新天地
『デビュー以来、その神懸かったルックスと歌唱力でファンを魅了している「神憑きアイドル」こと、神月梓ちゃん。今日はその美の秘訣を洗いざらい聞き出しちゃいます! 今日の夜! 七時から三時間ぶっ通し! 完全生放送でお送りします!!』
テレビからは、朝のニュースに相応しくない軽快なアナウンサーの声が聞こえている。
本人不在の生放送で番組の宣伝をされるアイドルに興味を示しつつ、朝食のパンと目玉焼きを貪るのは、今日から高校生となる一人の少年だ。
正面には、そんな彼のことを何処か浮かない表情で見つめる女性の姿。
微妙な空気が漂う中、朝の短い一家団欒は過ぎていく。
朝食を残さず平らげた少年は、遅刻しない程度の時間帯を見計らって席を立ち、玄関の方に歩いて行った。
すかさず女性も後を追う。そして新調された革靴を履くのに悪戦苦闘している少年に向かって、エプロンの裾を掴みながら申し訳なさそうに呟いた。
「ごめんね、シン君。せっかく中高一貫校だったのに、移ることになっちゃって」
「気にしない。悪いのは突然研究所を移転するとか言い出した人なんだから。一応、中学卒業まで待つっていう最低限の配慮はあったしね」
「でも、お友達も沢山居たのに」
「そんなの転校生なら共通の悩みだって。それより、今日は定期検査の日だよね。新しい研究所の場所分かってる? 一人で行ける?」
「地図は頭に叩き込んだし、平気よ」
「不安だな……念のため、地図は持っていってよ」
「む~。信用ないなぁ」
女性は子供っぽく拗ねて見せた。
その仕草がますます少年を不安にさせる。
「スタッフが全員女の人かどうかも確かめないと。男の人が一人でも混ざってたら、ちゃんと拒否するんだよ」
「その辺はちゃんと気遣ってくれてるから。安心して?」
以前もそう言って、男性スタッフの前で堂々と服を脱ごうとしたことを少年は忘れていない。
小さな頃から慣れてしまっているせいか、無防備過ぎるのが少年の悩みの種となっていた。
「ふふっ。心配してくれてるの?」
「家族を心配して何が悪いんだよ」
少年は少し語気を強くして言う。
これだけは誰に何と言われようと曲げるつもりはなかった。
目の前にいるこの女性は、少年にとって何よりも大切で、かけがえのない人なのだ。
「そう、ね。ありがとう、シン君」
「……じゃあ」
「あ、待って」
立ち上がった少年を女性が引き留める。
「?」
「艶のある黒髪、良し。ネクタイの結び方、良し。新しい制服の着こなしも完璧。……うん、文句無し。格好いい!」
「そりゃどーも」
昔のように頭を撫でられ、少年は気恥ずかしそうに顔を逸らした。
子供扱いしているのはお互い様のようだ。
「今度こそ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。また後でね」
二人は玄関の扉が閉まりきるまで、ずっと視線を逸らすことなく見つめ合っていた。
ウェーブの掛かった黒のロングヘアーに、子供のような無垢なオーラを身に纏った彼女の名は瀬名沙癒里。
つい先日二十六歳になったばかりの沙癒里は、正真正銘――少年の『母親』である。