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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第二章 母、憤る
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(凄い剣幕だったな……)


 色んなタイプが揃えてあった生理用品を言われた通り玄関に置き、部屋に戻った神慈が思い出していたのは沙癒里の態度だ。

 女性である沙癒里にそう言ったものが必要であることは神慈も理解しているが、それを実の息子に頼むというのがらしくない。

 となると、必要としているのは子愛の方ということになる。


(あ、そういうことか。だから母さんもあんなに見せまいと)


 疑問が晴れたと同時に、またしても自分のデリカシーの無さを痛感する。

 もし子愛があのままだったら全てを沙癒里任せにするところだった。

 心配している家族のためにも、早く子愛を元に戻してあげなければ。

 はやる気持ちを抑え、部屋で待つこと三十分。

 ようやく扉越しに沙癒里から声が掛かった。


『シン君、入ってもいい?』

「うん」

「お邪魔しまーす」


 沙癒里が子愛の肩を抱いて入ってきた。

 服が乾いたのか、子愛は昨日会ったときと全く変わらない格好をしていた。

 髪型は勿論、リボンや尻尾、チョーカーまで完璧である。


「私じゃ何をやっても駄目だったから……シン君、子愛ちゃんのことお願いね」

「任せて」


 力強く約束すると、沙癒里は優しく微笑んで部屋を出て行った。

 何をやってもという言葉がとても気になるが、


(今は子愛を何とかしないとな)


 神慈は子愛の両肩に手を置き、少し屈んで視線の高さを合わせた。

 相も変わらずその瞳は光彩を失っている。

 呼吸を整え、一番適切な命令を従者たるパペットに下す。


「俺と母さんのことは絶対に口外するな。それを守りつつ、元の子愛に戻れ」

「はい」


 返事をしたものの、微動だにしない子愛。

 まさか失敗か? と不安になったが、少しずつ変化が現れ始めた。

 連続で瞬きを数回繰り返し、大きく目を見開いて――



 神慈を、引っぱたいた。



「あっつ!?」


 訳も分からず張られた頬を押さえる。

 痛みが顔全体に広がっていく。

 異性に暴力をふられたのは初めての体験だった。


「始祖様のせいで! 始祖様のせいで!」

「な、何があったんだ……」

「それは言えないの! 言えないけどっ」

「一応、今までの記憶はあるのか?」

「あるねー……ありすぎて参っちゃうねー……。――って! こんなことしてる場合じゃなかった! こっちだけは漏らすわけにいかないのーっ!!」


 子愛は目覚めた直後だというのに、やたらと険しい表情で部屋を飛び出していった。


「漏ら……?」

『す、凄いシン君! これが愛の力なの!?』


遠くでそんな沙癒里の声が聞こえた。

 どうもその辺の誤解が解けきっていないようだ。

 世話焼きの沙癒里のことだから、きっとありとあらゆる方法で子愛の心を開こうとしたのだろう。

 それが神慈の手に掛かると、魔法のように正気を取り戻した。

 沙癒里の疑いは色濃くなるばかりである。


(母さん、思い込みが激しいからな)


 真剣に話せば聞いてくれるのだが、神慈はその機会を嘘で誤魔化そうとしてしまった。

 今は好きに妄想させておく他ない。


「はあ~……この感覚、癖になるかも」

 神慈が部屋の鏡で頬を確認していると、晴れやかな表情で子愛が戻ってきた。


「おかえり。早速だけど、帰ってくれ」

「えぇー」

 ガクリと項垂れる子愛。


「アタシはもう、始祖様のものなんだけどなー」

「だからって、常に一緒にいる必要はないだろ」


 子愛が傍にいると、いつ誘拐犯の疑いをかけられるか分からない。

 子愛の親御さんも心配しているし、一刻も早く帰ってもらって不安を解消したかった。


「アタシが言ったこと覚えてるー? リーダーは始祖様のこと狙ってるの。いつ襲ってくるか分からないよー」

「そのリーダーってのはお前の仲間なんだろ。何で俺に協力しようとするんだよ」


 神慈の操り人形になったとはいえ、命令がなければ積極的に協力する必要はない。

 子愛としては、リーダーとやらに神慈が負ける方が都合が良いはずだ。

 そうすれば神慈はパペットとして上書きされ、子愛は神慈のパペットから解放されるのだから。


「パペットはパペッターのためを考えて行動する。そういうものなんだってばー」

「そんな決まりはないよ。俺はお前を利用するつもりなんてないし、敵が一人減ったと考えれば充分だ」

「……始祖様さ、そんなんじゃ負けるよ? あの優しいおかーさんも、リーダーのパペットにされちゃうよ? それでも良いのー?」

「良い訳ないだろ」

 神慈は少しだけ語気を強くしていった。


「だったら、利用できるものは利用しないと。始祖様が大切に扱ってくれるなら、アタシ喜んで協力しちゃうっ」

「……お前、テイルブロッサムっていうアライアンスのメンバーなんだろ」

「およ? それ話したっけー? でもそれが何?」

「仲間と戦うとか……きついだろ、色々と」


 瑪瑙と話をしていて、まず思ったのはこれだ。

 子愛が心の拠所として選んだ場所がテイルブロッサムなのだとすれば、その仲間同士で戦うなんて残酷すぎる。

 子愛を利用した挙げ句戦わせるなんてできる訳がない。

 しかし、子愛はあっけらかんと答えた。


「全然? というか、その辺深く考えてる人なんていないしねー」

「……え?」

「少なくとも、リーダーともう一人のアイツはそんなこと気にしてなかったねー。あ、テイルブロッサムってアタシ含めてその三人なんだけどー」

「せっかく気遣って何も聞かなかったのに自ら情報を提供するなよ!」


 子愛はパペットにされたというのにまるで悲壮感がない。

 神慈と子愛ではメディウムの戦いの考え方に大きな差があるらしい。


「大丈夫だってばー。仲間がパペットにされたら情報が漏れるのは当たり前だし、多分リーダーもそれを見越してアタシだけ向かわせたんだよ?」

「お前は何とも思わないのか? 俺のパペットにされて」

「負けたら操り人形にされるってゆーのは、そりゃー女としては覚悟がいるけど。始祖様は優しーし、むしろラッキーかな? なんて。あははー」

 子愛のお気楽すぎる発言に、神慈は立ちくらみを起こしそうだった。


「それに、特に実害がないなら、基本は誰かのパペットでいる方が安全なの。キモいメディウムの操り人形にされたら最悪だし、戦いは二対一の方が有利だって言ったでしょ? そう考えると、アタシとしては始祖様に頑張って欲しいわけですねー」


 子愛の言い分を聞いて、神慈は少しだけ安心した。

 本来の彼なら、子愛に言われるまでもなくどんなものでも利用して沙癒里を守ろうとしていた。

 だがある意味メディウム達の傷の舐め合いであるアライアンスの存在は、神慈の中で相当な精神的弊害だったのだ。

 テイルブロッサムに限ったことかもしれないが、気を遣う必要がなくなったのは神慈にとって幸いだった。


「分かったよ。せいぜい利用させて貰うことにする。じゃあ、帰ってくれ」

「―――」

 子愛は時間が止まったかのように硬直してしまった。


「もしかしてアタシ、嫌われてる? 始祖様の好みとかけ離れてる?」

「違うっての。あ……いや、別段好みって訳じゃないけど」

「違うならそこは否定しなくても良いよねー!?」


 襟元を掴まれ揺さぶられる。

 今気付いたことだが、子愛はメディウムだけあって女の子にしては力が強かった。


「ご、ごめん。ただ、お前が帰ってこないから親御さんが心配してるって話が高等部まで伝わってきてるからさ。早く帰って、安心させてあげろよ」

「おかーさんがー? おかしーなー……おとーさんがいるときはアタシのことなんて放ったらかしなのに」

 そう言って子愛はスマートフォンを弄り始めた。


「お父さん、か」


 神慈には父親がいないので、その言葉は新鮮だった。

 勿論メディウムである子愛も、本当の意味では父親など存在しない。

 だから子愛の言う父親とは、後々結婚した男性のことだ。

 メディウムの母親は総じて若いため、そう言ったケースは充分有り得る。

 沙癒里にもいつかそう言った出会いがあるのかもしれないが、


(嫉妬もあるけど、まず相手を信用できないだろうな……)


 子愛が何の違和感もなく『お父さん』と呼んでいるところを見るに、熊音家の家族関係は良好な様子。

 瀬名家ではとても考えられない。


「……うん、おっけー。メールしといたよー」

「メールで済ますなよ! 娘が行方不明になったって心配してるんだぞ」

「平気だってばー。今思い出したけど、おとーさんがしゅっちょーちゅーなんだったよ。ちゃんとてーきてきに連絡入れれば問題なっしんぐ!」

「そ、そうなのか?」


 沙癒里が丸一日家に帰ってこなくて、後にメールだけで無事を確認できたとしよう。

 果たして神慈は安心できるだろうか。


「無理無理。やっぱり帰った方が良い」

「あ、ほらー」


 子愛が見せてきたのは、母親からの『全然心配なんかしてなかったんだからね!!』と記された返信メールだった。


「……既視感を覚えるメールだな」

「おかーさん、ツンデレなんだー」

「それって、逆に物凄く心配してるってことだろ」

「そーそー。だから放っておかれても平気ー。心配してくれてるのが丸わかりだから」

「分かってるなら……」

「あー、ハイハイ、分かりましたー。帰る、帰りますよー。始祖様って本当に過保護だねー。ま、あのおかーさんを見てると納得って感じだけど」


 そう言われると何だか恥ずかしかった。

 小学生時代も中学生時代も、散々マザコンだ何だと罵られてきた神慈。

 当然、幸せな一般家庭で育ったであろう同級生達の言葉など神慈には届かなかったが、今目の前にいるのは同じメディウムである熊音子愛だ。

 今までの雑音に比べれば遙かにその言葉は重い。

 沙癒里への態度を改めるべきかと思案していると、部屋の外から沙癒里の声がした。


『シン君……お母さんは悲しい』

「は?」


 神慈は子愛と話していただけであって、沙癒里を悲しませるようなことはしていない。

 意味が分からなかったので、ついすげない返事をしてしまった。


「えっと、どういう意味?」

『また女の子のお客さんだよ』

「女の子……? ――あ」


 神慈には直接家に訪ねてくる程仲の良い女友達はいないが、心当たりはあった。

 昨日訪ねてきた、子愛とは別の不審者だ。


「母さん! そいつ、絶対に家に入れちゃ駄目だ!」

『……シン君』

 沙癒里の声が、一オクターブ下がった。


「な、何?」

『子愛ちゃんのいる手前、秘密にしたいのは分かるよ? でもこういうのは、キチンと話し合わないと駄目だと思うの。だから』


 ギィッ、と重々しく扉が開く。

 神慈の部屋に入ってきたのは沙癒里ではなく。

 赤と白のオーソドックスな服装に身を包んだ、ポニーテールの巫女さんだった。


「お久しぶりです、始祖様」


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