株主優待制度とサードインパクト
「あー、楽しかった!!」
両手にブランド名の入った紙袋を持ちながら百合ちゃんがボクの前を歩く。幼なじみの彼女が眩しく見えるのは、きっと夕陽だけのせいじゃない。
「楽しんでもらえてよかったよ」
なぜボクは彼女をみてドキドキしてるのだろう。
いまはアウトレットでの撮影を終えた帰り道。川沿いの土手を二人で歩く。日曜日の夕方のせいか人の姿もまばらだった。
人気ティーン向けファッション雑誌のポップティーン。ボクはそこの読者モデルの"こよりん"。自分でいうのもなんだけど、外見は美少女だ。
大好きなお兄ちゃんと添い遂げるため。兄に身も心も捧げたくて、成人したら手術という魔法で女に変身する。
そのために稼げるという理由で読者モデルになった男子中学生だ。
そして彼女、百合ちゃんは小さい時に結婚を誓った幼なじみ。五年ぶりに再会した彼女は本当に綺麗に変身していた。
「百合ちゃん、今日は本当にありがとう。助かったよ」
このドキドキを誤魔化すように言葉をつなぐ。
「本当?」
「もちろん本当さ!」
「じゃあ・・・百合、お礼が欲しいな」
お礼?感謝の気持ちだろうか。すでに彼女はポップティーンからは日当の三万円と撮影で着用した洋服をもらっている。
ボクからのお礼か。なにを渡せばいいのだろう。
「こよりちゃんからキスしてほしい」
「!!」
「あ、アメリカじゃキスなんて挨拶代わりだからね!深い意味はないのよ!!」
「ボクでいいの」
「こよりちゃんとしかしたくない」
まったく彼女には敵わない。他に好きな人がいると宣言した異性にキスを要求するなんて。
見ると彼女は震えていた。持ち前の度胸で読者モデルの代役をみごとにこなした女の子にはとても見えなかった。
百合ちゃんもいっぱいいっぱいなんだ。
彼女に近づく。ギュッと目を閉じてボクからのキスを待っている。
(お兄ちゃん、ごめん)
ボクは生まれてはじめて自分から女の子にキスをした。
わたしは嘘をついた。
確かにアメリカではキスなんて挨拶代わりだ。でも日本人は違う。抱き合う"ハグ"はわかる。日本人でも恋人どうしでイチャコラするし。
でもキスは特別だ。
とくに女の子にとっての初恋とファーストキスは墓場にまでもっていく大切な想い出だから。
少なくともわたし、百合はそう考える。古いのかもしれない。
好きな人がいる。日本に帰ったらその人と結婚する。だからアメリカでも唇は誰にも許さなかった。
今日、わたしの夢はようやく叶った。
彼の本当の気持ちを知りながら。彼の想いを知りながら。彼の大好きな兄を裏切らせて。
「それで本当によかったの」
内なる声がわたしを責める。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「いいか、株主優待制度は健康診断と同じだ」
「つまり会社が健康だから、儲かってるから優待や配当金を出せるんですね」
「そのとおり。人間だって健康だからいろいろできる」
「じゃあ配当金や優待を出す会社は健全経営。儲かっているんですね」
「それは違う」
「え」
「なかには空元気なところもある。株主を増やしたくて無理やり優待を発表するところとかな」
「あー」
「そして翌年には優待を辞める。下手をすれば潰れる」
「期待して投資した株主はたまりませんね」
「ほんとだよ」
ここはバイパス沿いのハンバーガーチェーン。パイセンの株主優待チケットでボクたちはハンバーガーセットを食べていた。
「いいか。配当金や優待に騙されるな」
「見るべきは将来の業績予想。そして自己資本比率だ」
「儲かり続けていけるか、借金をしていないかですね」
「うむ。投資家は企業の将来を買う」
「ちなみに自己資本比率が五十パーセントを切っていたら注意が必要だ」
「気をつけます」
ピロリーン。ボクのスマホが鳴る。みると弟のこよりからの今から帰るメールだった。
「すいませんパイセン。こよりが帰ってくるそうです」
「む、それは大変だな。今日は帰ろう」
家の近くだとあの車は家族にバレるので、少し離れたコンビニで降ろしてもらうことにした。
「今日はありがとうございました。ハンバーガーまでご馳走になってしまって」
「気にするな。デート楽しかったぞ」
「ボクもです」
「キスをします」
「!!」
言うやいなやパイセンの顔が近くにあった。
ちゅ
「すまん、ガマンできなかった」
「いえ」
「じゃあまた学校でな」
「はい、おやすみなさい」
これがボクのサードインパクト。弟、パイセンのお姉さん、その妹パイセンとのサード・キスだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「あれは・・・」
見間違えることはない。ボサボサの頭に黒縁メガネ。愛するこよりちゃんのお兄さんだ。そしてわたしの生涯の仇敵。
こよりちゃんを変えてしまった男。こよりちゃんの心を占めている唯一の存在。わたしからこよりちゃんを奪った憎いあんちくしょう。
「あの鬼畜眼鏡、キスしてた。相手は部長さん・・」
「ごめん、待たせたね。百合ちゃん」
「ううん、ぜんぜん」
「じゃあ家まで送るよ」
この目撃が今後どう関係していくのか。
大好きなこよりちゃんが家まで送ってくれる。そのことでどうでもよくなってしまった百合だった。
はい異世界シニアです。
突然ですが小説家になろうにはBLジャンルがあるんですね。知りませんでした。
ビーエルみたいな内容ですが、本作はビーエルではありません。期待された方、本当にごめんちゃい。
健全な男女の恋愛モノにしたいと思って書き始めました。ところがこよりちゃん、百合ちゃんが登場してから話はわたしの手のコントロールから離れてしまったのです。
兄が大好きで添い遂げたい弟。
そんな弟をそのまま愛そうと決意する幼なじみ。
こんな強烈な個性をもつ二人に普通の女の子が太刀打ちできるわけがありません。
弟エンドでもいいかな。そんな考えも頭によぎります。
じつは今回はじめて後書きから書いています。それだけ読者様に伝えたいことでした。
さて次回は何も考えておりません。
きっと本文を書いているあいだに思いつくでしょう。




