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入り口であろう扉をすり抜けると、玄関があり、100m程の短い廊下が見えた。廊下の先には、ひとつ扉があった。
その扉を青年が引き、先ほど入り口を通った時と同様に首締めさんを先に中へ通す。
私が部屋の中へ入る前に、青年が扉を閉めようとするが、焦る必要はない。
いつものように、閉まりかけの扉と青年をすり抜ける。
辺りを見渡すと、そこは現代の一般家庭でよく見られるような、洋風のリビングルームであった。
首締めさんの足元が反射して映るくらい綺麗に拭かれたフローリング。
壁は、布を織ったような織物調の壁クロスが貼られており、クリーム色が部屋を優しく演出している。
青年は、所在なさげに立っていた首締めさんに「座れ」とカウチソファーを指差した。
肉厚な背もたれで触り心地がとても良さそうなソファーに首締めさんは静かに腰を下ろした。
怨嗟を吐き続ける幽霊御一行様は、変わらず首締めさんの周りを陣取っていらっしゃる。
青年は首締めさんが座るのを確認すると、首締めさんと向かい合って話せるよう、対のソファーにドカッと大胆な音を立てて座った。
そして青年が何処から出したのか、首締めさんに缶コーヒーを手渡している中、私は、首締めさんがしっかり見えるように青年の背後に行き、ソファーの背もたれに肘をついてより掛かる。
行儀が悪いと思うだろうが、この二人に私は見えはしないし、あの幽霊たちには私を注意する気も余裕もない。
死んだら遠慮なんていらないのさと私は、首締めさんと青年はどんな関係なのかと想像しながら、二人の会話に耳を傾ける。
だがしかし、二人の会話が始まったというのに、「一人の青年とその真向かいに座る首締めさんの幽霊ハーレム状態」という構図を見て、私は後から来る笑いを抑えることに必死になってしまった。
首締めさんやあの青年には、この状態が見えないから分からないだろうが、なんとシュールな絵なのかと、うぷぷ。
私が爆笑する中、二人の会話はどんどん進んでいく。
「手術後の調子はどうよ」
「後遺症は無い、むしろ違和感がなさすぎて困惑している」
「良いことじゃねぇか、で?調子はどうなんだ」
どうやら首締めさんは、なんらかの手術を受けていたらしい。
私が死んで意識を取り戻す間に手術を受ける程の何があったのかと、私は引いていく笑いと反対に好奇心と会話を聞き取るための集中力を取り戻していく。
青年の二度目の質問に首締めさんは、たんたんと答えた。
「あまり良くない、体全体が重くなった気がする。特に肩や足が重い」
それはそうだ、と私は首締めさんの言葉に突っ込んだ。
首締めさんのその重いとかいう症状は、確実に首締めさんの周りを陣取っていらっしゃる幽霊様方の仕業である。
今だって、あのサラリーマン姿の男性の幽霊が、首締めさんの膝の上をまるでお姫様抱っこしてもらっているかのように座り、首締めさんの首を締めているのだ。
......おい、中年サラリーマン、何をやっている。気持ちが悪いぞ。
中年サラリーマンの幽霊だけではない、幽霊御一行の半数ぐらいが、首締めさんの体にのし掛かったり、噛み付いたりと、物理的(?)な攻撃を加えている。
まるで某ゾンビゲームで、ゾンビが人間を喰らおうとしているシーンを見ているようで、少し......いや、とても怖い。
もしこれが生身の人間により行われていたら、大怪我ものだという行為である。
中年サラリーマンを筆頭に首締めさんを襲っている幽霊たちを除いた他の幽霊は、物理派の幽霊たちから少し距離を取りながらも、相も変わらず首締めさんに怨嗟の言葉を吐き続けている。私が遠くからいつも見ている光景がこれだ。
「匂いに惹かれて余計なもんがついた証拠だろうなぁ、なるみの言った通りだな......仕方ねぇ、さっさと終わらせるか」
私が物理派幽霊様方の行動に引いていると、青年は不明な言葉を言って、スッと立ち上がった。首締めさんも青年にならって立ち上がる。
青年は、リビングの奥へ歩いていく。首締めさんも青年の後を黙ってついていく。
リビングの奥には複数の扉があった。
そのうちのひとつ、薄い紫色の扉に青年は手をかけた。
紫色の扉を開け、中へ入るよう青年は首締めさんに言う。
そこで首締めさんは閉じていた口を開けた。
「なるみがいないのに、良いのか?」
首締めさんが青年にそう問いかけた瞬間、青年のたださえ悪い目付きが更に悪くなった。
「あ?不満だってか?」
「......別にそういうわけでは」
首締めさんの中途半端な言い訳に青年のこめかみに薄っすらと青筋が見えた。
「なるみ」というのは、きっと誰かの名前なのだろう。そして、青年にとって、ここでその名前を出されたのを良く思ってはいない。
私は、新しく出てくる情報を頭の中で整理しながら、聞こえはしないだろうが首締めさんに、ひとつ助言を与える。
首締めさん、そこでの言い訳は駄目なやつです。
「はん、どうだか!どいつもこいつも、『なるみ、なるみ』って、むかつくんだよ!!.....ちゃんと、その『なるみ』に言われてやってるから安心しろよ!」
「そうか、なら良かった」
「てめぇ、消してやろうか?」
首締めさんのあまりにも正直過ぎる言葉に青年は怒っていることを表すため首締めさんに暴言を吐いた。と共に、呆れの気持ちを混じらせ、さっさと紫色の扉の中へ入れと、首締めさんを促した。
首締めさんと青年が扉の向こうへ消えたのを見て、私は、情報整理で行動が遅れたことに気づき、慌てて扉をすり抜けようとした。
「ねぇ、あんたは、あの人殺しのこと、どう思ってる?」
私は、青木なでしこ。
首締めさんに命を奪われた幽霊である。
私は死んでから、今まで首締めさんの後を追うだけで、それ以外の経験は何ひとつ無い。
その私が、すり抜けようとした扉に、女の頭が突き出ていたのだ。
驚きから声を出せない私に、その女は再度言葉を投げかける。
「あんたは、あの人殺しを憎んでいるかい?」
私は、青木なでしこ。
今、この時初めて、私は同じ幽霊に声をかけられたのだ。