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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第四章 スポットライトを浴びるのは
31/37

「はあ~あ。ナルと二人きりとか拷問だねー。最悪だねー」


 暗闇の中、機械的な冷たい廊下を携帯電話で照らしながら歩いていると、またしても後ろから文句が聞こえてきた。これで一体何度目だろうか。

 大人の対応でもって無視し続けてきた衣琉も、中身はまだ中学一年生。

 流石に限界だった。


「それがお互い様なのは大前提として、君ね。一応、リーダー以外の敵が待ち伏せてる可能性もあるんだから、静かにしてくれないかな」

「へーいへーい」


 つくづく運が無い。

 そんなことを考えながら、衣琉は心の中から漏れ出しそうなほど盛大に溜息を吐いた。

 二手に分かれる。

 そして、神慈が考えたメンバーの振り分け。

 どれも言うことの無い完璧な判断だった。

 だから衣琉が怨んでいるのは、パペットになってしまった自分に対してだ。

 恩があるとはいえ、テイルブロッサム自体にはそれほど思い入れがなかった衣琉なら、神慈のことを見極めて協力するという道もあったはずだ。

 それを、ただ恩を返すという理由だけで、よく考えもせずに戦いを挑んでしまった。

 子愛も子愛だ。

 何故彼女が神慈のパペットなのだ。

 彼女がパペットでなければ、少なくとも二人きりなんて組み合わせは有り得なかった。


「(……僕もマスターや月香さんと一緒が良かったよ……)」

「マジー!? ナルってつっきーみたいなのが好みなの?」

 小声で呟いた愚痴だったはずだが、子愛は耳ざとく全てを聞いていた。


「い、言ってない! そんなこと一言も言ってな」

「でもざんねーん! つっきーは多分お兄ちゃんっ、に気があるからねー」

「だから違うって。……やっぱりそうなのかな?」

「おやおやー、きょーみしんしんですねー。ま、実際はよく分かんないけどねー。初めて会ったときはお兄ちゃんっ、自身も全然知らなかったらしーし。始祖様ってとこに憧れてるだけな気もするなー」

「へ、へぇ……」


 いつの間にか話が恋愛談義に逸れていることを自覚する衣琉。

 しかも、子愛に押される形ではあるが衣琉自ら話を広げてしまった。

 今はそんなことをしている余裕は無いというのに。

 これではパペットとしての信用問題に関わる。

 恐らく神慈は、衣琉なら子愛に振り回されることもないだろう、という期待も込めている。それがこの体たらくでは神慈に顔向けできない。

 名誉挽回とばかりに注意深く暗い廊下を歩いていると、気になる扉を見つけた。


「あ……この部屋、調べてみよう」

「『資料室』ー? アタシ達が見つけるべきなのはリーダーでしょ。調べ物しに来たわけじゃないんじゃないのー」

「なら聞くけど、僕達は何故リーダーを見つけようとしてるんだい?」

「そりゃ勿論お兄ちゃんっ、のためでしょ。パペットなんだしー」

「そう。僕達はマスターのために行動している。マスターが言っていた通り、僕達だけで『IA』に移行することはできない。それなら、僕達は僕達のやれるべきことをやる方が建設的だ。リーダーのことは、もし見つけたら連絡して尾行すればいい」

「やれるべきこと……ねー。それがこの『資料室』なの?」


 子愛は腕を組んで無機質な扉を見つめる。

 彼女は調べ物などの細かい作業が苦手なので、この部屋に入るのは抵抗があるようだ。

 だが衣琉には神慈の信頼に報いたいという思いがある。

 パペットとしてではなく一人の仲間として扱ってくれる神慈のためにも、ただ言われたことをこなすだけで終わりたくない。


「この研究所はマスターとそのお母さんが定期的に検査を行っている場所だ。だったら、ここが『信用に足る場所なのか』を調べておいて損は無い。いや……既にマスターは信用なんてしてないか。知らないうちにリーダーと研究所が繫がっていたんだから。君も知ってるだろう? マスターのお母さんがしたとされている、政府との取引のこと」

「アタシ達のおかーさんが資金援助受けられるようになったってやつでしょー? うちはもうおかーさん結婚してるし、資金援助なんて受けてないけどね。でも取引の具体的な内容までは知らないなー」


「僕も知らなかったさ。けど、今なら分かる。マスター達が受けているっていう定期検査こそが、政府にとっての見返りだったんじゃないかな」

「アタシ達メディウムの研究か。あり得るねー」

「天恵があったときからだから……十五年以上も協力してることになる。それなのにマスター達に秘密にしていることがあった。怪しさ満点だと思わない?」

「……おっけー、調べてみよっか」


 話を聞いてやる気が出たのか、子愛は自らドアノブに手を掛けた。

 幸い鍵が掛かっていることもなく、扉は簡単に開けることができた。

 神慈の目線で考えると、この不用心さはいくらなんでも目に余る。

 坑道内のなんちゃってセキュリティシステムもそうだが、国家機密を研究している場所にしてはあまりにもずさんだ。


「うえー、ゴミ屋敷じゃん。これを調べるの?」

「僕もガクッとモチベーションが下がったよ」


 子愛はゴミ屋敷と評したが、もっと酷いかもしれない。

 資料室と言うからには、資料が分かり易く収納してあるのかと思いきや、野ざらしにされたプリントがあちこちに散らかりまくっていて、図書室の本棚でドミノ倒しをしたような惨状となっていた。


「どれから手を付けるべきか……」


 ひとまずこの部屋の掃除から始めよう、と言いかけたのをグッと呑み込む。

 効率的にも整理整頓するのは間違っていないが、あまり痕跡を残さないようにすることも大切だ。


「ん……?」


 それとなく足下に落ちていた数枚のプリントを拾ってみる。

 それぞれ『IA構築の法則とメディウムの因果関係』、『IAの相性』、『目覚めるIAの傾向とメディウムの関連性』、他には『パペッターとなったメディウムとパペットとなったメディウムに現れる変化』などと題されているものもあり、メディウムにしか知り得ない情報が事細かに記されていた。


(な、何でこんな情報が。こんなこと、どれだけマスターの体を調べても分かりっこない。マスターが目覚めたのはクマさんと戦ったとき。最近だ。第一、マスターがこんな情報を話してしまうとも思えない。いや……むしろ逆? この情報がメディウムの方に知識として伝わったのだとしたら。そもそも天恵という出来事自体が……?)


 ここはメディウムの研究所。

 これくらいのことを把握していても不思議は無いのだが、ただでさえ目立つことを嫌うメディウムが、生命線とも言える情報を簡単に提供するとはとても思えなかった。

 衣琉が難しい顔で思考を巡らせていると、


「ナルー。ちょっとこれ見て」

「それは?」


 子愛が見せてきたのは、先程まで衣琉が見ていたものと何ら変わりない一枚のプリントだった。

 問題なのはその内容だ。


「お兄ちゃんっ、の名前が一番上に載ってたから気になって見てみたらねー。なんとアタシやナル、つっきーの名前も載ってたの」

「え?」


 訝しげにプリントを黙読してみる。

 一番上には確かに『第一世代 瀬名神慈』と書かれていて、その下は第二世代、第三世代、第四世代、第五世代、第六世代、第七世代と続く。

 第一世代以外の世代は、いずれも何人かの名前が記されている。

 子愛は第三世代、衣琉と月香は第四世代の欄に名前があった。


「メディウムの……リスト?」

「だろーねー。というか、こんなにいるの? これ見ただけでも百人以上いるけど」

「把握しているだけでこれだから、実際はもっといるだろうね。……こっちは?」

 机の左端にまとめてあった紙の束を手に持つと、ズッシリと重みを感じた。


「そっちはまだ見てなーい」

「……これ、通知表のコピーだ」

「へ?」

「ほら、ここ。1―F、熊音子愛って書いてある」

「本当だ。これ、去年のアタシの通知表だねー。……って、ひぃー!! 何でこんなものがっ」

「通知表だけじゃない。ご丁寧に、中間、期末テストの結果、体力測定や身体測定のデータまで揃えてある。それにこれは……普段の素行態度?」


 数十人分のデータがあるようだが、メディウムのリストに載っている数とは合わない。

 昇華学院に通っているメディウム限定のデータなのだろう。


「どう考えても昇華学院の関係者が情報を提供してるね」

「リーダーが、ってことー?」

「分からない。ただ、ここまで細かいデータを調べられるメディウムは限られる。僕が思い当たるのは『第三図書室の司書』くらいだ。リーダーが情報提供者だったとしても、末端……それも、何人かいる内の一人だろうね」

「分かんないなー。こんなことしても目立つだけじゃん。アタシ達そーいうの大嫌いなのにさー」


「マスターとベタベタくっついてた君が言っても説得力ないけど、まあそうだね。普通のメディウムなら情報提供なんて絶対にしない。けど、リーダーは普通のメディウムなら絶対にしない行動を今正に取っている」

「お兄ちゃんっ、とそのおかーさんを狙ってる、かー」

「やっぱり、僕らには分からないようなメリットが彼女にはあるのかもしれない。……もう少し調べてみよう。もっと色んなことが分かりそうだ」


 そう言って、衣琉はできるだけ長持ちするように携帯の明るさを一番小さくした。

 そして再び探索を開始しようとした、そのとき。


 衣琉の携帯が鳴った。


 ディスプレイに表示されていた『マスター』の文字を見て、衣琉は一瞬躊躇した。

 仮にリーダーと遭遇したのなら、神慈ではなく月香から連絡があるはずだ。

 神慈から直接掛かってきたというだけで、何か良くないことが起こった証だった。

 ただの定期連絡であってくれ。

 そんなことを願い、衣琉は携帯を耳に当てた。



『――るか!? 予定が狂った! 大至急戻ってくれ! 場所はさっきの分かれ道をそのままこっちに来てくれれば明かりで分かるはずだ!!』



 神慈の声は随分遠くから聞こえた気がしたが、子愛にも届いていた。

 二人は顔を見合わせて一目散に資料室を飛び出した。


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