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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第三章 第二の刺客
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 虚ろな瞳のまま動かない衣琉を、神慈は複雑な表情で見つめていた。

 パペットにするメディウムによって変わるのか、子愛とは糸の色と繫がっている指が違う。

 子愛は右人差し指だったが、衣琉は右の親指に繫がっている。


(にしても……心外だ。母親に手を出されるとでも思ったのかね、こいつは。俺、高一なんだけど)


 そう思いつつも、衣琉が抱えていた不安を神慈は深く理解している。

 鳴海衣琉は、神慈と同じだったのだ。

 母親への過剰な愛情を持ったメディウムが戦いに敗れ、パペットになる。

 神慈が負けたときに味わうであろう恐れを、衣琉はあの瞬間に抱いていた。

 その恐怖は想像だにしがたい。

 パペッターがどれだけ善良なメディウムであっても、操られる方からしたらそんなことは関係ない。

 行動原理すらも自在に操られてしまうパペットにされたら、どんな言葉も気休めにすらならないだろう。

 だから、衣琉に言ったのは最後の慰めだ。

 後は神慈の行動を持ってして、彼を安心させるほかない。


「で? お前はいつまで俺の足を枕にしてるんだ」

「後五分だけー」


 太ももに頬ずりしてくる子愛を尻目に、神慈は衣琉の体を起こして視線を合わせた。

 与える命令は、子愛のときと同じで良い。


「俺と母さんのことは絶対に口外するな。それを守りつつ、元の衣琉に戻れ」

「はい」


 虚ろだった衣琉の瞳に光彩が戻っていく。

 蒼白だった顔色にも次第に赤みが差し、物言わぬ人形と化していた鳴海衣琉は完全に意識を取り戻した。


「気分はどうだ?」

「……悪くありません」

「なら良かった。まずは連絡先の交換からだな。子愛もやっておけよ」

「うぇー……。まー始祖様が言うなら仕方ないねー」

「僕も嫌だけど、始祖様の命令とあらば従います」

「「……」」


 連絡先の交換をしながらも睨み合う二人を見ていると、前途に不安を抱かずにはいられない。

 この二人の相性の悪さは想定内だったが、テイルブロッサムのリーダーと相対するときまでこんな感じでは、三対一のアドバンテージはあってないようなものだ。

 空気を変えるべく、神慈はそれとなく質問をしてみた。


「そういえば、お前等って何で俺のことを始祖様って呼ぶんだ? 由来は聞いたけど、別にそれが理由って訳じゃないんだろ」

「小さい頃からお母さんに聞かされていたんです。『貴方を産むことができたのは、始祖様とそのお母様のお陰なのよ』、と」

「アタシもずっと聞かされてたよー。いつの間にか、神様みたいな扱いになってた」

「……なんか洗脳みたいで嫌だな、それ」


 沙癒里は勿論、神慈も感謝されるために晒し者になった訳ではないので、こうも崇め奉られると複雑だった。

 特に、神慈自身はメディウム達に感謝されるようなことを何一つしていない。

 そのせいで余計に違和感がある。


「その呼び方、辞めてくれないか? あまり気持ちの良いもんじゃない」

「では、マスターと呼ばせて貰います」

「……まあ、良いかそれで」

 美形の後輩にマスターなどと呼ばれてはあらぬ噂が立ちそうで少し怖いが。


「じゃあアタシはお兄ちゃんっ、もしくは御主人様っ、で」

「何でそういう呼び方ばかりなんだよ。普通に先輩で良いだろ」

「駄目駄目ー。それじゃ普通過ぎるし。――あ、御主人様先輩っ、は?」

「呼びにくっ。……もういいや、何でも」

「やったー! お兄ちゃんっ、で、けってー!!」

「結局それかい。ん……衣琉、どうかしたか?」

 子愛とのやりとりをジッと見ていた衣琉が気になり、神慈はつい聞いてみた。


「いえ。ただ、想像していた関係とは随分違うなって。それだけです」

「本当に違うかどうかはお前が見極めてくれよ」

「はい」

「うーし! 呼び方も決まったことだし、みんなでお昼ご飯食べよっかー」

「―――」


 お昼ご飯。

 その言葉が、神慈の脳に深く突き刺さった。


「食い意地だけは立派だね、クマさんは」

「何をー!? ……ってお兄ちゃんっ、どうしたの?」

「え? い、いや」


 昼休みが終わっていることは、先程携帯を見たときに確認している。

 トイレに行って、購買に買いに行って。


 第三図書室で食べると言った。


 厳密には一緒に食べようと約束したわけではないが、神慈と瑪瑙の間ではあれが約束に等しいものだったはず。

 試しに、第三図書室の長机でたった一人ポツンと座って人間不信に陥っている瑪瑙の姿を想像してみた。


「……っ。悪い! 放課後また連絡するから!」


 雑巾を絞るように胸を締め付けられ、神慈は無我夢中で洗面所を飛び出した。

 幸いエレベーターにはすぐに乗れたので、最上階までは短時間で辿り着くことができた。

 本の壁の復興は全く進んでいないが、第三図書室を隠す遮蔽物は一切無く、神慈の視界には瑪瑙の姿が真っ先に飛び込んでくる。

 瑪瑙は制服に着替えて長机の上に突っ伏していた。

 何かあったのかと神慈は駆け寄ったが、小さな寝息が聞こえてきて安堵する。

 ここは彼女の城。

 何をするにも彼女の自由だ。


(瑪瑙が起きるまで、俺は俺で少し調べ物でもしようかな。衣琉からヒントも貰ったし)


 第三図書室で本を探すのはこれが初めて。少し不安だったが、目的のものはすぐに見つかった。

 神慈が手にしたのはギリシア神話と題されたやたらと古い本だ。

 ページを捲り、一枚のイラストを凝視する。

 他にも色々と注視すべき箇所はあったが、やはり一番イメージしやすいのはこれだ。

 しばらく本に目を通していると、自然と欠伸が出てしまった。

 脳内で行われるメディウムの戦いは、頭を使うのと同じ感覚で眠気を誘うのかもしれない。


(……俺も少し仮眠を取ろう)


 腕に隠れてその全容は確認できないが、半分ほど見える瑪瑙の寝顔は神慈の睡魔を促進させるに足る、とても穏やかなものだった。

 午後の授業を丸々寝て過ごしたと知られては、また沙癒里に怒られる。

 それでも神慈はこの心地良い空間で睡眠を取る欲求を抑えきれず、微睡みに身を委ねてしまった。


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