百合タイフーン
真新しい服が好き。袖を通すと新鮮な気持ちになる。それは学校の制服でも同じだ。
目の前の鏡には夏休みが終わり、新学期の今日から通う中学の制服を着たわたしがいる。
客観的にみても浮かれている。
それはそうだ。大好きな彼と仲良く並んで登校する日を何年も夢みてきたのだから。
「喜べ百合。キミの願いはようやく叶う」
思わず鏡にむかって独り言をいう始末。令呪でも使っちゃおうかしら。ア○ラ自爆しろ、とか。
白地に紺色のどこにでもあるデザインのセーラー服。子供の頃ならダサっとか思っただろう。けれど今は貴族のお嬢様がパーティーで着用する豪華なドレスに見えた。
だって、わたしの大好きな"彼"とお揃いの制服だもの。
アメリカから日本に戻ってきて初登校の日。緊張、それとも興奮しているのだろうか。いつもより一時間も早く目が覚めてしまった。
それからはずっと鏡の前でポーズをとって過ごしている。
「おかしなところはないかな」
「今日は可愛く髪型をセットできたかな」
「こよりちゃん、かわいいと思ってくれるかな」
どんなに準備しても時間が足りない。
「百合、そろそろ登校する時間じゃない?」
「うん、お母さん。もう行くよ!」
仕方ない。遅刻するわけにはいかない。ましてや大好きな彼を持たせるなんて、自分で自分が許せない。
待ってて、こよりちゃん。あなたの百合がいま行きます。
ざわっ
「え。誰あの子」
「もう一人はこよりちゃんだよね」
「もしかして彼女??」
「ショックー!!」
ここは都立第三中学校の正門。新学期初日から百合ちゃんは派手にやらかしてくれた。
「あの・・百合ちゃん」
「なぁに、こよりちゃん♡」
「みんな見てるけど・・」
「そうね」
「ボク、恥ずかしいよぅ」
「なぜ?友達が仲良く登校したら校則違反なの、日本の学校は?」
「ううう」
こよりは今、あの時のお兄ちゃんの気持ちが痛いほどわかった。ここでは詳しく語らないが、つい一年ほど前までは同じ想いを兄がしていたことを完全に理解した。
お兄ちゃん、ごめん。
朝、自宅に百合ちゃんが迎えにきた。それはいい。約束していたことだから。問題はその後だ。
玄関を出て二人が歩き出すと百合ちゃんはボクの手を握って離さなかった。ずっと離さないのだ。
駅でも電車内でも学校の正門をくぐっても・・・だ。
さすがに愛が重い。
「それ今年一番のお前が言うなだよ、こよりちゃん」
「わかってます。はい」
駅でも困った。芸能人クラスの美少女ふたりが手をつないで歩いている。サラリーマンはどこでカメラを回しているのかと周囲を探していた。
いや撮影なんてしてないから。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「失礼しまぁす」
転校初日で何もわからないわたしのために職員室まで案内してくれる優しい彼。きゃっ。
「センセー、新学期からの転校生を連れてきました」
「おう、こより。おはようさん。また朝からやらかしたな」
「ボク何もやってませーん」
「嘘をつくな!聞いたぞ。転校生と手を繋いで登校したってな」
「誤解です」
「ほう、その左手をみても同じセリフが言えるかな」
百合ちゃんは職員室に入ってもボクの手を離してくれなかった。いやん。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
では自己紹介をして。担任の先生がうながす。
「百合です。アメリカから五年ぶりに帰ってきました。得意なのは英語です。短い間ですが、よろしくお願いします」
「かわいい」
「あの子でしょ、朝の」
「お人形さんみたい」
クラスがざわつく。
「席は一番うしろだ。わからないことは隣に聞きなさい」
「はい」
大人しく席に座る。
こよりちゃんと別のクラスになってしまった。これは計算外。あと半年ほどで卒業する。一緒に学校で過ごせる時間は、通学時間を除けば昼休みと放課後しかないというのに。
すでに彼女の意識は昼休みに彼とどう過ごすかを考えていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
キーンコーンカーンコーン。
昼休みだ!百合は教師への挨拶もそこそこに立ち上がる。そして教室を飛び出した。
「こよりちゃん、昼一緒に食べよ」
「こよりちゃん、この前のポップティーンみたよ!かわいかった!!」
「ありがとう」
「新モデルのゆりりんもかわいいよね」
「ハハハ・・そうだねー」
その時、教室の後ろのドアが勢いよく開いた。
「こよりちゃん!お昼食べよう」
「うん、食べようか百合ちゃん」
「ゆりりん!?」
「ホンモノだ」
「朝の子だよね」
「うん百合ちゃん。ボクの大切な人」
「「「キャー」」」
もうボクの中学生生活に平穏は訪れない気がした。
はい異世界シニアです。
物語では夏休みが終わり新学期に突入しました。本来であれば主人公オタクくんのパイセンとのラブラブバカップルぶりを書くところです。
それではつまらない。恋愛モノは上手くいったらそこがゴールなわけで。イチャコラ反対。
そこで百合ちゃんの新学期編、こよりの入学編を書くことにしました。
もしかしたら気付いた人もいらっしゃるでしょうね。
サイドジョブ関係なくね?
そのとおり!!でも百合ちゃんが勝手に動くのは作者でも止められません。
まさに百合タイフーン。今回はそんなお話でした。
次回サイドジョブ。こよりトルネード。
刮目して見よ!!




