01 Visitor
推薦の道は絶たれた。何のツケが巡って来たのか。
日頃の居眠り、怠慢、宿題の提出放棄。
立ちあがれ、受験生達よ。後悔しても、もう遅い。
今夏の洋ゲーは大豊作だが、運命に抗え。
今、受験の夏が、始まる。
1
かれこれ三十分間、町外れの工房の中に一定間隔で続いていた金槌が金床を叩く音が、ふと途絶えた。遠巻きに見守る弟子達の視線の中で、一心に金槌を振るっていた工房の主は、顔を上げ、射殺すような一瞥を入り口に向けた。
「客か?」
所在無さげに工房の入り口に立ち止まっていた若い男は、工房の主が向けた目線と床を這うような低い声に、二メートル以上はある大柄な体を、怯えて震わせた。
「……ああ。なんだ、ドワーフは珍しいか」
話すべきか、立ち去るべきか。そんな風に大きな口をぱくぱくと動かして迷う若い男を見ながら、工房の主は合点が言ったのか、苦笑するように笑いかける。汗に長い髪を濡らし、顔中に渋い表情の皺が刻み込まれた工房の主の笑みは、獰猛な獣が獲物を狙う笑みにも見え、それが若い男を一層怯えさせた。
しかし、いっそ話さない方が危険だと思ったのか、たどたどしいながらも若い男は用件を切り出した。
「いえ、珍しいと言う意味でしたら、私も同じようなものです。行商でこの街に寄ったのですが、如何せん初めてなもので、迷ってしまいまして。……すみません、ここはどこでしょうか」
大柄な見た目に似合わないハスキーな声で喋る男を見ながら、工房の主は一度だけ金槌を打った。金床に置かれた直剣が、その腹を叩かれて甲高い音を上げた。その余韻が消えて、しばらくして工房の主がぶっきらぼうに言う。
「職人街だ。お前さんが来るべきはここじゃない。……買い手の当てはあるのか?」
「いえ、何も。今なら、ここでよく売れると聞いたものですから」
良く売れるという言葉に、内心、工房の主は思わず首を捻った。
この街――キャピタル・シティは大陸における最大の市場だ。それは間違いない。しかし、この男の言い方では、まるでシティがある特定の物品を必要としている様ではないか。普通、そんな事はありえない。この街には、元から全てが揃っているからだ。
「何だ、積み荷は」
探るような口調になるのを苦労して隠しつつ、工房の主は男に聞き返した。町の人間なら簡単に看破するであろう工房の主の感情の機微に、しかし、町の人間ではない男は気づか無かった。
工房の主の質問に対する男の返答は、あまりにもあっけらかんとしたものだった。
「火薬ですよ。何ででしょうね、この街なら簡単に大量生産できそうなものなのに」
ぴんと、工房内の空気が張り詰めた。男の言葉、その一声を聞いた途端、一瞬にして切り替わったのだ。これには流石の男も気づき、何か不味いことでも言っただろうか、と顔を引きつらせた。
ただその物をキャピタル・シティに持っていけば売れるという噂を聞いて来ただけの男には、分かるまい。
「おい、誰でもいい。チャージの所に連れて行ってやれ」
工房の主の言葉を聞いた若い男は、黒真珠の様な目を見開いて、遠慮もなくまじまじと彼を見つめた。黄緑色の虹彩に囲まれている、縦に眼球を切り裂くような楕円形の瞳孔。しばらくすると、先端が二股に割れた長い舌が、頭をチロリと舐めた。
「ありがとうございます」
まさかこんな厳ついドワーフが、見ず知らずの自分にここまでの親切をしてくれるとは思っていなかったリザードマンの青年は、腰を九十度におって、謝辞を述べた。
が、続く工房の主の言葉に、思わず閉口した。
「謝辞なんかいらんから、案内代を払え」
工房からリザードマンの方へ歩いてくる、工房の主に案内を任された筋肉質のヒューマンの男は、犬歯を見せるように笑いながら言った。
「観光気分で浮かれて忘れたか? ここは商売の街だぜ。情報一つ、この街では有料だ」
そのままリザードマンの男と工房を出て行くヒューマンの男の背中に、工房の主の言葉が飛んだ。
「チャージに伝えろ。あいつなら、積み荷を言えば察してくれるはずだ」
4/19 改稿