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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第二章 母、憤る
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 本の瓦礫からどうにか自力で脱出した神慈は、着替えを終えて椅子に座っている少女の顔色を窺った。

 その不変の表情からは何の感情も伝わってこないが、着替えを見られて怒らない女の子はいない。あれでも相当なご立腹だろう。

 恐る恐る、長机を挟んで反対側の席に座る。

 こうやって正面から司書殿の姿を見るのはこれが初めてだった。

 シャギーの入ったミディアムボブに、大きくも儚げな瞳。

 そして、長い睫毛。

 見たところほとんど化粧もしていないので生まれつきに違いない。

 とても整った顔立ちをしている。

 残念ながら全身ナース服だが。


「あまりジロジロ見ないで」

「ごめん」


 彼女は極度の人嫌いなのだ。

 そうでなくとも女性の顔を凝視するなど失礼極まりない。

 神慈自身も、その辺の気遣いに欠けていることを自覚し始めていた。


「それと。無断で入ってこないで」

「え? 受付の人には言ったけど」

「聞いてない」

「おかしいな。って、ああ……」

 先程の受付の人の反応を思い出して納得した。


「?」

「いや。何か、俺達が逢瀬を重ねている芸能人カップルみたいな扱いになってて。それでとっくに君に話が言ってるとでも思われたんじゃないか」

「いい迷惑」

「全くだ」

「「……」」


 咄嗟に答えてしまったせいで険悪な雰囲気になってしまった。

 来て早々不快な思いをさせたのは神慈の方なので、すぐに反省して頭を下げた。

「その……さっきはごめん。着替え、覗いちゃって」

「それは忘れてくれれば良い。そんなことより、質問するから答えて」

「あ、ああ」


 学校で秘密裏にコスプレしている事実をそう簡単に忘れられるはずもないが、迅速に話を進めるため一先ず了承しておいた。


「名前と年齢と学年を教えて」

「瀬名神慈。十六歳、高一」

「貴方はパペット? それともパペッター?」


 昨日と同じ質問。

 全く持って意味不明だったこの質問も、今なら答えることができる。


「パペッターだ」

「貴方の持つ『IA』の特徴は?」

「それは言えない。君が敵なのか、それとも味方なのか。俺には分からないからな」

「そう」


 そこで司書殿との問答は終わってしまったが、機嫌を損ねたわけではない。

 その証拠に、お茶をすすりながら満足そうに目を瞑っている。


「終わったなら俺からも質問して良いか?」

「どうぞ。貴方はそのために来たんでしょう」

「じゃあ、まずは名前と年齢と学年を教えて」


 受付の人、或いは彼女のことを教えてくれた日本史の教師にでも聞けば、これくらいの情報はすぐに分かる。

 神慈が知りたいのは、彼女がどこまで心を開いて相談に乗ってくれるかだ。


「十四歳。中二」

「……名前は?」

瑪瑙めのう


 名字を言わない時点で本名かどうか怪しいが、神慈はそれを信じた。

 名前が嘘であったとしても、答えてくれたことに意味がある。


「瑪瑙はパペッター? それとも、パペット?」

「どちらでもない」

「瑪瑙の持つ『IA』の特徴は?」

「秘密」

「はは、そりゃそうか」

 台本通りに会話をしているような感覚を覚え、少し笑ってしまった。


「終わり?」

「いいや。ここからが本番だ」


 神慈は緩んだ顔を今一度引き締め、瑪瑙の瞳を見つめた。

 ナース服のせいでどうしても緊張感を削がれてしまうが、二人の沈黙によって少しずつ場の空気は変わり始めている。

 口火を切ったのは、意外にも瑪瑙の方だった。


「昨日、何があったの」

「瑪瑙の忠告通り……にしては早かったけど、メディウムに襲われた。熊音子愛って知ってるか? 中二って言ってたし、瑪瑙と同学年だよな」

「一生徒としての情報はほとんど何も知らない。そのメディウムの特徴を教えて」


 瑪瑙がそう言うのも無理はない。

 一時間目から第三図書室でコスプレしているような彼女が、一般生徒と交流を持っているとは考えにくいからだ。


「特徴って、『IA』とかのか?」

「違う。外見的な特徴」

「外見か。身長はかなり低めだったな。髪は赤黒く染めててツインテール。それと首輪みたいなチョーカー」

 思い出すだけでも小悪魔的なイメージが浮かぶ。


「それだけ?」

「後は……あ、そういえば尻尾のアクセサリーを付けてた。先っぽが三角になってて、悪魔の尻尾的な奴」

 神慈のその言葉に、瑪瑙はピクリと反応した。


「その子は多分、『テイルブロッサム』というアライアンスに所属している。アライアンスは、メディウムの仲良しグループみたいなもの」

「メディウムにそんな集まりがあるのか?」

「同じ境遇の人同士が徒党を組むのは自然」

「……そうか。そうだな」


 後ろ指を指され続けてきた人なら、その気持ちが分かるはずだ。

 神慈には同じメディウムの理解者などいなかったが、自分のことを守ってくれる沙癒里が常に傍にいた。

 一人きりだったとしたらとても耐えられなかっただろう。

 神慈以外のメディウムはメディアの露出こそないが、噂が広まってしまえば環境は同じようなもので、自然と心の拠所を求めることになる。

 それがメディウム同士の同盟、アライアンス。


「そのアライアンスってさ。全員がメディウムなのか? 正直、そんなに沢山いるとは思えないんだけど」

「この学校には五十人以上のメディウムが在籍している」

「五十人以上!? ……待て。どうして瑪瑙にそんなことが分かる?」

「私はメディウムであることを隠していない。だから、一度はメディウムが訪ねてくる」


 つまり瑪瑙は、メディウム限定のカウンセリングのような役目を果たしているわけだ。

 結果的に、神慈もこうして瑪瑙を頼っている。


「でも、面と向かって話すのは貴方が初めて」

「壁越しに相談に乗るだけ?」

「別に相談に限ったことじゃない。アライアンスの勧誘も多い。そうやって、ここには少しずつ情報が集まっていった」

「『テイルブロッサム』とかいうアライアンスも瑪瑙を誘いに?」

「そう。断ったけど」

「それは言わなくても分かる」


 そもそも瑪瑙に仲間が欲しいなんてまともな思考があったら、第三図書室を独占して引きこもったりはしない。

 彼女もまた、例外中の例外だ。


「話、終わった?」

「いや。というか、俺が聞きたいのはパペッターとパペットの関係なんだ。どれくらいのことができるのか、どうしたら元に戻るのか。後……メディウムの戦いについても」

「一度パペットになった人は、基本的にそのまま」

「そのまま? 時間で元に戻ったり、俺の意思で解放したりもできないのか?」


 だとしたら煩わしいことこの上ない。

 神慈はこの年にして、介護ヘルパーの仕事を請け負うようなものだ。

 沙癒里相手なら喜んでやることでも、赤の他人の世話を進んでするような善意の心は持っていない。


「できない。一応、方法自体はあるけど」

「教えてくれ」

「直接糸で繫がっているパペッターが死ぬか、そのパペッター自身が誰かのパペットとして上書きされるか。一般人の場合は他にも例外がある」


 瑪瑙が挙げた二つの方法はどちらも試せるものではなかった。

 それ以外の方法では何をやっても解放されないとなると、やはりあの声の主に教えて貰った命令が有効に思える。

 その場合、こちらの情報を垂れ流さないように口止めしておけば完璧だ。


「メディウムの戦闘については、貴方のパペットでも知ってると思う」

「それはそうなんだけどさ。あの子の情報よりも、瑪瑙からの情報の方が信用できそうで」

「変なの。パペットの言葉より、赤の他人の情報を信用するなんて。パペットの言葉程信頼できる情報はこの世に存在しないのに」

「赤の他人じゃないだろ? もう。ここに入って、こうして面と向かって話したのは俺だけなんだから。少なくとも瑪瑙にとっては」

「……………………変なの」


 そう繰り返すと、瑪瑙は少し顔を赤くして俯いてしまった。

 女の子らしい反応を見て少しだけ神慈は安心した。


(本当は瑪瑙がどうって訳じゃなくて、子愛の問題なんだけどな……)


 子愛の持つ情報は、子愛なりの、言わば子愛フィルターとでも言うべき独自の解釈を経ている。

 重要な情報を聞かされていたとしても、言葉にするとそれが真実とは限らないのだ。

 子愛の持っている情報はリーダーとやらの受け売りのようだし、最初から嘘を教えられている可能性だってある。

 その点瑪瑙はしっかりしていそうだ。

 いきなりコスプレし出したときはどうなることかと思ったが、話してみて神慈の不安は解消された。


「で、教えてくれない?」

「具体的に何が知りたいの」

「どうやったら現実から『IA』に移行するのかが一番気になる。子愛に襲撃されたときはドミネイトって言われた気がするけど、もしかしてそれが答えだったり? あ、今言っちゃったな」


「心配ない。唱える側が確固たる意思を持っていることが最低条件だから。ドミネイトは対象の意識を支配するための言霊で、使い方は二通り。目を合わせて心で唱えるか、声に出すか。後者だと、声が届く範囲内で一番近い人間を『IA』に引きずり込む。対象がメディウムだった場合は、互いの『IA』がぶつかり合って戦いに発展する」

「んー……目を合わせるか声に出すか、か。ならアイマスクを付けて、ヘッドホンから爆音で音楽聞いてたりすれば完全に防げるな」


 流石に常にその状態を維持することはできないが、緊急時の対策としては使えそうだ。

 メディウムでなくとも、これを知っているかいないかで明暗が分かれる状況も有り得る。


「でも守りに意識を傾けるのは感心しない。戦いを仕掛ける側と仕掛けられる側とでは、若干のタイムラグがある。先に『IA』を見て、その特徴と対策を考えるのが定石」

「成る程」


 メディウム同士の戦いは、ただ勝敗を決める勝負とは違う。

 敗者は勝者の操り人形となり、道具として扱われることになる。

 そこに自分の意志など存在しない。

 勝率を上げられるならどんなことでもしておきたかった。

 自分のためにも、大切な人のためにも。


「最後に、『IA』から離脱する方法を教えてほしい」

「意図して離脱することはできない」

「あれ? 子愛があるって言ってたんだけどな」

「それは多分、構築した『IA』を維持できる限界。つまり時間切れのこと」

「……だからか」


 神慈の『IA』が、子愛の『IA』を刻々と蝕んでいたあのとき。

 子愛は抵抗する素振りすら見せなかったのだ。

 まだまだ経験では差があったはずなのに。

 あれは潔く諦めたのかと思っていたが、時間切れの可能性に懸けて最後まで戦っていたのかもしれない。


「今度こそ、終わり?」

「ああ、ありがとう。お陰で助かったよ」


 神慈は一応図書室であることを配慮して、音を立てぬよう控えめに立ち上がった。


「『テイルブロッサム』のこと、聞かないの」

「……」


 子愛が『テイルブロッサム』に所属しているのであれば、神慈と沙癒里を狙ったのも『テイルブロッサム』の意思ということになる。

 沙癒里を守るためには、真っ先に聞いておきたいことだ。

 しかしこれについては、瑪瑙に聞くつもりもなければ子愛に聞くつもりもなかった。


「いいよ。尻尾のアクセサリーを付けてるのが特徴なのは分かったから」

「……そう」

「じゃあ。本当にありがとう」


 神慈はエレベーターに向かったが、崩れ落ちた本の瓦礫を見て足を止めた。

 やったのは瑪瑙でも、直接原因を作ったのは神慈だ。女の子の防衛手段としてはこの上なく適切だった。

 直してから帰った方が良いか。

 そんな風に考えたところで、後ろからか細い声が聞こえた。


「また、来る?」

「来て良いなら来たいかな。ここ居心地良いし」


 本心から出た言葉だった。

 同じメディウムの中でも、とりわけ神慈と瑪瑙は似ている。

 たまには、こうして二人だけで話をするのも悪くない。


「なら、少しずつで良い。本、直すの」


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