昨日の敵は今日も敵
お兄ちゃんが帰ってこない。
時刻は17時。なんの連絡もしなければ夕飯を食べさせてもらえない我が家のタイムリミットだ。
兄のスマホに何度もメッセージや電話をかけても反応がない。
何があった。
その時、自宅の電話が鳴り母さんがでる。
「ああ店長さん、いつもバカ息子がお世話になります」
「え?合宿ですか?はいはい」
「わかりました。煮るなり焼くなり好きにしてください」
「それでは失礼します」
ガチャ。
「母さん!いまの電話なに!!」
「ほら海の家のアルバイトでお世話になった店長さん。急に修善寺で部活の合宿をすることになったって」
「え?」
そんなことボクは聞いてないぞ。お兄ちゃんが内緒にするハズもない。
猛烈に嫌な予感がする。兄のスマートフォンに仕込んだGPSアプリも伊豆の修善寺を指していた。兄が修善寺にいることは間違いない。
今から東京をでて電車やバスを乗り継いだとしても、あちらに到着するのは夜中になるだろう。下手をすれば途中で移動手段がなくなる。
それでは手遅れになる気がした。
仕方ない。背に腹は代えられない。あの女に頼ろう。こよりはスマートフォンに登録したオナチューに電話をかけた。
「やりやがった。あの女。やりやがった」
汚いセリフを口にするのは副業部部長のパイセンだ。かなり頭に来ていた。いつものクールさが剥がれかけている。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
連絡先を交換していた副業部のオナチュー先輩に電話して、修善寺での合宿のことを聞いた。
「え?合宿すか?聞いてないすよ!」
ビンゴだ。
こうなったら嫌だけどパイセンに直接あたるしかない。こよりはオナチューにお願いしてパイセンから電話をくれるよう伝えた。
すでに時刻は17時半。一刻の猶予もない。こよりのスマートフォンが鳴る。あの女からだ。
「こよりです。兄が店長に拉致されました」
「後輩くんが姉さんに!?」
「修善寺にいる本人からうちに電話がきました」
「さらに母さんが煮るなり焼くなり好きにしてとまで言っちゃって・・・うっ」
ポタポタと足元に何かが落ちる。
こよりは知らないうちに泣いていた。兄が汚されてしまう。汚すのはボクと決まっているのに。
「落ち着きなさい」
「だって・・・お兄ちゃんが・・・」
「一時間で近くのコンビニまで車でいくわ。待っていて」
「ありがとうございます」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
カアアアアアアアーーーーン
夕方の新東名高速道路を二千万円する国産高級スポーツカー"オッサンNTR・オスモ"が突っ走る。
それを駆るのは免許を取得してまだ一ヶ月のパイセンだ。
あれからきっちり一時間でパイセンはコンビニに現れた。車のことはよく知らないが、免許取り立ての女子高校生が乗る代物でないことは一目でわかった。
でもそんなことはどうでもいい。これならお兄ちゃんのところに行ける。
お兄ちゃん無事でいて。相手が誰でもキスまでは許してあげる。ボクが上書きすればいいだけだから。でも、それ以上はダメ。
兄の初めてはすべてボクがもらう。
時刻は18時半。
合宿ならば夕飯を食べている時間。ただし部活のみんなでの場合だ。
二十五歳のイケイケ女店長とお兄ちゃんの二人ならどうなるかわからない。すでにシッポリしていたとしても何の不思議はない。
「乗りなさい、修善寺なら二時間で着くわ」
「お願いします」
あれから一時間ちょっと。東名高速道路を御殿場ジャンクションで新東名高速道路に入り、駿河湾沼津から伊豆縦貫道に入ったところだ。なんとか21時には到着できそうだ。
「姉の車は特殊でね。とめられる宿は少ないの」
「オタクくんが拉致されているのは、たぶん修善寺ホテルよ」
そこまでわかっているのならなんとかなりそうだ。
「わたし、後輩くんが好き」
とつぜんパイセンがぶっちゃけた。
「そして姉さんも」
これがあの女の正々堂々だったとは・・・ブツブツとつぶやく。
黒くなってますよパイセン。
「そしてあなたもよね、こよりちゃん」
「はい。お兄ちゃんはボクのです」
「そう」
「誰にもわたしません」
やはりそうか。兄と妹という垣根を軽く飛び越える覚悟がこの子にはある。常識とか世間体とか一般論なんて届かないよね。きっと。
「そう、わたしたち恋敵なのね」
「はい」
相手にとって不足なし。好きな人がおなじでなければ、きっと仲良くなれたのかもしれない。
ドリカムの歌みたいだ。
修善寺インターを降りる。暗闇に浮かぶ修善寺ホテルの姿が二人にもみえた。
はい異世界シニアです。
今回は逃げませんでした。エピソード29 さらって修善寺の続きになります。
もちろんパイセンやこよりが黙っているわけがありません。彼女たちも阻止臨界点まで全力で戦います。
さて舞台は伊豆・修善寺へ移ります。
オタクくんを好きな女(一人は心が女性ね)が三人集まるのです。
もちろんデートしかありません。
次回サイドジョブ。修善寺逃避行。
さあ、わたしたちのデートをはじめましょう。