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世界一になったら、その先はどうするのか?

「幸せになりたい。」


人類が火を起こして以来、ずっと言い続けている言葉である。

しかし不思議なことに、「幸せって何?」と聞かれると、急に歯切れが悪くなる。


たとえば、こういう場面を想像してほしい。


あなたは世界一の大富豪になった。

使いきれない資産。

予約の取れない三ツ星レストランも顔パス。

世界一美味しいと評判のワインも、専属ソムリエが注いでくれる。


完璧だ。


さて、そのあとどうする?


翌日、目覚めたあなたはこう思うかもしれない。


「……で?」


到達してしまったのである。

上にはもう誰もいない。

比較する相手もいない。


ゲームで言えば、ラスボスを倒したあとの画面だ。

BGMは流れているが、やることがない。


それでも幸福と言えるだろうか。


一方で、こんな場面もある。


仕事帰り、ふと空を見上げる。

夕日が、やけにきれいだ。


特別なことは何もない。

資産も増えていない。

順位も変わっていない。


それでも、少し満たされる。


こちらはどうだろう。

これは幸福か?

それとも、単なる気のせいか?


私たちは普段、

「より上へ」「もっと多く」「他人より良く」

という方向に幸福があると信じがちだ。


しかし、もし幸福が“到達点”だとしたら、

到達した瞬間に終わってしまうのではないか。


逆に、今この瞬間の心地よさだけで満足していたら、

成長も挑戦も止まってしまうのではないか。


さらに言えば、


誰かに評価されなければ幸せになれないとしたら、

それは本当に自分の幸福なのだろうか。


もしかすると問題は、


「どうすれば幸福になれるか」ではなく、


私たちは何を“幸福”と呼んでいるのか?


ということなのかもしれない。


夕日と世界一のワイン。

この二つは同じ“幸福”という箱に入れていいのだろうか。


そしてもし違うのだとしたら、

私たちはいったい、どの幸福を追いかけているのだろうか。





次章では、幸福をいったん分解してみたい。

もしかすると、混乱の正体は

「一つの言葉で三つのものを語っていること」

にあるのかもしれない。



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