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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第四章 スポットライトを浴びるのは
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 直後。

 ライオンと鷲がまばゆい光に包まれた。

『IA』が再構築されるように光の中心が歪み、二匹の動物が吸い込まれていく。

 異次元の中で錬成された二つの命が、歪みを正すと共に新たな命として生まれ変わり、その全貌を露わにする。


「ピュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――――――――――――――!!」


 奇声にも似た鳴き声を上げてサバンナの大地に立ったのは。

 空を駆ける鷲の上半身に、強靱なライオンの下半身をかねそろえた神話の怪物。

 グリフィン。

 すぐさまチワワを抱き、梓はグリフィンの上によじ登った。


「ふふ……どう? 私のとっておきよ」

「別に。想像できたし驚きようがない」


 神慈の冷たい言葉に、駆け寄ってきた子愛と衣琉も「ですね」「だねー」と賛同する。


「キッ!!」

「いや、キッとか口で言われても……」


 やはり神慈達を驚かせたいようだが、どうもその過程を作るのが下手なようだ。

 現実世界でアイドルということを晒した瞬間は神慈達も度肝を抜かれたのに、こと戦闘中では予定調和なことしかしてこない。

 既に見た映画をもう一度見せられているかのようだった。


「ふん。どちらにせよ、あなたたちはこれで終わりよ。さあ、食いちぎってあげなさい!!」

「キャンキャン!」


 梓とチワワの言葉を理解しているらしく、グリフィンは巨大な翼を羽ばたかせて上空へ飛び上がる準備を始めた。

 翼を広げたら二十メートルはあろうかというグリフォンの羽ばたきは、離陸する前のヘリコプターのような突風を巻き起こし、神慈達の体勢を崩す。


【あわわ。これまずいよー。あんなの相手じゃ殺すのにどれだけかかるか分かんない!】

【となると梓かチワワを狙うしかないわけだが……】

【満身創痍のビッグフットであれに立ち向かうのは無謀ですね。もしもの時のために温存しておきたい。マスターとの戦いで、一度倒されてしまうと再び出すことができないと知りましたし】

【分かった。お前等、ちょっと『IA』の端っこで隠れてろ。ここからは俺がやる。というか、名誉挽回のチャンスをくれ】


 下唇を噛んで先程の体たらくを思い出す神慈。

 真剣ではあったが、改めて客観的に見るとふざけているように見えても仕方ない有様だった。


【おっけー。じゃ、お言葉に甘えて休ませてもらおーっと】

【何かあったら言って下さい!】


 二人が自身の『IA』の後方に向かって全速力で走る。

 グリフィンの飛翔能力なら、例え『IA』の何処にいようとひとっ飛びだろう。

 しかし見ての通り、この巨体を浮かび上がらせるにはそれ相応の時間が必要になる。

 ならばその時間を作らせなければ良い。


「それがお前のとっておきって言ってたな」

「そうよ。私の可愛い可愛い……グリ子」

「その名前は即刻改名してもらわないと困るけど、こっちもとっておきを見せてやるよ」

「……?」

 訝しむ梓を余所に、神慈は意識を集中した。


(イメージならもうできてる。俺に足りなかったのは浸食だ。無意味な問答のお陰で随分と時間も稼げた。今なら……できる!)


 第三図書室にて熟読した本の内容を思い出す。

 闇の力のカラクリが判明した今、神慈を阻むものなど何処にもない。

 その名を、叫ぶ。


「来い! ケルベロス!!」

「!!」


 瞬間。

 大穴から火山の噴火の如く大量の闇が噴き出した。

 その闇は徐々に形を帯びていき、とうとう三つの頭を持った巨大な地獄の番犬が姿を――


「あ、あれ? 何かイメージと違うな」


 涎を滴らせる獰猛な三つの犬の首に、大量の蛇によって形成されたおどろおどろしいたてがみ。巨大な尻尾は龍――それが神慈のイメージしたケルベロスだ。

 ところが目の前にいるのは、ボルゾイとハスキーとチワワの首を持った非常にアンバランスなケルベロスだった。たてがみと尻尾はライオンそのものである。

 大きさだけは地獄の番犬に相応しく、決してグリフィンにも負けていないのだが……。


(目の前の犬のイメージがそのまま定着しちゃったのか……!)

「……ど、どうだ! 俺のとっておきは!」

「著作権侵害じゃない!! 訴えるわよ!?」

「わざとじゃないんだごめんなさいっ」


『IA』に著作権などあるのかという疑問はともかく、真似をしたように思われても仕方ないのは確かで、自己嫌悪という名の精神ダメージはかなりのものだった。


「もう良いわ。そんな醜い怪物……グリ子が殺すから!!」


 ついにグリフィンが天高く飛び上がった。

 その際に生じた風圧で、神慈は数メートル程吹き飛ばされてしまう。

 受け身を取る暇もなく、ただただ奈落の地面を転がされる。


「く、くそ……ケルベロス! あのグリフィンを何とかしてくれ!」


 何とか起き上がって駄目元でケルベロスに命令してみたものの、一向に反応は返ってこない。

 それどころか三つの首を地面にぺたりとくっつけてリラックスモードだ。

 微かに寝息のようなものも聞こえてくる。


「おい! いくらなんでもそりゃないだろ!?」


 尻尾の毛を思いっきり引っ張ってみるが、虫が付いたとでも勘違いしたのか盛大に振り払われてしまった。

 訳が分からず涙目になっていると、その姿を哀れに思った梓が疑問を解いてくれた。


「私もグリ子をイメージするときに色々調べたけど。ケルベロスって、神話の設定上『音楽を聞くと眠っちゃう』んじゃなかった?」

「な、何? ……言われてみればそんな記述を読んだような」


 第三図書室で読んだギリシア神話の本。

 ケルベロスについての記述を知らず知らずの内に隅々まで記憶していて、特性すらもイメージしてしまった?

 そして今、『IA』全体には神月梓の新曲ドミネイトが流れている。


「正直、そんな特典が付いてくるとは思わなかったけど……ついてないわね、瀬名君」


 戦闘開始直後から聞こえているこの曲。

 流石に一曲の長さではないので、恐らくリピートにして延々流れるようにしてある。

 時間経過で曲が終わることは期待できない。

 それなら、とケルベロスを大穴に戻そうとするも、相変わらず反応がない。

 ここまで明確な意思を持つ生物だと、生まれるのも戻るのも神慈の命令次第。

 つまり寝ている状態ではどうすることもできない。


「そろそろ死になさい」


 梓は手綱を引っ張り、グリフィンをウィリーのような状態にした。

 すると翼の羽ばたきが数倍のスピードに跳ね上がり、巨大な風の渦を発生させ神慈を取り囲んだ。

 竜巻の檻。

 しかもその檻は、中心にいる神慈を追い詰めるようにして少しずつ小さくなっていく。

 神慈は完全に逃げ場を失ってしまった。

 後は複数の竜巻に挟まれて死ぬだけ。

 そんな状況の中、子愛と衣琉がこちらに走ってくるのを見た。

 もう何をしても間に合わないと知りつつも、神慈は二人に向かって手を伸ばす。

 だが。


「がっ!!」


 一瞬だった。

 指先が竜巻に触れただけで、神慈の体は瞬く間に上空へと舞い上がった。

 奈落の枯れ果てた樹木の残骸や石によって、体をズタズタに引き裂かれながら。

 それでも。

 グリフィンよりも天高く舞い上がっても、神慈はまだ生きていた。

 微かに残る意識で、地上の声もしっかりと聞いていた。


「マスター!!」


 グリフィンも吃驚の跳躍力で、竜巻を飛び越えて神慈をキャッチするビッグフット。

 しかし落下地点には複数の竜巻が未だ渦巻いている。

 そこでビッグフットは竜巻の範囲外に神慈を投げ飛ばした。

 そのまま落下したビッグフットは無残に切り刻まれてしまったが、神慈の体は浮遊していた子愛によって抱き留められた。


「って重い! やっぱり無理無理ぃ~……」


 子愛は力無く落ちていく。

 滑り込むような形で辛うじて間に合った衣琉が二人分の体を支えるが、神慈の受けたダメージを見て何も言えなかった。

 休んでいる暇はない。

 サバンナの太陽によって生み出されたグリフィンの巨大な影が三人を覆い尽くす。

 グリフィンは既に神慈達の真上にまで接近していた。


「つい最近パペットになったばかりのあなたたちが、これほど協力し合うなんてね。瀬名君が負ければあなたたちは解放されるのよ?」

「分かってますよ。でも僕はこの人についていくと決めたんだ。だから最後まで戦う」

「ってかねー。アタシはお兄ちゃんっ、が負けたとしても、すぐにガブちゃんに挑む気満々だから。そんですぐにお兄ちゃんっ、を解放してあげるの」

「クマさんにしては良い提案だね。なら僕は、クマさんが負けた場合の保険ってことで」

「……そう。なら、あなたたち相手に遠慮することもなくなったわね」


 そんな三人の会話を子愛の膝の上で聞いていた神慈は、『ある一つの可能性』を考えていたが、グリフィンが地上に下りたことで思考を切り替えた。

 グリフィンが再び空へ舞い上がるのには数十秒のインターバルがある。

 羽ばたきによって生じる竜巻も風圧もない、今こそが最大の好機――


(……風が、ない? そういえば……あれだけ聞こえてた曲が……)


 リピート再生で流れていたはずの神月梓の新曲が、ここに来て全く聞こえなくなっていた。

 グリフィンが地上に下りた今、全ての『IA』が静寂に包まれている。


(リピートじゃない。延々流れてたのは……大量のアレンジバージョンか!!)

 動かない体に力を込めて、神慈は心の底から叫んだ。



「ケルベロス!! グリフィンの翼を燃やせ!!」



「何を今更――!?」


 梓が視線を向けた先で。

 熟睡していたはずのケルベロスが起き上がった。

寝坊で大遅刻した違和感満載の地獄の番犬が、その三つの口をグリフォンに向け、巨大な火球を生み出す。

 遠くから見ているだけで目が痛くなりそうな程の灼熱の火球。

 まるで小さな太陽を見ているようだった。


「お前等、伏せろ!」

「伏せてどーにかなるのー!?」

「良いから頭を下げてクマさん!」


 どんどん大きくなっていく火球を見て、さすがの梓も身の危険を感じたのか上空に飛び立とうとした。

 だがグリフィンが再び飛び上がるには時間が掛かる。

 大砲の砲身のようになった三つの口から、ついに巨大火球は射出された。

 ライフルのような速度で射出された巨大火球が、グリフィンの片翼に大穴を開ける。

 それだけではない。

 ぽっかりと開いた穴の円周から発生した炎が一気に燃え盛り、グリフィンの体を焼き尽くしていく。

 五感全てを熱気に当てられ、パニックを起こすグリフィン。

 奇声を上げて奈落を走り回るが、その間もケルベロスは絶えず火球を射出し続け、グリフィンの逃げ場を奪い続ける。

 衣琉の『IA』、雪山に逃げ込めば或いは助かったかもしれない。

 だが視覚を奪われたグリフィンに冷静な判断などできるはずもなく、最後には不運にも奈落の大穴へと燃えながら落下していった。


「す、すご……、勝ったの?」

「まだだ。火球が当たる直前に……チワワと梓は飛び降りた」

「でも、それなら後はメディウムを叩くだけです」

「言ってただろ、あいつ。これは、『中盤戦』だって」

「「!」」


 神慈達が落ちていくグリフィンに気を取られている隙に、神月梓は自分の『IA』であるサバンナまで戻っていた。

 抱いていたチワワを足下に置き、何処に隠れていたのか分からないボルゾイとハスキーもいつの間にやら寄り添っている。

 梓が憎々しそうに呟く。


「やってくれたわね」

「お互い様だよ。俺はもう立ち上がれそうにない」

「……ならいっそ、痛み分けってことで終わりにする?」


 三匹の犬を撫でながら、そんな提案をしてくる梓。

 今更過ぎる発言に、普段は激しく感情を露わにしない子愛と衣琉が怒声を上げた。


「はあ!? 何それふざけてんの」

「劣勢になった途端に……っ」

「まあ、落ち着けって」


 二人を制し、神慈は上半身だけを起き上がらせて真っ直ぐに梓を見つめた。

 神月梓はまだ何かを隠している。

 対してこちらはと言うと、ケルベロスはほぼ無傷で健在だが、パペッターである神慈は深手を負っている。

 子愛は神慈を受け止めた際に軽く腕を痛めていて、衣琉は最大の戦力であるビッグフットを失った。

 ケルベロスで一発逆転が可能な神慈達は一見優勢に思えるが、梓が隠している力如何では分からない。

 ならば梓の提案はお互いのためにも悪くない。

 浸食によって広がった『IA』を変換する術を身に付けた神慈なら、意図的に時間切れを待つこともできる。

 だが、神慈には絶対に引けない理由がある。


「お前を俺のパペットにしないと、母さんは永遠に操り人形だ。お前に悪意があろうとなかろうとその事実は変わらない。俺にはそれが……耐えられない」

「……分かったわ。お望み通り、最終戦と行きましょうか」


 ケルベロスをけしかけようと身構えた矢先、急に三匹の犬が遠吠えを始めた。

 三匹の伸びのある声がひっきりなしにサバンナに響き渡る。

 やがてそれは山びこのように『IA』の境界線から跳ね返って、再び全体に広がっていく。

 突然だった。

 サバンナを照らしていた太陽が沈み、一瞬にして『IA』、サバンナに夜が訪れたのだ。

 不安。

 悪寒。

 寒気。

 胸騒ぎ。

 それらが一緒くたになった感情が神慈達を襲っていた。

 神慈達がいるのは奈落だ。

 にもかかわらず、真夜中のサバンナにたった一人取り残された気分だった。

 共鳴し合う遠吠えが、そこら中から獣のうめき声となって返ってくる。

 神慈達が体を強張らせた直後、それらはピタリと止んだ。

 そして。



 夜景のような数百万の眼光が現れた。



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