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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第三章 第二の刺客
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 最初に見た光景は、純白の平原だった。

 そこには何もなく、ただただ白い大地が広がっているだけ。

 牛乳の海で呼吸ができるとしたらこんな感覚なのかもしれない。

 だが、そんな景色はすぐに変貌を遂げた。


 突風が吹いたかと思うと、肌に突き刺さるような肌寒さが神慈を襲ったのだ。

 風は次第に激しさを増していき、やがて雪を纏って吹雪となった。

 その吹雪は平面だった大地に自然を宿し、降り積もった雪は山となって神慈の前方に高くそびえ立った。

 ジオラマの作成を早送りで見ているような目まぐるしさだ。

 神慈は今正に、鳴海衣琉の『IA』が構築される瞬間を目の当たりにしたのだ。


(これは……雪原? いや、雪山か)


 正確には、雪原のど真ん中にピラミッドのような雪山が佇んでいる風景。

 標高が高い山は大抵が雪に覆われているためモデルは分からないが、周囲の光景からして日本の山ではなさそうだ。

 一応、日本でも氷河が見つかったりしているので断言はできないが。


(あいつは何処に? 吹雪でよく見えないな)


 神慈の『IA』、闇は完全に視界が遮られるが、神慈自身にその影響はない。

 そのため敵の目をくらましつつ闇の手で絡め取るのが必勝パターンと考えていたが、少なくとも届く距離に気配はなかった。


(こっちの様子を窺ってるんだとしたら好都合だ。あいつは闇のエリア特性を知らない。このまま時間を稼いで、エリアの浸食に気付くのを待つ。そして焦って出て来た所を狙えば良い)


 こう視界が悪いと衣琉の動向が不透明すぎて、待つだけで相当な精神的疲労が蓄積する。

 ただ、それはお互い様だ。

 神慈の『IA』ほど得体の知れないものも中々ない。

 精神をすり減らしているのは衣琉も同じ。

 そう自分に言い聞かせていた神慈だったが、吹雪の中で怪しく光る眼光を見て思わず血の気が引いた。


「!!」


何が起こったのか。

 一瞬、ほんの一瞬だけ吹雪が晴れた。

 その一秒にも満たない刹那に、神慈は怪しい眼光の正体を目撃した。


(な――、何だあの化け物は!?)


 全身が白い体毛で覆われていて、その体躯はマウンテンゴリラを一回り大きくしてもまだ足りない。

 見た目だけで言うなら、人の進化の過程にあたるネアンデルタール人や、アウストラロピテクスに近い。

 或いは、テレビゲームに出てくるようなモンスターか。

 とにかく、とても実在している動物とは思えない怪物だった。


(実在してるか分からない……? まさか、あれは)


 即ち、UMA。

 しかも雪山に現れる怪物と言えば、心当たりは一つしかない。

 ビッグフット。

 他にもイエティや雪男と言った呼び方で知られる、UMAの中でもとりわけ有名な存在だ。

 特にロシアなどは、大学に専門の研究機関を持つほど真面目に研究している。

 少し前にも、国際会議で存在を認めるような発表をしたことで話題になった。

 無論その真偽は定かではなく、シベリアの観光化の促進が狙いという見方も多い。

 現実にはいるかどうか分からない動物。

 人の脳が構築する『IA』において、そんな常識は通じない。


「あんなの、どうしろって言うんだ……?」


 神慈が無意識に独り言を呟いた途端、まるで声を察知したかのように怪物が振り向いた。


「っ」


 鋭い眼光で睨まれた、思わず二歩ほど後退する。

 神慈を捉えることはできないはずだが、視覚ではなく聴覚や嗅覚で察知されているのだとすれば絶望的だ。

 想像上の生物であるからこそ、『五感が異常に発達している』ということにもできる。

 神慈の懸念は的中した。

 グッとしゃがみ込んだかと思うと、ビッグフットは心臓に直接響くような重低音の唸り声を上げてこちらに突進してきたのだ。

 神慈も負けじと遠距離から無数の闇の手を放つ。

 が、あの巨体を拘束するには細い闇の手では貧弱すぎた。

 一度は動きを止められたものの、簡単にふりほどかれてしまう。


(いくらなんでも……ビッグフットを現実に見た訳じゃないはずだ。子愛が操ってた亡霊と同じ、あいつの想像が生み出したもの。『IA』がメディウムの脳に強い影響を受けるのなら、俺の闇も)


 イメージする。

 神慈の周囲を支配している『IA』闇の一部が、一点に集中して形をなすように。

 無数の闇の手ではなく、映画に出てくるような人を丸呑みにする一匹の蛇を。

 すると。

 バラバラだった闇の手が一つに集束し、漆黒の闇を纏う巨大な大蛇となってビッグフットに襲いかかった。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「痛っ……耳が……!」


 闇の大蛇に巻き付かれて動きを止められたビッグフットが、もがき苦しむように叫び声を上げた。

 至近距離で鼓膜を刺激されて堪らず耳を押さえる神慈だが、ここで振りほどかれる訳にはいくまいと必死にイメージを固める。

 あの巨体から繰り出される物理的な攻撃をまともに受ければ、神慈がどうなるかなど考えるまでもない。

 最悪、一撃食らうだけで死んでしまう。


(このまま絞め殺してやる……っ)


 右腕を闇の蛇に見立て、その牙を深々と食い込ませる。

 毒液でも注入できれば良かったが、生憎そこまでイメージできる余裕はなかった。

 即興で作り出した大蛇にしては奮闘していたが、やはり足りない。

 徐々にビッグフットの豪腕が大蛇の檻をこじ開けんとしていた。


「く、く……っ」


 右腕の痙攣が止まらない。

 十分ほど我慢比べをしていた神慈にも、遂に限界が訪れた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――!!」


 ビッグフットは闇の蛇を引きちぎり、雄叫びと共に天高く跳び上がった。

 攻撃されることを覚悟した神慈は咄嗟に頭をガードしたが、何故かビッグフットは大きく後退して雪山の方に引っ込んでいく。

 どうやら頂上付近まで登ってしまったようだ。


(……何で逃げたんだ? 隠れるにしても、一発食らわせることだってできたのに)


 頂上の見えない雪山を見上げ、神慈は思う。

 こうも視界が悪いと一瞬の余所見が命取りになりかねない。

 こちらから積極的に動くのは命取りだ。

 神慈は再び思考を巡らせる。


(俺の闇と同じように、あいつも吹雪で視界を遮られることはないのかもしれない。だとすれば、ビッグフットに戦わせている間、その辺に隠れて俺の『IA』を見極める時間を稼いでいたってことも……。白ランも良い隠れ蓑になってそうだな)

 思考を切り替え、『IA』雪山との境界線に目を向ける。


(浸食は……七割ってところか)


 ビッグフットに与えたダメージも影響しているのか、それとも神慈が慣れてきたからなのか、浸食のスピードは飛躍的に上昇していた。

 これなら目一杯距離を取って、息を潜めているだけでも勝てるかもしれない。

 そんなチキン戦法を実行に移そうとした矢先。


 地面が、揺れた。


 地震ではない。

 ズシン、ズシン、と巨人が堂々と町中を闊歩しているかのような、豪快且つリズミカルな地響き。

 それは山頂の方から聞こえていた。

 ゾッと神慈に悪寒が走る。


(雪崩か!!)


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