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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第一章 始祖
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 咲く花で季節を感じることができる程、数多くの植物を育む壮麗な山々。

 アジやカマス、イカなどの豊富な漁場となっていて、海水浴場としても愛されている広大な海。

 周囲をそんな環境に囲まれた場所には、まるで守られるように存在する学校がある。


 昇華学院。


 初等部から大学部までをエスカレーター式に進学でき、就職率も高いとあってその入学倍率は他とは一線を画す。

 だがそれは表向きの話で、実際は在校生のほとんどが何かしらの事情を抱えており、むしろそういう面において『だけ』寛容な学校だった。

 自由に学び自由に遊ぶという校風からか、生徒達は自主性を求められる。

 逆に言えば、学費さえ払っていれば何もせずとも大学まで進学することも可能だ。


 無法極まりない校則にもかかわらず高い就職率を維持している一番の理由は、巨大テーマパークのような広さを誇る敷地面積だろう。

 九千人近い全校生徒数に相応しく、子供の想像力を育むためのありとあらゆる施設が備わっていて、将来の夢が見つからないといったことはまずない。


 十六歳になった瀬名神慈せなしんじもまた、複雑な事情を抱えて昇華学院の高等部に入学した。

 一年D組の一員となって、早一週間。

 経歴の特異さ故、クラスに馴染めるか不安だった神慈だが、この学校には訳ありな生徒が多々在籍しているため、そこまで好奇の視線を送られることはなかった。

 クラスメイトもその辺は気を遣っていて、神慈の過去に土足で足を踏み入れるような不躾な者は誰一人として居ない。

 中学時代とは真逆の待遇。

 やはり高校に上がると、立ち振る舞いも大人びてくるのだろうか。

 或いは……単に同じ穴のムジナだからか。


 いずれにせよ昇華学院という新たな学舎は、神慈にとってとても居心地の良い場所になりつつあった。

 きっと、それで気を抜いていたのが原因だ。

 初めての日本史の授業が終わる直前、止めるべき教師の言葉を止められなかったのは。



「ん……まだ少し時間が残ってますね。丁度良い機会ですし、ここでメディウムについて説明しておきましょうか。十七年前の『天恵』についても、知らない生徒は多いでしょうし」

 教師が喋り出した途端、皆の視線が神慈に集中した。


「『天恵』というのは、十七年前から数年に渡って続いた子供達の処女懐胎のことです。処女懐胎した子供達の中には」

「はいはいはーい! 先生、処女懐胎って何ですかー!?」


 教師の言葉を遮って、一人の少女が元気よく手を挙げる。

 彼女は蘭子と言う。学業よりも遊びに心血を注いでいるクラスメイトだ。


「文字通りの意味です」


 教師はすげなく答える。

 無粋なからかいは通じないとみて、質問した蘭子もすぐに引き下がった。


「話を続けます。処女懐胎した子供達の中には、当時まだ小学生だった子も含まれていて、本人達は全く覚えがないと訴えていたのですが……誰一人として信じる者はいなく、単に若者の性知識の甘さが露呈した結果として扱われていました。ところが、この件のために編成された医学のスペシャリスト達によって、彼女達の言葉が真実だったことが証明されたのです」

「証明とは、具体的に何をしたんですか?」


 今度は真面目そうなクラスメイトが質問した。

 眼鏡をかけた彼女に名前はなく、皆が思い思いの名で呼んでいる。

 一番定着しているのは眼鏡さんだ。


「公式に記者会見を開き、資料を公開したんです。その結果、彼女達を目の敵にしていたマスコミは掌を返し、神の奇跡、神様の贈り物などと言い出し……この出来事は『天恵』と呼ばれるようになりました」


 神慈は眉をひそめて話を聞いていた。

 全く持って他人事じゃない上、最後は自分に話題が移ることを知っていたからだ。


「はいはいはーい! ってそんな顔しないで下さい! ちゃんと真面目な質問ですっ」

「何ですか?」

「その女の子達って、全員産んだんですか? 発育しきっていない体での出産は危険だってドラマで見ましたけど」


 知識の元がドラマというのが何とも彼女らしい。

 だがこのタイミングにおいてはとても的を射ている質問だった。


「良い質問ですね。結論から言うと、『天恵』が始まって最初の一年間で出産したのはたったの一人だけです。ただ……知られているだけで数百人という規模だったので、実際はもっといるかもしれませんが」

「せっかく赤ちゃんできたのに、堕ろしちゃったんだ……」

「つーかそれが当たり前じゃねーの? 危険とか以前に、気持ち悪ぃしよ」


 刺々しい言葉が神慈の耳に届く。

 彼の名は佐野と言って、この学校では珍しくピアスを付けた少年だ。


「確かにそう言った声があったのも事実です。しかし最初に出産を決意した当時十歳の少女のエコー映像で、胎児の姿が人と変わらないことはすぐに確認されました」


 そしてその少女は、処女懐胎の解明に協力することを条件にある取引を持ちかけた。

 処女懐胎した少女全員が国からの援助を受けられるように、当時の政府に約束させたのだ。

 一人の少女が考えた大胆な提案にマスコミはこぞって群がった。

 そのお陰で他の子供達が注目されることはなく、次第に騒ぎは収束していくことになる。


「幸い経過は順調で、母子共に健康な状態で出産することができました。それ以降、処女懐胎した子供達は産むという選択を取る人が増え始めます。ですが、生まれてきた子供が人と何ら変わりない赤ん坊だったのにも拘らず、マスコミは再び騒ぎ始めました。化け物、悪魔の子などと中傷を繰り返した。それらは次第に伝染していきます」


 皆食い入るように先生の話を聞いている。

 一方、神慈はとうとう机に顔を伏せてしまった。


「政府はこの事態を重く見て、『天恵』によって生まれた子供達を神の子――メディウムと名付け、更にその個人情報を極秘としました。『天恵』が起こってから十七年が経ち、今ではメディウムとして知られている子供は数人しかいませんが、このクラスに居る瀬名神慈君こそがそのメディウムの一人というわけです」

「……どーも」


 あまり注目を浴びたくない神慈は、机に顔を伏せたまま手だけ挙げて、ぶっきらぼうに挨拶をした。

 メディウム。

 一般的には確かにそう呼ばれているが、メディウムには裏の呼び方があることを神慈は知っている。

 アボーテッド・チルドレン。

 直訳すると、堕胎された子供達。

 神慈達のことを天からの贈り物と考えている人はメディウムと呼び、神慈達を疎ましく思っている人は、神様に捨てられた子供達という意味でアボーテッド・チルドレンとあげつらう。

 神慈からすれば、どちらにしても迷惑な話だった。

 もっとも、クラスメイトの目の前であたかも授業のように説明されるのはそれ以上の大迷惑なのだが。

 そもそも神慈がメディウムだということは周知の事実。

 別にテストに出題されるわけでもなし、その経歴に関しても別段教える必要はないのだ。

 考えれば考えるほど、神慈の機嫌はすこぶる悪くなっていった。


「そういうの気にしてないんで。できれば今後は話さないで貰えますか」

「……そう。ごめんなさい」


 恐らくこの教師は、神慈があまりクラスに馴染んでいないと思って気を遣ったのだろうが、完全にありがた迷惑だ。神慈はこの環境に満足している。

 それに、クラスに馴染めていない訳でもないのだ。

 高等部から入学した神慈は知り合いがいないため、今はまだ手探りの段階なだけである。

 神慈の感情のこもった言葉を受けてこの話は終息に向かいそうだった。

 が、それを佐野がぶち壊した。


「せんせー。処女懐胎は記者会見で証明されたって言ってたけど、それってマジなん? 単に医者が雁首揃えて認めたってだけじゃねーの?」

「それは……その通りですが」

「話題作りとかだろ? どうせ。普通に考えて、やってもねーのにデキる訳ねーんだからさぁ」

 教室が静まりかえると同時に、神慈の怒りが沸々とこみ上げてくる。


「つーか……十歳で妊娠とか、お前の母ちゃんどんだけ盛ってたんだよって話だよな! はははっ」


 それが、引き金となった。

 神慈は静かに席を立ち、頭の悪い喋り方をする佐野にゆっくりと近付く。


「黙れ」

「はぁ? 本当のこと言っただけじゃねぇか。何キレて――!?」

 佐野の胸ぐらを掴み、そのまま力任せに片手で持ち上げる。



 ただただ、許せなかった。



 マスコミから、世間から、心無い中傷から。

 ずっと神慈のことを守ってきた母親を侮辱されるのだけは、絶対に許すわけにはいかなかった。


「殺されたいのか……?」

「わ、分かっ――ごめ、」

「瀬名君、落ち着いて!!」


 慌てて駆け寄ってきた教師が神慈を止める。

 神慈は二、三発殴らないと気が済まないくらいに気が立っていたが、問題を起こして母親に迷惑をかけるのだけは避けたい。

 そう考えると自然と力が抜けていった。


「げほっ、げほっ」

「……すみません」

「ふぅー……。瀬名君、この後職員室まで来ること。良いですね?」


 教師が神慈に向かって窘めるように言う。

 神慈が自分の行いを悔いていると、タイミング良く授業の終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。

 結局神慈は、退出する教師の後を追うようにして教室を出たのだった。


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