追放された雑用令嬢ですが、実は唯一無二の“魔物料理”で最強ギルドを支えていました~なお、その価値に気づいた隣国の辺境伯は私を絶対に手放しません
王国唯一のSランクギルド。
ここで働き始めて十数年。
その間に私が学んだことが一つある。
この場所では――職員は人間扱いされない。
開館したばかりの一階フロアは、すでに喧騒に包まれていた。
依頼掲示板の前では朝一番の仕事を狙う冒険者たちが肩をぶつけ合いながら怒鳴り合い、奥の酒場では早くも大量の酒瓶とともに粗野な笑い声が響く。
そんな騒がしい空間のど真ん中で、私は今日も働いている。
「おはようございます。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょう?」
「依頼の受注だ! 急いでんだ、とっととしやがれ!」
叩きつけるようにカウンターに置かれた依頼書を処理した直後、今度は別の方向から怒鳴り声が響いた。
「おーい酒がねぇぞ! さっさと持ってこい!!」
「すみません、少々お待ちを! すぐお持ちしますので!」
反射的に答えながらカウンターを離れる。
本来ならこれは私の仕事ではないのだが、このギルドではそんなことを言っている余裕などない。
私の名前はアイカ・フランベル。
年齢は今年で24歳。このギルドで働く職員だ。
ここだけの話、赴任当初の私の仕事内容はただの書類整理だった。
ギルドへ寄せられた依頼内容を整理し、達成されたら簡単な報告書を書く――というだけの、いわばちょっとした裏方の事務レベル。
……のはずだったんだけど。
現実はどうかというと、本来の職務に加えてカウンターの受付業務に酒場の給仕、フロアの掃除、しまいには厨房での調理まで任される始末で、気が付けばギルドの雑務のほとんどを私一人で回している状態だった。
「はぁ……」
うっすらと額に浮かんだ汗をぬぐい、料理の乗った皿を両手で持って酒場へ向かう。
テーブルに運んだあとは、またすぐ厨房へとんぼ返りだ。
その途中、背後から大きな声が響いた。
「おい、そこの店員。お前だよお前」
店員じゃなくて職員なんですけど……。
そう思いつつ振り返ると、そこにいたのはこのギルドでもひときわ目立つ一団だった。
「ったく、せっかく僕たちが稼いでやってるんだぞ? なんだよ、このショボい料理はさぁ」
Sランクパーティー――《金の盾》。
そのリーダーの剣士が、皿の料理を見ながら言った。
「あたし、もっと高級ホテルのフルコースみたいなゴハン食べたーい」
「ギャハハ! Sランク様にこんな犬のエサみてぇなメシ食わせるとかナメてんじゃねぇのかぁ!」
隣に座っていた女魔法使いも口を尖らせ、同じく大柄な戦士は豪快に笑った。
「フッ、まったくだ。だいたいこんな“なんの生き物かもわからない肉”なんて使って、料理人として恥ずかしいと思わないのかい?」
……分かっている。
これはただの文句ではなく、ただ私をからかっているだけだ。
その証拠に、彼らに出した皿は綺麗さっぱり空になっている。
他の冒険者にしたって、周囲のテーブルを見渡せば、みんなガツガツと手を止めずに料理を頬張っているのが見えた。
けれど私はグッと堪え、深々と頭を下げる。
彼らはこのギルドの稼ぎ頭であり、機嫌を損ねればギルド全体の売り上げにも響いてしまう。
このギルドが王国のトップを走れているのも、《金の盾》の存在なくしてありえない。
「申し訳ありません……今月の予算では、どうしてもこれが精一杯でして……」
「はぁ? 予算? そんなもん知るかよ。そこをどうにかすんのがアンタらの仕事ってもんだろう。……やれやれ。これはちょっと教育してやらないとな」
ボソッと呟くリーダー。そして彼は握っていたジョッキを持ち上げると、くるりと手首をひっくり返した。
ばしゃっ、と黄金色の液体が床へとぶちまけられる。
「うわっ、やっちゃった~。うっかり酒がこぼれてしまった。これは早く拭かないとな~」
わざとらしく頭を抱えるリーダーの姿に、周囲からどっと笑いが起きる。
「ギャハハハ! ったくドジなSランク様だなぁ!」
「ほーら出番だぞ、お嬢様!」
「掃除は職員の仕事だろぉ~?」
「…………ただいま片付けます」
私は床に膝をつくと、びちゃびちゃに濡れた床を雑巾で拭きはじめた。
その間にも頭上からは「おっそ(笑)」「もっとキビキビ手を動かしやがれ」などと容赦ない罵声が降りかかる。
……ああ、やっぱりだ。
ここでは誰も私を「同じギルドの仲間」とは見ていない。ただの都合のいいマトだ。
そして、その理由は明白で――。
「あーあ、やっぱこれだから“貴族様”はよぉ」
野次馬である冒険者の一人が、私を見下ろしながら嫌味ったらしく言った。
このソルヴェイン王国という国には昔から、「貴族は平民の生活を学ぶため一定期間一般職に就くべし」という制度がある。
そして私がここで働いているのは、まさにその制度に則ったもの。
……そう。
こんな状況からは想像しづらいだろうが、これでも私の家はれっきとした貴族の家系なのだ。
と言っても、実際は名ばかりのなんちゃって貴族だけど。
地位は最底辺。管理する領地もなければ、屋敷だって普通の一軒家……どころか貧民街にありそうなくらいのボロ屋である。もちろん政治における発言権など皆無だ。
だから贅沢なんてものとは一切無縁で、誰もが想像するような貴族らしい豪勢な生活なんてどこにもない。
けれど荒くれ者で短絡的なこのギルドの冒険者たちからすれば、私も含めて貴族はみんな国に守られた特権階級にしか見えないようで。
それゆえにいつもこうやって嫌がらせを受けているわけだ。
……まあ聞いた話じゃ、一方で本物の大貴族様たちは自分の家と太い繋がりのある商工ギルドあたりに派遣され、毎日本当に接待と称して遊び歩いているらしいけども。
「ふぅ…………疲れた」
……本音を言えば、なんて理不尽な話だとは思っている。
むしろ、この場の誰よりも私自身が一番国に文句を言いたいくらいだ。
それでも、こんなただの弱小貴族の令嬢が何を言ったところで状況が変わるわけでもない。派遣の任期だってとっくに終わっているはずなのに、ずっと無視されてるし。
「……次の料理、早く作らないと」
誰にも聞こえないほど小さく呟き、私は再び厨房へと足を向けた。
そんなある日のこと。
いつものようにギルドの仕事に追われつつも、やっと少し手が空きかけた頃だった。
「おいアイカ、ギルドマスターがお呼びだぞ」
同僚にそう声をかけられ、私は思わず小さく息を吐いた。
……またか。
ガルド・バルディオス。
このギルドのマスターであり、私の上司でもある男。
彼に呼び出される時というのは、大抵ろくな用件ではない。
理不尽な叱責か、誰かの失敗の責任転嫁か、あるいは突然の追加業務か。どうせ今回もきっとそのどれかだろう。
私はうんざりとしながら酒場の喧騒を抜けてギルドの奥へ向かった。
「失礼します。アイカです」
「遅いぞ! ワシが呼んだら10秒以内に来いといつも言っとるだろうが! このグズめ!」
ノックをして中へ入ると、早速馬鹿でかい怒鳴り声が飛んできた。
そして私が扉を閉めるのを待つこともなく、ガルドは言った。
「まあいい。お前を呼んだのは他でもない。アイカ……お前、ギルドの金を横領していたな?」
………………は?
いったい何を言っているのか、意味がよくわからなかった。
「……え、な……お、横領? ど、どういうことですか? 私はそんなこと――」
「黙れ! 誤魔化すんじゃない! 証拠は全部揃っているんだぞ!」
ガルドはバンッと机を叩きながら立ち上がるや、こちらへ向かって書類の束を投げつけてきた。
私はバラバラと落ちた紙を拾い上げる。その内容は目を疑うものだった。
「……ど、どうして」
そこには確かに不自然な金の流れが記されていた。しかも書類の末尾に残されていたのは、紛れもなく私の名前である――『アイカ・フランベル』の文字。
「こ、これは偽造です! 私はこんな書類にサインなんてしていません!」
「ほう、まだ言うか。やれやれ往生際の悪いヤツめ。……だが、所詮はムダなあがきよ」
ガルドがパチンと指を鳴らすと同時、私の背後の扉が勢いよく開き、武装した衛兵たちが部屋へなだれ込んできた。
私はあっという間に腕を掴まれ、床に押さえつけられる。
「くっ……は、離してください! 私はやっていません、本当に何も――!」
いくら訴えたところで、聞いてくれる人は誰もいない。
それどころか押さえつける力が強くなった。
気づけば、目の前には黒い法衣の男が躍り出ていた。王都から来た王国の裁判官らしい。
あまりの急展開に私はただただ困惑するしかなかった。
「アイカ・フランベル。貴殿は貴族の身分でありながら、ギルド資金の横領という卑しき犯罪に手を染めた」
裁判官は手元の書類に目を通しながら、淡々と言葉を並べた。
「よって処分は――――国外追放とする」
なっ……!?
頭の中が真っ白になる。
追放? 国外? 私が……?
そのときだった。視界の端でガルドの口角がわずかに上がったのが見えた。
だが彼はすぐに表情を引き締めると、やけに芝居がかった口調でしゃべり始めた。
「おお~、なんということだ。悲しいなぁアイカよ、ワシは実に悲しいぞ。まさかお前がそんなことをする奴だったとは思ってもみなかった。ああ……なんと嘆かわしい!」
まるで舞台役者のように大げさに振る舞うガルドの姿に、胃の底から吐き気が込み上げてくる。
最後に、ガルドは地べたに這いずる私にそっと顔を寄せてきた。ドブのような息が耳にかかる。
「というわけで、だ。じゃあなアイカ。今までグズなりによく働いてくれた。が、それもここまでだ。お前の代わりはもう手配してあるので心置きなく消えるがいい。――あ、そうそう。ちなみに罪人に払う金などないから、もちろん今月の給金はなしだ……ククク」
こうして私は、長年育った祖国をあっけなく失ったのだった。
***
それから数週間後、私は隣国に向かう馬車の荷台の上にいた。
護衛の騎士はわずか数名。見たところ全員が新人のようで、雰囲気もさほど強そうとは言い難い。
……そりゃそうよね。所詮は下級貴族の国外追放。国からすれば、そこまで優秀な人員を割くまでもない雑用仕事という認識なのだろう。
ちなみに追放までの間はずっと牢屋に収監されていた。与えられるのは粗末な食事だけで、夜はベッドもないので冷たい石畳の床に直接横になるしかなかった。
おかげで私の身体や精神はすでにボロボロで、そんな中の吹きさらしの荷台の旅路は非常にこたえた。
やがて馬車は人通りの少ない山道に入る。
周囲は不穏な気配を纏った森で、なんだか薄気味悪いな……なんて思っていたところで。
――グオオオオオッ!
山中に轟く咆哮とともに、木陰から巨大な影が飛び出してきた。
「も、モンスターだぁあああ!」
現れたのはとても大きな熊のようなモンスター。
騎士たちの顔色が一斉に変わる。
「こ、こいつ……“タイラントベア”じゃねぇか! Aランクだぞ!?」
「ふざけんじゃねぇ! こんなバケモノ相手にできるか!」
「て、撤退だ! 早く逃げろ! 死ぬぞぉお!!」
隊列はあっさりと崩れ、騎士たちは次々と逃げ出した。
さらにはそんな彼らに置いてかれまいと、御者までもが慌てて馬と荷台をつなぐロープを切り離す。
「へへ、わ、悪く思うなよ嬢ちゃん! 俺だってまだ死にたくねぇんだ!」
それだけ言い残し、御者のおじさんはそのまま馬で走り去ってしまった。
残されたのは武器も防具も持たない私、ただ一人。
「そ、そんな……」
遥か見上げた先で、モンスターの巨大な爪がギラリと光る。
――私、ここで死ぬの?
そう思った、まさにその瞬間だった。
鋭い剣閃が空気を裂いた。
「……え?」
目の前にいたタイラントベアの太い腕が宙を舞う。と同時、視界に飛び込んできたのは、ひとりの青年の後ろ姿。
王国製とは違う甲冑を纏った金髪の騎士が、馬を駆って戦場へ躍り出る。
「はぁ!」
「グオオオオッ!!?」
目にも止まらない速度の剣筋が、タイラントベアの肉体を切り刻んでいく。
巨体はあっという間にドスンとその場に倒れた。
「す、すごい……」
あまりの圧倒っぷりに、私は身動きも取れないまま呆然とした。ただ一つ理解できたのは、どうやら私は助かったらしい。
静かになった森で、その騎士様は馬を降りるとホッと溜め息を吐いた。
「よかった。ギリギリ間に合ったか」
「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございます。あの、あなたは?」
「俺はこの辺りの警備を担当している者でな。見回りの途中で悲鳴みたいな声が聞こえて、誰か襲われてるのかと思って急いで駆けつけたんだ」
そう言って、彼は周囲を見回す。
「さて、とりあえず危機は去ったが、また他のモンスターが来ないとも限らない。君も早くここを離れたほうがいい」
「あなたはどうするのですか?」
「俺は引き続き義務を果たす。周囲に残ったモンスターがいないか確認しなければ。……ん? そういえば連れはどうしたんだ? まさか女性一人でこんなとこに来るわけないだろうし、他の者たちはどこに――……うっ!」
苦しそうな呻き声とともに、彼は言葉の途中でその場に膝をついてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
いけない! もしかしてどこか怪我を……!?
そう思って私が慌てて駆け寄ると。
ぐぅぅぅううううううう……!
「……え?」
まるでモンスターの咆哮のごとき腹の虫の音。
ほんのり顔を赤くした騎士様が苦笑する。
「……お、お恥ずかしい。今日は朝からどうにもモンスターたちの動きが活発でな。ろくに食事を取る暇もなかったんだ」
「いえ、そんな……」
恥じる必要なんてない。これだけ広い森を休まず動き回っていたんだもの。さぞ大変だったでしょうに。
むしろお腹が空くのも当然だし、それでも駆けつけてくれたことに余計に感謝の気持ちが強まったくらいだ。
……あ、そうだわ!
「あの、騎士様? もしよろしければなんですけど、私に食事を作らせていただけませんか?」
命を救ってもらったせめてものお礼。
いろんなものを失ってしまった私だけれど、ギルドの仕事で培った料理の腕は失っていない。
「食事? いやしかし、それはありがたいが、食材がないだろう」
「いいえ、あります」
「え」
もっともな意見を述べる騎士様に、私ははっきりと言い切った。
そしてその視線の先に横たわっていたのは、先ほど討伐されたばかりの――。
「ま、待った! まさか……そいつを食う気か?」
「ええ、まあ」
「なっ……わ、わかっているのか!? そいつはタイラントベアだぞ。モンスターだ! モンスターの肉は瘴気を含んでいる。食べれば重い中毒を起こす! 下手を打てば死ぬことだって……!」
この世界じゃ子どもでも知っている常識。
けれど私は落ち着いたまま答える。
「ええ、もちろん存じ上げておりますとも。これまで“何度も”調理したことがありますから」
「……なに?」
私は戸惑う騎士様をよそに森からいくつかの薬草を摘み取って戻ると、逃げていった御者が忘れていったであろう短剣でタイラントベアの腹肉をブロック状に切り分けた。
そして細かく刻んだ薬草をお肉に擦り込み、そのまま水を張った鍋へと放り込んで焚き火にかける。
すると程なくして、どす黒く淀んだモヤのような気体が染みだしてきた。
「こ、これは……瘴気が溶け出てきただと!?」
背後で覗き込んでいた騎士様がギョッとする。
私は構わず茹で続けた。
「よし。もう充分かな」
やがて黒いモヤが完全に出なくなったところで、私は鍋から肉を取り出した。その後は串に差し込んでいき、今度は直で焚き火にかざす。
じゅっ、と脂が炎に落ち、香ばしい煙がふわりと広がる。
ごくり……。
背後で喉を鳴らす音が聞こえた。
「な、なんだこのウマそうなニオイは……これが本当にモンスターの肉なのか……?」
私は仕上げに岩塩と乾燥ハーブを振り、獣脂を薄く塗った。
それだけでお肉はつやりと輝く。
その姿はまるでドレスで着飾った淑女のように艶やかだ。
ちなみに鍋や調味料については、さっき乗り捨てられた馬車の積み荷から拝借したものである。護送は数日間に及ぶ予定だったため、野営装備が一式揃っていたので助かった。
そして焼き色がちょうど良くなったところで、私は串を掲げる。
「できました!」
――《タイラントベアの岩塩ハーブ焼き》の完成です!
「むぅ……!」
差し出された皿を前に、騎士様が唸る。
そこにはもはや魔物肉への恐怖心など微塵も残ってなった。
むしろその目はすでに期待感で溢れており、「もう一秒たりとも待ちきれない」「とにかく早く食べてみたい」――そんな心の声が聞こえてくるようだった。
そうして、彼は切り分けたお肉を口へ運ぶと――。
「……ぬぉおおおおおっっっ!!!!」
ルビーのような赤い瞳が、これでもかと大きく見開かれた。
「な、なんだこれは!!? ウマい……なんてもんじゃない、ウマすぎる! 噛めば噛むほど内側から肉汁が弾け、野性味のある旨味がこれでもかと押し寄せてくる! そしてそれを岩塩とハーブの香りがさらに引き立てて……!!」
興奮とともにガツガツと夢中で食べ進めていく。ナイフとフォークを動かす手が止まらない。
気がつくと、お皿の上はあっという間にきれいさっぱり空になっていた。
「……ごちそうさまでした」
まるで湯上りのようにホクホクとした表情で騎士様が両手を合わせる。
ふふ、よかった。ちゃんと喜んでもらえたみたい。
「いやぁ、恐れ入った。まさかモンスターの肉がここまでうまいとは……。いや、というかそもそもどうして俺は平気なんだ? これはいったいどんな魔法だ?」
「いえ騎士様、これは魔法ではありません」
不思議そうに見つめてきた彼に、私は小さく首を振った。
「たしかにモンスターの肉が瘴気で危険なのは常識です。でも、実は特殊な下処理をすることで、その瘴気をきちんと無害なレベルまで中和できるんですよ」
例えば、複数の薬草といっしょに煮込むとか。
「……なるほど。さっきのアレはそういうことだったのか」
「瘴気の抜けたモンスターは、ただの獣と同じです。それどころか普通の獣より栄養価も高くて、旨味も強いんですよ」
「だからか。道理でとてつもないウマさだと……」
ちなみに、私がその事実に気づいたのは偶然だった。
ある日、ギルドで仕入れ担当もこなしていた私に、マスターであるガルドが突然こう言ったのだ。来月から材料費を大幅に削減する、と。
しかも予算を超えた分は給料から天引き。でも料理の質を落とせば、今度は冒険者たちが怒り狂う。完全な板挟みだった。
そこで目をつけたのが、討伐後に捨てられていたモンスターのお肉。
爪や皮はよく素材として使われるが、肉はほとんどが廃棄される。
食べられないなら――食べられるようにすればいい。
そう考えた私は、薬草や処理方法を変えながら何度も試し、やっとの思いで瘴気を抜く調理法を見つけた。
つまりなんてことはない。
私の編み出したこのモンスター料理は、単なる苦肉の策でしかないのだ。
けれどそう苦笑した私に対し、騎士様はふっと笑ってこう言った。
「……いやはや、とんでもない努力家だな、君は。尊敬に値する」
「え?」
まさかのひと言に固まる。
尊敬だなんて……そんな言葉、これまで誰からも一度だって言われたことがなかった。
つぅーと頬を伝う感触に気づいて、私ははっとした。
慌てて袖で目元を拭う。
「え、あ……す、すみません、急にこんな……。でも、今までそんな風に褒められたことなんて一度もなかったので、つい……」
そう言いながらも、一度溢れた感情は止められなかった。
気づけば私は、これまでのことをぽつりぽつりと話していた。
自分が王国の貴族だったこと。
冒険者ギルドで雑用としてこき使われていたこと。
そして、ギルドの金を横領したという冤罪で追放されたこと。
その間、騎士様はずっと黙り込んでいた。
焚き火の炎を見つめたまま、じっと何かを考えている様子で。
やがて私が話を終えると、彼はゆっくりと口を開いた。
「……なるほど。君の事情はよくわかった」
さらに続ける。
「それなら、うちに来ないか?」
「……え?」
うち……って?
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はリスティン・アルグレイン。この土地で辺境伯をやっている」
「アルグレイン……」
それってたしか、王国と国境を挟む帝国の領地の名前じゃ。
しかも、私が追放される予定だった場所の……。
……そっか。私、知らないうちに追放先の領主様に助けてもらってたんだ。
「で、でも……どうして私を……?」
「そりゃあもちろん、こんなにうまい飯なら毎日だって食べたいからな」
言いながら、騎士様――もといリスティン様はどこか照れくさそうに笑った。けれどすぐに表情を引き締め直す。
「……まあ、というのは半分冗談の半分本気で、ちゃんとした理由もある。実のところ、さっき料理を食べてから妙に体がうずいていてな。血がぽーっと熱くなって、疲労まで一気に消えた。しかも魔力の巡りまで明らかに良くなっている」
「え?」
「おそらくだが、魔力を多く含むモンスターの肉を食ったことで、俺の肉体が強化されたんだろう」
「肉体が、強化……?」
どういうこと? なんでそんなことが……?
「もしや知らなかったのか? ……まあでも、作る側はある意味仕方ないか。まして君は騎士でも冒険者でもないわけだし。しかし食べる側は普通気づくはずだと思うが。今まで誰かに指摘されたことは?」
「いえ、そのような話は……」
ギルドの冒険者たちは料理をただ貪るだけで、感想なんてほとんどなかった。
けれど今になって思えば、食事のあと彼らはいつも妙に元気だった気もする。
単にお酒で酔っぱらった勢いだと思っていたけど……もしやあれは料理の影響だった?
「ふっ、やれやれ。どうやら君がいた場所は、よっぽどマヌケの吹き溜まりだったらしいな」
リスティン様が呆れたように肩をすくめる。
そして話を戻す。
「この辺りは昔からモンスターがやたらと多い土地でな。そんな危険な場において、料理で戦闘力を底上げできる存在は貴重そのものだ。もはや並の支援職を遥かに超えた、破格の“戦力”とも言っていい」
「戦力……私がですか?」
「ああ。俺の目に狂いはない」
そうして彼は両ひざに手を突き、ガバッと頭を下げた。
「だから、どうかいっしょに来てほしい。君が必要なんだ、アイカ。頼む!」
「!」
「もちろん住まいも用意しよう。俺の屋敷に住み込みはどうだ? 部屋は一番大きな客間を用意する。それと給料についても元の職場の5倍出そう。どうだ?」
5倍!? そ、そんなに!?
……とは驚きつつ、でも正直なところ金額はさほど問題じゃなかった。
必要とされている。ただそれだけで私には充分だった。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
長い雑用の日々で凍りついていた心が、少しずつほどけていく。
「……承知しました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします――“旦那様”」
これが、私と旦那様の出会いだった。
***
その数日後、冒険者ギルドの最上階にある執務室では、下品な笑い声が響いていた。
「ガハハハッ! いや~、今回は実にうまくいった」
椅子にふんぞり返っているのは、このギルドを束ねる男――ガルド・バルディオス。
小太りの体を揺らしながら、彼は机の上の書類をひらひらと振った。
そこには各種の帳簿、金庫の出納記録、そして――アイカ・フランベルの署名。
いずれもアイカの横領の罪として出した証拠だ。
しかし、そのすべては“偽物”だった。
「まさかたった一人の小娘を生贄にしただけで、全部丸く収まるとはなぁ。直前に王都から急な査察の話を聞いたときは肝が冷えたが、人間本気を出せば案外なんとでもなるもんだ」
ギルド資金の横領――本来であれば、それは自分が追及されていたはずの罪。
だが今、その濡れ衣を背負った女は追放処分となり、この国を去る羽目となった。
ガルドは書類を机に放り投げると、くっくっと笑いながら肩を回した。
「それにしても、ワシも我ながら器用なものよ。ここまで完璧に筆跡を真似られるなんて相当だぞ。しかしあの女、無駄に字がキレイなぶん、逆に苦労したわい」
もっとも、その手間の甲斐はあった。
それも自分が想像していた以上の形で。
つい先ほど聞いた報告の内容を思い出し、ガルドはさらに顔を歪めた。
護送隊がモンスターに襲われ、罪人アイカは行方不明。
けれど状況的に生存の可能性は限りなくゼロ。
「ガハハハハッ! 神様ってのはいるもんだなぁ、おい!」
正直なところ、追放だけでも御の字だと思っていた。
だが、これでわずかに残っていた余計な心配すら完全に消えた。なぜなら死人は口を開かないから。
「さてっと……せっかくだし、祝いに秘蔵のワインでも開けるか。ぐふふ」
まったく今日はなんて良い日なんだ。こんなときは頑張った自分へご褒美をあげるに限る――そんなことを考えつつ棚に手を伸ばした、そのときだった。
コンコン、と執務室の扉がノックされた。
「あぁん?」
せっかく気分がよくなっていたところだというのに邪魔を入れるとは。
ガルドは小さく舌打ちをしてから、面倒くさそうに声を張った。
「……なんだ。入れ」
扉が開き、若い男性職員が遠慮がちに顔を出す。どこか気まずそうに背を丸めながら室内へ足を踏み入れた。
「すみませんマスター、今ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「よくない……と言いたいところだが、特別に許してやろう。ワシの人柄に感謝せい」
「は、はぁ……」
「で、なんだ? 何かあったのか」
「いえその、直近のクエストの達成状況について、少々気になる報告がありまして……」
職員はおずおずと切り出す。
「実はここ数週間で、依頼の成功率が急激に下がっているのです」
「依頼の成功率? どれくらいだ?」
「それが、その……」
「どうした。早く言え」
言葉を濁す職員をガルドが急かす。
すると、返ってきたのは驚くべき答えだった。
「…………ご、五割、です」
「五割っ!?」
ガルドは思わず立ち上がっていた。
「な、なんだそれは! 何かの間違いじゃないのか!?」
「はっ。もちろん私も最初はそう思ったのですが、何度報告書を確認しても誤りではなく……。しかもこれまで無傷で済んでいたような依頼でも負傷者が出ることが増えていて、冒険者たちの消耗もかなり目立ってきています」
職員は持ってきた資料をめくりながら説明する。
実際、ここ数日は治療室へ運び込まれる冒険者の数が明らかに増えていた。
討伐そのものは成功しても想定以上に苦戦する例も多く、ギルド内を見渡せばほとんどの冒険者が体のどこかに包帯を巻いている始末。
「くそったれめ! まったくなんて体たらくだっ! ここは王国最大のギルドだぞ!」
許しがたい事態だった。
栄えある王国唯一のSランクギルドが依頼を半分も失敗するなど、名折れも良いところだ。不甲斐ないというレベルですらない。
だが、職員の報告はそれで終わらなかった。
「……あの、それと、もう一件」
「なんだ。まだあるのか」
「酒場で出される食事について、冒険者から苦情が出ています」
「食事ぃ?」
「料理の質が以前より落ちたとか、前の食事に戻してほしいとか……それに、最近なんとなく元気が出ない、といった声もチラホラと……」
ガルドの顔がみるみる紅潮していく。
「ふざけるな、なにがメシだ! まったく、つけあがりやがって! そんな文句を言う暇があるなら働けと突っぱねろ! うまいメシが食いたきゃまずちゃんと依頼を成功させるか、あるいは嫌ならよそへ移ってもいいんだぞとなぁ!」
この国の各所にある冒険者ギルドにおいて、最大の依頼数を抱えているのはここだ。たとえ他所へ行ったところで、今より稼げる場所などない。それをガルドはよく知っている。
「だいたい、給仕はなにをやってるんだ! アイカのやつを追い出した分、新しくシェフを雇っただろう! そいつらは!?」
「それが、彼らからも『こんな予算でまともな料理なんて出せるわけがない』と……」
「……なにぃ?」
他にも、「厨房から料理を運ぶのが大変」「ホールのスタッフも雇ってほしい」「今までちゃんと回せていたのが不思議なくらい」などなど。
しかし、それらの陳情を聞いた瞬間、ガルドは「このぉ……」と額に青筋を走らせた。
「えぇい黙れ黙れぇ! 今までだってそれで回してきたんだ! できないわけがなかろう! これ以上つまらん話でワシをイラつかせるんじゃない! あとのことはお前らで工夫してなんとかしろ!!」
「は、はい……失礼しました!」
汚く唾を飛ばしながら吠えるガルドの剣幕に押され、職員は慌てて頭を下げた。
そして逃げるように執務室を出ていく。
「チッ……くだらんことで騒ぎおって。馬鹿どもが」
再び一人になり、ガルドは不満げにどっかりと椅子へ腰を沈める。
しかし、次の瞬間にはまた余裕の笑みが浮かんでいた。
さっきはつい動揺してしまったが、そんなものたまたま冒険者どもの調子が悪かっただけだろう。
人間良いときもあれば、悪いときもある。深く考える必要なんてない、と。
それに何より……。
「ふん、まあいい。結局のところ、うちの稼ぎ頭は《金の盾》だ。あいつらがいる限り、このギルドは安泰よ」
何度も言うが、このギルドは王国における最上位。
そしてその最大の収入源は、国唯一のSランクパーティーである《金の盾》。国家指定の高難度クエストを次々成功させ、その報酬は桁違いだ。
たとえ小さな失敗がいくら重なろうが、奴らの活躍でいくらでも帳消しにできる。
「それこそ、たかが貴族の小娘ひとり追い出そうがな。ガーッハッハッハッ!」
再び気分の良くなったガルドは、棚から秘蔵のワインを取り出した。
景気の悪い話はとっとと忘れ、今一度無事に不祥事をもみ消せた件について祝杯でも上げつつ、今晩巡る夜の店の選定でもしよう……と。
――だが、その数日後。
そんな彼が全幅の信頼を寄せていたSランクパーティー《金の盾》が、見るも無残なズタボロの姿で帰還することを。
このときのガルドは、まだ知らない。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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