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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第三章 第二の刺客
25/37

10

(……寝過ごしちゃった?)


 放課後を告げるチャイムが、熟睡しかけていた瑪瑙の瞳を強引にこじ開けた。

 顔を上げて眠い目を擦っていると、段々と自分の置かれている状況が分かってくる。

 ここで昼食を取る、と言って第三図書室を出て行った瀬名神慈。

 しかし、昼休みの終わりが近付いても彼は一向に戻る気配が無かった。

 瑪瑙は自ら連絡を入れてみようとも思ったが、小さいことを気にして結局何もせずに睡魔に負けてしまった。


(交換したばかりで連絡したら……変に思われるかもだし)


 瑪瑙のスマートフォンに登録されているメモリーは家族のもののみ。

 新しく登録したこと自体、実に数年ぶりだった。

 おまけに年上の先輩、それも男の子の連絡先である。

 多少浮き足立っていたのも事実で、こんなに早く連絡したらその気持ちが伝わってしまうと考えたのだ。

 さっきまでの自分と全く同じ体勢で眠っている神慈を見つつ、瑪瑙は嘆息した。

 そもそも彼が遅れてきたのが悪い、と心の中でふんぞり返るが、そうなると何故遅れたのかという疑問が湧いてくる。


(別に約束したわけじゃないし、待ってたわけでもないけど)


 それでも瑪瑙は、神慈が来ると思っていた。

 彼がこの第三図書室を気に入ってくれているのは確かだ。

 自信を持ってそう言えるのは、やはり瑪瑙と神慈が根本的な部分で似ているからに他ならない。


(あ――。もしかして、テイルブロッサムに襲われたんじゃ)


 実のところ、瑪瑙がテイルブロッサムについて知っているのは人数くらいで、神慈の役に立つような情報はほとんど持ち合わせていない。

 勧誘に来たテイルブロッサムのリーダーは女子だったが、瑪瑙の承諾を得られないと見るやすぐに帰ってしまったのだ。

 アライアンスのメンバーを欲している様子でもなかったので、神慈のことを狙っている理由も皆目見当が付かないでいる。

 ともあれ、こうして無事に戻ってきた上のんきに眠りこけているのだから、戦いには勝利しているはずだ。

 新たなパペットを手にして。


(……また女の子かな)


 処女懐胎の謎は未だ解明されていないが、瑪瑙が把握しているメディウムだけ見ても女子が多いのは明らかで、約八割をしめている。

 母親の遺伝子しか受け継いでいないのだからそれも当たり前なのだが。

 男子はどちらかというと中性的な顔立ちをしている。

 対して神慈は、綺麗に整った顔をしてはいるものの中性的なイメージはない。

 かといって特に男らしさも感じないのだから不思議だ。

 彼はメディウムの中でもとりわけ珍しい部類に違いない。


(それとも……戦っているときは違うの?)


 目に掛かりそうだった神慈の前髪に触れる。

 すると、カッと効果音が聞こえてきそうなくらいに大きく瞳が見開かれた。


「ね、寝過ごした!」

「……おはよう」


 瑪瑙は伸ばしていた手を引っ込めて平静を装ったが、内心は相当焦っていた。

 神慈の前髪に触れたのは完全に無意識だったので、自分の行動の愚かさが理解できなかったのだ。


「もう放課後か……来るって言ったのに、来られなくてごめんな。しかも寝ちゃってるし」

「私も疲れて寝てしまったし。それに、また襲われたんでしょう」

「そうなんだよ。今度は中学一年生の鳴海衣琉っていう男の子だった」

「そ、そう」

 意外な言葉に、少しだけ頬が緩んでしまった。


「……何か嬉しそうなのはなんでだ? 結構危なかったんだけど」

「違う。無事で良かったと思っただけ」

「へぇ……心配してくれたんだ?」

「っ。今日はもう帰る」


 これ以上は何を言っても裏目に出る。

 瑪瑙はそう判断し、呆然とする神慈を置いて第三図書室を後にした。

 彼といると、どうも調子を狂わされる。

 まるで自分の心の内を覗き見されているようだ。

 自分と似ているというのは存外厄介なものである。

 あんな会話を続けていたら、その内神慈に対して苦手意識を持ってしまいそうだが、何故か瑪瑙の気分が害されることはない。

 形容しがたい感覚に、ひたすら戸惑いを見せる瑪瑙だった。


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