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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第四章 スポットライトを浴びるのは
28/37

 黒塗りの車を目視して、急いで門を開けて階段を上ろうとした神慈達の目に映ったのは、縄で縛り付けられた御伽月香と執事さんの姿だった。

 二人がいたのは階段の、門と外壁によって外からは死角となっている場所で、この家の住人でなければ見つけるのは難しかっただろう。


「母さんの護衛はあなただったんですね」

「面目ない。月香殿が侵入者だと勘違いしてしまいまして」

「いえ。近付く者は全て疑えと口を酸っぱくして言ったのは俺ですから」

「……うぅ。結果的に私が足を引っ張ってしまいました。途中で気を失って犯人の顔も見ることができなくて……ごめんなさい始祖様」


 自身の不甲斐なさを悔やむ二人だったが、すぐに思考を切り替えて神慈を促してきた。


「私達のことよりも、早く沙癒里殿の所へ」

「そうです、それが最優先です!」


 感情を無理矢理抑え込みつつ、縄を解こうとしている子愛と衣琉に目を向ける。


「けっこーきつく縛られてるねー。取れない……」

「マスター、この人達は?」

「……敵じゃない。車庫に使えそうな道具があると思うから、それで二人を解放してあげてくれ。俺は」

「分かりました。早く行ってあげて下さい」


 衣琉の後押しを受けて、神慈は階段を駆け上がった。

 玄関は開けっ放しだったが、別段家が荒らされている様子は無い。

 金銭目的の窃盗や単なる嫌がらせとはやはり違う。

 犯人は間違いなく、テイルブロッサムのリーダーだ。


「母さん! いる? 母さん!! 母さん!?」


 神慈が悲痛な声で叫ぶと、沙癒里が何食わぬ顔でひょっこりと顔を出した。

 夕飯の下ごしらえでもしていたのかエプロン姿だ。


「あ、シン君おかえり~。ん、どうかしたの?」

「何か変わったことはなかった!? 誰かが入ってきたとか」

「ううん。何もないよ?」

「……?」


 見たところ、息子を心配させまいとして沙癒里が嘘を吐いているという訳ではなさそうだ。

 本当に何もなかったことを、ただただ言葉にしているだけに見える。


(執事さんや月香を縛り付けておいて、母さんには何もせずに帰った? 執事さんの口ぶりからして、犯人が家の中に侵入したのは確かだ。それなのに……)


 神妙な顔つきで考え込んでいると、沙癒里が背伸びをしてポンと頭の上に手を乗せてきた。


「母さん?」

「何か心配事があるの? 大丈夫だよぉ。私はここにいるでしょ?」


 いつもと変わらない、心の底から安心できる笑顔。

 それを見て、凝り固まった神慈の表情は徐々に戻っていった。


「……そうだね。母さんはここにいるよ」

「し、シン君?」


 子供の頃を思い出した神慈は、沙癒里をそっと抱き締めた。

 初めこそ動揺していた沙癒里も段々とその意図が分かったようで、神慈の腰に腕を回した。


「えへへ。シン君、おっきくなったねぇ。お母さん、どきどきしちゃうな~」

「母さんは流石に成長止まった?」

「どういう意味? それ!」


 頬を膨らませて頭上の神慈に抗議をする沙癒里。

 実際、神慈が順調に成長しているときに、沙癒里もまた同じように成長していたのだ。

 なので普通の感覚で言うと姉弟に近いかもしれない。

 それでも二人が親子の関係でいられるのは、天恵という摩訶不思議な出来事と歴史が一番の理由だ。


(色んなものを懸けて、俺を産んでくれた。守ってくれた。これが母親でなくて何なんだ)

 子供を宥めるように、今度は神慈が沙癒里の頭を撫でる。


「くすぐったいよ~」

「……ん? 母さん、もしかしてストレス溜まってる?」

「え? どうして?」

「白髪が」

「えぇー!! 取って取って!」


 グイグイと頭を突き出してくる沙癒里を押し返し、他の髪を抜かないように白髪を掴む。

 だが。



 掴めない。


 触れない。



 確かにそこに生えているのに、まるで神慈を嘲笑うかのように、掴もうとする二本の指は空を切ってしまう。

 やたらと張ったその白髪の先を辿っていくと、玄関の方へと続いているようで――


「そ、そんな……まさか……」

「何? 沢山あるの?」


 戦いを制し、パペットを従えたパペッターだけが目視できる糸。

 衣琉の言葉を借りるなら……主従の綾糸。

 白髪だと思っていたものは、テイルブロッサムのリーダーが侵入した確かな証拠だった。


「シン君……泣いてるの? ……あ」

 沙癒里が視線を移した先には子愛達の姿があった。


「子愛ちゃん、月香ちゃん。それに執事さんと……そっちの子は初めてだね? シン君のお友達?」

「……うん。鳴海衣琉って言って」


 涙で潤んだ視界の中で、神慈は確かに見た。

 沙癒里から伸びている主従の綾糸が、老齢な執事の頭に繫がっているのを。

 見てしまった。


「――お前か!!」


 神慈は有無を言わさずに殴りかかった。

 沙癒里と糸で繫がっている。

 それだけでもう、神慈が思考する必要はなかった。

 主従の綾糸はパペッターとパペットを繋ぐもの。

 そしてその糸はパペッターにしか見ることができない。

 その隔たった知識が災いし、神慈の目を曇らせた。

 冷静に考えればすぐに分かることが、分からなかった。


「よくも!! よくも母さんを……!! 殺してやる!!」

「きゃあ!! シン君何して……っ」

「あわわバイオレンスー……ってストップストップ!!」

「……っ。マスター! 気を確かに!」

「お、落ち着いて下さい!」


 皆が止めようとするも、我を忘れて怒り狂った神慈の力は尋常ではない。

 殴られている当の本人が何の抵抗も見せないため、尚更神慈が抱いた疑いは色濃くなっていく。

 だが、渾身の一発を顎に食らわせてやろうとしたときだった。



「いい加減にしなさい!!」



「―――」


 神慈を止めることができたのは、やはり沙癒里だった。

 沙癒里は神慈に触れることすらせず、ただ叫んだ。

 それだけで神慈の横暴な振る舞いを一喝し、場の空気までもを一変させた。


「……っ」


 顔を歪ませて沙癒里の顔を見つめる。

 神慈が怒りにまかせて老体を殴りつけていたのは、全て沙癒里を想ってのことだ。

 それを沙癒里自身に咎められるというのはあまりにもやるせない。

 この場における悪者が、完全に神慈にすり替わっていた。


「大丈夫ですか……? 運転手さん」


 沙癒里は呆然と立ち尽くす神慈から執事さんに視線を移してしゃがみ込むと、いつの間にか手にしていたハンカチを手渡した。


「……沙癒里殿。どうか神慈殿を責めないであげて下さい。護衛としての役目を果たせず、侵入を許したのは間違いなく私なのですから」

「護衛……? 侵入? どういう、ことですか」

「沙癒里殿に危険が迫っている、と神慈殿から研究所の方に連絡がありまして。錬子殿に頼まれた私が、ここ数日ずっと護衛に付いていたのです。にも拘らずこの体たらく……本当に面目ない」

「で、でも、あの……私、何もされてませんよ? そもそも誰かが家に入ったなんて全然」

「……、そうですね。それだけがせめてもの救いです」


 渡されたハンカチで口元に付いた血を拭き取った執事さんは、すぐに立ち上がって大事になっていないことをアピールしてくれた。


「シン君。お母さんの言いたいこと、分かるよね?」

 ここまで来ると流石の神慈もいくらか冷静さを取り戻していたが、


「……俺は謝らないよ」

「シン君!」

「母さんは戸締まりをしっかりして、家から出ないように。俺達はこれから、ちょっと行くところがあるんだ」

「シン君!!」

「行ってきます」

 最後まで振り向くことはなかった。


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