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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第二章 母、憤る
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 現在、神慈の部屋には三人の少女? がいる。


 一人は、神慈のパペットとなった熊音子愛。

 一人は、神慈の実の母親、瀬名沙癒里。

 一人は、先程やって来たばかりの巫女さん。


「あのさ。何で母さんまでいるのかな」

「見届けさせて貰います」

「いやいや」


 仮にこれが沙癒里の想像通りの修羅場だったとしても、そこに母親が介入するというのは気まずいを通り越して痛々しい。

 かといって、誤解を解こうにも沙癒里の妄想はとどまるところを知らない。

 神慈にはどうすることもできなそうだ。


「言いたいことは沢山あるけど、ここは俺に任せてくれないかな。母さんがいると色々話しにくいんだ」

「……そう、分かった。シン君にはもう、お母さんは必要無いんだ」

「ち、違っ」


 哀愁を漂わせて部屋を退出する沙癒里の後ろ姿は、神慈が口をつぐむのに充分な破壊力を秘めていた。

 かつてない程の罪悪感に心が痛む。


「うぅ……」

「あははー。何処のおかーさんも同じだねー」

「やはりそうなのですか。私の母も似たようなものです」


 沙癒里が入れてくれた緑茶をすすりつつ和む二人。

 神慈は一人だけ置いてけぼりにされているようで納得がいかなかった。


「お前等、打ち解けるのが早すぎるんじゃないか」

「えー? だってこの巫女さん、始祖様の彼女でしょ? パペットとしては仲良くしておきたいからねー」

「成る程、あなたが昨夜の襲撃者でしたか」

「おい。彼女ってとこを否定しろよ」


 沙癒里は恐らく、扉の向こうで聞き耳を立てている。

 これ以上誤解を招きたくない神慈は咄嗟に割って入るが、


「家に入れてもらうため、始祖様のお母様には恋人と言ってしまいましたので……。申し訳ありませんが、始祖様と私は暫定で恋仲ということになります」

「なります、じゃないだろ!! 大体お前は何者なんだ。メディウムなのは分かったけど、どっかのアライアンスに所属してるのか?」

御伽月香おとぎつきか、十三歳、中一です。『ハーミット』というアライアンスに所属しております」

「うっそ年下? 大人っぽー」


 子愛が羨ましそうに言う。

 確かに月香の凛とした佇まいは、子愛と比べるといくらか大人びて見える。

 もっとも、メディウムはその境遇もあって、同年齢の子供よりも精神的に大人びていることが多い。

 なのでこの場合、子愛の方がらしくないと言える。

 ……が、そんなことはどうでも良かった。

 昨日は神慈の危険を知っていても立ってもいられずなどと言っていたが、そもそも何の用事で訪ねてきていたのか。


「後日って言って翌日訪ねてきたことは今更聞かないけど。一体何しに来たんだ」

「私達のアライアンスに入っていただきた」

「断る」

「そ、そんなっ」

 神慈の清々しいほどの即答に、初めて月香は狼狽えた。


「バッサリだねー。あはは」

「この先、またテイルブロッサムのメンバーが始祖様を襲う可能性は高いです! そうなる前に私達と共に」

「悪いけど信用できない。自分だけじゃなく、もう子愛の命も背負ってるんだ。得体の知れない連中に取り込まれるなんてお断りだ」

「……子愛殿は始祖様のパペットです。その状態では、単独で戦いを仕掛けることもできませんし、仕掛けられることもありません。仮に始祖様がパペットにされたとしても、子愛殿は解放されるだけ。背負うなどと言うのは理解に苦しみます」


 何気に、月香が言ったパペット状態における情報は初耳だった。

 今の子愛は何をするにしても安全。

 強いて言うなら、神慈が負けて解放されたときが一番危険となる。

 子愛が言っていたパペットの方がむしろ安全というのは、こういう意味もあった訳だ。


「別にお前の感情なんて知ったこっちゃないよ。ただ、お前が本当に俺のためを思って言ってくれてるなら、これ以上粘らないでくれ。警戒心を煽るだけだぞ」

「……」

 月香はシュンと縮こまってしまった。


「あ、始祖様が女の子泣かしたー!」

「うるさいな。お前も早く帰れ。セットで帰れ」

「はーい。つっきー、行こー」

「え? は、はい。……、つっきー?」


 神慈に背中を押される形で二人は部屋を出ていった。

 このまま二人だけで行かせると、沙癒里がまた妙なことを言い出しかねない。

 神慈もすかさず後を追う。

 案の定、廊下を歩いている間に沙癒里の視線を感じたので、振り返って牽制しておいた。


「あの、始祖様」

 玄関先で、靴を履きながらこちらに向き直る月香。


「何?」

「信頼の証として、一つだけアドバイスさせて貰ってもよろしいでしょうか」

「……まあ、聞くだけなら」

「私はパペットでもパペッターでもありません。ですので、パペッターとしての戦い方をアドバイスすることはできないのですが……」

 月香はそう前置きし、


「聞けば、相性次第では『IA』を融合する『ユニオン』という技法が可能になるとのことです。人数や状況によってスタイルは変わり、その呼び方はポーカーの役に因んでいるとか。単純なユニオンですと、子愛殿と二人でワンペアですね」

「ほえー……そんなの初めて知ったよ」

「手札が二枚しかないのにワンペアってのもおかしな話だけどな。ま、覚えておくよ」

「無事を祈っております」


 深々とお辞儀をして月香は帰って行った。

 少し大人げなかったかなと反省するも、神慈はすぐに気を引き締めた。

 本当に味方だったときに謝れば良い。

 それまでは疑ってかかるくらいが丁度良いのだ。

 神慈と沙癒里はそういう立場にいるのだから。


「さよーならー」

 月香の姿が見えなくなるまで、しきりに二人で手を振る。


「いやお前も帰れよ!」

「あはは、バレたーっ」


 悪戯が発覚した子供のように子愛は階段を駆け下り、あっという間に視界から消えてしまった。

 ようやく瀬名家に一端の平穏が戻ったのだ。

 神慈は大きく嘆息して踵を返す。

 そこで、片足が挟まるくらいに扉を開けてこちらの様子を窺っている沙癒里と目が合った。


「じー……」

「口に出さなくても、ちゃんと説明するから」


 結局この後、沙癒里を納得させるまでに数時間を要し、またしても瀬名家の夕飯は一時間程遅れたのだった。


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