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「あ、お兄ちゃんっ、来たー」
「……その微妙なイントネーション、何とかならないの?」
校門前で大げさに手を振っている子愛と、それを冷静に諭す衣琉。
第三図書室で瑪瑙の機嫌を損ねてしまった神慈は、すぐに気持ちを切り替えてこの二人にメールをした。
元々放課後に会うと約束はしていたが、二人は神慈が言うまでもなく全校生徒が通るあの校門で待ってくれていたのだ。
ところが、急いで駆け寄ろうとした神慈の前に立ちはだかる二つの人影があった。
「やっと見つけた! そして現場を押さえた!」
「瀬名君、あの男の子は?」
クラスメイトの蘭子と眼鏡さんだ。
四時間目以降全く顔を合わせていなかった彼女達が、まさかこんなところで待ち伏せしているとは。
「ごめん。俺、約束があるんだ。話はまた今度で」
「駄目。三人でとか、流石に見過ごせない!」
「そうね。風紀委員としても」
「いや……君は眼鏡掛けてるだけで、風紀委員でもなんでもないだろ」
「誤魔化さない! あの二人との関係を洗いざらい吐いて貰わないと、こちとら気になって一睡もできないんだよ! 野次馬根性だよ!」
眼鏡さんも凄い勢いで蘭子に頷く。
今日だけでなく、今後もずっと付きまとわれては敵わないので、神慈は適当且つ彼女達が食い付きそうな説明をした。
「あの二人は恋人同士。俺が子愛と一緒に居たのは、相談に乗ってたんだ」
「えぇー!! 何だそんなオチなの? つまんないのー」
「……成る程」
期待していた回答とは違ったようだが、どうにか二人は納得してくれた。
つまらなそうに両手を後頭部に置き、衣琉達とすれ違って校門を出て行く蘭子。少し遅れて眼鏡さんもその後に続き、停められていた車に乗りこむ。
最後に眼鏡さんは、ドア越しに神慈の方を振り返って唇だけを動かした。
嘘がお上手ですね、と。
(ははは……ばれてら)
明日以降の学校生活に不安を抱きつつも車が発進したのを見送って、今度こそ待ちぼうけを食らっている衣琉と子愛に歩み寄る。
「悪い。クラスメイトに捕まった」
「……何やらおぞましい台詞を聞いた気がするんですけど」
「気のせいだ」
あの二人も、流石に見ず知らずのカップル相手に根掘り葉掘り聞こうとはしないはず。神慈は心の中で衣琉に頭を下げた。
「まあ良いです。それよりマスター、僕達に用があるのでは?」
「ほえ? そーなの?」
「用と言うより作戦会議かな。こうしてテイルブロッサムのメンバーが二人揃ったんだ。そろそろリーダーとやらの情報を整理したいと思ってさ。俺はまだ、リーダーとやらの性別すら知らないし」
「え!? 女の子ですよ。金髪で、物凄いお嬢様オーラを放っている人です。僕とクマさんよりは年上だと思います。後、リーダーの持つ『IA』は草原です」
「おおお……その調子で続けてくれ」
子愛だけに聞いてもいまいち要領を得られなかったであろうリーダーの情報。
衣琉が加わることで、自然とその情報にも信憑性が生まれる。
神慈は二回の戦いを経て、テイルブロッサムの三人の内二人をこちら側に引き入れた。
そろそろ、沙癒里と神慈の安全を脅かす根本的な問題の解決へと行動を移しても良い頃だ。
「むー。衣琉が言ったことくらいしか知らないなー、アタシ。連絡はむこーからいっぽーてきに来るだけだったし」
子愛は別にすっとぼけているわけではない。
本当にさほど興味がなくて、深く知ろうとしなかったのだろう。
「クマさん……君はどれだけ警戒心が薄いんだよ。連絡先くらい聞いておくのは当たり前じゃないか」
「ってことは、衣琉は直接連絡できるのか」
「えぇ。してみましょうか? ただ、マスターを発見したと事前に伝えてあるので、僕が勝利した振りをすることになりますけど」
「そうだな……頼めるか」
事前に伝えているとなると、衣琉が操られている可能性が浮上するためあまり期待はできないが、相手の反応を見られれば対応が立てやすくなる。
例えばリーダーが疑っているようであれば、しばらく衣琉を泳がせて出方を窺うといったことができる。
「なんか……お兄ちゃんっ、の中でナルの株が急上昇してる?」
「まあ、俺や子愛よりは頭良さそうだしな」
「ぐぁーん!!」
そんな二人を余所に、衣琉はリーダーに電話をかけ始めた。
すぐに唇に人差し指を当てて、こちらに合図を送ってくる。
しかし、いつまで経っても衣琉が喋りだすことはなかった。
「……おかしいですね。出られない場合はいつも留守電なんですけど」
コール音が延々と聞こえてくるだけなのか、衣琉は疑問符を浮かべて携帯をしまってしまった。
電話には出るものだと思っていたようだ。
「アンタが負けたって確信してるんじゃないの?」
「単身乗り込んでいった直後に見限られた君よりはマシさ」
「ムキー!」
衣琉の言葉に違和感を覚えた神慈は、歯を剥き出しにして怒りを露わにする子愛を無理矢理抑え付け、
「待て待て。乗り込んでいった直後って……そんなに早かったのか? 子愛が見限られるの」
「クマさんがマスターの家に向かってすぐでしたからね。僕の携帯に連絡が来たのは」
いくら子愛が頼りなくても、最初から見限るというのはおかしい。
神慈がメディウムの力に目覚めていないという情報は誰も知らなかった。
逆に言えば、どんな『IA』を持っているかも分からなかったはず。
つまり勝敗は全く予想できない。
衣琉の場合は子愛の結果を受けてという見方もできるが、確認も取らずに負けたと決めつけるのは変だ。
神慈は確かに追い詰められていたのだから。
(それとも……俺が第三図書室で寝てる間に、何処かでリーダーと衣琉がニアミスしていた? だとしても、一目見ただけで衣琉の勝敗が分かるわけ――)
そのとき神慈が思い出したのは、パペッターにしか見えないと言われている糸のことだ。
「お前等の知識って、そのリーダーの受け売りだったよな。もしかして、リーダーはパペッターなのか?」
「それはないなー。アタシ達、目覚めるためにリーダーと一杯訓練したけど、一度もパペットは見てないもん」
「……いや、そうとは限らないよ。三人で集まるときは隠していたんだとしたら、主従の綾糸が見えない僕達は知りようがないし。ただ、僕もパペッターではないと思います」
「その心は?」
「彼女……自分至上主義と言いますか、とにかく自分以外全て敵という感じで。パペットを従える事の有益さを語る一方で、自分がパペットを従えることには嫌悪感を抱いていました。マスターを連れてくるように言われたときも、手段は選ばずでしたし」
「本人が俺をパペットにしたいって訳じゃないのか」
それならそれで、リーダーとやらの行動は謎めいている。
神慈達を連れてくるように言っておいて、その結果を気にすら留めないなんて。
もっとも、まだリーダーがパペッターではないと確定したわけではないが。
(……よく考えたら、主従の綾糸? が見えたとしても、どっちがパペットでどっちがパペッターなのかまでは判別できないか)
「もしかしたら、最初から僕達の勝敗なんてどうでも良かったのかもね」
「アタシ達、捨て駒扱いってこと?」
「クマさんを仕向けたのがマスターの力を見定めるためだとしたら、僕がマスターと戦うことでも、リーダーに何かしらのメリットがあるのかなって」
「……まさか。俺を引きつけている間に」
リーダーの目的は依然として不明だが、標的になっていたのは神慈だけじゃない。
沙癒里だ。
神慈の目を衣琉に向かわせている間に、沙癒里を狙ったのだとしたら。
(でも母さんには常に研究所の護衛を付けてるんだ。衣琉が来る来ないに拘らず、俺が学校にいる間ならいつ襲っても同じはず……何で今なんだ?)
「すぐに行かないと!」
「!」
冷静に思考を巡らせていた神慈だったが、衣琉の怒号に近い剣幕に押されて本来の自分を思い出した。
どれだけ不可解であろうと、沙癒里の身に危険が及ぶ可能性がほんの少しでもあるのなら神慈は行動する。
何を犠牲にしてでも、沙癒里の身の安全を確保する。
これまでも、そしてこれからもそうやって生きていく。
「……行こう、俺の家に」
「はい!!」
「おっけー!!」




