流されてきたもの
雨が降りしきる中、1人の少年、黒羽極夜は鉄橋の下で雨宿りをしていた。雨は当分は止みそうになく、勢いは弱まるどころか、更に増していっている。
「見とくんだったな、天気予報くらいは……」
黒羽はそんな様子を眺めながら、ため息混じりに言葉を漏らす。そもそも天気予報は滅多なことがない限りはずれることはないのだから今日傘を持ってきていないのは天気予報を見なかった黒羽に非があった。
「ほんとついてないな……何もかも」
黒羽は呟きながら今日の昼ごろの事を回想し始める。
昼下がりの教室。教室内は授業を進める教師の声とカリカリと板書するシャーペンの音だけが響き渡る。
みんなが真剣に授業を聞いてる中、少年だけはただ頬杖をついて外の景色を眺めていた。窓側の席から眺める景色はただ変わらず、相変わらずの平和さを感じさせる。
時折入ってくる風は少年の左目を覆い隠す前髪をさらさらと揺らし、黒羽はそれを鬱陶しそうに払う。そんな風にいつまでたってもぼっーっとする中、視界にある者を捕えた。
(あれって……)
黒羽の位置からおよそ100メートル。校門の近くからこちらをじっと伺う少女の姿がある。
黒羽はその少女に心当たりがあった。
(あの子ってたしか昨日の……)
昨日の夜、不良に絡まれてた少女だ。衣服などに特徴はなかったが、どこかしらのミステリアスな雰囲気が印象的だった。
その少女はしばらくしてそこから立ち去っていってしまう。黒羽どこか名残惜しげにその少女を目で追っていくが、視界から外れた時点で諦めた。
何分か後に、授業終了のチャイムが鳴る。4限目が終了し、周りの生徒は食堂に向かうか、用意されたお弁当を食べ始める時間帯だ。
今日は4限で終了だったのでので、帰ろうと思えばいつでも帰れるのだが、多くの生徒は食事をとってから帰宅するのが基本だ。
「よお、黒羽。一緒に飯食いに行こうぜ」
そんな中、1人の男が声を掛けてきた。窓をずっと眺めていた黒羽はしばらく考えて
「いや、もう帰るよ、今日は」
優しくそう言い放った。
「ちぇ、つれねーな」
話しかけてきた男はがっかりした様子で肩を落とす。
「悪いな。今日は用事があんだよ」
それだけ言って黒羽は席を立ち、教室から出ていく。用事と言っても大したことはなく、ただ新しく入荷されたゲームを買いに行くだけのことである。新作のゲームの発売日というものは胸が踊り、それだけしか考えられなくなるものだ。
しかし黒羽の頭にはゲーム以上に先程の少女のことが気に掛かっていた。
(結局、何だったんだろうな……あの子は)
ゲームショップに着いても黒羽はあの少女のことが頭から離れなかった。恋……というのとは少し違う、何というかほっておけない妙な胸騒ぎの様なものだった。
「すいませんが、こちらの商品はついさっき売り切れてしまいました」
そんな風に物思いに耽りながらレジに差し出した空のゲームソフト。それを定員は申し訳なさそうに突き返す。
黒羽はぼっーっとしていた事もあり、大したショックは受けずに聞き返した。
「そう……ですか。次の入荷はいつになりそうですか?」
「早くて1週間、長くなると半月はかかりますね」
黒羽が買おうとしたゲームは今、学校でも流行っているゲームの最新作で、発売日当日に売り切れになるのも、品薄になるのも当然と言えば当然だ。これも、それを知っていながらめんどくさくがって予約をしなかった黒羽に非があった。
仕方なくゲームショップを後にして、寮に帰る途中。
「ん……」
ポツン、と一滴の雫が黒羽の鼻の頭に落ちてくる。
「雨……か」
そう呟いている間にも雫が落ちていく間隔は狭まり、次第に大降りになっていく。つい先日にクリーニングに出したばかりの制服を濡らすわけにはいかず、黒羽はどこか雨宿りできる所を探す。
「なんなんだよ、まったく」
舌打ちしながら探していると、ようやく雨宿り出来そうな場所を見つけた。それが今、こうして雨宿りをしている場所、つまりは鉄橋の下の空間だった。
未だに止まない雨の中、黒羽はやることがなく、ただ目の前の川の流れを見つめる。
(確かこの川って第俺の済んでると地区にも繋がってんだよな? 泳いで帰るか、なんてな)
黒羽は自分の冗談に自分で苦笑する。
と――
向こう側からこちらに向かって流されてくる1つの『物体』が視界に入った。
黒羽とその『物体』の距離はおよそ10メートル、周りが暗いせいでよく見えないがそれは人間の様な形をしていた。
(どっかの業者がマネキンでも不法投棄したのか? ……それにしてはリアルな作りだな)
黒羽はその『物体』に自ら歩み寄っていく。段々と近づいていくにつれ、その『物体』の情報が黒羽の目に飛び込んできた。
髪は肩まである黒髪。服は所々破け、赤い絵の具の様なものがベッタリとこびりついた衣服。
頭には無惨に砕け散ったゴーグルがかろうじてついている。
「おいおい……なんだよ、これは……」
黒羽は突如目の前に現れた『異常性』に顔をひきつらせた。
足はガクガクと震え、今にも腰を抜かしそうだ。
何故なら、その『物体』はマネキンなどではなく、生きているか死んでいるかわからない
―――――そう、
正真正銘の人間だったのだから。