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プロローグ



 鳶色(とびいろ)の瞳が、こちらを見ている。

 黒に近い色の茶髪が風に揺れている。女子の間では、あの髪は恐ろしくさらさらであるらしい、という噂があった。

 髪型は至って普通。前髪は目にかからない程度で、横も後も手で軽く掴める程度。地味だ。昔から変わらない。

 童顔で、背丈も十五歳男子の平均身長に達してない。痩せても太ってもないので、多少ひ弱に見えるだろう。

 成績は……微妙としか言えない。中学生の頃も学年で中の上、或いは上の下あたりを行ったり来たりしていた。叶子はその事実をふと小耳に挟んだ程度なので、確証は持てないが。

 スポーツは結構出来るということは知っているが、目立ってない。いつだったか、体育の授業でサッカーが行われていた際、アシストばかりしていたのを見たことがある。

 頼まれたことは断らない。というより断れない。うだつが上がらないと言えばそこまでだろうが、ただ単にお人好しなだけなのだ。

 ちなみに、彼女いない歴イコール年齢。

 (さか)(がし)(きょう)

 小学校から何故かずっと同じクラスの、特に親しい関係でもないクラスメイトが、自分――君科叶子の家の前に来ていた。

 ……ただのクラスメイト、ね。

 十年もの間、一年の起きている時間のうち半分近くを教室という同じ場所で過ごしているのに、大して仲が良くないというのもおかしなことね、と叶子は胸中で苦笑する。

 思考が逸れている。彼に関係するとたまにこうなるのは何故だろうと考えそうになったが、叶子は思考を中断し、目の前のモニターに映る響に意識を戻す。

 恐らく一週間も学校を休んでいる叶子に急ぎの届けものでもあって、駆り出されたのだろう。

『えーっと、阪樫です。君科さん、提出期限が明日のプリントがあったから、持ってきたんだけど』

 インターホンから聞こえてくる響の声は、僅かに緊張を(はら)んでいる。モニターに映る響は、少し挙動不審だ。

 ……ちょっと、このままにしてみようか……、と、何故か湧いてきた邪念を、首を振って吹き飛ばし、響の声に応答する。

「今門を開けますね。門からまっすぐ行けば玄関に着くので、玄関前あたりで待ってて下さい」

 プライベート以外で使う慣れた敬語。叶子はその藍がかった銀髪も現在は下ろしていたが、クラスメイトである響に会うということで、プライベートとの区別をきちんとつける性質(たち)である叶子は木製のやたら大きいテーブルの上に置いてある簡素なゴムの髪止めを取り、下ろした形で一つに結わえる。

 インターホンとの接続を切り、その接続ボタンの横にある門の開閉ボタンを押し、部屋を出た。

 歩きつつ、叶子は考える。

 あの電動門の維持費が相当だとか、仕送りが多くても家がこうも大きくてはやはり維持費だけで随分持っていかれて意味がないとか……近々本格的に始まる、遊戯(ゲーム)――これまで叶子が得た情報と彼女の手元にある『解説書物(マニュアル)』によれば、タイトル扱いらしい名称だけは若干長い英語なのに、他の部分は日本語で記されていてよく分からないものだが、本物なのだ――についてだとか。

 ――協力者が見つかるといいんだけど。

 昨日使った食費を、指折りしながらひいふうみいと数えつつ、二十畳近くもあるリビングから玄関へ向かった。

 窓から射す橙色の光が、奇麗に磨かれたフローリングに反射している。

 叶子は昨日まで、遊戯の協力者を見つけたら……という場合に備えて、情報収集の合間に家中を掃除していた。

 広い家の中をくまなく掃除するのは骨の折れる作業だったものの、協力者を見つけて父に許可を貰えれば、この家に客人を迎えることになる、ということだから、掃除をしておいて得はあっても損はない。

 協力者は近くにいてもらった方が、都合がいい。

 あの頭の堅い父さんが、簡単に許してくれるとは思わない……でも今回くらいは、と考えたが、無理かもあの頑固親父なら、と叶子は海外に単身赴任中の父に対し、軽く毒づいた。

 やがて、玄関に到着する。

 突っかけとして使っている白のサンダルを履こうとしたところで、ドアの向こう側で上がった声が叶子の耳に入ってきた。

『……誰、だったんだ……? これは……?』

 響の声だった。

 誰かいるの? 庭に何か目立つものを落としてた? ……端の方に拾得物を置いてるか。

 首を捻りつつ、ドアを開けて外へと出る。そこにはやはり響一人しかいない。響は、尻もちをついた状態で目の前に浮いている一枚のカードを見て唖然としていた。それを手に取り、裏に表に返しながら響は呟く。

「……十四?」

 そのカードに、叶子は見憶えがあった。鈍く夕陽の光を反射する金色の縁取り、全体が焦げ茶色の片面――あれは、裏側だ。その中心には、縁と同じ鈍い金色の文字のローマ数字で〝ⅩⅣ〟と刻まれてある。

 ――参加資格……!

 思わず叶子は駆け寄った。

「あ、君科さん」

 響は叶子に気付き、慌てて立ち上がる。

 尻もちをついた時にでも落としたのだろう、響は庭の石畳に落ちていたプリントを拾って、少しだけついていた細かい砂粒を手で払い、叶子に差し出した。

「はい、これ。文理選択のプリント。明日が期限だから今日渡しに行って、明日もこれそうでなければとりあえず書いてもらってお前が持って来い――だってさ。人遣いが荒いよね」

 案の定、頼まれ事でここに来たらしかった。人遣いが荒いと思いつつも、やはりこの男は断りきれないでこうやって来たらしい。はは、と情けなさ半分可愛らしさ半分の苦笑いを浮かべていた。

 それを見て、叶子の心臓が拍動ペースを上げる。何故なのかは本人も良く分かっていない。

「あ、どうもありがとうございます。……ところで、その右手のものを見せてもらえます?」

 文理選択なんてどうだっていい。どうだってよくないが、優先すべきはこのカード。

 (はや)る気持ちで若干身を乗り出している叶子に響は若干後退(あとずさ)るが、すぐにカードを持つ右手を差し出した。

「え? あ、ああ、はい。これ、何かあるの?」

「見れば分かりますよ」

 カードの表側を見る。

 そこにあったのは赤と青二つの壺、そしてそれを持つ全裸の天使。青い壺から赤い壺へ白い液体が流れている――しかし液体は斜め上に向かって流れており、明らかに重力というものに逆らっている――という絵がそこに描かれていた。

 はっとした。

 ――見たことがある。これに酷似した絵を、例の『解説書物(マニュアル)』で。

「何か、分かった……?」

 しばらく黙ったままカードを凝視し、何かに気付いた表情の叶子に不安を覚えたのか、響がトーンを抑えた声でそう訊いてきた。

 叶子は響に、取り繕うのも忘れて言い放つ。


「……阪樫響、あんた――私に協力しなさい」


 響は、へ? と間抜けな声を上げていた。


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