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月香が家を訪ねてきてから一週間が経った。
彼女に忠告されたから、神慈はこれまで以上に警戒を怠らなかった。
いつ戦闘状態に移行しても良いよう、授業中以外は常に子愛と一緒に過ごし、沙癒里に関しても錬子に連絡を入れて護衛を頼んだ。
勿論アライアンスのことは話していないが、視線を感じる程度の危険度でもあの研究所は動いてくれる。
皮肉な話だが、沙癒里は大事な研究対象なのだ。
とまあ万全の態勢を整えて待ち構えていたのだが、依然としてテイルブロッサムからの襲撃は無かった。
子愛が神慈の手に落ちたことはとっくに知られているはずなので、もしかしたら諦めてくれたのかもしれない――そう楽観的に考えることもできるが、それならメンバーの補充をしているという方がしっくり来る。
テイルブロッサムの残り二人が昇華学院の生徒だということは、子愛が証言してくれた。
しかし何年生で何組に所属しているのかは知らないのだという。
そもそも何故神慈達を狙うのか。
それについても子愛は教えて貰っていないらしい。
明確な理由でもあればまだしも、訳も無く目の敵にされているというのは薄気味悪い。
神慈と沙癒里の行いは、感謝されこそすれ怨まれることなどないはずなのだが。
そんな言いようのない不安とは別に、神慈を困らせている件がある。
「だから、そんなんじゃないから」
三時間目と四時間目の間の休み時間。
神慈は群がるマスコミのような二人の女生徒から執拗な尋問を受けていた。
「嘘。絶対付き合ってるでしょ」
「この前、腕組んで歩いていたのを見ましたよ」
蘭子と眼鏡さんが追及しているのは、神慈と子愛の関係についてだ。
子愛はこれ見よがしにベタベタと引っ付いてくるので、噂が噂を呼んで女生徒の間では公認のカップルになっていた。
芸術棟の瑪瑙の噂と合わさると女子から総スカンを食らいそうだ。
「あいつが人懐っこいだけで、特別な意味なんてないよ」
「嘘。嘘嘘嘘! 登下校まで一緒だったじゃん」
「それに、いくら人懐っこいと言っても好意的な異性でなければ抱きついたりはしません」
念仏のように耳元で喋る彼女達の声を聞いていると、その内洗脳されてしまうんじゃないかと心配になる。
実際神慈も、これが自分ではなく赤の他人の話であれば、恋人同士なのを隠しているようにしか見えないだろう。
それくらいにこの一週間は子愛と一緒に居た。
一度は完全に解けた沙癒里の誤解が、ここに来て再燃しかけているのも事実だ。
「相手の子、中等部の子だよね? 何年生?」
「二年生だけど。彼女じゃないよ」
「家は近いのですか?」
「知らない……」
神慈は目線だけを机の下に向けながら答える。
忍ばせていたスマートフォンで時刻を確認すると、四時間目がそろそろ始まりそうだった。
授業が始まれば一先ずこの質問攻めは収束する。
だがその後の昼休みは逃げられない。
いつも通りなら子愛が高等部まで来るので、また冷やかしの的にされる。
子愛は子愛でこの状況を楽しんでいる節があるので、今度はクラス中の女子から攻撃を受けることになるかもしれない。
沙癒里が関わらない限り神慈は大人しいので、恋バナに敏感な女子の格好の餌食なのだ。
佐野に暴力を振るい掛けた件で神慈の女子からの評判は急降下していたのに。
恐るべきは恋バナに対する女子の嗅覚か。
(……瑪瑙に会いに行こうかな)
昼休みが億劫になった神慈は、授業が始まる前に逃げの一手を選んだ。
沙癒里から授業には必ず出るよう言われている神慈だが、息子がこんな風に面白おかしく話の種にされているのを知ればきっと許してくれる。
善は急げとばかりに神慈は席を立った。
「ちょ、瀬名君何処行くの!」
「あっ」
呼び止めようとする二人を置いてさっさと教室を後にする。
第三図書室のことは当然誰にも話していない。
クラスの居心地が悪くなってしまった神慈にとって、あそこは尚のこと神聖な場所になっていたし、尾行でもされて瑪瑙に迷惑は掛けたくない。
久し振りに会える。
癒しを求める神慈の足取りは軽やかだった。




