀬名神慈は、複雑な面持ちで瑪瑙に思いを馳せていた。

 テイルブロッサムとの一件が落ち着いてから、既に一週間が経っている。

 戦いを終えて帰路についた神慈はいの一番に沙癒里に頭を下げたが、意外にも咎められることはなかった。

 というのも、神月梓の呪縛から解放された沙癒里は襲われた際の記憶も蘇っていて、大方の事情を察してくれたのだ。

 それでもまだ納得し切れていない部分はあるらしく、この一週間は沙癒里の疑惑の視線が気になって仕方ない。

 子愛と衣琉は以前として神慈のパペットではあるものの、今は一学生としての生活に戻っている。

 一度クラスを覗きに行ったが、年相応の無邪気な姿を拝むことができた。

 やはり色々と無理をしていたのだろう。

 解放された月香はというと、テイルブロッサムの件が片付いて安心したのか、余計にハーミットへの勧誘活動に勤しんでいる。

 梓までもが警戒していたハーミットに入るなど論外。

 神慈は自分のアライアンスを立ち上げようかと模索しているところだ。

 兎にも角にも、神慈はひとまずの安寧を手にした。

 協力してくれていた瑪瑙へのお礼を兼ねて、大切な話をするためにこうして第三図書室に向かっているわけだ。

 軽快な音と共にエレベーターが最上階に到着する。

 本の壁という仕切りを失って筒抜けだった第三図書室には、死角となる新たな長机が置かれていた。

 そこでくつろいでいる瑪瑙に会釈し、話がしやすいよう前に座る。

 ちなみに、珍しく瑪瑙はコスプレ衣装を着ていない。


「今日はどうしたの。一週間前に簡単な報告をしに来て以来、それっきりだったのに」

「簡単な報告しかできなかったからさ。お礼も兼ねて、少し真面目な話でもと」


 神慈の言葉に納得したのか、瑪瑙は湯飲みに入った緑茶を一口含むと自ら話を振ってきた。


「神月梓はどうしたの? あれから」

「『絶対に俺に逆らわない』『俺と母さんに関する情報を口外しない』っていう条件付きで、元の生活に戻って貰った」

「それだけ? ……正気?」

「まあ、心情的に納得のいかない部分もあるよ。けどあいつ、今をときめくアイドルだし、そっちの活動に支障が出たら悲しむ人も多そうだったからな」


 神慈は左手の親指から伸びる金色の糸を見つめた。

 今までの神慈は研究所と沙癒里のことで頭がいっぱいで、テレビに出てくるアイドルなど名前くらいしか知らなかったが、調べてみてようやく神月梓がどれほど有名なのかを知った。

 元々売れないアイドルグループの一人だった彼女は、一念発起してグループを卒業、ソロデビューした。

 すると持ち前の外面の良さと実力で途端に人気を博し、出演番組の視聴率はうなぎ登り、CDの売り上げも天井知らず。

 しかし神月梓の本当に凄いところは、彼女が在籍していたグループや事務所の知名度すらも上げてしまったことだろう。

 お陰でその事務所は今、新人アイドルを育成する養成所まで作っているらしい。別に神慈が踏み台にならなくとも、近い将来芸能界のトップまで上り詰めてしまいそうだ。


「それに……あいつはあいつで、母親のことを心の底から想ってた。正直、憎みきれないんだよな」

「甘いね」

「ごもっとも。けど何も考えてないわけじゃないぞ? 神月梓は俺のパペットになった。つまり、もう自分からどうこうする力は失ったことになる。唯一の懸念は連れのわんこ達……、」


 そこまで言って、神慈は口をつぐんだ。

 その先は、これから話すべき本題に深く関わっていることだ。

 瑪瑙に話して良いものかとつい思案してしまう。


「私にも話せないこと?」

「それを説明する前に話さなきゃいけないことがある。その話の結果如何によっては、ここに来られなくなるかもしれない」

「! どういう、意味?」


 持っていた湯飲みを机に置き、顔を強張らせて神慈を見つめる瑪瑙。

 話自体は神月梓に勝利した直後に衣琉から聞いていたのだが、心の準備を整えるのに一週間も掛かってしまった。

 場合によっては、神慈にとって居心地の良いこの聖域を自らの手で壊してしまいかねないから。

 メディウム研究所が手にしていた様々な情報。

 それらを聞かされたときに情報提供者の名として候補に挙がったのが、『第三図書室の司書』だった。

 昇華学院に在籍しているメディウムの事情に詳しい瑪瑙であれば、その可能性は大いに有り得る。

 神慈は改めて見極めなければならない。

 味方ではなく、敵を。

 誰が敵で、誰が敵でないのかを。


「瑪瑙。最近移設したメディウム研究所を知ってるか?」

「……知ってる」

「俺と母さんはずっとそこで定期検査を受けてたんだ。俺はともかく母さんは相当信頼してる。けど今回、そこで色んな事実が発覚してさ」

「……」

「メディウムのありとあらゆるデータが保管されていて、その中には昇華学院に通っているメディウムの情報が数多く含まれていた。誰かが教えているとしか考えられない情報がな」

 瑪瑙が口を挟もうとしたが、すぐに手で制して話を続ける。


「情報提供者の一人は神月梓。でも俺が聞いたところによると、梓は自分だけが知っていた情報を教えただけであって、他のメディウムの情報提供はしていなかった。これは俺がパペッターとして聞いたことだから絶対だ。そうなると情報提供者は他にもいるってことになる。……正直に言ってくれ。ここで聞いた情報を研究所に流していたのは瑪瑙か?」

「そう……だけど」

「……そっか……」


 神慈は大きく溜息を吐いて席を立った。

 ようやく見つけた安住の地だと思っていたが、相談しに来たメディウムのことをペラペラと口外するような相手と一緒に居て心が休まるわけもない。

 神慈が帰ろうとすると、慌てて瑪瑙がそれを引き留めた。


「ま、待って。貴方の言う通り、確かに私はここで聞いたことを話した。けど貴方のことは何一つ言ってない。信じて」

「そういう問題じゃない。相談事を平気で誰かに喋るのは……人として最低だ」

「……っ」


 下唇を噛んで俯く瑪瑙を置いて、第三図書室を出ようと踵を返す。

 そのときだった。



「まあまあ。そう責めないでやっておくれよ」



 タイミング良く現れたのは、今の神慈が一番会いたくない人物にして一番問い詰めたい人物。

 メディウム研究所地下区画の最高責任者。

 夕陽錬子だった。


「……何で錬子さんがここに」

「ん、まだ聞いてないのかい? 私は彼女の叔母なのだよ」

「叔、母……?」


 恐ろしいものを見る目で瑪瑙に視線を送る。

 全部が全部彼女達の掌の上だった……そんな最悪の展開が脳裏をよぎって、神慈は恐怖した。

 しかし錬子と違って瑪瑙からは悪意を感じない。


「そう。だから貴方のことも昔から知ってた。実際に会うのは初めてだったけど」

「その子はね。私に頼まれて仕方なく情報提供を行ってたのさ」

「まさかあんた……姪までモルモットにしてたのか?」

「ちょっと神慈君、人聞き悪いな」


 冗談めかして肩をすくめる錬子に、更なる追及をする。

「俺は良いよ。絶対に人を信用しないように生きてきたから。元々、メディウムの研究の進捗具合を何も聞かされない時点で怪しかったし。けど母さんは違う。錬子さんのことを心の底から信頼してる。なのに……どうして神月梓に俺達の情報を渡した」

「え?」


 神慈の言葉に反応したのは瑪瑙だった。

 顔を歪ませ、問い詰めるようにして錬子に歩み寄る。


「どういうこと、ですか? まさか、私が渡した情報も他の人に……!?」

「待った待った。確かに神慈君達の情報を渡したのは事実だけど、それは相手があの子だったからだよ。あの子の家には研究所の移転にあたって色々世話になってね。充分信用に足る人物だと確信があって」

「嘘吐け」


 平然とした口調に苛つき、神慈は語気を強めて断言した。

 錬子と神月梓の関係については今の話通りだが、梓だけが知っていた『人間以外のメディウム』についての情報がなければ、簡単に取引などに応じるはずがない。

 そしてそれを隠している時点で、もはや決定的だった。


「十年以上築いてきた関係がぶち壊しになる可能性を考えれば、たったそれだけの理由で俺達の情報を渡すわけがない。神月梓がちらつかせたメディウムの情報が欲しかったんだろ? いい加減、正体を現せよ」

「やれやれ……完全に悪者扱いだね」


 神慈と瑪瑙の銃口のような視線が錬子を貫く。

 だが錬子は冷静だった。誤魔化すわけでも逃げるわけでもなく、ただただ神慈達と向き合っている。

 直後に錬子の口から出て来た台詞に、神慈は闇の一端を垣間見た気がした。


「ま、私を信用するしないは二人の判断に任せるけど。でも良いのかい? 今後定期検査を受けるつもりがないなら、君達だけでなく他のメディウムへの資金援助も止まってしまうかもしれないよ」

「!!」

「そ、そんな」

「だって、自由と引き換えに君達はメディウム達の英雄となったんだよ?」


 その表情からは何の感情も伝わってこない。

 当たり前のことを、当たり前のように言葉にしているだけ。

 まるで機械だ。


「……っ」


 研究所が把握しているメディウムだけでも相当な人数がいることを知ってしまった今、錬子の言葉はとてつもなく重い。

 子愛のように母親が結婚しているケースは決して多くないはず。

 神慈が検査を拒否するだけで、一体どれほどのメディウムが苦しむことになるのか。

 或いは、ここで錬子をパペットにしてしまえば一時は安心できるかもしれないが、それで全てが解決するとは到底思えない。

 彼女の後ろには神慈がうかがい知れない強大な何かがいるような気すらして、何も言うことができなかった。


「大丈夫だよ。神慈君は今まで通り、適度に警戒して適度に心を許していれば、今回のようなことは起こらないからさ」

「………………………………、分かったよ」


 そう言うしかなかった。

 資金援助を受けているメディウムと言うのは、瑪瑙とて例外ではないのだ。

 秤にかける比重が違いすぎる。


「うんうん、素直でよろしい。それじゃ、私は仕事に戻るよ」

「……仕事? そもそも、どうして昇華学院に」

「私、ここで教師やってるから。保健のね」

「!! どうりで……あんな細かい情報が集まるわけだ」


 情報提供者は神月梓と瑪瑙だと決めつけていたが、夕陽錬子本人が自ら出張って情報を集めていたとなると話は変わってくる。

 この昇華学院という学校の、目的と正体も。

 踵を返そうとした錬子はその足を止め、思い出したように振り返った。


「最後に、一応お礼を言っておくよ。操り人形にされていたスタッフを解放してくれてありがとう。君には借りを作ってしまったね」


 邪悪な笑みを浮かべる錬子に、神慈も瑪瑙も思わず血の気が引いた。

 神慈は皮肉にもならない言葉を返すことで精一杯だった。


「……気持ちの悪いことを言わないで下さい」

「ふふ。またね、神様の堕とし子達」





 第三図書室に残され、二人はしばらく沈黙したまま視線を床に落としていた。

 神慈が沈黙を破ったのはチャイムが鳴った直後だ。


「俺は……何もなければ今のままでも構わない。けどもしもこの先、錬子さんが母さんを利用するようなことをしたら……そのときは協力してほしい」

「信じて、くれるの?」

「努力はする」


 錬子に言われて情報を提供していたとはいえ、後ろめたいことだと自覚して神慈に隠していたのは紛れもない事実だ。

 それでも、神慈の情報だけは伝えていなかったという一点に心が救われた。


「もしかしたら瑪瑙の親戚を敵に回すことになるかもしれない。そのときにこっち側にいてほしいんだ。勝手な事を言ってるって分かってるけど……頼む」

「なら私をパペットにして。そうすれば貴方は安心できる」

「それは駄目だ」


 神慈は少しだけ思案したが、すぐに思い直した。

 主従の綾糸は、一部の例外を除いてパペッターであれば見えてしまう。

 それはデメリットでしかない。

 何よりも、神慈はそんな関係など望んでいなかった。


「どうして?」

「瑪瑙とは対等でいたい。それに、女の子がそんなことを簡単に言うもんじゃないよ」


 神慈は少しだけ笑って瑪瑙の頭に手を乗せた。

 すると自分の言葉の意味をようやく自覚したのか、瑪瑙は途端に顔を赤くして机に突っ伏してしまった。


「……ありがとう、瑪瑙」


 耳まで赤くしている瑪瑙を置いてエレベーターに乗り込む。

 神慈の頭の中には、戦いを通じて関係を築いた三人の顔が浮かんでいた。


 鳴海衣琉。

 熊音子愛。

 神月梓。


 三人のメディウムと、三つの『IA』。

 初めてできた、信頼に足る仲間。

 しかしてその信頼は、主従の綾糸という極細の糸で形成された偽りの信頼だ。


 最優先事項は変わらない。

 もしもそれらを天秤にかけることになったら、神慈は迷わないだろう。

 今回のように、どんな相手であれ利用する。


 そう。

 どんな相手であれ。


「……」


 下降中、エレベーターの天井の更に先を見つめていた神慈は、胸の中で黒い感情が燻っていることを自覚していた。錬子の影響もあるだろうが、これは神慈が元々持っているものでもある。

 罪悪感など捨てて、いっそこのまま黒い感情に身を委ねしまえば良い。

 そんな悪魔の囁きを遮ったのは、天使からの着信だった。


『あ、シン君? 今日の夕飯、何かリクエストはある? お母さん、頑張ってお料理するから何でも言って? それでね。できれば、料理が美味しかったらそのご褒美として、シン君達の身に何があったのか教えてくれたらな~って』


 電話越しにやたらと早口で喋る沙癒里。

 神慈が隠していることをどうにかして聞き出そうと必死なのだ。

 慌てふためいている様を想像して、神慈はつい吹きだしてしまった。


『あー! シン君、今笑ったでしょ!?』

「ごめんごめん。でもその条件は飲めないな。母さんの料理が不味かったことなんてないんだからさ」

『え? そう? そうかな~? そんなことないんじゃないかな~……えへへ』

「まあ……母さんの料理が想像以上だったら考えるよ」

『本当!? 絶対だからね! 約束だからね!!』


 途端に通話は切れてしまった。

 きっと最高の食材を求めて近所のスーパーにでも買い出しに出かけたのだろう。


「さて、と。俺は勉学に勤しむとしますか」


 沙癒里の機嫌はすこぶる良かったが、授業に出なければまた怒られてしまう。

 そんな当たり前の親子の触れ合いが何よりも心地良い。

 先程とは正反対の幸福感と満足感に包まれ、神慈は穏やかな顔で芸術棟を後にしたのだった。


最後まで呼んでくれた方、本当にありがとう。

このアボーテッド・チルドレンは、いわゆる異能バトルものとして書いた初めての作品だったりします。

そのせいか突き抜けていないというか、中途半端な中二病になってしまったのが悔やまれる。

戦闘描写とかも正直分からなくて、何度も書き直してると何が分からないのか分からないという状態に陥り、結局最初のでいいやと妥協したり……結構紆余曲折あった分、思い入れがあったり。

でも世に出すようなレベルに達していないのは明らかで。

こういう形で載せることができたのは本当に有り難いです。

それでは、次の作品で会いましょう。



あ、次は『小学生もの』になります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ