それでも家族
「・・・。お前ら、もっと姉弟らしくすべきだと俺は思うぞ」
「・・・。たしかにね。これどう見てもバカップル・・」
レンとレイカは一枚の写真を見ながら呆れたように言った。その写真には恋人のように密着した姫花とソラが写っていた。
二人は衝撃の事実を約7時間前に聞かされ、勤務中ということで、詳細を聞きたいという葛藤と闘いながらしっかりと職務を果たした。そして職終了後ソラを連行してUtopiaに向かった。姫花は案の定、始末書を書き終わっていなかったので、終了次第来るようにと念を押してきた。
ソラは、そんな二人に不思議そうに言った。
「そうですか?やっぱり、顔似てないからですかね?」
「「いや、そういうことじゃないだろ」」
二人は全力で否定をした。
姫花は、残業に付き合わされている戸羽に睨まれながら必死に始末書と格闘していた。
「・・・そんなに睨まないでください。ソラ君との再会は想定外でして・・・」
「言い訳ならあとでも聞くか、ボケ。口動かすなら手を動かせ」
言い訳を一蹴され、さらに暴言を吐かれ「鬼!!」と内心叫びながら姫花は、最後の一枚を最大スピードで仕上げた。そして書き終えると「終わった~~」と大声で叫んだ。
戸羽は始末書にざっと目を通すと文句を言った。
「遅い。字汚い。内容最悪」
「!?」
あまりの暴言に姫花は固まったがその頭を戸羽はぽんと叩いて口を開いた。
「まぁ、始末書は形でいい。おら、みんな待ってる行くぞ」
帰り支度を始める戸羽に姫花は気になってることを尋ねた。
「あの、戸羽さん。・・・。どこまで知っているんですか?」
「・・・。全部。上司になったからな。つーか、何を今更・・っ愚問だな。」
戸羽は自問自答した。
「多分今頃、ソラ君の容姿や苗字で、いろいろ気づくことがあると思うんです。・・・私、どこまで言えば」
姫花が言い終わる前に戸羽は言った。
「教えてやってくれ。教えていいところまで。アイツらは、お前みたいなのほっとけない性質なんだ。それに特にレンはすでに垣間見てるだろ?」
「テレパシー魔法の漏れですね」
“漏れ”とは、術者同士が伝えたいこと以上のことを無意識に伝えてしまうことで、初期の段階で多発する。姫花とレンもお互いに経験済みだった。たとえば、夢でそのことをみたり体験したり、急に頭の中に入ってくる。そのため断片的で一瞬なことが多いので詳細までは分からない。
「前にも言ったけど、それは、慣れてくればセーブできるし、現段階でも詳細までは伝わらない。でも、感情を共有するそれは伝わることは伝わってしまう」
姫花は、無言で頷き、レイカとレンについて考えた。レイカはともかく、レンには形はどうあれ伝わってしまう。巻き込みたくなかった。
「姫花。あいつらもけっこう訳ありな過去を持ってる。だから・・」
「・・・だから大丈夫っては思わないけど、言います。言えることまで」
戸羽の後押しもあり、姫花は決意した。
レイカは、ソラの髪や瞳の色、そして苗字から東雲神社の人間であることを推測した。
(義姉弟なら、姫花の片親は東雲家ってこと?)
いくら上司でもそんなことを簡単には聞けなかった。ためらっているとソラはそんなレイカに気が付いているように苦笑いした。レンは、わざとそのことを避けるように留学時のことを話していた。
しばらくすると、姫花と戸羽が入ってきた。姫花は、レンたちに手を振ると宇佐美のところに行った。戸羽は、その理由を説明した。
「ちょっとややこしい話をするから。移動する」
誰も頷きも驚きもしなかった。
姫花は、宇佐美に声を掛けた。
「宇佐美、突然で申し訳ないんだけど、個室空いてるかな?」
「・・・。話すのか?」
「うん。大丈夫。全部は話さないし・・・」
宇佐美は、じっと姫花の目をみて頷いた。
「案内しよう」
VIPルームに案内されると姫花は、話し始めた。
「これから、話せるところまで話します。長い付き合いになると思うから」
その時、ドアが開いた。ドアを開けたのは梨乃だった。
「ちょっと、姫花!!なんなのよいきなり!“私の過去を知りたかったら今すぐ来い”って!!」
梨乃が怒鳴るように言うと姫花は、ちらっと梨乃を見て言った。
「聞けば分かる。梨乃、座って。・・すいません始めます」
姫花は改めて説明し始めた。
「最初に言っておくと、ソラ君は、東雲神社の次期神主です。そして私は、彼の義姉です」
えー!と叫んだのは梨乃だけだった。しかし、レンもレイカも、悪い予感が当たったように苦笑いをした。東雲神社は、由緒正しい古くからある名神社である。
「東雲神社の現神主の東雲守姫≪しののめしゅき≫が、私とソラ君の母です」
「つまり、異父姉弟ってことか・・・」
レンが呟いた。
「えぇ。そして大方予想はついていたと思いますが、私の父が乙葉光哉です。父の苗字は父の恩師からもらっているのでそこから父の本当の実家を知ることはできません」
レイカはためらうように聞いた。
「・・・、どうしてあなたは、生存している母の苗字・東雲を名乗らないの?」
「私が東雲家の人間じゃないからです」
当たり前のように淡々と姫花は答えた。隣でソラは辛そうな顔をした。
「私の親権は、父の実家にあります。・・・。ここからしばらくは父・乙葉光哉と東雲守姫の昔話になります。」
そういうと姫花は思い出すように目を閉じて、語り始めた。
「乙葉光哉は、権力と財力を持ち合わせた名家の長男として生まれました。彼は、強力な魔力だけでなくあらゆる面で優秀でした。一族は、彼を誇りに思っていました。しかし、彼は、嫌だったんです。親に作られた将来が。でも、彼は頭がいいから分かっていたんです。そんな考えは通用しないこと。そして贅沢な悩みであることを。そんな彼は、16歳の時に同い年の守姫に出会いました」
姫花は、水を飲んで話を続けた。
「東雲神社の神主は、代々男女交代で受け継がれていきました。守姫は、その長女として誕生し、彼女の結界魔法は、守姫の父、つまり当時の神主を超えるものでした。そんな彼女の評判を聞いた光哉の実家は、彼女を権力と財力で雇うことにしました。これが、出会いのきっかけです」
姫花は再び水を飲んだ。そしてソラが背中をさすった。レンもレイカも梨乃も息をついて続きを待った。戸羽も目を瞑りながら息をついた。そして姫花は再び口を開いた。
「彼らの間で実際に何があったのかはわかりません。でも、二人は本当にお互いを愛していました。そして、二人が18歳になったときに現在の守姫の夫・西雲誠一郎の力を借りて駆け落ちをしました。それから二人はしばらくアメリア国で平凡だが幸せに暮らし、私が誕生しました。しかし、彼らが20歳になった時に、みなさんご存じのとおり、光哉は、サタンの封印によって死にました。残された守姫は、東雲家からも光哉の実家からも責められました。しかし、東雲神社の次期神主は、守姫しかいなく、東雲家存続のために彼女は、西雲誠一郎と結婚して次期神主を産むことで責任をとりました。そして私は生まれながらの魔力を買われ、光哉の実家に引き取られたのです。」
姫花が話し終えるとレンは、姫花について聞いた。
「そんな無慈悲な一家に引き取られたお前は、どうしてソラと知り合えたんだ?」
姫花は、無慈悲という言葉に自嘲するようにクスッと笑って答えた。
「・・・無慈悲。たしかにね。でも、一年のうち六ヶ月間は、東雲家で過ごすことを許されていたの。まぁ、基本的に歓迎はされなかったわ」
姫花の答えに再びレンは質問をした。
「そんな環境でどうして仲良くなれたんだ?ソラと・・」
「誠一郎さんは、母の幼馴染で、母の駆け落ちを協力した時点でわかると思うけど、本当に彼女のことを愛していたの。だから、生まれてきたソラ君にも私のことを本当の姉のように慕いなさいって言い聞かせてくれたらしいわ。彼自身も私を本当の娘のようにしてくれたしね」
肩をすくめながら姫花が言うと、ソラは、否定した。
「父が言ったからじゃないよ。僕自身が姫ちゃんを必要としていたんだ。僕もあまり一族から好かれていないから。」
姫花が話を止めようとしたが、ソラは話し続けた。
「僕は、母たちの償いなんです。罪というレッテルが貼られているんです」
目を閉じていた戸羽も目を開き、レンもレイカも梨乃も驚いた。姫花は悲しそうな顔をして呟いた。
「名前・・・ソラ君のソラは、カタカナ」
「!」
全員がその呟きで気づいた。ソラの立場が。そして結論を述べるようにソラは言った。
「そうです。この国の名付けの慣わし・・。漢字の名は長子のみ。それ以降の子はカタカナ。今ではあまり関係なくなってきていますが、古い家は特にいまだにその慣わしを大切にしています。祖父は、僕の名前を二人目の子を表すカタカナにすることで母にその罪を忘れないようにさせているんです。だから僕は、同じように一族から冷たい目でみられて、それでも堂々として強く生きる優しい姉に自然と懐いたんです」
ソラは、言い終えるとにこっと笑った。そして姫花が言った。
「きっとまだ母は光哉を忘れていないし、愛している。でも誠一郎さんも愛してる。私たちも慰め合うようにこの複雑な家族を愛してる。・・・歪んでいるんです。それでも・・私たちは」
「「それでも家族なんです」」
ソラと姫花はゆっくりと確かめるように二人で言った。
姫花の話が終わると、レイカと戸羽と梨乃は、もう少し飲んでいくとUtopiaにとどまり、ソラは、寮に住むのは来週からなので実家に帰った。レンと姫花は、二人で寮に帰ることにした。
「俺さ、もうひとつ聞きたいことがあるんだよね。答えられなかったら別にいい」
「ん?」
レンの問いを姫花は促した。
「テレパシー魔法の漏れで、すべてが神々しい男の人がみえたんだ。その時の感情がすっげー切なくて。彼については言える?」
「ごめん。言えない。・・・ただ、彼のおかげで良くも悪くも今の私になった」
「うん。そっか。ありがとう。俺のもみた?」
「えぇ。レンによく似た男の人と恐怖」
「はは。やっぱりか。ごめんな」
レンは苦笑いをして姫花に無意識ながらも悪夢をみせさせてしまったことを謝った。
「ううん。大丈夫」
レンと姫花は大きな大きな月を黙って見上げ、歩き出した。