1話 女神アローナは泣き上戸
12月24日クリスマスイブ。
ある一軒家で一組の夫婦が聖夜を祝っている。
チキンにピザにケーキにワイン。
互いにプレゼントを贈り合う。
女はブランド物の洗練された腕時計。
男は赤い小さな箱を女に差し出した。
指輪だった。
「結婚しよう」
その一言が女を大きな瞳を潤ませた。
女の長く艶やかな黒髪が、指に光るダイヤを映えさせる。
幸せの絶頂の中にいるニ人の頭上では、真っ暗な部屋の中、大型犬用のケージに入れられ、首輪まで付けられた薄着の幼い兄妹がやせ細った体を寄せ合い、寒さに耐えていた。
吐き出される息までが冷たい。
兄ワタルが何を言っても妹のユカリは目も口も開く事はなかったが、今出せ るだけの力を込めて抱きしめながら、今年のサンタさんは僕達の所にも来てく れるだろうかと語る。
「もし、来てくれるなら、ユカリと二人だけで暮らせる、家が欲しい」
その呟きを最後にワタルは・・・。
「ヴァアアア!!」
「可哀想!ワタルとユカリ可哀想!まだ10歳と5歳なのに!」
「突然両親を失ったと思ったらクズな叔父カップルに家も遺産も取られた上に虐待されて!あんなに痩せちゃって!最期がクソ寒い中犬用ケージに繋がれてヴァアアア!家が欲しい?あげる!何でもあげる!私の世界に来な!二人で自由に生きて!」
異世界の女神、アローナはたまたま遊びに来ていた"地球"で、今まさに幼い兄妹の体から魂が離れる瞬間を見た。
二人の短い一生を目の当たりにしたアローナは、絶対にこの兄妹を幸せで自由な人生を送らせてやるんだと決意し、兄妹の体ごと自分の世界に連れ帰った。
世界の中心にある小さな島、アレス公国の王子カミーユ・アレスは、正門から数百キロ離れた荒野のど真ん中で、商人から手に入れた"勇者になれる本"と言う、明らかな詐欺に引っかかり、適当に描かれた魔法陣を地面に書き写し、勇者召喚の儀を実行しようとしていた。
「良し!あとは勇者を呼び出してこの賢者の石を掲げ、勇者の力を奪った後、石を砕いて残さず食せば、この俺が最強の勇者だ!」
その後ろで見ていた兵士達は侮蔑の表情で失笑した。
「あんなので勇者様が現れたら俺一生王子に付いて行くわ」
「俺も!」
「俺もだ!」
「俺はやめとく」
「ふっ!」
「はははははっ!」
そんな笑い声も耳に入らない王子は右手のダイヤカットされたただの石ころを天に掲げ、
「我が言葉に応えよ!勇者よ現れろ!!」と叫んだ。
すると黒い光が陣を包み、奴隷のように首輪を付け、ボロボロボな姿の二人の子どもが現れた。
静寂が辺りを包む。
だが、それは一瞬で王子の怒声で破られた。
「こ、こんな死にぞこないの奴隷が勇者だと言うのか!」
「あの商人め!俺を騙したな!」
本を投げ捨て踏みつける。
兵士達はあんなので人間が現れた事に驚きはしたが、すぐに賭けに負けた事を悔しがり、誰も二人を心配する者はいなかった。
王子は二人を一瞥するとツバを吐き掛け、兵士と共に国へ引き返してしまった。
女神アローナは混乱した。
「何で!?何でワタル達を助けないの!?勇者だよ~?」
「とにかく早く助けないとまた死んじゃう!」
「癒しの雨よ。二人の傷を癒し、健康な体を与え給え」
地面に横たわり、遮るもののない日差しを浴びて肌を焼いている二人の体に緑色の優しい雨が振り注ぐ。
途端に傷は癒え、痩せた体には肉がつき、表情は和らぎ寝息を立て始めた。
「次はえっと、健康な体、て?どんなのだろう」
「う〜ん・・・。まぁいっか!どんな世界でも生きて行ける耐性のある体!病気をしない健康な体!どんな攻撃も受け付けない強い体!」
「後は・・・。わかんないからいいや!スマホと何でもしまえるマジックバッグ!」
「あと家!お友達を呼べるように、人数によって間取りが変わる家!悪人は入れない防犯に強い家!耐性があって攻撃を受け付けないで劣化もしない最強の家!」
「これだけあれば二人でも生きて行けるはず!」
ドオオオン!!
体が浮き上がるほどの衝撃に目を覚ますワタルとユカリ。
「「?!」」
辺りを見回すと何も無い、前後左右地平線が広がっているだけだった。
「この世界に二人をいじめるオジサン達はいないよ!この家はバッグに入れて持ち歩けるから、世界中のダンジョンを攻略するも良し!旅行するも良し!どこにも行かず二人きりで生きて行くのも良し!自由に生きてね!」
どこからかそんな女の人の声が聞こえた。
地面に座り込む二人は顔を見合わせ、青い屋根、白い板壁の柵で囲われた、庭付きの一軒家を眺めていた。
とりあえず白いドアのノブに手を掛け、右に回す。
開けるとリビングの中心には六人がけのテーブル。右の壁側にキッチン、左の壁側に風呂・トイレ、正面奥には二部屋あり、それぞれワタル・ユカリのネームプレートが掛けられていた。
二つの部屋の間取りは同じだった。
入り口の左側にクローゼット、中心に四角く青い絨毯。右側にベッド、左側に白い勉強机とその右側に大きいが低い本棚があった。
「これが僕達の家・・・」
「イジワルなおじさんもおばさんもいないの?」
「居ない、みたい、僕達、自由なんだ・・・」
しばらく沈黙し、二人はその場に立ちつくしている。
ふと、ユカリの目から流れる涙を見たワタルは慌ててどこか痛むのかと心配をした。
「ユカリ!どうした!?どこか痛いの?」
「わかんない。もうだいじょうぶなんだって。おもって、そしたらないちゃった」
ワタルはそっと無言でユカリを抱きしめた。
「お腹すいたね。何かないか冷蔵庫を見てみよう。なかった外に買いに行かなきゃいけないしね」
「うん!」
二人で冷蔵庫を開け、中を除くと肉、魚、野菜、冷凍食品まで色々な食材が詰まっていた。
そしてその食材は減ることがなかった。
食材だけでなく、火も水も電気も使えたし石鹸や洗剤なども減ることはなく、二人は何も買い求めずとも生きていけた。
しばらくは二人だけの生活を楽しんだ。
そしてある日、ユカリがこう切り出した。
「ダンジョンに行きたい!」
「だ、ダンジョン、か・・・」
ついに来た!とワタルは思った。
ユカリは元々好奇心旺盛な性格で怖いもの知らずだ。
叔父から虐待を受けていたときも、迷わず立ち向かっていったのもユカリだった。
あの時、女人が言っていた"ダンジョン"と言うものに興味を惹かれたらしい。
テーブルの上に置いてあるテレビが言うには、今日は8月の16日、ダンジョンの塔は一月前に出現し、現在30階層まで攻略されているらしい。
ダンジョン内には強力な魔物や宝石などの宝箱があるらしい。
ファンタジーが好きなユカリは勇者に憧れているからか、ダンジョンに行って敵をバッタバッタと倒してみたいのだ。
「駄目だよ!ダンジョン危ないから、テレビのおじさんも言ってたでしょ?こわーい魔物がいっぱいいるって!食べられたら死んじゃうんだよ!」
「でもあのおんなのひと、いってたもん!つよくけんこうでげんきなからだになったからどんなテキでもまけないよって!だからだいじょうぶだもん!」
「それにね、これあるもん」
そう言ってユカリはリュックから三体の人形を取り出した。
その人形は剣士、魔術師、聖女の人形だった。
その人形達はユカリの腕から飛び出しうやうやしく挨拶をすると、任せろ!と言わんばかりに堂々とした態度でワタルを見あげた。
「リュックのなかにね。はいってたの。けんくんはけんしで、まーくんはまほうつかいで、せいちゃんはせいじょなの!」
「めがみのかごに、けんくんたちがいる!これでだいじょうぶ!」
親指を立ててドヤッとするユカリ。
「はぁ・・・」
「最初の部屋だけだよ?」
「やったあああ!」
両手を上げて飛び上がるユカリ。
「ダンジョンいくにはね、"ぼうけんしゃ"にならなきゃいけないんだよ!」
「冒険者?」
聞いた事の無い言葉に頭を傾ける。
「あのね、まちにいって"ギルド"にいって"とうろく"しなきゃいけないの」
「街に行って登録?お金かかるかな?」
「くににはいるのにおかねかかるかも?」
「アニメじゃそうだったよ」
「う〜ん」
テーブルの上に置いてあるボディバッグをつかみ、中からスマホを取り出した。検索してみると入国料が一人銀貨三枚(約三万円)、ギルド登録料が銅貨三枚(約三千円)だった。
「高っ!」
しかし読み進めると国内にギルドは無く、ダンジョンの近くにある町、"荒野のダンジョン"内にあるらしい。
「ほんとうにひつようなときだけおカネがでてくるおサイフがあるからだいじょうぶ!」
「う〜ん・・・。町の入国料は銀貨一枚、登録料は変わらず。(あまり便利な道具に頼りすぎてユカリの感覚がバグると嫌だな・・・。初めだけであとは使わない様にしよう)」
「分かった。お昼も食べたし、これからギルドに行ってみようか!」
「やったああ!」
こうして幼い兄妹は異世界で第二の人生を冒険者として生きる事となった
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