こよりトルネード
不安はなかった。なぜなら覚悟は決めたから。
お兄ちゃんの一番になる。
お兄ちゃんの心を手に入れる。
どんな女にも負けない。
いまは四月で中学校の入学式当日。鏡の前には真新しいセーラー服を着たボクがいる。
「うん、本当にかわいい」
事前に両親には相談してある。学校にも許可はいただいた。トイレだけは別校舎にある教師用の男性トイレを使わなければならないけれど。
そんなことは彼にとって些末なことだった。
今日から大好きなお兄ちゃんと同じ中学校に通える。自宅だけでなく、学校でも彼を感じていられるのだ。
これ以上の幸せってどこにある。
「こより!もうすぐ時間よ、降りてきなさい!!」
「はーい」
ガチャ。部屋のドアを開ける。ちょうどお兄ちゃんも部屋を出てくるところだった。
「あ」
ボクの姿をみて一瞬固まる兄。彼の目に嫌悪感はなかった。ただ弟の見た目が完全な美少女に変身したことに戸惑っているらしい。
「おはよう、お兄ちゃん!」
「おはよう。こより」
「ねえねえ、お兄ちゃん見て。ボクかわいい?」
下から覗き込むようにあざとかわいく聞く。鏡の前で何度も練習した顔だ。彼は困った顔で照れながら口を開いた。
「かわいいぞ、こより」
「っつ」
胸がキュンとした。この人はたまにボクのストライクゾーンを的確に突いてくる。まだキュンやジュンで良かった。ドクンだったらボクのボクが大きくなって前かがみで歩けなくなる。
まあ・・お兄ちゃんと一緒にお風呂でも入らないかぎり、ボクのボクはサイズアップしないけどね。
「あんたたち!いいかげん降りてきなさい!!」
「行くぞ、こより」
「うん!」
ああ、なんて幸せな朝だろう。
こより、行きまぁす!
ざわっ
「え。誰あの子」
「もう一人はキモオタメガネよね」
「もしかして彼女??」
「かわいい。芸能人みたい」
ここは都立第三中学校の正門。入学式初日からこよりは鮮烈にデビューした。兄のボクを盛大に巻き込んで。
「あの・・こより」
「なぁに、お兄ちゃん♡」
「みんな見てるんだけど・・」
「そうだね」
「学校では手をつなぐのやめないか」
「なんで?兄弟が仲良く登校したら校則違反にでもなるの」
正論すぎて何も言えなくなった。
朝、こよりと一緒に自宅をでた。問題はその後だ。玄関を出て歩き出してから、こよりはボクの手を握って離さなかった。しかも恋人繋ぎで。
事情を知っているご近所さまはいい。問題はそれ以外の人たちだ。
芸能人と言われても信じてしまうレベルの美少女と歩くオタクメガネ。
ボクが卒業するあと二年。これ毎日続くんだろうなあ。
ま、弟が幸せそうならそれでいいか。
それから二年。ボクの卒業式までこよりとの恋人繋ぎの登下校は続いた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「失礼します」
お兄ちゃんと職員室に呼び出された。
「先生、来ました」
「おう、また朝からやらかしてくれたな」
「すみません」
なぜお兄ちゃんとボクが呼び出しされるのだろう。そしてお兄ちゃんはナゼ謝るのだろう。
「先生、兄弟が仲良く登校すると、どうして呼び出されるんですか?」
またこよりは余計なことをいう。
「こよりと言ったな。校則違反でもなんでもないけどな。"それ"は恋人同士のするものだ!」
「そうなんですか。知らなかったでーす」
嘘つけ。おまえ執拗に指を絡ませてくるやん。しかもえろく。
「いや、職員室のなかくらい手を離せ」
「ボクたち仲良し兄弟なので無理でーす」
「はぁ・・まあいい。おまえたち、これ以上の問題は起こすなよ。いってよし」
お兄ちゃんの担任の先生は入学式初日からボクを認めてくれた。この人はいい人だ。直感でわかる。
いつかボクの担任になってほしいな。二年後になるんだけど。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
では順番に自己紹介をして。担任の先生がうながす。
「こよりです。よろしくお願いします」
「かわいい」
「あの子でしょ、朝の」
「お人形さんみたい」
「男の娘だからこそいい」
「迫られてみたい」
クラス内にひそひそ声が広がる。ほとんどが中傷レベルだけど、なかには好意的なものもあるようだ。
馬鹿らしい。有象無象を気にしてどうする。お兄ちゃんにとっての一番になる。成人するまでに女に変身する手術費用の一千万円を貯める。
その二つだけをいまは考えろ。
といっても勉強は好きだし授業も楽しい。三年後に兄と同じ高校へ通うためにも学力はつけておきたい。
デキの悪い弟。そんなみっともない姿を大好きな兄に見せるわけにはいかない。ボクは一番でなければいけなかった。
ボクは体を動かすことも得意になっていた。海で溺れて死にかけた翌年、体と心を鍛えるために近所の少林寺拳法の道場にも通わせてもらった。
何かあったとき、今度はボクがお兄ちゃんを守るために。
「こよりくん、また同じクラスだね」
「うん、よろしく」
「それにしても綺麗になったね!」
「ありがとう、仲良くしてね」
「もちろん!」
ボクの住む地域の小学校は、ふつう同じ学区の中学へエスカレーター式に進学する。だからよほど上の高校や大学を目指さないかぎり、クラスのほとんどが知った顔になる。その点は助かった。
陽キャだったボク。小学校で仲良しだった親友も何人か同じクラスになった。中には小学生時代に交際を申し込んでくれた女の子も何人かいた。
彼女たちも複雑な心境だろう。好きな男の子が女の子になっちゃったんだから。ほんと申し訳ない。
あ、誰ともつき合わなかったよ。その頃のボクの心のなかにはお兄ちゃんしかいなかったから。
(百合ちゃんのことを完全に忘れていたのはここだけの秘密だよ)
今日はボクの好きな体育。いつものように男子に混ざってバスケットボールをする。
お父さんの時代の女子の体操着の下といえばブルマだったらしい。現代は半ズボンタイプが主流。動きやすいうえに男女の性差がわかりにくいのもいい。
キュ
キュッ
「こより!」
「はいよ」
「またこよりか」
「囲め!通すな!!」
ダンダンダンダン
ボク一人に三人マークか。やるね。
すっ
僅かなマークの隙間をみつけて、ボクは二人の間に体を滑り込ませる。
「しまった!」
「追え!」
もう遅い。
パサっ。
ガードを抜けるやいなやジャンプして華麗にスリーポイントシュートを決める。
「「「こよりくん、カッコイイ!!!」」」
ボクが五点入れて試合終了。女子から黄色い声援があがる。
「くっそー、こより容赦ないぜ」
「悪いねー、本気だして」
「次は負けないからな」
「待ってるよー」
ボクの外見は変わっても中身は変わらない。気がつくと小学生のときみたいにクラスの中心に立っていた。その頃には中傷する声もなくなった。
いつのまにか"こよりファンクラブ"なるものができていたのには驚いたけれど。
あと、男子から告白されるのが増えたのにも困った。中にはボクの性別を知っている先輩もいた。
もちろん丁寧にお断りしたよ。
だってボクの身も心もすべてお兄ちゃんのものだから。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
キーンコーンカーンコーン。
昼休みだ!ボクは教室を飛び出した。
「こよりくん、お昼一緒に食べよ!」
「ごめん!ボク行くところがあるから!」
目指すは二年生の教室がある二階。ダッシュで駆け上がる。スカートが翻るけれど後には誰もいないから無問題。まあスパッツ履いてるしね。
「いただきます」
友達もいないオタクなボクは今日も母さんの作ってくれてお弁当に手をあわせていた。
その時、教室の後ろのドアが勢いよく開く。
「お兄ちゃん!一緒にお弁当食べよ!!」
こよりがメス顔全開でクラスに飛び込んできた。クラス中がとつぜん飛び込んできた芸能人レベルの美少女にざわつく。
これもしかして毎日続くんですか。続くんですよね。
はい異世界シニアです。
お約束どおりお届けします。こよりトルネード。
やはり百合ちゃんとこよりは書きやすい。この子ならこう言う。この子ならこう動く。スラスラでてきます。
逆に前回のBLネタは、なかなか指が進みませんでした。
やはりわたしはノーマルなのでしょう。でも普通の男女の恋愛やイチャコラもなんか苦手。
せっかく好きに小説を書けるのです。夢ばかりみてもいいじゃないですか。
六十年近くも生きると嫌なことや汚いこともたくさん見てきました。
中年が異世界転生モノにはまる、夢を見るのもしかたないと思うのです。
みんな現実に疲れている。夢や希望もみえない。そんな世界にワクワクドキドキする作品を届けたい。
なによりも自分が救われたい。
だからわたしはサイドジョブを書いています。たとえ妄想でも想像でもオタクくんやこより、百合ちゃんたちが幸せになれる世界を書いていきます。
それでは次回サイドジョブ。姉と妹のNTRストーリー。
本当にネトラレ物にはしませんから安心してください。
異世界シニア。お呼びとあれば即参上!!




