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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第三章 第二の刺客
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 一方その頃。

 いつも通り第三図書室にいた瑪瑙は、設置してある内線電話を通してある人物の冷やかしにあっていた。


『またまた~。彼、ここ一週間全然来ないもんね。ご機嫌斜めなのは分かるけど。たまには女の方からも責めないと他の子に取られちゃうぞ』


 この非常に煩わしいことこの上ない電話相手の名は桐生きりゅうと言って、瑪瑙が芸術棟で一番世話になっている女性だ。

 口数の少ない瑪瑙が第三図書室を自由に使えるのも、彼女の便宜があってこそ。

 無視するわけにはいかなかった。


「そういうことには興味無さそうだった」

『男の子なんだから興味無いわけないでしょ。相手が草食なら、こっちは肉食に。相手が肉食なら、こっちは草食に。臨機応変に対応していかないと!』

「そこまで恋愛に命懸けてない……」


 大きく溜息を吐く瑪瑙。

 第三図書室には悩めるメディウムが数十人と訪れている。

 その中には少ないながらも男子生徒も混ざっていたのに、何故神慈にだけこうも過剰反応するのか。

 気になったので聞いてみると、


『え? だってこの前、あの男の子が帰ってから凄いご機嫌だったじゃない』

「………………………………………………………………そんなことない」

『この学校で一番あなたを見てる私が言うんだから間違いないってば。それとも、自分では気付いてなかったりするの?』

「………………………………………………………………」

『ほらやっぱり。ちゃんと気付いてるんじゃない』


 勝ち誇ったように言われて、何だか無性に腹立たしかった。

 彼女が言うような気持ちが僅かながら瑪瑙にあったとしよう。

 しかし瑪瑙が嬉しかったのはそういうことではないのだ。

 第三図書室を訪ねてくるメディウムの話を聞く度に、瑪瑙は自分がメディウムの中でも特殊だと言うことを痛感してきた。

 メディウムの集まりであるアライアンスにも属さず、たった一人第三図書室に引きこもっている自分は、言わば社会不適合者ならぬメディウム不適合者で、爪弾きものだと。

 そんな風に諦めていた瑪瑙が出会ったのが瀬名神慈だった。

 自分と似ている。

 そういう人がいる。

 瑪瑙はそれがとても嬉しかった。

 恐らく、彼も同じように思っていたに違いない。

 だからこそ、またここに来ると約束を交わしてくれたのだ。


(一週間来てないけど)


 別に毎日来ると確約したわけではないので、明日でも一年後でも嘘にはならないのだが、すぐに来てくれそうなニュアンスだったのも確かだ。


『次、いつ来るとかって言ってなかったの?』

「また来る、とだけ」

『あちゃあ~……それ、完全にリップサービスじゃない』

「え」

『普通は曖昧な言い方で誤魔化すのって女の子の方だけど、彼モテそうだったし……そういうの慣れてるのねきっと。うんうん、きっとそう』


 何度も頷く様が電話越しに想像できるくらい、桐生は納得していた。

 メディウムの気持ちはメディウムである瑪瑙の方が理解できる。

 だが男の子の気持ちとして考えると、大人の女性である桐生の方が瑪瑙よりも三枚ほど上手だ。

 あのときの約束も、桐生の言う通りなのかもしれない。


『まあ元気出して! まだそうと決まったわけじゃないし、もし彼が来たら真っ先に伝えるから。あなたは彼を口説き落とす策を練っておくこと! 後、悩殺するくらいの過激なサービスもね!』

 そう言って通話は切れた。


(……悩殺?)


 長机の上に服を広げて、瑪瑙は考え込む。

 奇しくも、今日持ってきたコスチュームは深いスリットが目立つチャイナ服。

 これを着れば悩殺とまではいかなくとも、それなりの効果が期待できそうだ。

 無論、神慈を口説くとか悩殺するなんて考えは瑪瑙にはないが、彼がまた第三図書室に来たくなるような策を練る必要はある。

 ここに来て欲しいと思っているのは瑪瑙なのだから、そのためにできることがあるならしたい。

 恋愛とは違うが、これが瑪瑙なりの精一杯のコミュニケーションだ。

 覚悟を決め、瑪瑙は一気に制服を脱ぎ捨てて下着だけになった。

 後はこれを着るだけ。

 手に持ってしわを伸ばしていると、エレベーターの到着を示す音が聞こえた。

 現れたのは瀬名神慈だ。


「「あ」」


 目を合わせる二人。

 本来なら、二人を隔てる本の壁がそこにはあった。

 残念ながら今は筒抜けとなっている。


「……」


 瑪瑙はチャイナ服を置いて、下着姿のままスタスタと神慈に向かって歩き出した。


「あ、その! これは」

 必死に弁解しようとする神慈の後ろに回り背中を押す。


「な、何? というか、まず服を」

「良いから進んで」

「はい」


 電車ごっこの如くピッタリとくっついて連れてきたのは、瑪瑙が第三図書室に来るときに使っている搬送用のリフト。

 瑪瑙は、そこに神慈を押し込んだ。


「え? こ、これ」

「さようなら」

 スイッチを押す。


「え――。う、うわああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――――………………」


 あっという間に神慈は闇へと消えた。

 高鳴る胸を押さえ、深呼吸する。

 彼が再び上ってくるまでに、着替えを済ませなければ。

 後、お茶の用意も。


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