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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第三章 第二の刺客
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「……どういうことだろうね」


 全てを吐き出して平坦になった雪原に立つ鳴海衣琉は、不満そうに眉をひそめた。

 衣琉は『IA』が再構成された際、闇の領域を正確に見極めて、どの程度の雪崩を引き起こせば全体を覆えるか計算していた。

 神慈達の相談タイムの間も余分に雪を積もらせていたため、積雪量が足りないということは有り得ない。

 ところが、予想に反して戦いは終わらなかった。


「あの状況で何かをしたのか……。――な!?」


 舞い上がった雪煙が晴れた瞬間、衣琉はようやく事態を把握した。

 景色が変わっている。

 闇でもない。

 樹海でもない。

 辛うじて名残はあるが、圧倒的な存在感を示すものが中央にできていた。


 巨大な縦穴。


 地獄の底に通じているかのような、不吉で、不気味な底無しの穴。

 全ての雪を投げ打って放った雪崩は、あの巨大な縦穴に吸い込まれてしまったのだ。

 恐らくはビッグフットすらも。


「なんだよ、これ……何なんだよ!!」


 大穴に向かってみっともなく叫ぶ衣琉。

 視線の先には人影があった。

 始まりのメディウム、瀬名神慈。

 そのパペットである熊音小愛。

 二人が、巨大な縦穴の向こう側に平然と立っている。


「……」


 思っていたよりも彼等が遠くにいたことで、衣琉は現在の状況を冷静に見つめ直すことができた。

 二つに分断されていた神慈と子愛の『IA』が、一つになって衣琉の『IA』と同規模の領域にまで広がっている事実。

 闇と、樹海。

 目の前にある地獄のような光景は、正にその二つを重ね合わせたかのようだった。


「ユニオン、ですか。パペッターとパペットになったばかりの二人が……」


 二人は大穴を飛び越えて雪山の手前に降り立った。

 子愛は持ち前の浮遊能力で。

 神慈は闇の大蛇に乗って。


「知ってたのか」

「リーダーから聞いています。ただ、『IA』の相性と、メディウム同士の絆がなければ不可能とも聞かされていたので……完全に虚を突かれましたよ」

「やーん! アタシと始祖様、絆が芽生えちゃってるー!!」

 腰を振ってわざとらしく喜びを露わにする子愛。


「たまたま『IA』の相性が良かっただけだろ。絆なんてないない」

「確かに……樹海と闇というのは文句無しの相性でしょうね。ユニオンで生まれた二人の新たな『IA』に、名前はあるんですか」

「そうだな。奈落ってとこか。地獄の入り口的な?」


 雪山に降り積もった雪は、全てがその地獄に落とされてしまった。

 時間が経てば雪山のエリア特性、吹雪によって雪はまた積もるだろう。

 だがもはや雪崩は通用しない。

 ビッグフットなら戦えるかもしれないが、何故かどうやっても出現させることができなかった。

 ユニオンは『IA』と『IA』の融合。

 故に奈落は、樹海と闇の特性を両方持っていることになる。

 つまり、時間切れを待つのも難しい。

 自身の敗北を悟った衣琉は、震える体を必死に抑えて会話を続けた。


「僕もその穴に落とすんですか」

「いくらなんでもそれは残酷だからな。痛くも痒くも何ともないやり方で負けて貰おうと思ってるんだけど、どうだ?」

「……」


 切り札である雪崩を封じられ、攻撃の要だったビッグフットを失った衣琉に抵抗する気などない。

 だがやはり、パペットになるというのは受け入れがたい屈辱だった。

 自分の知らない間に勝手に体を使われているかもしれない恐怖は、何も女性だけのものではない。

 それに、衣琉にはもっと恐れていることがある。


「アタシのテラーのことはリーダーから聞いたんでしょ? 怖いかもしんないけど、楽に逝けるよん」

「ちょっと黙ってろって。あんまり追い詰めると……、あー」

「あちゃあ」


「……うっ」

 色んな感情が混ざり合って、衣琉の目からは涙が溢れ出していた。


「僕の、負けだから。こんなこと、を、言うのはおかし――変、ですけど……」


 情けなくても、みっともなくても。

 プライドよりも大切なものを守るために。

 中学一年生の少年、鳴海衣琉は、恥を捨てて雪原の大地にひれ伏した。



「僕のことは! パペットとしてどう使ってくれても構いません! でも――、でも! 僕のお母さんには何もしないで下さい!! お願いします!! お願いします!!」



「もういいって。男が土下座なんてするなよ」

「……っ」

「俺達メディウムは、みんな母親のことを愛してる。それは分かるだろ」

「……はい」


 自分達がどんな経緯でこの世に生を受けたのか。

 それを知ったメディウムにとって、母親の存在は神すら超える。

 生むと決意した母親の苦悩と覚悟の程を想像すると、衣琉は未だに眠れなくなる。

 程度の差はあれ、始祖のメディウムもそれは同じ。

 そこだけは信じられる。


「多分その中でも俺は、世界で一番お前の気持ちが分かる男だと思うよ。だから心配するな」


 神慈は照れ臭そうに笑いながらそう言った。

 その言葉を聞いて。

 その笑顔を見て。

 鳴海衣琉の不安や恐れは、雪が解けるように消えていった。

 パペットにされれば、自分の尊厳も意思も全て失われる。

 それを知っていて尚、衣琉の心は穏やかになっていた。


「……クマさん、お願いします」

「りょーかーい! 目瞑ってるうちに終わるからねー」


 そっと目を閉じた衣琉の頭に、神慈は優しく手を乗せてくれた。

 それだけでもう、気持ちは前を向いていた。


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