表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/36

第29話 台所奉行の使いっ走り、庭先の薙刀少女


 清洲城下の木々は色づき始め、空は高く澄み渡っていた。絶好の行楽日和だ。現代なら、弁当を持って紅葉狩りにでも行きたいところだ。

 だが、俺がいるのは、相変わらず薄暗い城の裏手、台所の詰所だった。

「……計算が合わん。米が三俵、どこへ消えた?」

 俺は机の上で頭を抱えていた。台所奉行補佐としての仕事は、激務の一言に尽きる。冬支度の備蓄に加え、領内の検地データの整理など、物資の出入りが激化しているのだ。俺も、そろそろオーバーヒートしそうだ。


「おい茂助! 休憩してる暇はねえぞ!」

 上司の木下藤吉郎が、顔面蒼白で飛び込んできた。

「一大事だ! 津田つだ様のお屋敷からクレームが来た!」

「はあ? 津田様って、誰ですか?」

「誰って、お館様の親族筋の方だよ! 昨日、お館様の名代として、季節の挨拶に『三年味噌』を一樽贈っただろう? あれが、ひび割れて中身が漏れていたそうだ!」

 俺は天を仰いだ。

 津田家は織田信長様の遠縁にあたる家らしい。その津田家に対し、主君からの贈答品が破損していたとなれば、それはただの不良品交換では済まない。

 織田家の顔に泥を塗ったことになり、藤吉郎の管理責任が問われる大問題だ。こういう贈答品となると話の重さが違う。 


「すぐに新しいのを持って謝りに行ってこい! 極上のやつを選べ! 絶対に粗相をするなよ!」

「えー……藤吉郎様が行ってくださいよ。俺、コミュ障なんで」

「俺は今からお館様と打ち合わせだ! ここで俺が抜けたら、お館様の機嫌まで損ねる! 頼む茂助、俺とお前の首がかかってるんだ!」

 なんでいつも一蓮托生なんだよ。

 藤吉郎は拝み倒すように言って、逃げるように去っていった。

「……はぁ。行くか」

 俺はよろよろと立ち上がった。護衛の三太夫を呼ぼうとしたが、あいつの顔は怖すぎて、謝罪に行ったら逆に脅しに来たあと勘違いされかねない。俺は一人で味噌樽を担ぎ、津田屋敷へと向かった。 


 ***


 津田家の屋敷は、清洲城下の武家屋敷街にあった。立派な門構え。手入れされた庭木。俺の実家とは格が違う。

「ごめんください……。台所奉行の使いで参りました……」

 出てきたのは、年配の女性だった。侍女じじょってやつかな。

「あらまあ、早かったこと。……代わりの品ですか?」

 侍女は俺の巨体を見ても動じず、テキパキと指示を出した。俺は言われるがままに樽を置き、古い樽を回収する。これで任務完了だ。さっさと帰ろう。

「あ、ちょっとお待ちになって。『素早い対応への労いとして白湯でも』と仰せつかっているの」

「えっ、いえ、そんな……」

「いいからお待ちなさい。すぐにお持ちしますから」

 侍女は奥へ引っ込んでしまった。断りきれない。


 俺は手持ち無沙汰になり、土間から繋がる庭の方へふらふらと歩いた。

 広い庭だった。枯山水のような石組みがあり、紅葉が美しく植えられている。静かだ。戦国の世であることを忘れさせるような静寂。


 ――ビュッ。

 ――ビュンッ。

 その静寂を切り裂くような、鋭い風切り音が聞こえた。誰かいる。俺は音のする方、庭の奥にある開けた場所へと近づいた。

 そこに、一人の女性がいた。

 歳は二十前後だろうか。長い黒髪を後ろで束ね、動きやすい稽古着に身を包んでいる。手には、身の丈ほどもある長柄の薙刀なぎなた


「せえええいッ!」

 気合一閃。彼女が薙刀を振るうと、空気が裂けるような音がした。

 美しい。舞を舞うような優雅さと、人を殺めるための鋭さが同居している。俺は思わず見とれてしまった。

 その時、彼女がくるりと振り返り、俺の方を向いた。


「……誰じゃ!」

 鋭い眼光。俺はビクリと震え上がった。

 その顔を見て、記憶がフラッシュバックする。

 正月の城下町。俺がぶつかって、巾着袋を落とさせてしまった、あの美女だ。

「あ……」

 彼女も俺を見て、目を丸くした。

「そなた……正月の、無礼な大男か?」

 覚えられていた。まあ、こんな巨漢なんて、そうそういないからな。


「い、いえ、無礼というか……その節は大変失礼いたしました! 俺は台所奉行の下で働いております、茂助と申します!」

 俺は慌てて平伏した。彼女は薙刀の石突きを地面にドンと突き、じっと俺を見下ろした。

「茂助……? どこかで聞いた名じゃな」

「よくある名前ですよ。佐藤とか鈴木みたいなもんです」

 俺は誤魔化した。「鬼の茂助」だとバレたら、手合わせを申し込まれそうで怖い。この人は強そうだ。  


「ふん。……して、なぜこのような所にいる。勝手に入ると斬り捨てるぞ」

 物騒すぎるだろ。

「み、味噌を届けに来たんです! 白湯をいただけると言うので待っていたら、迷い込んでしまって……」

 俺は必死に弁明した。彼女はふっと息を吐き、構えを解いた。

「そうか。……驚かせてすまなかったな」

 彼女は手ぬぐいで汗を拭った。その仕草が、妙に色っぽくて、俺はドギマギしてしまった。


「……見事な薙刀ですね」

 俺がお世辞を言うと、彼女は自嘲気味に笑った。

「女の武芸など、所詮はままごとじゃ。……いざ戦となれば、男たちの後ろで震えていることしかできぬ」

「そんなことないですよ。さっきの鋭さなら、俺なんて一撃で真っ二つです」

「お世辞はよい。……私は、悔しいのじゃ」

 彼女は薙刀の柄を強く握りしめた。

「男に生まれていれば、槍を持って戦場を駆けることもできた。……だが、女ゆえに、政略の道具として家に縛られる。……私の人生は、誰かの所有物になるためにあるのではない」

 重い。現代フェミニズム的な悩みだ。戦国時代の女性にとって、それは逃れられない宿命なのだろう。だが、俺の口から出た言葉は、軽かった。


「まあ、男も似たようなもんですよ」

「……なに?」

 彼女が眉をひそめる。

「俺だって、本当は家で寝てたいんです。でも、『男なんだから働け』『出世しろ』『家を継げ』って言われて、嫌々戦場に放り出されてます。……性別関係なく、この時代はみんな何かに縛られてるんじゃないですかね」

 俺はニートの本音を漏らした。「男らしさ」という呪縛。それは現代でも戦国でも変わらない。

 彼女は、ポカンとして俺を見た。そして、クスクスと笑い出した。 


「……ふふっ。そなた、変わった男じゃな」

 彼女の笑顔を、初めて見た気がした。キツイ顔立ちが崩れると、年相応の可愛らしさがある。

「武士たるもの、功名を夢見るのが常だろうに。『寝てたい』とはな。……だが、不思議と気が楽になったわ」

「そりゃあ良かったです」

 その時。庭の隅にある、巨大な庭石の方から、うめき声が聞こえた。

「うう……重い……あがらねえ……」

 見ると、二人の下男が、庭石を動かそうとして悪戦苦闘していた。模様替えか何かだろうか。

「……見ておれぬな」

 彼女がため息をつき、助けに行こうとする。だが、あの石は数十キロ以上ありそうだ。女性の手には負えない。 


「あー、ちょっと待ってください。俺がやりますよ」

 俺は彼女を制して、下男たちの元へ歩み寄った。

「代われ。腰を痛めるぞ」

 俺は下男たちを下がらせ、石の前に立った。デカい。そして重そうだ。

「ふんッ!!」

 俺は息を吐き出しながら、一気に立ち上がった。

 ズズズ……。

 巨大な石が、宙に浮く。


「おおおっ!?」

「持ち上げたぞ!」

 下男たちが驚愕の声を上げる。俺は顔を真っ赤にしながら、数メートル横の指定された場所へ石を移動させ、静かに下ろした。

 ドスン。

「……ふぅ。こんなもんですか」

 俺は腰をトントンと叩いた。振り返ると、彼女が信じられないものを見る目で俺を見ていた。

「……そなた、何者じゃ」

 彼女の声が震えている。

「その巨石を、一人で、軽々と……。ただの使い走りとは思えぬ」

「い、いえ、ただの力持ちです。……普段は米俵を運んでるんで、慣れてるだけですよ」

 あまりなも美人でカッコつけてしまった。

 実際は腕も腰もバキバキになっている。


「あ、俺、もう行きますね」

 俺の窮状がバレないよう、そそくさとその場を離れようとした。だが、背後から彼女の声が追いかけてきた。

「待て! 名を、もう一度申せ!」

「……茂助です。堀尾家の」

 俺は振り返らずに答えた。その瞬間、背後の空気が変わった気がした。

「堀尾……茂助……?」

 彼女の呟きが聞こえた。

「噂の……『鬼の茂助』か!?」

 バレた。やっぱりバレた。

 俺は冷や汗をかきながら、小走りで勝手口へ向かった。

 女性から白湯を受け取り、一気飲みして屋敷を飛び出す。心臓がバクバクしていた。あんな綺麗な、でも怖そうな人と関わってしまった。しかも、俺の正体まで知られてしまった。

「……厄介なことにならなきゃいいけど」

 俺は帰り道を急いだ。


 一方、津田家の庭にて。

 彼女――名は桔梗ききょうといった――は、茂助が去っていった方向をじっと見つめていた。

「……堀尾茂助」

 彼女は、自分の胸に手を当てた。心臓が、早鐘を打っている。

「鬼と聞いていたが……。話が通じる、妙な男じゃったな」

 彼女の脳裏に、茂助の言葉が蘇る。『性別関係なく、この時代はみんな何かに縛られてる』。そして、庭石を持ち上げた時の、圧倒的な力強さと、その後に見せた気さくな笑顔。

「……父上が言っていた縁談の相手か。……あれならば、悪くないかもしれぬ」

 桔梗は頬を染め、小さく笑った。その笑顔は、薙刀を振るっていた時の険しいものとは違う、年頃の娘のものだった。


 *** 


 清洲城の台所詰所。

 俺は、戻ってくるなり藤吉郎に詰め寄られた。

「おい茂助! 遅いぞ! 津田様は怒ってなかったか?」

「い、いえ。大丈夫でしたよ。……たぶん」

 俺は曖昧に答えた。庭で娘さんと遭遇して、力自慢を見せつけてきたなんて言えない。

「そうか。ならいい。……それより、また計算だ! 今度は芋がらの在庫が合わねえ!」

 藤吉郎が帳簿を突きつけてくる。俺は溜息をつき、計算を始めた。


 日常が戻ってきた。俺の頭の片隅には、あの紅葉の庭に立つ、凛とした女性の姿が焼き付いて離れなかったが、今はそれを考えている暇はない。

 でも、なぜか考えてしまう。



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

 皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
何気にソロバンを作成しましたね。 戦国時代転生者必須アイテム
2026/03/08 23:57 ファイブスター
藤吉郎はいつか部下か同僚に刺されると思う。 と思ったけど、のちの天下人になるほどの器量の持ち主だからその辺のマネージメントはきっちりやっているのかしら。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ