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エピローグ



 0


 夢を見た。

 ある少女が、狭くて暗いところで虐められている夢だ。

 その少女は中学に入って、同姓から藍銀の髪と薄紫の瞳を気味悪がられたり、その魅力を妬まれたりといった理由で、虐めを受けていた。

「アンタ、調子に乗りすぎなのよ、モテるからって」

「コクってくる男子振って、自分って可愛いんだとか思ってるんでしょ」

「ムカつくのよ、目障りなのよ、アンタは――」

 最初は教科書への落書き。どうせすぐ飽きてやめる、そう思って、少女は何も言わず教科書の落書きを消した。

 しかし、その行為はエスカレートしていった。教科書の裏に画鋲があって手を怪我したり、隠された靴を探してようやく見つけたそれは刃物で裂かれていたり、あまつさえ鞄に猫の死体がつめられていたり――。

 しかし少女は、周囲にその陰湿な虐めが存在することを悟られないように、気丈に振舞った。それが面白くなかったのだろう、虐めの実行犯三人組は直接暴力に訴えかけてきた。

 それがどこだったか、覚えていない。だが、カッターナイフなどの刃物で切りつけられたりするなど、酷いものだったことは覚えている。

 無抵抗に暴力を受ける。それまでの精神的な虐めに内心参りかけていた少女にとって、それは辛いものだった。泣きそうになるのを我慢して、しかし抵抗出来ずただただ無抵抗。

 誰か来たのか、新たな足音が聞こえる。少女は嫌だ、と思った。

 だが、

「なに、してるんだ……! やめなよ!」

 ――そこに届いた少年の声は、救いのそれだった。

「アンタ、誰」

「こいつ、クラスでも目立たない奴」

「やっちゃえばいいじゃん。男のくせにこいつアタシ達より小さいし、三人がかりなら勝てるって」

 三人は少女から離れ、行為を止めようとする少年に詰め寄った。

 そのリーダー格の生徒が、少年を恫喝(どうかつ)する。

「アンタ、この事チクったりしたらタダじゃおかないからねェ?」

 だが、少年は返事を口ではなく手で寄越した。少年の右手がリーダーの左頬を打ち、乾いた音がこだました。

「虐めは、最低の行為だよ。これ以上君科さんにこんなことしないで」

「……やったわね……! アンタ覚悟しなさいよ!?」

 リーダーが声を上げて激昂する。しかし少年は動じず、言葉を続けた。

「この状態を先生に見られたらどうなるかな。間違いなく君達が疑われるだろうね」

「アンタ、アタシ達を(おど)――」

「――これ以上君科さんに手を出すな。これ以上するって言うなら、僕は君科さんについて君達に抗戦する」

 少年は、リーダーの言葉を遮って強く言う。毅然とした態度の少年に圧倒され、三人は一歩後退った。

 やがて自分達がした行動――つまり押し負けたということを認識したリーダーは露骨に舌打ちをし、少年の横を歩いて去っていく。

「……冷めたわ、もう行くわよ、アンタたちも」

「ちょ、ちょっとナッちゃん! もういいの!?」

「いいのよ、もう飽きたわ。気分晴らしにやってんのに、こんなウザいのがいたら気分も晴れないわ」

「ま、待ってよ――」

 三人は、その場から姿を消す。

 すぐに少年が少女に駆け寄り、声をかけた。

「君科さん、大丈夫……じゃないか。じゃあ保健室行こう?」

 手を差し出したその少年は、優しげに微笑んでいた。


 1


「……あー、何よ、私が弱かった頃じゃない……」

 叶子は布団から身を起こし、溜息して呟く。同時に、冷えた空気が体を包んだ。

 さー、と雨の音が聞こえる。どうやら昨夜異層世界から帰還した途端に降り始めた雨はまだ続いているようだった。

 月は隠れたままで、ついには隣に寝ている響が現実世界に戻って来ることはなかった。解説書物を見ると、騎士を討伐したのが〝節制〟――つまり響であることが記されており、節制のカードはきちんと表になったままだった。これが、脱落を意味する裏返しになっていたらと思うと、ぞっとする。

 七瀬は、響なら大丈夫だと言っていた。確かに騎士を倒したらしいが、響は未だ異層世界に取り残されたままだ。

 隣の響の顔を見て、ふと顔が赤くなるのを感じた。

 ……そういえば、助けてくれたのは阪樫だっけ……。

 弱かった頃の、折れ掛けの叶子を助けてくれた、妙縁の少年。意識してしまい、叶子は心臓が早鐘をつき始めるのを感じた。

 ……今は、そんなこと考えてる場合じゃないのよ! でも、私には待つことしか出来ないのよね……。

 天気予報では、この雨は明日の昼まで続くということだった。これから丸一日以上、異層世界にアクセスして実に二日、響は現実世界に帰ってこられないことになる。

 ……考えても仕方ないわね。

 叶子は起き上がって、リビングに向かう。リビングに七瀬の姿はなく、『用事があるから先に家を出ている』という置き手紙と、二人分の朝食が用意されていた。

 二人分並んだ朝食を見て物悲しい気分になりつつも、自分の分の朝食を平らげて家を出た。

 朝のホームルームで誰かが転校したという話を担任がしている。だが、叶子はそれを気に留めない。学校について配布物を後ろの席に回し、その空席を見る度に叶子は響の事を考えた。

 授業を受けている途中も、無事に帰ってこられるか、向こう側で異形にやられてないかと考える。休み時間にも柚奈や陸哉に響を知らないかと尋ねられたが、分からないと答えた。

 教師の言葉が耳から耳へと抜けていく。

 ――しっかりしなさいよ、君科叶子……。七瀬も大丈夫だって、言ってたじゃない。

 そう言い聞かせるが、叶子はそれからずっと、全てに上の空だった。

 帰宅した後。七瀬が夕飯は何がいいと訊いても、響は大丈夫だから心配はするなと言っても、上の空。あんな夢を見たこともあってか、叶子の意識は完全に響に向いていた。



 翌日。叶子は昨日と同じように雨が地面を叩く音を聞いて溜息をつき、隣の布団に眠ったままの響を見て、もう一度嘆息する。

 その日は土曜日で、学校は休みだ。

「姉さん」

 昼食後、リビングでぼーっとテレビを見ていた叶子に七瀬が話しかけた。

「買い物に付き合ってくれないか?」

 雨も()んでいることだし――と。



 槇屋市中心部、ショッピングモール。

 七瀬に連れられてここにやってきた叶子は一通りの日用品や消耗品といったものを買い終えるまで、七瀬についてまわった。

 買い物の途中に七瀬に何度か響について尋ねられたが、叶子は曖昧に返したり相槌を打ったりするだけだった。

 必要なものの目星をつけ終わった後七瀬はウインドウショッピングをしようと叶子を誘い、数時間連れ回した。元気付けるという目的なのかもしれない。そういうところが健気な妹に、叶子は少し嬉しくなった。

「ふう、これで終わったな」

 その後、再び必要なものの買い物に戻りそれを終えた頃、七瀬はそう言ってモール一階、休憩スペースのベンチに腰を下ろした。マイバッグを下ろし、叶子に隣に座るよう手招きする。

 叶子が隣に座ってしばらくは、二人は無言だった。

「雨、止んだな」

 沈黙を破り、七瀬が話しかけた。

「そうね、これなら」

 ――阪樫も、帰ってこれるわね。

「響も帰ってこれる、と考えているだろう?」

「っ……」

 叶子は考えていることを七瀬に言い当てられ、僅かに赤面する。しかしそれをからかったりすることなく、七瀬は嘆息して苦笑。

「……からかわんよ。姉さんは見ているこちらが気の毒になってくるくらい、暗い表情をしているからな」

「そんなに、暗く見える? あー、だからクラスの人達も私にあんまり話しかけなかったのね……」

「それくらい、響が心配なんだろう?」

「……そうなのかも、ね」

 人のことでここまで心配することは、叶子にとって始めての経験だった。だから、恥ずかしいとか意地を張るだとかいうこともなく、ただ単純に困惑していた。

 どうして、阪樫をこんなに心配するのかしら――。

 私が使われた『対峙権利』を消すために戦いに赴いたから?

 もっと根源……彼に協力を求めたから?

 それとも、ただ単に彼だから――?

「……ほら、また沈んでいるぞ」

「……え? あ……」

 七瀬に言われて顔を上げると、周囲の人達がこちらを向いているのが目に入った。珍しい髪と瞳の色をした年頃の少女と、それにそっくりな少女がいるだけで目を惹くというのに、そのうち片方が酷く暗い雰囲気を醸し出しているのだから、余計に衆目の興味を集めている。

「ごめん……」

 自分といるせいで注目の的にされて、という意を込めて謝る叶子に、七瀬は微笑み言う。

「謝る必要はどこにもないさ。それより、訊いておきたいことがある」

「訊いておきたいこと?」

「響のことだ。今夜は恐らく晴れて、月も見える。きっと響も帰ってこれる」

 帰ってこれる、という言葉に叶子は反応する。

「それで、何なの?」

 期待した。

 叶子は、七瀬が自分と同じ考えを持ってくれているということに。

 そしてそれは、期待通りとなる。

「響を待つのもいいが、私達で探しに行こう、と言ったらどうする?」

「…………何言ってんのよ」

 どうする、と聞かれて。

 叶子は迷わなかった。

「私が待つの苦手だって知ってて、それを訊くの?」

 ――行くに決まってるじゃない。そう言うように、叶子は真剣な表情で頷いた。

「……それでこそ姉さんだ。それでは日も暮れるだろうから、帰るか」

 七瀬がそう言うと、二人は立ち上がる。

 浮く月は、夜空に綺麗な円を描いていた。


 2


「アクセスする時に、触れていれば同じ場所に出るだろう? もしかしたら、それを利用すれば響の近くに出られるかもしれん」

 七瀬の提案に、賛成だった。

 今異層世界側にいる響の手を握ってアクセスすることによって、それを辿って響の近くに出現することが出来る、という考えだ。

 今は、それを実行しようと二人は眠っている響の手を握って布団に入っていた。

「それじゃ、寝よう」

「……うん」

 ……今行くから、死んでるんじゃないわよ――。



 異層世界に入る時の奇妙な浮遊感、闇に差す一筋の光を辿っていくような感覚。

 それを経て辿り着いた異層世界。

 出現したのは、古磯郡のオフィス街だった。

「ここは……」

「……もし響が移動せず潜んでいたとしたら……凄いな、本当に可能なのかもしれん」

 叶子が最初に騎士を目撃した場所、そして七瀬が騎士と一度目の戦闘を行った場所。それが、この古磯郡のオフィス街だ。

「それじゃ、手分けして探しましょ」

「ああ、見つけたらここに戻ってくることにしよう」

「分かったわ」

 そう約束し、叶子は七瀬と別れる。

 ――さて、どこに隠れてるのかしらね。

 叶子はまず、潜む場所が多そうな階層の多いビルの中から探すことにした。

 ロビーを抜け、階段で最上階へ。最上階の大きな部屋――地位の高い社長室あたりだろう――の隅から隅まで探す。机の下、クローゼットの中、挙句、部屋の外の男性トイレにも踏み込んで響の姿や痕跡を探す。

 誰もいないことを確認し、下の階に。部屋が増えてきたので、あまりに物が多くてごちゃごちゃしているところでは細部まで確認する時間がないと思った叶子は、響の名前を叫んで返答を待ってみた。しかし、簡単には見つからない。

 分かっていたことだけど、骨が折れるわね……。

 パソコンが立ち並ぶ部屋を走って探し、大声を出す。何度も何度も男性トイレに踏み入っているうちに、入ることに対する抵抗も薄れてきた気がした。

 それほどに、叶子は響を心配し、必死に探していた。

 一つのビルの虱潰し捜索が終わり、次のビルに。また時間をかけて一つのビルをひっくり返すように探し尽くし、次へ。ほぼ常に走っているため、いくら叶子といえども息が切れ始める。

「あー、もう……!」

 二桁を超す数の建物を捜索し終えた頃に、叶子の心の中に焦りと苛立ちが生まれた。いなかったらどうしよう、なんでいないのか、と。

 もっと頑張れば見つかるはず。もっと、もっと走って……!

 なおも、叶子は速度を上げる。周囲に神経を研ぎ澄ます。

 それは全て、響を見つけるため。叶子は自分でも、どうしてここまで懸命になれるのか、分からなかった。

 だが、理由は必要ない。叶子は、響を見つけてどうして騎士に戦いを挑みに行ったのか、と問い詰めたかった。

 自分も同じ疑問を抱いているというのに。

 ――どうして私のために、そんなことが出来たのよ……昔も、今も!

 走り、呼び、見渡し、いないことが分かればまた走る。途中異形と何度も遭遇したが、叶子は自身の大剣を振るい行く手を遮るそれらを本気で薙ぎ倒した。

 時折集合場所に戻り、七瀬が響を見つけて帰ってきていないか確認するが、一度も七瀬が響を連れて叶子に手を振っているということはなかった。

 焦燥と不安が募る。

 叶子はその焦燥や不安に何度も負けかけて泣き言を吐きそうになったが、私がこんなでどうする、帰ることが出来なかった阪樫はもっと辛かったはずなのよ、と自身を奮起して探し続けた。



 数時間後。

 痛む足に鞭打ち、汗だくになって走り続けていた叶子は、集合場所に一度赴いたところで七瀬に止められた。

「姉さん、もう時間が怪しい」

「だか、ら……何よ……」

 息絶え絶えの叶子は、七瀬に掴まれた腕を振り払おうとするが、なかなかそれが出来ない。

「私達まで帰れなくなったら、意味が無いだろう。だから今回はここで――」

「でもッ! まだ、あいつが……!」

 叶子は、自身の裡に芽吹き始めた一つの懸念を吹き飛ばすように、声を荒げて七瀬の言葉を遮る。

 騎士の出現告知も、一日遅れた。つまり、表示はあまりあてにならないということだ。

 表示では生存を示しているけど、もしかしたら、阪樫はもう――。

 そう考えて、叶子は胸にせりあがってくる悲愴を抑えきれず、薄紫の瞳に溢れんばかりの涙を湛えた。

「姉さん……」

「阪樫が、まだ、こっちにいるのに……っ」

 でも、涙を流しちゃ駄目。絶対に、諦めない……!

 叶子は溢れそうになる涙を、上を向いて止める。

「気持ちは分からないこともない。……だが、自分を探していて疲弊した姉さんが異形にやられてしまったりしたら、響はどう思うか予想がつくだろう」

「――……っ」

 やられない、とは言い切れなかった。

 自分のことは自分がよく理解している。体は限界を随分前から訴えていた。

 ――叶子は、苦渋の決断を下し、七瀬と共に現実世界へと帰ることにした。


 3


 目を開ける。肌を包む冷気は朝のそれで、障子の隙間から見える外はうっすら明るかった。

「……阪樫……」

 見つけられなかった自分が悔しくて、強く歯噛みする。

 小学校の頃からずっと同じクラスで、何故かこのゲームにまで一緒に参加することになってしまった少年。

 地味で目立たないが、叶子はその優しさを知っている。

 その優しさに、救われたこともある。

「……なのに」

 私のせいでこんなことになるだけじゃなくて、助けることも出来ないなんて……。

 まだ全区域をわけじゃない、それに移動しているかもしれないだろう、と現実世界側に戻って来る前に七瀬は言った。

 なら、明日はもっと探そう。

 絶対に、見つけ出そう。

 叶子はそう決意して、響と繋がっているその手を強く握ろうとして、


 そこにあるはずの感覚が既にないことに、気付いた。


「え……?」

 隣を見ると、そこにあったはずの響の姿がなかった。

 まさか……?

 起き上がり、不安と期待を同居させつつ叶子は駆け出した。

 廊下を全速力で駆け、角で曲がりきれず壁にぶつかり、それでも叶子は家の中を走る。

 ――まさか……!

 リビングに通じる扉が見えた。半開きのそこからは、明かりが漏れている。

 本当に……!

 大きく膨らみ始めた期待を胸に、叶子は半開きのドアを乱暴に開け、リビングに駆け込んだ。

「さか――……っ」

 だが、そこに人影はなかった。

 膨らんだ期待が弾け、(しぼ)み、失望へと変わる。叶子は力無く、その場にへたり込んだ。

「あは、は……何期待しちゃったんだろ、私……」

 もしかしたら、七瀬が先に目覚めていたのかもしれない。動転していて、自分の妹がまだ寝ているかどうかも目に入らずにここまで走ってきた。

 ぬか喜びだったんだ……。

 今度こそ、叶子の涙腺は限界に近付いていた。

 そうよね、そんな展開、普通あるはずないもんね……。

 フローリングに手をついて俯く。叶子の視界に映る薄い木目が水面(みなも)に沈んだもののように揺れ始めた。


 ――その時。


「うーん、君科さん結構凄いの持ってたなぁ。もう生産されてない据え置き機とかあったし」


 リビングの端にある扉が開き、そこから待ち望んでいた声が聞こえた。


「は…………?」

 涙目になっていた叶子は、その声に反応して反射的に顔を上げ、そこにいた寝間着姿の童顔少年――響の姿を見て、そのあまりにも緊張感のない発言と出てきた部屋を交互に見て呆然とする。

「あれ、君科さんおはよう。ごめんね、なんか僕異層世界で眠りこけてて。気付いた時にすぐこっちに戻ってきたんだけど、二人とも寝てるから起こせなくてさ――って、なにその目、真っ赤だし、泣きそうだよ!?」

 何も知らないで、眠りこけてて、私達と入れ違いに帰ってきた……?

「…………っ」

 正直、叶子は頭にきていた。よく考えたら、自分を置いて帰れと言ったのにそれを無視し、勝手に騎士に挑んだ挙句疲労からなのか眠り、丸一日も心配させて、更に探しに行った私達と入れ違いで帰ってきて、身を削って自分達が響を探している間にあの部屋に入って中の物を色々と漁っていたことになる。

 涙が勿体ない気がした瞬間に涙は乾燥を始め、すぐに元に戻った。

「あ、あれ? なんか怒ってない?」

 叶子のその悲しみからの急激な変化に、目の前の響は慌てふためいている。

「怒ってないわよ……!」

 だが、叶子はそれよりも嬉しいと、帰ってきてくれてありがとうと思った。

 だから、だろう。

 叶子は気付いたら響に跳びつき、体に腕を回していた。

「えっ、ええ!? なに、なんなの!?」

「あんたは、この私に……こんなに心配かけさせて、楽しいの……?」

 顔を響の胸に埋めて、そのまま言う。だが、普通に言ったつもりなのに、まるで待ち焦がれていたかのように喜びを宿した声を発していた自分に、叶子は驚く。

 ――だから、問い詰めるようにこいつの目を見てやった。

「ご、ごめん」

 響は照れ臭そうに視線を明後日の方向を泳がせて謝る。

「……謝んないでよ、へたれ」

 そんな響を見て無性に嬉しくなった叶子は自分でも驚くほどの最上級の微笑を浮かべて、響を見上げた。

 叶子を見た響は、うっ、と唸って耳まで真っ赤に染めて叶子を引き離した。両肩を持って優しくそうする響を見て、こんな時でも優しいんだ、と叶子は思う。

 だがそう思った自分が少し恥ずかしくなって、叶子は自分も赤面しつつ勢い良く立ち上がり、言った。

「あーっ、もう、なんかむかついてきた!」

 びっくりして目を見開いている響の腕を攫うように取り、リビングの端にある響がついさっき出てきた部屋に歩く。

 腕をひっ掴まれ慌てつつ半分引きずられるようについてきた響は、状況が全く理解出来ないという風にえ、え、と言っていた。

 そんな響に突きつけるように、一昔前の据え置き型ゲーム機のソフトを取って、言い放つ。


「あんた、格ゲー出来るわよね? ストレス発散にちょっと付き合いなさい!」


 響は呆然としたが、その後笑って「……よし、それじゃ受けて立つよ」と言って笑った。








                                      終


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