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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第二章 母、憤る
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 沙癒里は戦っていた。

 一向に心を開こうとしない無垢な瞳の少女相手に、ひたすら奮闘していた。


「いないいなーい……ばあっ」

「……」

「良い子良い子~」

「……」


 どう語りかけてもスルーされる中、沙癒里なりに考えた末に辿り着いた答えはこうだ。

 今の子愛は何らかの精神的ショックによって記憶を失っている。

 生まれたばかりの赤ん坊のようなものなのだ。

 赤ちゃんの扱いならお手の物、と沙癒里は意気込んだ。

 その自信も消えつつあるが。


「ほーら、ガラガラだよ~」

「……」

「うぅ、ここまで強敵なんて」


 実は、沙癒里がここまでやる気を見せているのにはもう一つ理由がある。

 神慈が登校してから気付いたのだが、心なしか子愛が震えているように見えたのだ。

 しばらく観察していると、それが気のせいでないことが分かった。

 恐らくこの体の震えは、神慈がいなくなった寂しさから来るものだ。

 その気持ちはとても分かる、と勝手に共感して沙癒里は決意した。


 子愛の記憶を、心を。

 必ず取り戻してみせる。


「今のところ、シン君の写真が一番効果あったけど……」


 本当に一瞬だったが、少しだけ反応したのを沙癒里は見逃さなかった。

 やはり神慈本人にどうにかしてもらうのが一番なのかもしれない。

 重要なのは子愛が記憶を取り戻すことであって、沙癒里の意地ではない。

 沙癒里は潔く? 諦めて神慈と連絡を取ることにした。


『もしもし?』


 コール音が一回鳴りきる前に繫がった。

 相変わらずの反応の早さである。


「シン君ごめんね。今授業中だよね?」

『ううん。帰ってるとこだし』

「え!? まだ下校時間じゃないでしょ!? まさかサボっちゃったの!? お母さん、シン君をそんな子に育てた覚えないよ!!」

 意外すぎる息子の非行を聞いた沙癒里は、ここぞとばかりに捲し立てた。


『昇華学院はいつ登下校しても良いはずだけど……』

「そういう問題じゃないの! お母さん、悲しいっ」

『ご、ごめん。母さん、学校の成績とか全然気にしないから平気かと思ったんだ。これからはちゃんと』

「すぐに学校に戻りなさい!」

『えぇ!? それはちょっと……困るよ』

「どうして!?」


 お母さん悲しい! と再び叫ぼうとした刹那、インターホンが鳴った。

 ギロリとカメラを確認するが、そこには誰もいない。

 息子が健全に育つかどうかという大切な話をしているときに、まさかのピンポンダッシュ。沙癒里の怒りは頂点に達しようとしていたが、


「ただいま」

 玄関の扉を開けて入ってきたのは、愛する一人息子――神慈だった。


「え? え?」

 受話器と神慈に視線を往復させ、しどろもどろになる沙癒里。


「いや、だからさ。もうすぐ家に着くところだったんだよ。それで、今更戻れって言われても困るなって」

「……今日だけだからね」

「うん。ところで、母さんは何で俺に電話してきたの?」


 当たり前と言えば当たり前の質問を聞いて、沙癒里は当初の目的を思い出した。


「ああっ! 子愛ちゃんっ」

「! 子愛がどうかしたの? 実はそれが気になって帰ってきたんだけど」

「何だか震えてて……こっち!」


 駆け足で廊下を進み、二人揃ってリビングに向かう。

 しかしそこで見た光景に思わず沙癒里は足を止め、神慈を通すまいと両腕を大きく広げて通せんぼした。


「し、シン君は来ちゃ駄目っ」

「え? 何で」

「良いから、絶対にリビングには入っちゃ駄目! 分かった!?」

「は、はい」


 スゴスゴと退散する神慈を確認し、改めて子愛に向き直る。

 今の彼女を神慈に見せるわけにはいかない。

 これは乙女の沽券に関わる事態だ。


「そっか……ずっと我慢してたんだね。気付けなくて、ごめんね」


 昨日の夜、風呂から上がった子愛は、沙癒里のお古のパジャマに着替えていた。

 今もそれを着ているのだが、下半身から床下までがびしょ濡れだったのだ。


「お風呂、入ろっか」


 そうにっこりと微笑んで、沙癒里は子愛の手を引いてお風呂場へと向かった。

 そして一端外に出て床を拭き、神慈の部屋へ。


「シン君、ちょっと頼み事しても良い?」

「良いけど、子愛は」

「倉庫に保管してある紙おむつを取ってきて欲しいの。玄関に置いておいてくれれば良いから」

「紙おむつ……? ああ、母さんの生理用品のこと? 何でまた、そんなものを」



「余計な詮索はしないこと!!」



 かつてないほどの大声で叫ぶ沙癒里だった。


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