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「そろそろ理由を話してくれない? 何で唐突にお赤飯なんか炊いたのか」
神慈には確信があった。
以前にも、神慈が女の子とカラオケに行ったという話をしただけでお赤飯を炊かれたことがあるのだ。
男女数人で行った、と説明したにも拘らずである。
「良いの……良いんだよ……。シン君が私より先に大人になっても、全然悲しくなんかないんだから……」
「まさか、あの運転手とどうこうなったとか妄想してるんじゃないよね」
「え? 相手は女の子だった――あっ」
ハッとして口を両手で塞ぐ沙癒里。
「……まずね。母さんが想像してるようなことはないから。その上で、母さんが何を見たのか教えてよ。俺もちゃんと説明するし」
「あう。お、怒らない?」
「絶対に怒らない」
断言する。
沙癒里が言わんとしていることが、何となく分かったのだ。
「えっと……運転手さんと話があるって言ってたのが気になってね。夕飯のリクエストを聞きに行くって名目でもう一度外に出たら、シン君が女の子と腕を組んで階段を下りるところを見ちゃって」
そこまで言って、沙癒里は上目遣いで神慈の様子を窺ってきた。
神慈のこめかみは微妙に痙攣していたが、何とか平静を装って笑顔を見せる。
「それですぐに戻って、急いで小豆と餅米を買いに」
「わざわざ買いに行ったの!?」
流石に我慢できなかった。
どうしてそこまで赤飯に拘るのか分からない。
「シン君の嘘吐き! 怒らないって言ったのにっ」
「い、いや、今のは怒ったんじゃなくて驚いただけだよ。続けて」
「うん……。鍋に小豆とたっぷりの水を入れて強火で煮て、煮立ったら煮汁を捨ててまた水を加えて、今度は弱火で少し硬めに煮て」
「赤飯の炊き方は良いから!!」
あまりにも深刻そうに言うものだからつい突っ込むのが遅れてしまったが、これは神慈の怒りを抑えるための、沙癒里の冗談である。
「えへへ。えっとね。買い物から帰って、シン君達がどうなったのかを確認するために車庫に寄ったの。車庫の奥にある倉庫の扉まで近付いて、耳をすましたら」
「すましたら?」
「お、女の子の……えっちな声がっ」
「成る程」
神慈も子愛も気を失っていたので、もしそんな声が聞こえたのだとしたらそれは寝言だ。
二人きりで寝ていたというだけで沙癒里的には黒なのだろうが。
それとは別に、もう一人の不審者と鉢合わせになっていないことに安堵した。
(どうしようか。メディウムのことは母さんも当事者だけど、『IA』とかパペットの話をしても仕方ないしな)
余計な心配をかけたくないというのもあるが、まず沙癒里には理解できない。
考えた末、神慈は部分的に真実を話すことにした。
「実は、今もその子、下にいるんだけど」
「やることやったら放ったらかしなの!? そういうのよくないと思う! よくないと思うなお母さん! よ、よく分からないけどっ」
「その辺の誤解を解くためにも、とりあえずその子連れてくるからさ。待ってて」
「お、お母さん、おめかしした方が良いかな!?」
そんなことを言っている沙癒里を置いて、神慈は再び倉庫へと赴いた。
「これから人に会って貰う。俺が言うことを絶対に否定しないこと。分かった?」
「はい」
否定するなと命令したからか、子愛は今までと違い言葉で返事をした。
ただし、その声は酷く無機質で、機会音声を聞いているかのようだった。
無性に罪悪感がわいてくる。
「じゃあ、俺に付いてきて」
「はい」
こうして神慈は子愛を連れて沙癒里の下に戻った。
沙癒里は玄関から姿を消していて、リビングのソファーに座って姿勢良く待っていた。
息子の交際相手を品定めでもするつもりなのか緊張の面持ちだ。
「そ、その子がシン君の彼女さん?」
「違うよ。この子はついさっき会ったばかりの家出少女。だよな?」
「はい」
「家出少女? でも、さっきのえっちな声はっ!?」
「それはこの子の寝言。よっぽど疲れてたみたいでさ。事情を聞いてたら突然寝ちゃって。あまりにも気持ち良さそうだったから、起こすのが忍びなくて」
「……そうなの?」
珍しく沙癒里は、神慈のことを信じずに子愛に確認を取った。
「……」
子愛は無言だった。
神慈には忠実な子愛だが、沙癒里からの問いに答えるようには命令していなかったのでこれは自然な反応と言える。
「そ、そうだよな?」
「はい」
「シン君。お母さんはこの子に聞いてるんだよ?」
沙癒里は神慈を窘めるように言う。
その顔は、神慈が久々に見る沙癒里の『母親』の顔だった。
「こ、この子、家庭の事情で色々あったみたいで。俺にもようやく心を開いてくれたばかりなんだ。だから」
「事情を聞いてたらすぐに寝ちゃったって言ったよね? 心を開いてくれる前なのに事情を聞けたの?」
「う」
もっともすぎる意見に神慈は黙り込むしかなかった。
「シン君。お母さん、悲しいな」
「……っ。ごめん、嘘吐いたのは謝る。けど母さんには話せないことなんだ。この子は俺が何とかするから」
「何とかって、女の子はペットじゃないんだよ?」
「分かってる」
「……はあ」
諦めたように嘆息して台所に戻っていく沙癒里。
流石にそのまま放っておくことはできず、神慈も付いていく。
「か、母さん、ごめん」
「良いよ。シン君が私に嘘吐くなんて、よっぽどだもんね。その子、ご飯は良いの?」
「あ……うん、お願い」
その後。
三人で赤飯を食べて、子愛には沙癒里と一緒に寝て貰うことになった。
責任は全て神慈が請け負うのだから、身の回りの世話も全てやると言ったのだが、デリカシーに欠けると一蹴されてしまった。
ちなみに子愛は、食事も風呂も、神慈が『食べろ』『体を洗え』などと命令しないと自分からは何もしようとしなかった。
更には、『寝ろ』と言わないと寝ることすらしないことが発覚。
神慈は一刻も早く現状を打開する方法を見つける必要があると痛感したのだった。




