家族の食卓
『父ちゃん、おいしい!』
『だろ。ホルモンも新鮮なのは美味いんだ』
雪子の耳に、楽しげな団欒の声が届いた。
郊外の安アパートの壁は、防音機能に乏しいらしい。隣の部屋の家族が肉を焼いている音までハッキリと聞こえる。
お腹すいた……。
灯りの無い部屋。壁によりかかって座る雪子は、数日前に食べた鯖味噌煮の缶詰を思い出す。最後に食べたものが鯖缶とは情けない。雪子が溜息を吐くと、白い息が部屋の闇に溶けていった。
生きて年を越せるかな……。
雪子は暗闇にぼんやりと浮かぶ時計の針を眺める。電気とガスが止まったこの部屋では、蛍光塗料の淡い色だけが唯一の灯り。加えて部屋は、冷蔵庫の中にいるような寒さ。更に数日分の空腹。それらが雪子の孤独感を煽った。
こんなことなら実家に帰れば良かった。姪っ子にあげるお年玉を渋ったりなんかしなければ、とりあえず電気の通った部屋で母親の作る年越しソバは食べられただろう。というかもっと早くに親に金を借りていれば、最後に食べたのが鯖缶なんて事態は避けられたのに。
『ねえ、父ちゃん。これ“もつ鍋”っていうの? おいしいね』
『おお、この歳でもうもつ鍋の良さがわかるのか! 流石は俺の息子だ』
『あなた。変なことで感心してないで、違う事を褒めてあげてくださいな』
隣の部屋では、焼き肉のうえ更に鍋までしているらしい。雪子は食べ過ぎだろうと苦笑しつつ、隣の家族の行動に納得する。
――そりゃあ、そうよね。
これだけ“肉”があるんだからどんどん食べないと。
ふわり、と風に揺れたカーテンの間から月明かりが部屋に差し込んだ。
照らし出されたのは幾人もの女性の死体。そのどれもが腹を裂かれ、内蔵を抜き取られている。
内蔵の行方は、隣の家族の腹の中。
あの家族は独り者の女性を誘拐し、この部屋に閉じ込めて弱らせてから解体しているのだ。
私も、そろそろかしら。雪子は両手足に嵌められた手錠を眺めて思う。噛まされた猿ぐつわに染み込んだ唾液で飢えをしのぐのはもう無理だった。初日に壁や床を叩いて騒がなければ、もう少し体力も保ったかもしれない。あんなに暴れたのに、結局助けは来なかった。
『父ちゃん。ボク、“レバ刺し”っていうの食べてみたい!』
『おう分かった。ちょっと待ってろよ』
何重もの鍵で閉じられた扉が、ゆっくりと開く。
【完】
サクッと楽しめる作品を目指して書きました。
原稿用紙三枚程度で出来るだけ多くの人に楽しんで貰おうと頑張りました。
もし楽しんで頂けたら意見や感想を頂けると嬉しいです。
所属サークルでも習作や長編を公開しております。
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忍野佐輔プロフィール
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