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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第三章 第二の刺客
22/37

 形振り構わず激走する。

 神慈の行動は早かった。

 鳴海衣琉の『IA』雪山の手前にいたため、すぐに身の危険に気付くことが出来たのだ。

 雪崩が引き起こされたのはその直後だった。

 轟音を撒き散らしながら神慈の背中に迫り来る雪崩は、『IA』全体をも揺さぶり続け、終いには浸食した闇すらも埋め尽くしていった。

 音が鳴り止んだのを確認して神慈が振り返ったときには、完全に形勢は逆転していた。

 頂上が見えなかった雪山は、雪崩の影響か標高が低くなっていたが、どちらが追い詰められているかは一目瞭然だ。

 歯噛みしてその光景を見ていると、吹雪に紛れて遂に衣琉が姿を現した。


「ご無事で何よりです」

「……お前のエリア特性も浸食だったのか」

「そんな便利なものじゃないですよ。僕の『IA』、雪山のエリア特性は吹雪ですからね」

「吹雪が?」

「一度雪崩を使うと、ご覧の通り雪山は削られてしまう。いくらビッグフットが暴れ回っても、連続で雪崩を引き起こすことはできません」

 でもね、と衣琉は続ける。


「局地的な猛吹雪によって、短時間で雪は降り積もるんです。そうですね……浸食? でしたっけ。それを計算に入れても、後二回雪崩を引き起こせば僕の勝利は確定するでしょう」


 戦うべきメディウムが遠くで見守っているだけ。

 そんな均衡状態の場合、神慈の『IA』は圧倒的に有利なはずだった。

 ところが練りに練られた彼の戦略は、『IA』の特性のみに頼り切った神慈の浅はかな戦い方を遙かに凌駕していた。

 待っていても、雪が降り積もれば再びビッグフットが雪崩を引き起こす。

 そのときにはいくらか浸食が進んでいるだろうが、たった一度の雪崩で七割まで進んでいた闇が三割程になったことを考えると、彼の言う通り次の次の雪崩で完全に埋め尽くされてしまう。

 衣琉は浸食とは違うと言ったが、メディウムを殺さずに勝利を収めることができるのであれば、それは神慈と同じタイプだ。

『IA浸食型』とでも言うべきか。

 こうなると神慈が出て行って直接ダメージを与えるしかないが、そんなことをすればたちまちビッグフットの餌食だ。


(まずい……今こいつを拘束しても、ビッグフットが来たら俺は殴り飛ばされて終わりだ。こんなの、二対一みたいなものじゃないか)


 二対一は有利。

 散々言われていた言葉を改めて思い知る。

 闇の大蛇を二匹出現させることができれば対応できそうだが、利き腕ではない左腕だとどうもイメージがし辛く、上手くいかない。

 万事休す。

 しかし、神慈が捨て身の攻撃に打って出ようかと考えたときだった。

 どこからともなく、第三者の声が聞こえた。



『インタラプト!!』



 その声に、両者の『IA』が呼応した。

 それは戦いの仕切り直しの証。

 次元の狭間へと吸い込まれるかの如く空間が歪み、『IA』が再構築される。

 二つに分かれていた『IA』はやがて一つになり、今度は三つに分かれていく。

 最終的に互いの『IA』は、ケーキを半分に切りって片方だけ更に半分だけ切ったような状態になった。


「……やれやれ。来ちゃったか」


 溜息を吐いて肩をすくませた衣琉は、新たに現れた『IA』の持ち主に向かって愚痴をこぼした。


「始祖様のちゅーじつなパペット、子愛ちゃん! ただいまさんじょー!!」


 場違いすぎる変身ヒーローのようなポーズで樹海の大地に立つ子愛。

 その姿はとても頼りないが、雪崩によって劣勢となっていた『IA』が再構築されただけでも神慈にとっては有り難かった。


「……お? 闇の中にいる始祖様がちゃんと見える! パペットになったからだよね? おーい、始祖様~」

 子愛が嬉しそうに体全体で手を振ってくる。


「おう。正直助かったよ。インタラプトってのはそのままの意味か?」

「? 分かんないけど、ドミネイトと同じ言霊じゃないかなー。インタラプトはパペット専用だってリーダーが言ってたし」


 インタラプトには、遮る、邪魔をするといった意味がある。

 IT用語としては、実行されている処理を一時的に中断し、別の処理を行うという意味になる。

 ニュアンスとしては後者が近い。


「パペット専用か。要するに、戦いに途中参戦するための言霊なんだろうな」

「どーにか間に合って良かったよー。もっと褒めて褒めて」

「あれをどうにかしてくれたらいくらでも褒めるぞ」


 神慈が指さす方向の先にいるのは、悠然と佇む雪山のモンスター、ビッグフット。

 衣琉は『IA』が再構成された直後にビッグフットを生み出し、背後に忍ばせていた。

 インタラプトという言葉の意味を知っていて、即座に態勢を整えたのだろう。


「あれ、なーに?」

「ビッグフット」

「むー……アタシのテラー効くのかなぁ」


 子愛のテラーは、亡霊を取り憑かせて知らぬ間に命を削るという代物だ。

 それがメディウムであれば効果の程は言うまでもないが、ビッグフットは衣琉の『IA』が生み出した、言わば攻撃そのもの。通用するかは疑わしい。


(しかもテラーの特性上、効いてるかどうかは確認のしようがない。それなら俺がビッグフットを抑えて、その間に子愛に衣琉を攻撃して貰うか)


 子愛というパペットが参入したことで、この戦いの行き先は分からなくなった。

 ここから勝利に持っていくためには、パペッターである神慈が戦略を練る必要がある。

 頭をフル回転させ、ありとあらゆる可能性を模索していると、突然思考が雑音によって遮られた。

 その雑音は段々と鮮明になっていき、やがて意味を持った言葉として神慈の脳に響く。


【始祖様、アタシにしてほしいことあるー?】

【……子愛、か? お前、テレパシーなんてこともできたのか】

【パペッターとパペットは、『IA』の中に限り糸を通して会話することが可能だってリーダーが言ってたー】


 何故そんな重要なことを今更言うのか。

 子愛は協力してくれているが、何が役に立つのか、どんな情報が必要なのか。そういった判断ができない子らしい。


【というか、瑪瑙も教えてくれれば良いのに……。単に知らないだけかもしれないけど】

【メノウってだーれ?】

【なんでもない! 子愛は衣琉に亡霊をけしかけてくれ!!】

【はーい】


 二人揃って衣琉の方を向くと、「作戦会議、終わりましたか?」などと余裕たっぷりに言われてしまった。


「アタシと始祖様が密談してるって、何で分かったのさ!」

「突然沈黙して、チラチラと視線を闇の方に向けてたら分かるよ普通。僕は君と違って、リーダーから聞いた情報は全て頭に入ってるからね。君がパペットにされてからは、君の『IA』についても教えて貰ったし」

「がーん」

「なら……二対一でも遠慮はいらないな!!」


 大蛇を模した右腕に力を込め、衣琉の背後に佇むビッグフットに向けて突き出す。

 するとその動きに共鳴するかのように闇が形をなしていく。

 ぶっつけ本番だったさっきとは違い、神慈はごく自然に闇を操ることができた。

 体現した大蛇は目の前にいる衣琉を躱し、ビッグフットの動きを完全に封じ込める。


「子愛!!」

「はいはいはーいっと!」


 フワリと飛び上がった子愛も、両手に宿した鬼火を衣琉に向かって投げつける。金切り声を上げる亡霊も向かわせての波状攻撃だ。


「これがテラーか。趣味が悪いね!」

「お互い様でしょー!」


 テラーの特性を知っている衣琉は、亡霊に触れまいとして雪原をジグザグに走って逃げる。

 単純な考えが功を奏し、亡霊達は戸惑うように後れを取っていた。


(あ、あんな簡単に逃げられたのか……)

 子愛と戦ったときの自分を思い出して、神慈は強烈な自己嫌悪に陥っていた。


「あー、もー! 真っ直ぐ追いかければすぐ追いつくでしょー!」


 子愛は亡霊達を叱責しながら自らも衣琉の後を追おうとしていた。

 だが衣琉が逃げた先は雪原の向こうだ。

 追いかけるには自分の『IA』を出なければならない。


「待て子愛! 樹海から出るな!!」

「へ? ひっ――さ、さっぶぅ!!」


 樹海から出た瞬間、空を飛んでいた子愛は狙撃された鳥のようにポトリと雪原に落下した。

 寒さからではない。

 自分の『IA』を出たせいで、浮遊能力が消えてしまったのだ。


【うぇーん! 寒いよ冷たいよ、始祖様ぁー……】

【ちょっと待ってろ。今たすけ――!!】


 神慈が左手で闇の手を出現させて子愛を拾い上げようとした直後、急にビッグフットが暴れ始めた。

 まるでこのときを狙っていたかのようなタイミングで一気に力を解放され、一瞬にして闇の大蛇が引きちぎられてしまう。

 幸いビッグフットはこちらには向かってこず、天高くジャンプして雪山の頂上へと消えてしまった。

 衣琉の声が聞こえてくる。


「さあ、もうすぐフィナーレです」

「勝利宣言するにはまだ早いんじゃないか」

「いいえ。クマさんが参入したことで僕の勝利は確定的なものになりました」


 言っている意味が分からなかった。

 むしろさっきまでの戦いの方が神慈にとっては負け戦だったように思える。


「『IA』の再構築がもたらした恩恵のお陰ですよ。半分を雪崩で覆い尽くすのには時間が掛かる。けれど始祖様に狙いを絞れば時間は一気に短縮される」

「!!」


 極めて単純な話。

 神慈の『IA』は今、全体の四分の一にまで縮小している。

 浸食の効果はまだまだ実感できる程じゃない。

 しかし衣琉の『IA』は二分の一のまま。ビッグフットによって雪崩の位置を調節し、神慈の『IA』だけを狙えばあっという間に決着が付く。


「しょ、しょんな……アタシのせーなの? 味方は多い方が有利だったんじゃ……」

 闇の手によって樹海まで運搬された子愛が力無く呟く。


「味方が多い方が有利なのは、お互いの『IA』を深く知っていて、尚且つ有効活用できる場合に限られるのさ。それができないのなら、パペットを参入させるのは『IA』を縮小するだけの愚策ってことになる。残念だけど、二人のコンビネーション不足だね」

「言いたい放題言いやがって……っく!?」


 不吉な地響きが神慈の体を揺さぶる。

 山頂でビッグフットが暴れている。

 雪崩の準備が始まったのだ。


(悔しいけどあいつの言葉に嘘はない。次に雪崩を引き起こされたら負ける)


 一先ず神慈は、しょぼくれている子愛に活を入れるべく樹海に足を踏み入れた。


「ふふふ……役立たずのお人形に何かご用ですかー……」

「やさぐれるなっての。お前が来なくても俺は負けてたんだ。それに、戦いはまだ終わってない」

「そーはゆーけどさー……、あれ? 始祖様、足から何か黒いの出てる」

「え? ……本当だ」


 闇の残滓と言った感じの黒い靄が、神慈の足下から膝の辺りまで立ち上っている。

『IA』闇の主である神慈が樹海に足を踏み入れたことで、何らかの影響が出ているのかもしれない。


「……ねー始祖様」

「何だ?」

「あれ、やってみない? つっきーが教えてくれたやつ」

「ユニオン、だっけか。そうだな……このまま負ける訳にはいかないし、足掻くだけ足掻いてみるか」


 現状では雪崩を食い止める手段がない。

 仮にあったとしても、答えを導き出せる程の経験が神慈達には足りない。

 突破口を開くためには、鳴海衣琉の戦略の上を行く圧倒的な力が必要だ。


「そーこなくちゃね!」

「で、どうやるんだ?」

「さー?」

「「……」」


 パペットと、パペッターも。

 どちらも馬鹿だった。


「時は満ちた! 雪崩よ! 全てを埋め尽くせ!!」

「相変わらず痛いこと言ってるし! ど、どーすんのこれー!?」


 ゴゴゴゴ……と空恐ろしい轟音と共に、ついに雪崩が発生した。

 今度はただの雪崩ではない。

 雪の中に埋もれていたクリスマスツリーにピッタリの針葉樹達が、雪崩という急激な流れに身を任せてミサイルの如く向かってきている。

 おまけにビッグフットは、雪崩の中をバタフライで泳いでいる。


「ヤバイヤバイヤバイー!!」


 二人は全速力で反対方向に逃げ出した。

 このまま樹海にいれば雪崩に巻き込まれることはないが、パペッターである神慈の『IA』が雪に埋もれてしまえばそれで戦いは終わりだ。

 何とか。

 何とかしなければ。


「そうだ。さっきお前、インタラプトって叫んで参戦したよな?」

「それが何ー!?」

「重要なのは言霊ってことだ! 月香はユニオンのことを『IA』の融合って言ってた。だったら手でも繋いでポーカーの役を叫べば良い!! 確か二人ならワンペアだったか!?」

「じゃ、じゃあ、せーの、で! 今から三秒後に言うから」

「そんな余裕はねーよ!!」


 既に神慈の『IA』はその半分が雪崩に呑み込まれている。

 勢いは減速するどころか増す一方で、全てを埋め尽くすまで止まりそうになかった。


「子愛!!」

「は、はいー!」


 目で合図し、互いに手を取り合って大きく息を吸う。

 純然たる闇が、美しいほどの白に雪化粧されていく。


 その轟音に紛れて、神慈と子愛の大声がピタリと重なった。


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